僕らの周波数は、永遠に重ならない

Gaku

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番外編 綾音視点 『空気読み検定一級の「正義」』

第1話 不気味の谷の笑顔

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 教室っていうのは、生き物だ。
 常に呼吸をしていて、機嫌が良かったり悪かったりする。
 私、**綾音(あやね)**の特技は、その生き物の「健康管理」をすること。
 今、空気が盛り上がってるか? 誰かが寒いこと言ってシラけさせてないか?
 それを瞬時に読み取って、「ウケるー!」とか「それな!」とか、最適な合いの手を入れていく。
 これはもう、リズムゲームみたいなもんだ。コンボを途切れさせちゃいけない。
 難しい理屈とか、暗い話とか、そういう「バグ」を持ち込む奴は、この楽しい空間にはいらない。
 だから、四月の入学当初、私は**静(しずか)**をグループに入れた。
 見た目は可愛いし、制服の着こなしもイケてるし、ニコニコしててノリも良さそうだったから。
 「一軍」のパーツとして、悪くないと思ったんだ。
 ――最初の違和感を感じたのは、五月の昼休みだったかな。
 いつものように、**翔(かける)**が馬鹿なことをやって、みんながドッと笑った時だ。
 私も笑った。理子(りこ)は怒ってたけど、それも含めて「いつもの楽しい空気」だった。
 ふと、隣にいた静を見た。
 彼女も笑っていた。
 口角を上げて、目を細めて、「あはは」って声を出していた。
 でも。
 私の背筋に、ゾワッとしたものが走った。
 (……え、何今の)
 ズレてたんだ。
 タイミングが。
 みんなが「ドッ」と沸いた瞬間から、コンマ数秒だけ遅れて、彼女の表情筋が動いた。
 まるで、回線速度の遅いビデオ通話を見てるみたいに。
 それだけじゃない。
 もっと気持ち悪かったのは、彼女の「目」だ。
 口元は笑いの形を作ってるのに、瞳孔(どうこう)が全く開いていない。冷たく静まり返ったまま、私たちのことを観察しているような目。
 **『不気味の谷』**って言葉、知ってる?
 ロボットが人間に近づきすぎると、逆に猛烈な嫌悪感を感じる現象のこと。
 あの時の静は、まさにそれだった。
 人間じゃない何かが、必死に人間のフリをして、私たちの輪に混ざろうとしている。
 そんな生理的な恐怖を感じた。
 (……なんなの、こいつ)
 その日以来、私は静を観察するようになった。
 見れば見るほど、ボロが出てくる。
 カラオケに行った時もそう。
 話題のスイーツを食べに行った時もそう。
 彼女はいつだって、周りの反応をチラッと見て、確認してから、「美味しいー!」って言う。
 自分の感情がないの?
 それとも――
 (馬鹿にしてるの?)
 ある時、私はそう結論づけた。
 あいつは、心の中では私たちのことを「くだらない」って見下してるんだ。
 「こんな低レベルな会話、適当に合わせて笑っておけばいいや」って思ってるから、あんな透き通った冷たい目でいられるんだ。
 ムカついた。
 私たちが全力で楽しんでる「空気」を、あいつは「演技」で汚してる。
 それは、裏切りだ。
 スパイが紛れ込んでるようなもんだ。
 「ねえ静、今の何が面白かったの?」
 ある日、私は冷たく聞いてみた。
 静はビクッとして、またあの引きつった笑顔を貼り付けた。
 「え、えっと……みんなが笑ってたから……」
 はあ?
 答えになってないし。
 その怯えたような態度も、被害者ぶってるみたいで鼻につく。
 私は決めた。
 この「異物」を排除しよう。
 だって、気持ち悪いから。
 私たちが心から笑い合える、純度一〇〇%の楽しい場所を守るために、ニセモノはいらない。
 だから私は、静が近づいてきた時、わざとらしくため息をついて、背中を向けた。
 周りの子たちも、私の空気を読んで、クスクス笑い始めた。
 悪いのはあんたよ、静。
 あんたが私たちと同じ周波数になろうとせず、上から目線で「擬態」なんかしてるから。
 その不気味な笑顔、剥がしてやるわ。
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