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番外編 綾音視点 『空気読み検定一級の「正義」』
第3話 浅瀬で泳ぐ人魚
しおりを挟む三月。
進路指導室の前に貼り出された「特進クラス」の名簿を見て、私は心の底からホッとした。
そこに書かれていたのは、湊(みなと)、静(しずか)、蓮(れん)、**大樹(だいき)**の四人の名前。
私の名前は、なかった。
「うわー、綾音は選ばれなかったんだー。残念ー」
友達が気を使って慰めてくれたけど、私は内心でガッツポーズをしていた。
(やった! 助かった!)って。
だって、「特進クラス」なんて名前はカッコいいけど、実態は「隔離病棟」でしょ?
あんな、言葉が通じない宇宙人たちと一緒に閉じ込められて、毎日「網膜がどうこう」とか難しい話を聞かされるなんて、拷問以外の何物でもない。
私は、偏差値が足りなくて落ちたんじゃない。
行きたくなかったから、行かなかったの。
***
私は思うんだけど、人間って二種類いる。
「深海魚」と「浅瀬の魚」だ。
湊とか静みたいな連中は、深海魚だ。
光の届かない、水圧の高い、真っ暗な海の底で、「生きる意味とは」とか「本当の自分とは」みたいな、重たくて辛気臭いことを考えて生きてる。
すごいね。高尚だね。
でも、息苦しくないの? 寒くないの?
私は、嫌だ。
私は、太陽がキラキラ差し込む、暖かくて明るい「浅瀬」で泳いでいたい。
難しいことなんて考えたくない。
タピオカが美味しいとか、あのアイドルが尊いとか、インスタの加工が盛れたとか。
そういう「薄っぺらい幸せ」の中で、パチャパチャ水遊びをしてる方が、絶対楽しいじゃん。
「浅い」って、悪いこと?
深く考えたら、眉間に皺(しわ)が寄るよ? 可愛くなくなるよ?
静を見てみなよ。あんなに深く物事を考えて、周りに気を使って、結果どうなった? ゲロ吐いて倒れたじゃん。
そんなの、不幸の極みでしょ。
だから私は、全力で「浅瀬」を選ぶ。
空気読みまくって、適当に笑って、流行りに乗っかって、消費して生きる。
それが私の生存戦略だし、私の幸せの形だもん。
***
廊下で、荷物をまとめた四人とすれ違った。
静と目が合った。
あいつはもう、あの「不気味な作り笑顔」をしてなかった。
憑き物が落ちたみたいに、すっきりした顔をしてた。
(……ふん、よかったじゃん)
私は心の中で毒づいた。
あんたはそっち(深海)がお似合いだよ。
私たちのいる、明るくて騒がしい場所には、あんたの繊細なエラ呼吸は合わなかったんだよ。
これでお互い、せいせいするね。
あんたたちは隔離された水槽で、高尚な哲学ごっこをしてればいい。
私たちはこっちの広い海で、馬鹿騒ぎを続けるから。
隣で、**理子(りこ)**が「ちょっと翔! 走るな!」って怒鳴ってる。
**絵麻(えま)**が、なんかニヤニヤしながらスケッチブックに絵を描いてる。
こいつらも残留組だ。
理子は真面目すぎてウザいし、絵麻は電波すぎて意味不明だけど、まあ、湊たちよりはマシかな。少なくとも、言葉は通じるし。
「あーあ! 綾音ー! 購買行こうぜー! 新作のパン出たってよ!」
新しいクラスの友達が、明るい声で呼んでくれた。
私は髪をかき上げて、最高の笑顔を作った。
「マジ!? 行く行くー! ウケる、お腹空いてたんだよねー!」
私の声が、廊下に響く。
軽い。明るい。中身がない。
最高の響きだ。
私は友達の腕に絡みついた。
その温かさは、リアルだ。
難しい理屈なんていらない。今、ここが楽しければ、それが正義。
さようなら、深海魚たち。
私はこの、キラキラして底の浅い世界で、誰よりも幸せに生きてやるんだから。
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