無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第3章:雨の夜の邂逅

第14話:疫病神のパニック、降り始めた雨 〜「後悔」とは、「手遅れになってから届く処方箋」である〜

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夜風が噴水の水しぶきを運び、火照った街の空気を冷やしていた。

月明かりの下、瞬の手の中には、まだ微かに温かい古びた布が残されていた。
それは、ついさっきまでメイが頑なに守り続けていた「世界との境界線」だった。

「あ……」

 瞬の口から、間の抜けた声が漏れる。

 目の前でメイが走り去っていった方向を、彼は呆然と見つめていた。
 ラブコメ漫画なら、ここでヒロインは「もう、エッチ!」と頬を染めて怒るはずだった。あるいは「見られちゃった……」と恥じらうはずだった。

 だが、メイの顔に浮かんでいたのは、羞恥心などではなかった。

 あれは――絶望だ。

 世界が終わる瞬間を目撃したような、あるいは信じていた足場が崩れ落ちた瞬間のような、底なしの恐怖と諦め。

「なんで……泣いてたんだ?」

 瞬の脳裏に、メイの歪んだ表情が焼き付いて離れない。

『やっぱり、あなたも同じだった』

 彼女の残した言葉が、遅れて鼓膜を揺らす。
 その言葉の重みが、じわじわと瞬の心臓を締め付け始めた。
 
 俺は何か、とんでもないことをしたんじゃないか?
 軽い気持ちで開けてはいけない箱を、こじ開けてしまったんじゃないか?

「待ってくれ! メイちゃん!」

 瞬は弾かれたように駆け出した。

 思考するよりも先に体が動いていた。とにかく追いつかなければならない。
 誤解を解かなければならない。
「きれいだ」と言ったのが聞こえなかったのかもしれない。
 ちゃんと目を見て、もう一度言えば伝わるはずだ。

 この時の瞬はまだ、自分の「正しさ」を信じていた。
 話し合えば分かり合えるという、楽天的な希望の中にいた。

 ***

 一方、メイは呼吸をするのも忘れて走っていた。

 繁華街の光が、今の彼女には暴力的なまでに眩しい。
 顔を隠す布はない。
 紫色の瞳は、夜の闇の中でさえ妖しい輝きを放ち、すれ違う人々の視線を磁石のように吸い寄せてしまう。

「はぁっ、はぁっ……!」

 誰とも目を合わせないように、メイはうつむき、両手で顔を覆いながら人混みを縫うように進む。
 だが、運命の歯車は残酷なほど正確に噛み合っていた。

「おい、ちょっと待てよ姉ちゃん」

 酔っ払った男たちが、ふらりとメイの進路を塞いだ。
 避けようとしたメイの手首を、男の一人が乱暴に掴む。

「顔隠してないでさ、こっち向いて……」

 男が無理やりメイの手をのけ、その顔を覗き込んだ瞬間だった。
 男の表情が、ニヤけた笑顔から、引きつった恐怖へと凍りついた。

「ひッ……!?」
「おい、どうした?」
「む、紫……! 紫の目だァッ!!」

 その叫び声は、賑やかな通りを一瞬で凍りつかせた。
 一拍の静寂の後、爆発のようなパニックが巻き起こる。

「なんだって!? 紫の瞳!?」
「伝説の災厄か!?」
「目が合うな! 石にされるぞ!」
「逃げろ! この街に呪いが蔓延するぞ!」

 人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 屋台が倒れ、果物が転がり、誰かの悲鳴が上がる。
 さっきまで「英雄・瞬のおかげで平和だ」と笑い合っていた街が、たった一つの「迷信」によって阿鼻叫喚の地獄へと変わった。

 メイはその中心で、小さく震えていた。
 誰も彼女を「一人の少女」として見ていない。
 彼らが見ているのは「恐怖の象徴」というレッテルだけだ。

「出て行け! 化け物!」

 誰かが投げた石が、メイの額に当たった。
 鋭い痛みが走り、温かい液体が頬を伝う。血だ。

 けれど、メイは痛いとは言わなかった。
 ただ、悲しげに笑ったような顔をした。

(ほら、やっぱり)

 期待なんて、するだけ無駄だったのだ。
 温かいスープも、優しい言葉も、すべては「裏切られる時の痛み」を増すための毒でしかなかった。

 瞬も、この街の人々と同じだ。
 私の瞳を見れば、誰もが恐怖し、排除しようとする。
 それがこの世界のルール(真理)なのだから。

 メイはよろめきながら、再び走り出した。
 目指すのは街の出口。光のない場所。
 誰の目にも触れない、孤独な闇の中へ。

 ***

「どいてくれ! 頼む、通してくれ!」

 瞬は必死の形相で人混みをかき分けていた。
 いつもの彼なら、建物の屋根を飛び越えてショートカットしただろう。だが、今の彼は焦燥感で視野が狭まり、冷静な判断力を失っていた。
 ただひたすらに、メイの背中を追って地面を駆けていた。

 街の様子がおかしい。
 人々が恐怖に顔を歪めて逃げてくる。

「おい、何があったんだ!?」

 瞬は逃げてきた男の肩を掴んで怒鳴った。

「は、離せ! 呪われる! 紫の瞳の魔女が出たんだ!」
「魔女……?」
「見ただろ!? あの不吉な色! あんなのが街にいたら、疫病が流行るぞ!」

 男は瞬の手を振りほどき、唾を吐き捨てて逃げていった。
 瞬は立ち尽くす。周囲の騒ぎが、遠い世界の出来事のように聞こえる。

『紫の瞳』
『呪い』
『疫病神』

 断片的な言葉が、パズルのピースのようにカチリとはまった。
 瞬は知らなかった。この世界における「紫の瞳」の意味を。

 だが、今なら分かる。
 メイがなぜ、あんなにも頑なに顔を隠していたのか。
 なぜ、布を取られた瞬間に絶望したのか。

 彼女は「恥ずかしかった」のではない。
 彼女は、瞬に軽蔑されることを、怪物として拒絶されることを、何よりも恐れていたのだ。

 そして俺は、彼女が一番恐れていたことを、笑いながらやってのけた。
『見せてよ』なんて無邪気な言葉で、彼女の心の防壁を破壊し、この差別と偏見の嵐の中に、彼女を裸で放り出したのだ。

「俺は……なんてことを……ッ!」

 血の気が引いていく。
 指先が震える。

 英雄? 救世主? ふざけるな。
 たった一人の女の子の小さな秘密さえ守れず、あまつさえ彼女を地獄へ突き落とした張本人が、何が英雄だ。

「メイッ!!」

 瞬は叫んだ。喉が裂けそうなほどの大声だった。

 彼はもう、人混みに配慮するのをやめた。
 全力で地面を蹴る。石畳が爆ぜ、衝撃波が周囲の人を転ばせるが、構っていられない。
 今はただ、一秒でも早く彼女に追いつき、その細い体を抱きしめて、「俺だけは味方だ」と叫ばなければならない。
 そうでなければ、彼女は二度と戻ってこない気がした。

 その時、頬に冷たいものが当たった。

 雨だ。

 夜空を覆う黒雲から、大粒の雨が叩きつけるように降り始めた。
 それは街の熱気を冷ますと同時に、逃げる少女の足跡を無慈悲に洗い流していく。

 ***

 西門の前には、もう誰もいなかった。
 門番たちさえも「魔女」の噂に恐れをなし、詰め所に引きこもっているのか、あたりは死んだように静まり返っている。
 降りしきる雨が、視界を白く染めていた。

 瞬がそこにたどり着いた時、門の向こう――深い森へと続く街道に、小さな影が見えた。
 ボロボロの服を引きずり、雨に打たれながら、ふらふらと闇へ歩いていく後ろ姿。

「メイッ!!」

 瞬の声に、影が一瞬だけ止まったように見えた。
 だが、彼女は振り向かなかった。

 瞬の目には、彼女の背中が拒絶の壁のように見えた。

『来ないで』
『放っておいて』

 そんな声なき声が聞こえた気がした。

 それでも瞬は足を止めなかった。
 雨で視界が悪い。泥が足を取る。だが、そんな物理的な障害など、今の瞬には関係なかった。
 彼は、自分の心臓が早鐘を打つのを感じながら、泥濘(ぬかるみ)を蹴って門を飛び出した。

「頼む、待ってくれ! 俺が悪かった! 全部俺のせいだ!」

 叫びながら走る。
 彼女は森の奥へと消えていく。

 その森は、瞬が最初に降り立った「光溢れる冒険の森」とは違う。
 木々が亡者の手のように枝を伸ばし、深い闇が侵入者を飲み込もうとする、冷たく湿った絶望の森だった。

 瞬は知っていた。
 自分がどれだけ強くても、どれだけレベルが高くても、人の心の傷を魔法で治すことはできないと。
 だからこそ、自分の足で走り、自分の声で届けるしかなかった。

「メイーーッ!!」

 雷鳴が轟き、瞬の悲痛な叫びをかき消した。

 雨は激しさを増し、世界を灰色に塗り潰していく。
 英雄が必死に伸ばした手は、闇に消えた少女の服の裾に、あと数センチのところで届かなかった。

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