無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第8章:孤独な悪役令嬢

第39話:NPCの涙、プレイヤーの傲慢 〜幻は現(うつつ)である〜

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雷光が夜空を切り裂き、一瞬だけ庭園を白く染め上げた。  勝敗は、誰の目にも明らかだった。

 瞬(シュン)は、盗賊のリーダーが振るう双剣を、剣で受けることすらしなかった。  流れるような体捌きで懐に入り込み、手首を軽く押さえる。たったそれだけで、リーダーの体勢が崩れ、泥水の中に膝をついた。  暴力的な打撃音はない。  けれど、リーダーはもう立ち上がれなかった。身体的なダメージではなく、圧倒的な実力差を見せつけられ、戦意を完全に断ち切られたからだ。

 大男も、小柄な男も、ゼイクとエリーゼによって無力化されている。  残るは、宝物庫の扉にしがみつき、ガタガタと震えている少女だけだ。

「……終わりだ」

 瞬は静かに告げた。剣を構えることもしない。  ただ、雨に打たれながら彼らを見下ろしていた。

「……くそっ……!」

 リーダーの男が、泥まみれの顔を上げ、呻くように言った。  そして、瞬の足元に額をこすりつけた。

「頼む……! 命はいらねぇ! 俺の首でいい! だから……あの薬草だけは! 『聖女の涙』だけは、持って行かせてくれ!」

 プライドも、意地もかなぐり捨てた懇願。  金欲しさではない。  彼らの背後にある、切実な「誰かを救いたい」という想い。

「妹が……病気なんだ。医者にも見放された。あれしか……あれしか助かる道がねぇんだよ!」

 少女もその場に崩れ落ち、泣き叫ぶ。 「お願い! ミーシャが死んじゃう! 私たちの家族なの!」

 その悲痛な声は、冷たい雨音にかき消されることなく、瞬たちの胸に重く響いた。  彼らは必死に生きている。  泥をすすり、罪を犯してでも、大切なものを守ろうとしている。

「……へえ。よくある設定ね」

 その切実な空気を、氷のような声が凍らせた。

 屋敷の扉が開き、大理石の階段をヒールが叩く音が響く。  コツ、コツ、コツ。  わざわざバルコニーから降りてきたアリスだ。  従者に傘を差させ、**泥水にドレスが触れないよう裾を持ち上げながら歩いてきた彼女は、**泥にまみれた盗賊たちを、まるで汚れたインテリアでも見るような目で見下ろしていた。

「『病気の妹のために』? 『血の繋がらない家族』? ……はぁ。脚本家(ライター)の手抜きかしら。ベタすぎて欠伸が出るわ」

 アリスは扇子で口元を隠し、淡々と言い放つ。

「教えてあげる。その『聖女の涙』なんてアイテム、この家にはないわよ。あるのは、ただの観賞用の光る草。私がインテリアとして飾ってるだけのガラクタ」

「……え?」  リーダーが顔を上げる。

「それは『そういうイベント』だからよ。あんたたちが偽情報に踊らされて、ここで絶望して死ぬための舞台装置。……妹が助かるルートなんて、最初から用意されてないの」

 絶望。  その言葉の意味を理解した瞬間、盗賊たちの瞳から光が消えた。  妹は助からない。自分たちの命がけの行動は、最初から無意味だった。  あまりにも残酷な事実に、リーダーは泥の中に突っ伏し、慟哭した。

「はい、お芝居は終わり」  アリスは瞬に向き直り、ニッコリと笑った。

「さあ瞬くん、やって。トドメを刺して。それがクリア条件よ。こんなバグったデータ、さっさと削除して、次のステージに行きましょう?」

 彼女の瞳には、慈悲も、怒りすらない。  あるのは、モニター越しのキャラクターを操作する時のような、無機質な感情だけ。

 瞬は、動かなかった。  剣を鞘に収め、じっとアリスを見つめていた。

「……瞬くん? どうしたの? 早くしなよ」  アリスが首をかしげる。 「まさか、可哀想とか思っちゃった? だから言ったでしょ、感情移入なんて無駄だって。所詮は作り物なんだから」

 バシャッ。  瞬が一歩、足を踏み出した。  彼は盗賊たちに背を向け、アリスの方へと歩み寄った。  怒鳴りもせず、威圧もせず。ただ静かに。

「アリス。……傘、邪魔だな」

 瞬は、従者がアリスに差し掛けていた傘を、そっと手で押し退けた。  雨が、アリスの頭上にも降り注ぐ。  完璧にセットされた金髪が濡れ、冷たい雫が頬を伝う。

「ひゃっ……! 何すんのよ! 冷たいじゃない!」  アリスが肩をすくめ、瞬を睨む。

「冷たいか?」  瞬は穏やかに聞いた。

「当たり前でしょ! 雨なんだから!」

「そうだよな。冷たいよな」  瞬は頷いた。

「俺も冷たいし、こいつらも冷たい。……お前と同じように、冷たさを感じてるんだよ」

 瞬は、泥にまみれた盗賊たちを指差した。

「作り物だったら、痛みも寒さも感じないはずだろ? でも、こいつらは震えてる。妹が死ぬかもしれないって聞いて、心が痛くて泣いてる。……それが『データ』に見えるなら、お前のその寒さも、ただの『設定』ってことになるな」

「っ……屁理屈言わないでよ!」  アリスは声を荒らげた。 「私はプレイヤーなの! こいつらとは次元が違うの! 私は現実(リアル)で、こいつらは虚構(フェイク)なの!」

「違うよ、アリス」

 瞬の声は、雨音よりも静かで、そして深かった。

「お前は今、どこにいる?」

「え……?」

「画面の外か? 安全な観客席か? ……違うだろ。お前も今、俺たちと同じ場所で、同じ雨に打たれて、同じ空気を吸ってる」

 瞬は一歩近づいた。  アリスは後ずさろうとしたが、背後は壁だった。

「世界っていうのは、自分と、それ以外で出来てるんじゃない。お前も、俺も、こいつらも、全部繋がってるんだよ」

 瞬は自分の胸に手を当てた。

「こいつらが悲しめば、俺は辛い。お前が笑えば、俺は嬉しい。……それが、俺たちが『ここにいる』って証拠だろ?」

「やめて……」  アリスの声が震える。

「関係ない……私には関係ない……! どうせシナリオ通りに進むんだから……!」

「シナリオなんてないさ」  瞬はアリスの目を見つめた。

「もしあるとしても、それは変えられる。だって、お前の心は今、揺れてるだろ?」

 アリスは息を呑んだ。  図星だった。  彼女は必死に「これはゲームだ」と言い聞かせてきた。  そう思わなければ、目の前の盗賊たちの悲痛な叫びが、胸に刺さって痛かったからだ。  かつて、自分が家族を失った時の痛みを思い出してしまうからだ。

 『世界は作り物だ』と見下すことは、彼女にとってのシェルターだった。  他人の痛みを自分の痛みとして感じないための、悲しい防衛本能。

「アリス。世界を『偽物』だと決めつけるのは、お前が傷つくのが怖いからだろ?」

 瞬の言葉が、優しく、残酷に彼女の核心に触れる。

「誰かを本気で想って、それが失われるのが怖い。だから最初から『価値のないもの』だって思い込もうとしてる」

 アリスの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。  雨のせいではない。温かい涙。

「でもな。そうやって心を閉ざして、安全な場所から指差してるだけじゃ……お前はずっと一人ぼっちだぞ」

 瞬は手を差し出した。  泥だらけの、温かい手。

「ガラスの向こうから眺めるのは、もうやめにしようぜ。……こっちに来いよ。泥まみれで、痛くて、寒くて、でも温かい、この世界に」

 アリスは、その手を見つめた。  ずっと欲しかった手。  「助けて」と言えずに、孤独な塔の中で待ち続けていた手。

 彼女の築き上げてきた「完璧なプレイヤー」という鎧が、音を立てて崩れていく。  そこから現れたのは、冷酷な令嬢ではなく、ただの寂しがり屋の少女だった。

「……怖いよ……」

 アリスは小さく呟いた。

「ここに行ったら……また、痛い思いをするかもしれない……」

「ああ、するかもな」  瞬はニカっと笑った。

「でも、大丈夫だ。痛い時は俺たちが一緒に痛がってやる。泣きたい時は一緒に泣いてやる。……それが『仲間』ってもんだろ?」

 アリスは、震える手をゆっくりと伸ばした。  瞬の手のひらに、彼女の指先が触れる。  温かい。  モニター越しの熱ではない。生身の人間の、脈打つ体温。

 彼女は、瞬の手を握り返した。  強く、すがりつくように。

「……うん……」

 雨足が弱まっていく。  雲の切れ間から、月の光が差し込み、濡れた庭園を優しく照らし出した。

 それは、アリスが「ゲーム」という夢から覚め、本当の意味でこの世界に「生まれた」瞬間だった。
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