無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第13章:最強の荷物持ち

第65話:嘘と愛と、最期の「ありがとう」 〜背を向ける残酷さは、孤独という名の鎧を贈る最後の温もりである〜

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鉄錆びのような血の匂いと、魔力が爆ぜた後のオゾンの臭い、そして肉が焦げる嫌な臭気が、地下深くに淀んでいた。  「深淵の霊廟」最下層。  そこはもう、冒険の舞台などではなかった。命が塵(ちり)のように舞い、希望が泥のように踏みにじられる、一方的な処刑場だった。

「がはっ……!」

 巨躯の戦士ガルドが、ボールのように吹き飛ばされ、石壁に激突した。  彼の右腕はあらぬ方向にねじ曲がり、自慢の筋肉はズタズタに引き裂かれている。それでも彼は、折れた骨で体を支え、魔王の足にしがみついていた。

「させるか……よぉッ!」 「ガルド! 下がってください!」

 聖女エレナが叫ぶ。彼女の純白だった聖衣は鮮血で赤く染まり、片膝をついて肩で息をしていた。治癒魔法を使いすぎた代償で、マナ欠乏による激しい眩暈が彼女を襲っている。  賢者レインもまた、杖を失い、血を吐きながらも素手で魔法陣を描き続けていた。だが、その指先は震え、構築される術式は魔王の指先一つで霧散させられていく。

 勝てない。  圧倒的な「理不尽」が、そこにあった。

 勇者アランは、残った右腕一本で折れた聖剣(鉄塊)を振るい、魔王が放つ黒い閃光を弾き返していた。そのたびに、彼の身体からは新たな血飛沫が上がり、足元の血だまりを広げていく。  背後では、シルヴィアが震えながらリュックを抱きしめ、ポーションを取り出そうとしていた。

(だめだ……このままじゃ、全滅する)

 アランの本能が、残酷な未来を予知していた。  あと数分。いや、数十秒もつかどうかだ。

 その時だった。  足にしがみついていたガルドが、血を吐きながら吼えた。

「……アラン! 連れて行けッ!!」

 その声は、魔王に向けられたものではなかった。

「お前と、その役立たずの荷物持ちだ! お前らがいると、俺たちが全力を出せねぇんだよ!」

「え……?」  シルヴィアの手から、ポーション瓶が滑り落ちて割れた。

「聞こえねぇのか! 邪魔なんだよ! 戦闘もできねぇ素人と、片腕失った元勇者なんてよぉ!」

 ガルドの言葉に合わせるように、エレナが鬼のような形相で振り返った。

「そうですわ! 計算が狂いますの! 私のマナ残量では、あなたたち二人を回復させる余裕なんてありません! お荷物なのです!」

「リソースの無駄だ」  レインが、割れた眼鏡の奥から冷徹な視線を向ける。 「お前らを守るために、我々がどれだけ無駄な動きを強いられていると思っている。……消えてくれ。さっさと消えてくれッ!」

 罵倒。  拒絶。  今まで一度も言われたことのない、冷酷な言葉の雨あられ。

「そ、そんな……」  シルヴィアの顔から血の気が引いていく。  彼女には、それが本心にしか聞こえなかった。ずっと心の奥底で恐れていた「自分は足手まといだ」という不安が、最悪の形で肯定されたと思ったからだ。

 だが、アランだけは気づいた。  ガルドの震える背中が。  エレナの引きつった笑顔が。  レインの悲痛な瞳が。

 言葉とは裏腹に、必死に**「生きてくれ」**と叫んでいることに。  最強の三人が、自分たちの命を燃料にして、勇者と少女を逃がすための数秒を稼ごうとしていることに。

(……ッ、あいつら……!)

 アランは奥歯が砕けるほど噛み締めた。  戦うべきか。それとも、彼らの想いを汲むべきか。  答えは、一瞬で出た。  彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。「集団転移のスクロール」。だが、この魔王の結界内では出力が大幅に制限され、わずかな人数しか運べない代物だ。

「……ちくしょうぉぉぉぉッ!!」

 アランは咆哮と共に、へたり込むシルヴィアの腰を強引に抱き上げた。

「嫌! 離してアラン! みんなが! ガルドたちが!」 「黙ってろッ!」

 アランはスクロールを引き裂いた。  青白い光が二人を包み込む。

 その光の向こうで。  ガルドが、ニカっと歯を見せて笑った。  エレナが、優しくウインクをして見せた。  レインが、満足げに頷いた。

 『行ってらっしゃい』

 炎と闇に飲み込まれながら、彼らは最期まで、最高の仲間たちの顔をしていた。

 ***

 転移の光が収束すると、そこは冷たい風が吹き荒れる荒野だった。  目の前には、巨大な黒い口を開けた「深淵の霊廟」の入り口が見える。

 ダンジョンの外。安全圏。  だが、ここはこの世の果てのような、凍てつく場所だった。

 カラン、と乾いた音がして、アランの持っていた折れた剣が岩肌に落ちた。  静寂。  あの地獄のような轟音も、熱気も、血の匂いもない。  ただ、凍えるような風の音だけがある。

「あ……ああ……」

 シルヴィアが、地面の上で泣き崩れる。  彼女の心には、仲間たちから浴びせられた罵倒の言葉だけが残っていた。  見捨てられた。邪魔者扱いされた。  その絶望が、彼女の涙を止めどなく溢れさせる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

 アランは、無言で立ち上がった。  失った左腕の傷口から滴る血が、白い雪を赤く染めていく。  彼は、泣き崩れるシルヴィアの手元にあった、あの一冊の手帳を拾い上げた。  数日前、彼が彼女に託した冒険日誌だ。

 アランは、手帳をその場でシルヴィアに渡そうとして――止めた。

(今、真実を伝えてどうする? あいつらが命懸けでついた嘘を、俺が台無しにするのか?)

 もし今、「あいつらはお前を守るために死んだんだ」と伝えてしまえば、シルヴィアはどうするだろうか。  間違いなく、泣き叫んでダンジョンへ戻ろうとするだろう。あるいは、罪悪感に押しつぶされて、後を追って死を選んでしまうかもしれない。  それでは、ガルドたちの死が無駄になる。

(……今は、恨まれてもいい。どんなに傷ついても、生きてさえいてくれれば)

 アランは、手帳を岩の上に押し付けた。  片手しかない。寒さと失血で指が動かない。  それでも彼は、ペンを歯で食いしばってキャップを外し、震える手で殴り書きをした。

『シルヴィアへ。  ガルドたちが言ったことは、全部嘘だ。  あいつらは、お前を逃がすために、わざと嫌われるようなことを言ったんだ。  俺も、お前を一人にしてごめん。  でも、俺たちはずっと一緒だ。  あいつらの墓は、俺が作ってやる。寂しがり屋の連中だからな。俺もすぐに、そっちへ行って酒でも飲むさ』

 ミミズがのたうち回ったような、酷い文字。  けれど、それが彼の精一杯の遺言(ラブレター)だった。

 書き終えると、アランはシルヴィアの背負っていたリュックサックを開け、そこから一本の剣を引き抜いた。  かつて彼が「重いから」とシルヴィアに持たせていた、予備の鉄剣だ。  彼はその柄に、手帳を荒縄で力強く結びつけた。

「……ごめんな、シルヴィア」

 アランは、シルヴィアを見ずに背を向けた。  その右手には手帳を結びつけた予備の剣が握られ、脇には折れた聖剣が抱えられている。

「俺は、やっぱり無理だ。……あいつらだけで行かせるわけにはいかねぇ」

「え? 待って、どこへ……」

 アランは、闇の奥――いま出てきたばかりのダンジョンの入り口を見据えた。

「あいつらの墓は、俺が作ってやる。寂しがり屋の連中だからな。俺もこれから、そっちへ行って酒でも飲むさ」

「い、嫌! 行かないで! アランまでいなくなったら、私……!」

 シルヴィアがアランの足にしがみつく。  アランは、泣きそうになるのをこらえ、あえて冷たく彼女の手を振り払った。

「生きろ。お前は生きろ」

 そう言い残し、彼は走り出した。  振り返らなかった。

(いつか……)

 アランは心の中で祈った。  手帳を結びつけたあの剣は、あいつらの墓標の横に突き立てる。  もし、シルヴィアが生き延びて、強くなって。  この悲しみを乗り越えて、いつか再び、この場所へ戻ってくることができたなら。

(その時は、この手帳を読んでくれ。そして、俺たちの嘘を許してくれ)

 それは、数十年後の未来へ託した、気の遠くなるような「約束」だった。

 アランは闇の中へと消えていった。  再び、あの地獄へ。  友の亡骸を弔い、そして自らもその傍らで眠るために。

 残されたシルヴィアは、ただ一人。  吹きすさぶ雪風の中、地面に額を擦り付けて泣き叫んだ。

 罵倒された言葉の棘と、置き去りにされた孤独。  真実を知る術(手帳)は、勇者と共に闇の向こうへと持ち去られてしまった。

 そうして彼女は、心を閉ざした。  涙を封印し、「鉄の女」となって、彼らが守ろうとしたこの世界を管理し続けるギルドマスターとなったのだ。

 この日、伝説は終わった。  しかし、その「真実」が時を超えて届く奇跡を、今の彼女はまだ知らない。
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