無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第14章:エルフの森と銀色の車

第67話:黄金の檻と、鎖に繋がれた誇り 〜他者を繋ぎ止める鋼の鎖は、自らの震えを形にした影である〜

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王城の回廊は、季節を拒絶するようにひんやりと冷たかった。  分厚い石造りの壁が、外の晩夏の日差しを遮断している。高い位置にある窓から差し込む鋭い光が、磨き上げられた大理石の床に幾何学模様の影を落としていた。  静寂。  塵一つない廊下に、ゼイクの鎧が擦れるカシャン、カシャンという硬質な音だけが、冷たく響き渡る。

 その緊張感あふれる空間を、瞬(シュン)たちは進んでいた。

「……なぁ、ゼイク。歩くの速くないか? 俺、トイレ行きたいんだけど」 「我慢しろ。王の御前だぞ」

 ゼイクは前を向いたまま、ピリピリとした声で答える。その額には脂汗が滲んでいた。  無理もない。元・王立騎士団長だった彼にとって、この城は古巣であり、同時にプレッシャーの塊のような場所なのだ。

 やがて、一行は巨大な扉の前にたどり着いた。  「謁見の間」。  扉には黄金の獅子のレリーフが施され、両脇には直立不動の衛兵が控えている。  扉が重々しい音を立てて開かれると、そこには目が眩むような豪華絢爛な空間が広がっていた。真紅の絨毯、天井まで届く巨大な柱、そして玉座に座る初老の男――国王。

 空気の密度が変わった。  どこかカビ臭い、古びた権威の匂いが漂っている。

「……進め」

 案内役に促され、瞬たちは絨毯の上を歩く。  だが、ここで問題が発生した。  瞬とメイは、王族に対する正式な礼儀作法など、これっぽっちも知らないのだ。

(やべぇ、どうすんだこれ。土下座か? それとも敬礼?)

 瞬が焦って横目で見ると、ゼイクとエリーゼが流れるような動作で片膝をつこうとしているのが見えた。  ――これだ!  瞬はメイに目配せをした。(あいつらの真似をしろ!)

 作戦名「パントマイム」。  前の人の動きを0.5秒遅れでコピーする、即席の処世術だ。

 ゼイクが右手を胸に当てる。  瞬とメイも、慌てて胸に手を当てる(バチーン!と叩く音が響く)。  ゼイクが膝を曲げる。  瞬とメイも、ガクッと膝を落とす(メイがバランスを崩してよろける)。  エリーゼが頭を下げる。  二人は勢いよく頭を下げすぎて、お互いの頭をごっつんこしそうになる。

 その奇妙なドタバタ劇の後ろで。  アリスだけが、完璧だった。  彼女はドレスの裾を優雅につまみ、背筋を伸ばしたまま、流れるようなカーテシー(膝を折る挨拶)を決めた。その所作は、この場にいるどの貴族よりも洗練され、美しかった。

「……面を上げよ」

 王の声には、威厳と共に、若干の呆れが含まれていた。  瞬たちが顔を上げると、王は疲れたように溜息をつき、人払いを命じた。  重い扉が閉まり、広い部屋には瞬たちと、王、そして数名の側近だけが残された。

「単刀直入に言おう。……我々は先日、森の境界で瀕死のエルフを保護した」

 エルフ。  その単語が出た瞬間、ゼイクとエリーゼの肩が強張った。

「保護したのは良いのだが……相手はあの『エルフ族』だ。其の方らも知っての通り、彼らは極めて排他的で、異常なまでの同胞意識を持っている」

 王はこめかみを揉んだ。

「彼らにとって、人間は穢れた下等生物に過ぎない。そんな人間に、たった一人でも同胞が囚われたとなれば、彼らは『拉致監禁された』と断定し、即座に国を挙げて報復戦争を仕掛けてくるだろう。……相手が誰であろうとな」

 つまり、一般人だろうが王族だろうが関係なく、エルフという種族そのものが、たった一人の被害も許さない狂信的な集団だということだ。善意で助けたはずが、国を滅ぼしかねない時限爆弾を抱え込んでしまったわけである。

「そこでだ。其の方らに頼みたい。……彼女を、極秘裏に、かつ無傷でエルフの里まで送り届けてほしいのだ」

 ゼイクとエリーゼの顔色が、青を通り越して白くなった。  二人は、音速で瞬に耳打ちをしてきた。

「断れ、瞬! これは外交問題の爆心地だ! 一般のエルフ一人返すだけでも、命懸けの潜入任務になるぞ!」 「そうですわ! エルフの里なんて、結界だらけで近づくだけで蜂の巣にされます! 完全にババを引かされてますわ!」

 国家間のトラブル。種族間の対立。  関われば命がいくつあっても足りない、最悪の貧乏くじ。常識的に考えれば、即座に逃げ出すべき案件だ。

 だが。  瞬は、王の目を真っ直ぐに見返して、あっけらかんと言った。

「要するに、迷子を親元に返せばいいんですね?」

 シーン……。  謁見の間が静まり返った。  国家存亡の危機を、「迷子の世話」レベルに要約した男に、王も言葉を失っている。

「……迷子、か。ふっ、確かにそうかもしれん」  王は苦笑し、身を乗り出した。 「引き受けてくれるか?」

「いいですよ」  瞬は即答した。

「「はぁぁぁぁぁ!?」」  背後でゼイクたちの絶叫が響くが、瞬は気にしない。  困っているなら助ける。彼の行動原理は、いつだってシンプルだった。

 その時、アリスが一歩前に出た。  彼女の瞳は、「¥(円マーク)」ならぬ「G(ゴールドマーク)」の形に輝いていた。

「陛下。その危険な任務、引き受けるに当たっては……相応の対価が必要かと存じますわ」

 そこからは、アリスの独壇場だった。  「国家機密レベルの護衛任務」「外交特使としての権限」「精神的苦痛への慰謝料」。  次々と名目を並べ立て、土地の権利書や免税特権、さらには王家の宝物庫にある希少な魔導具の譲渡まで要求する。  王の顔が引きつり、側近たちが青ざめるが、アリスは満面の笑みでサインを迫った。まさに「商売の悪魔」である。

 ***

 交渉が成立し、一行はエルフの少女の元へと案内された。  だが、通されたのは豪華な客室ではなかった。  地下へと続く、暗く湿った階段。  冷たい空気が足元から這い上がり、カビと鉄錆びの匂いが鼻をつく。

「……おい、客人をこんなところに押し込めてるのか?」  瞬の声が低くなる。

「万が一、暴れられたら困りますので」  案内役の兵士が、申し訳なさそうに答える。

 重い鉄の扉が開かれる。  部屋の中央、粗末な石のベッドの上に、その少女はいた。

 透き通るような金色の髪。長く尖った耳。  年齢は十四、五歳くらいだろうか。見るも無残なほど全身に包帯が巻かれ、その白い肌は痛々しい傷跡で覆われている。  だが、それ以上に瞬の目を釘付けにし、そして怒りで震わせたのは――彼女の手足に嵌められた、太く重い鉄の鎖だった。

 魔力を封じるための魔法陣が刻まれた、対魔術師用の拘束具。  それが、華奢な手首に食い込み、赤く腫れ上がらせている。  彼女は意識がないのか、苦しげに呼吸を繰り返し、うなされていた。

「……なんだ、これ」

 瞬が低い声で呟いた。  いつもの能天気さは消え、静かな、しかし激しい怒りの色が滲んでいる。

「彼女は強力な精霊魔法の使い手です。もし意識を取り戻して魔法を使われれば、城の一角が吹き飛びかねません。これは必要な処置です」  兵士が事務的に説明する。

 瞬は、鎖に近づいた。  少女の手首を見る。鎖の重みで皮膚が擦れ、血が滲んでいる。

「これは治療じゃない。……拷問だ」

 瞬は鎖を掴んだ。  ギリギリと、鉄が悲鳴を上げる音がする。

「瞬! やめろ! 彼女が目覚めて攻撃してきたらどうする!」  ゼイクが慌てて止めに入る。 「そうだ、まずは対話の準備を……」

 瞬は、ゼイクを睨んだ。  その瞳には、悲しみと怒りが混ざり合った炎が燃えていた。

「攻撃されるのが怖いからって、相手を縛り上げていい理由にはならねぇよ」

 彼は、鎖を引きちぎろうと力を込めた。青白い魔力が、指先から溢れ出す。

「王様たちは勘違いしてるよ。この鎖は、あの子を縛ってるんじゃない」

 瞬の言葉が、冷たい地下牢に響く。

「王様たち自身の『恐怖心』が、あの子の形をして現れてるだけだ」

 仏教で言う「無明(むみょう)」。  相手を正しく見ず、「危険な怪物」だという自分の思い込み(フィルター)を通して見ることで、恐怖が生まれる。  その恐怖が、「縛り付けなければ」「閉じ込めなければ」という過剰な防衛行動を引き起こす。  だが、それは相手にも伝わる。  恐怖は伝染し、敵意となって返ってくる。「因果応報」だ。

「怯えてるのは、縛られてるあの子じゃなくて、縛ってる王様たちのほうさ」

 瞬は言った。

「恐怖は、恐怖で返ってくるんだよ。……そんな連鎖、俺がここで断ち切ってやる」

 バキンッ!!

 乾いた音が響いた。  瞬の握力によって、鋼鉄の鎖が飴細工のようにねじ切れ、床に落ちた。

 ジャラララ……。  鎖の音が反響する中、少女のまぶたが、ピクリと動いた。

 長い睫毛が震え、ゆっくりと目が開かれる。  そこに現れたのは、深い森の湖のような、翠(みどり)色の瞳。  だが、その瞳には、知性ある光と共に、底知れぬ「憎悪」と「絶望」が宿っていた。

「……汚らわしい……人間……」

 か細い、けれど殺意に満ちた声。  彼女の視線が、瞬を射抜く。

「触れるな!」

 少女――アリアは、残った力を振り絞って叫んだ。  彼女にとって、人間は「敵」ではない。「汚物」だ。  高潔なエルフ族にとって、短命で欲望にまみれ、嘘をつき、同族殺しをする人間は、生理的な嫌悪の対象でしかない。  その偏見(色眼鏡)は、数百年の歴史の中で培われた、強固な心の壁だった。

「私を……辱めるつもりか……!」

 彼女は身構えるが、体力が追いつかず、ベッドに倒れ込む。  その姿は、罠にかかった誇り高き狼のようだった。

 ゼイクたちが身構える中、瞬だけは動じなかった。  彼は、床に落ちた鎖を足で蹴り飛ばした。カラン、と音がする。

「辱める? 違うな」

 瞬は、ポケットから――さっきリビングの果物カゴからくすねてきた真っ赤なリンゴを取り出した。  そして、アリアの枕元にポンと置いた。

「俺は、その鎖が気に入らなかっただけだ。……看病するのに、手錠は邪魔だろ?」

「……は?」  アリアが、意表を突かれた顔をする。殺気が一瞬だけ霧散する。

「看病……? 私を……?」 「おう。顔色悪いぞ。腹減ってんだろ?」

 瞬は、まるで野良猫に餌をやるような気軽さで言った。  アリアはリンゴを見つめ、そして瞬を見つめた。  理解できない、という顔で。

「毒でも……入っているのか」 「入ってねぇよ。ただのリンゴだ」

 瞬は肩をすくめ、仲間たちに合図した。 「行くぞ。まずはここから連れ出す。こんなジメジメした場所にいたら、治るもんも治らねぇ」

 アリスが「兵士たちへの言い訳は私が考えるわ」とため息をつき、ゼイクが「やれやれ、また無茶を」と頭を抱え、メイが心配そうにアリアに近づく。

 アリアは、目の前のリンゴと、自分を縛っていた鎖の残骸を交互に見た。  恐怖で縛り付けるのではなく、鎖を解き、ただリンゴを与える。  その不可解な行動が、彼女の固く閉ざされた心の扉に、ほんの小さな、けれど確かな「問い」を投げかけていた。

 (この人間は……何?)

 彼女と、最強のパーティとの、長く険しい旅がここから始まる。  それは、種族という「境界線」を溶かすための、心の戦いでもあった。
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