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第16章:拒絶の森
第80話:朝焼けの空と、新しい地図
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~過去という荷物を下ろして、今日を歩き出す~
夜と朝の境界線が、世界を二つの色に染め分けていた。
東の空は、深い群青色から、血が滲むような茜色へ、そして輝かしい黄金色へと、刻一刻とその表情を変えていく。
「薄明(はくめい)」。
星々がその役目を終えて姿を消し、太陽という主役が舞台袖で出番を待っている、ほんの僅かな静寂の時間帯。
山々の黒いシルエットが、朝霧に浮かぶ島のようにもやの中に佇んでいる。
川面を流れる霧は、まるで大地が吐き出す白い吐息のようだ。
窓を開けると、キーンと張り詰めた冷気が流れ込んできた。肺の中の淀んだ空気を一掃し、細胞の一つ一つを叩き起こすような、痛いほどに清浄な冬の朝の匂い。
宿の一室で、アリアは目を覚ました。
「……ん」
まぶたが重い。昨夜、焚き火の前で流した涙のせいだろう。少し腫れぼったい感覚がある。
けれど、不思議だった。
体は鉛のように重いはずなのに、胸の奥――心臓のあたりが、驚くほど軽いのだ。
まるで、背負っていた巨大な岩が、寝ている間に砂になって消えてしまったかのように。あるいは、背中に羽が生えたかのように。
アリアはベッドから降り、洗面台の鏡の前に立った。
そこに映っていたのは、誇り高き「エルフ族の姫君」でも、世界を呪う「復讐者」でもなかった。
寝癖がつき、目が赤く腫れた、どこにでもいるただの少女の顔。
「……ひどい顔」
アリアは小さく吹き出した。
以前なら、こんな隙だらけの顔を鏡に見つけるだけで、自己嫌悪に陥っていただろう。「完璧でなければならない」という強迫観念が、鏡の中の自分を睨みつけていたはずだ。
でも今は、この情けない顔が、妙に愛おしく思えた。
これが私だ。
泣いて、腫らして、お腹を空かせて起きる、ただの生き物としての私だ。
彼女は顔を洗い、丁寧に髪を梳かした。
そして、サイドテーブルに置いてあった赤いリボンを手に取った。
アリスに無理やり結ばれた、何の機能もない布切れ。
けれど今は、これが私を私たらしめる大切な「印」のように感じられた。
キュッ。
リボンを結ぶ。鏡の中で、赤い蝶々が揺れる。
「……よし」
小さく気合を入れる。
もう、鎧はいらない。肩書きもいらない。
このリボン一本あれば、私はどこへでも行ける気がした。
***
宿の外に出ると、キリッとした寒気が肌を刺した。
白い息を吐きながら、一行は巨大な銀色の鉄塊――魔導キャンピングカー「クイーン・アリス号」へと向かっていた。
「さみーっ! 耳がちぎれる!
早く暖房入れてくれ!」
瞬(シュン)が肩をすくめながら小走りに駆けていく。
「うるさいわね。今エンジン(魔導炉)暖めてるから待ちなさいよ」
アリスが眠そうな目をこすりながらキーを回す。
「ふあぁ……早起きは美容に良いと言いますが、限界がありますわ……」
エリーゼがふらふらと夢遊病者のように歩いている。
「規則正しい生活こそが騎士の基本だ。……が、この寒さは堪えるな」
ゼイクの鎧が、冷気でさらに冷たくなっているようだ。
いつもの、騒がしくて平和な朝の光景。
アリアは、その背中を追いかけながら、一歩一歩、雪を踏みしめた。
ザクッ、ザクッ。
足取りが軽い。
昨日までは、一歩進むごとに「罪悪感」という泥が足に絡みついていたのに。今日はまるで、重力そのものが弱まったかのように体が前に進む。
「みんな!」
アリアは声を上げた。
自分でも驚くほど、明るく、通る声だった。
全員が振り返る。
瞬が、アリスが、ゼイクが、エリーゼが、そしてメイが。
アリアは、深呼吸をして、ニッコリと笑った。
作り笑いじゃない。心の底から湧き上がってくる、混じりっけなしの笑顔。
「おはよう!」
たった一言の挨拶。
けれど、そこには「私はここにいてもいいんだ」という肯定と、「あなたたちと一緒にいたい」という意志が込められていた。
一瞬、みんなが目を丸くした。
アリアがこんなに晴れやかに、自分から挨拶をするなんて、初めてのことだったからだ。
最初に反応したのは、やはり瞬だった。
彼はニカっと白い歯を見せ、手を振り返した。
「おう! おはよう、アリア!」
「おはようございます、アリアさん!」
メイが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あら、今日はいい顔してるじゃない。リボン、決まってるわよ」
アリスがウィンクする。
「清々しい朝だ。貴殿の笑顔が見られて光栄だ」
ゼイクが頷く。
「ふふ、良い朝ですわね」
エリーゼが微笑む。
世界が、優しい色に染まっていく。
「受け入れられている」という安堵感が、アリアの胸を満たした。
***
車内に入ると、すぐに暖房が効いてきて、ポカポカとした空気に包まれた。
エンジン音が低く唸り、巨大な車体がふわりと浮き上がる。
アリアは、ソファに座るメイの隣に腰を下ろした。
メイは、窓の外の雪景色を眺めていたが、アリアが座ると嬉しそうに振り向いた。
その瞳は、今日も鮮やかな紫と黒のオッドアイだ。
「ねえ、メイ」
アリアは、メイの方に向き直った。
もう、迷いはない。恐れもない。
「その目……近くで見せてもらってもいい?」
メイが少し驚いたように瞬きをする。
けれど、すぐに「はい」と頷いて、顔を近づけてくれた。
アリアは、メイの瞳を覗き込んだ。
至近距離で見る紫色の瞳。
そこには、複雑な虹彩の模様があり、光を受けて万華鏡のように輝いていた。
かつて「災厄」だと思っていた色。
「不吉」だと教え込まれていた色。
でも、今は。
ただの、「色」にしか見えなかった。
スミレの花のような。あるいは、夜明け前の空のような。
ただそこに在るだけの、美しい自然の色。
色眼鏡(偏見)を外して見れば、世界はこんなにもシンプルで、透明だったのだ。
これを「正見(しょうけん)」と呼ぶのかもしれない。ありのままを、ありのままに見るということ。
「……うん。やっぱり綺麗ね」
アリアは、心からの感想を口にした。
「透き通っていて、吸い込まれそう。アメジストみたいだわ」
その言葉に、メイの頬が薔薇色に染まる。
彼女は照れくさそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「ありがとうございます。……アリアさんの目も、すごく素敵ですよ」
「え? 私の?」
「はい。深い森の緑みたいで、見ていると心が落ち着きます。……私、アリアさんの目、大好きです」
大好き。
その直球な言葉に、今度はアリアが赤くなる番だった。
自分の瞳なんて、ただのエルフの特徴でしかないと思っていた。
でも、誰かが「好き」と言ってくれるなら、それは特別なものになる。
お互いの瞳に、お互いの顔が映っている。
そこにはもう、種族の壁も、偏見の壁もなかった。
ただ、認め合い、好意を向け合う二人の少女がいるだけだった。
***
運転席の横、助手席に座っていた瞬は、バックミラー越しにその様子を見ていた。
ニヤニヤと、だらしない顔で。
「……何よ、気持ち悪いわね」
ハンドルを握るアリスが、横目で見てジト目になる。
「朝から何ニヤついてんのよ。変態?」
「いやー、いいなぁと思ってさ」
瞬は、後部座席の二人を見やりながら、しみじみと言った。
「世界ってのはやっぱり、捉え方ひとつで天国にも地獄にもなるな」
「は?」
「あいつらさ、ちょっと前までは『呪われた目』とか『人間は敵だ』とか言って、自分たちで勝手に地獄を作ってたわけじゃん?
でも、今は『綺麗だ』『好きだ』って笑い合ってる。……現実は何も変わってねぇのに、見方を変えただけで、そこは天国になった」
瞬は、窓の外に広がる雪原を見た。
荒涼とした、厳しい冬の景色。
でも、ここから見れば、それはキラキラと輝く銀世界だ。
「心の色眼鏡を外すだけで、世界ってこんなに生きやすくなるんだな」
アリスは、ハンドルの上で指をトントンと叩いた。
そして、フッと小さく笑った。
「ふん。……あんたにしては、深いこと言うじゃない」
「だろ? 俺、たまに天才的なこと言うからメモっとけよ」
「調子に乗るな」
アリスはアクセルを踏み込んだ。
グンッ、と加速する。
「でも……そうね。あの子たちが笑ってるなら、この世界も捨てたもんじゃないかもね」
彼女の瞳もまた、以前のような冷めたゲーマーの目ではなく、温かい光を宿していた。
***
車窓から、朝日が差し込んできた。
黄金色の光の矢が、車内を貫き、舞う埃(ほこり)さえも金粉のように輝かせる。
クイーン・アリス号は、雪原を疾走していく。
彼らの旅は、まだ終わらない。
魔王の謎、世界の危機、それぞれの過去の清算。解決すべき問題は山積みだ。
これから先、もっと厳しい戦いや、辛い別れが待っているかもしれない。
けれど、今の彼らには「迷い」はなかった。
アリアは、窓を開けた。
ゴーッという風切り音と共に、冷たくて新鮮な空気が流れ込んでくる。
髪が舞い上がり、赤いリボンがパタパタとはためく。
寒くない。
むしろ、体が内側から熱いくらいだ。
お互いの「ラベル」を剥がし、鎧を脱ぎ捨て、魂で繋がり合った彼らは、以前よりもずっと強く、しなやかになっていた。
「エルフだから」「人間だから」という硬い殻を破り、「ただの私」と「ただのあなた」として手を繋ぐことの強さ。
アリアは、風に向かって目を細めた。
吸い込んだ空気は、新しい地図の匂いがした。
どこへでも行ける。何にでもなれる。
過去に縛られることも、未来に怯えることもなく、ただ「今」を全力で楽しむ自由。
「風が……気持ちいい」
アリアは呟いた。
その言葉は、彼女が世界と、そして自分自身と完全に和解した証だった。
「行くぞー! 次の街までノンストップだ!」
瞬が叫ぶ。
「おやつならありますわよ!」
エリーゼがお菓子箱を開ける。
「地図によると、前方に難所あり。注意されたし!」
ゼイクがナビゲートする。
騒がしくて、愛おしい仲間たち。
アリアは、窓を閉め、彼らの輪の中へと戻っていった。
その顔には、朝焼けよりも眩しい、最高の笑顔が咲いていた。
銀色の車体が、光の中へと消えていく。
雪解けの荒野に、新しい轍(わだち)を刻みながら。
夜と朝の境界線が、世界を二つの色に染め分けていた。
東の空は、深い群青色から、血が滲むような茜色へ、そして輝かしい黄金色へと、刻一刻とその表情を変えていく。
「薄明(はくめい)」。
星々がその役目を終えて姿を消し、太陽という主役が舞台袖で出番を待っている、ほんの僅かな静寂の時間帯。
山々の黒いシルエットが、朝霧に浮かぶ島のようにもやの中に佇んでいる。
川面を流れる霧は、まるで大地が吐き出す白い吐息のようだ。
窓を開けると、キーンと張り詰めた冷気が流れ込んできた。肺の中の淀んだ空気を一掃し、細胞の一つ一つを叩き起こすような、痛いほどに清浄な冬の朝の匂い。
宿の一室で、アリアは目を覚ました。
「……ん」
まぶたが重い。昨夜、焚き火の前で流した涙のせいだろう。少し腫れぼったい感覚がある。
けれど、不思議だった。
体は鉛のように重いはずなのに、胸の奥――心臓のあたりが、驚くほど軽いのだ。
まるで、背負っていた巨大な岩が、寝ている間に砂になって消えてしまったかのように。あるいは、背中に羽が生えたかのように。
アリアはベッドから降り、洗面台の鏡の前に立った。
そこに映っていたのは、誇り高き「エルフ族の姫君」でも、世界を呪う「復讐者」でもなかった。
寝癖がつき、目が赤く腫れた、どこにでもいるただの少女の顔。
「……ひどい顔」
アリアは小さく吹き出した。
以前なら、こんな隙だらけの顔を鏡に見つけるだけで、自己嫌悪に陥っていただろう。「完璧でなければならない」という強迫観念が、鏡の中の自分を睨みつけていたはずだ。
でも今は、この情けない顔が、妙に愛おしく思えた。
これが私だ。
泣いて、腫らして、お腹を空かせて起きる、ただの生き物としての私だ。
彼女は顔を洗い、丁寧に髪を梳かした。
そして、サイドテーブルに置いてあった赤いリボンを手に取った。
アリスに無理やり結ばれた、何の機能もない布切れ。
けれど今は、これが私を私たらしめる大切な「印」のように感じられた。
キュッ。
リボンを結ぶ。鏡の中で、赤い蝶々が揺れる。
「……よし」
小さく気合を入れる。
もう、鎧はいらない。肩書きもいらない。
このリボン一本あれば、私はどこへでも行ける気がした。
***
宿の外に出ると、キリッとした寒気が肌を刺した。
白い息を吐きながら、一行は巨大な銀色の鉄塊――魔導キャンピングカー「クイーン・アリス号」へと向かっていた。
「さみーっ! 耳がちぎれる!
早く暖房入れてくれ!」
瞬(シュン)が肩をすくめながら小走りに駆けていく。
「うるさいわね。今エンジン(魔導炉)暖めてるから待ちなさいよ」
アリスが眠そうな目をこすりながらキーを回す。
「ふあぁ……早起きは美容に良いと言いますが、限界がありますわ……」
エリーゼがふらふらと夢遊病者のように歩いている。
「規則正しい生活こそが騎士の基本だ。……が、この寒さは堪えるな」
ゼイクの鎧が、冷気でさらに冷たくなっているようだ。
いつもの、騒がしくて平和な朝の光景。
アリアは、その背中を追いかけながら、一歩一歩、雪を踏みしめた。
ザクッ、ザクッ。
足取りが軽い。
昨日までは、一歩進むごとに「罪悪感」という泥が足に絡みついていたのに。今日はまるで、重力そのものが弱まったかのように体が前に進む。
「みんな!」
アリアは声を上げた。
自分でも驚くほど、明るく、通る声だった。
全員が振り返る。
瞬が、アリスが、ゼイクが、エリーゼが、そしてメイが。
アリアは、深呼吸をして、ニッコリと笑った。
作り笑いじゃない。心の底から湧き上がってくる、混じりっけなしの笑顔。
「おはよう!」
たった一言の挨拶。
けれど、そこには「私はここにいてもいいんだ」という肯定と、「あなたたちと一緒にいたい」という意志が込められていた。
一瞬、みんなが目を丸くした。
アリアがこんなに晴れやかに、自分から挨拶をするなんて、初めてのことだったからだ。
最初に反応したのは、やはり瞬だった。
彼はニカっと白い歯を見せ、手を振り返した。
「おう! おはよう、アリア!」
「おはようございます、アリアさん!」
メイが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あら、今日はいい顔してるじゃない。リボン、決まってるわよ」
アリスがウィンクする。
「清々しい朝だ。貴殿の笑顔が見られて光栄だ」
ゼイクが頷く。
「ふふ、良い朝ですわね」
エリーゼが微笑む。
世界が、優しい色に染まっていく。
「受け入れられている」という安堵感が、アリアの胸を満たした。
***
車内に入ると、すぐに暖房が効いてきて、ポカポカとした空気に包まれた。
エンジン音が低く唸り、巨大な車体がふわりと浮き上がる。
アリアは、ソファに座るメイの隣に腰を下ろした。
メイは、窓の外の雪景色を眺めていたが、アリアが座ると嬉しそうに振り向いた。
その瞳は、今日も鮮やかな紫と黒のオッドアイだ。
「ねえ、メイ」
アリアは、メイの方に向き直った。
もう、迷いはない。恐れもない。
「その目……近くで見せてもらってもいい?」
メイが少し驚いたように瞬きをする。
けれど、すぐに「はい」と頷いて、顔を近づけてくれた。
アリアは、メイの瞳を覗き込んだ。
至近距離で見る紫色の瞳。
そこには、複雑な虹彩の模様があり、光を受けて万華鏡のように輝いていた。
かつて「災厄」だと思っていた色。
「不吉」だと教え込まれていた色。
でも、今は。
ただの、「色」にしか見えなかった。
スミレの花のような。あるいは、夜明け前の空のような。
ただそこに在るだけの、美しい自然の色。
色眼鏡(偏見)を外して見れば、世界はこんなにもシンプルで、透明だったのだ。
これを「正見(しょうけん)」と呼ぶのかもしれない。ありのままを、ありのままに見るということ。
「……うん。やっぱり綺麗ね」
アリアは、心からの感想を口にした。
「透き通っていて、吸い込まれそう。アメジストみたいだわ」
その言葉に、メイの頬が薔薇色に染まる。
彼女は照れくさそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「ありがとうございます。……アリアさんの目も、すごく素敵ですよ」
「え? 私の?」
「はい。深い森の緑みたいで、見ていると心が落ち着きます。……私、アリアさんの目、大好きです」
大好き。
その直球な言葉に、今度はアリアが赤くなる番だった。
自分の瞳なんて、ただのエルフの特徴でしかないと思っていた。
でも、誰かが「好き」と言ってくれるなら、それは特別なものになる。
お互いの瞳に、お互いの顔が映っている。
そこにはもう、種族の壁も、偏見の壁もなかった。
ただ、認め合い、好意を向け合う二人の少女がいるだけだった。
***
運転席の横、助手席に座っていた瞬は、バックミラー越しにその様子を見ていた。
ニヤニヤと、だらしない顔で。
「……何よ、気持ち悪いわね」
ハンドルを握るアリスが、横目で見てジト目になる。
「朝から何ニヤついてんのよ。変態?」
「いやー、いいなぁと思ってさ」
瞬は、後部座席の二人を見やりながら、しみじみと言った。
「世界ってのはやっぱり、捉え方ひとつで天国にも地獄にもなるな」
「は?」
「あいつらさ、ちょっと前までは『呪われた目』とか『人間は敵だ』とか言って、自分たちで勝手に地獄を作ってたわけじゃん?
でも、今は『綺麗だ』『好きだ』って笑い合ってる。……現実は何も変わってねぇのに、見方を変えただけで、そこは天国になった」
瞬は、窓の外に広がる雪原を見た。
荒涼とした、厳しい冬の景色。
でも、ここから見れば、それはキラキラと輝く銀世界だ。
「心の色眼鏡を外すだけで、世界ってこんなに生きやすくなるんだな」
アリスは、ハンドルの上で指をトントンと叩いた。
そして、フッと小さく笑った。
「ふん。……あんたにしては、深いこと言うじゃない」
「だろ? 俺、たまに天才的なこと言うからメモっとけよ」
「調子に乗るな」
アリスはアクセルを踏み込んだ。
グンッ、と加速する。
「でも……そうね。あの子たちが笑ってるなら、この世界も捨てたもんじゃないかもね」
彼女の瞳もまた、以前のような冷めたゲーマーの目ではなく、温かい光を宿していた。
***
車窓から、朝日が差し込んできた。
黄金色の光の矢が、車内を貫き、舞う埃(ほこり)さえも金粉のように輝かせる。
クイーン・アリス号は、雪原を疾走していく。
彼らの旅は、まだ終わらない。
魔王の謎、世界の危機、それぞれの過去の清算。解決すべき問題は山積みだ。
これから先、もっと厳しい戦いや、辛い別れが待っているかもしれない。
けれど、今の彼らには「迷い」はなかった。
アリアは、窓を開けた。
ゴーッという風切り音と共に、冷たくて新鮮な空気が流れ込んでくる。
髪が舞い上がり、赤いリボンがパタパタとはためく。
寒くない。
むしろ、体が内側から熱いくらいだ。
お互いの「ラベル」を剥がし、鎧を脱ぎ捨て、魂で繋がり合った彼らは、以前よりもずっと強く、しなやかになっていた。
「エルフだから」「人間だから」という硬い殻を破り、「ただの私」と「ただのあなた」として手を繋ぐことの強さ。
アリアは、風に向かって目を細めた。
吸い込んだ空気は、新しい地図の匂いがした。
どこへでも行ける。何にでもなれる。
過去に縛られることも、未来に怯えることもなく、ただ「今」を全力で楽しむ自由。
「風が……気持ちいい」
アリアは呟いた。
その言葉は、彼女が世界と、そして自分自身と完全に和解した証だった。
「行くぞー! 次の街までノンストップだ!」
瞬が叫ぶ。
「おやつならありますわよ!」
エリーゼがお菓子箱を開ける。
「地図によると、前方に難所あり。注意されたし!」
ゼイクがナビゲートする。
騒がしくて、愛おしい仲間たち。
アリアは、窓を閉め、彼らの輪の中へと戻っていった。
その顔には、朝焼けよりも眩しい、最高の笑顔が咲いていた。
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