無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第17章:獣王の国

第83話:地響きと、迫りくる災厄

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ズズズズズ……。

 それは、聴覚というよりも、むしろ骨格を直接揺さぶるような不穏な振動だった。  地殻の底、遥か深淵から這い上がってくるような重低音が、頼りない大地を小刻みに震わせている。

 車内の空調が完全に制御された快適な空間において、異変は卓上の小さな世界から始まった。  磨き上げられたマホガニーのテーブル。その上に置かれた白磁のティーカップの中で、琥珀色の液体が微細な波紋を描き始める。同心円状に広がるその波は次第に激しさを増し、受け皿であるソーサーとカップの底が触れ合うたびに、カチャ、カチャ、カチャと、神経を逆撫でするような硬質な陶器音を奏でた。優雅な午後のティータイムを切り裂く、不協和音。

「……地震?」

 給仕服の裾を僅かに揺らしながら、メイが不安げに眉を寄せた。その視線は、振動源を探るようにあちこちへと彷徨う。

「違うわ。これは……足音よ」

 アリスの視線は、コンソールのモニターに釘付けになっていた。  青白い電子光が彼女の端正な顔を照らし出し、そこに刻まれた険しい陰影を浮き彫りにする。彼女の指先がホログラムキーボードを高速で叩き、解析データを次々と弾き出していく。 「それも、とんでもない数のね」

 重厚な油圧音が響き、装甲ハッチが開く。  一行は、多目的装甲キャンピングカー「クイーン・アリス号」の空調の効いた車内から、外の世界へと飛び出した。

 ムッとした熱気と、乾いた土の匂いが鼻腔を突き刺す。  そこは、どこまでも続く荒涼とした荒野と、鬱蒼とした原生林がせめぎ合う境界線付近だった。  遮るもののない大平原の彼方。陽炎が揺らめく地平線の向こうから、世界を塗り潰すような「茶色の壁」が迫ってきていた。

 土煙だ。  太陽の光すら遮断し、空の青さを濁った黄土色へと変えながら、天を覆い尽くすほどの巨大な砂塵の嵐が、生き物のように膨張している。  そして、その圧倒的な質量の根元で蠢(うごめ)いているのは――単なる自然現象などではなかった。

「……なっ!?」

 アリアの喉から、声にならない驚愕が漏れた。彼女は息を呑み、その美しい瞳を限界まで見開いた。  エルフという種族特有の、長距離を見通す卓越した視力が、砂塵のヴェールを透過し、その中に潜むおぞましい「正体」を鮮明に捉えてしまったからだ。

 盛り上がった筋肉に脂ぎった汗を光らせるオークの群れ。  大木を爪楊枝のように軽々と担ぎ、大地を踏み砕く巨体のオーガ。  その影を縫うように疾走する、血に飢えた巨大な狼たち。  さらに上空には、蝙蝠のような皮膜の翼を広げ、耳障りな金切り声を上げて空を舞うワイバーンの編隊。  そして、獅子や山羊、蛇の部位を無秩序に継ぎ接ぎしたような、冒涜的な姿のキメラ。

 本来であれば生息域も異なり、遭遇すれば互いに喰らい合い、争い合うはずの魔物たちが、今はまるで何らかの巨大な意思に操られるかのように、一つの濁流となって押し寄せてきていた。  個としての意思を失い、ただ破壊衝動のみを原動力とした暴力の波。  その数、数百ではない。視界を埋め尽くすその密度は、千に近いかもしれない。

「スタンピード(魔物の暴走)……!」

 ゼイクの口から、呻くような言葉が漏れた。歴戦の戦士である彼でさえ、その光景には苦渋の表情を浮かべざるを得ない。

「おいおいおい」

 張り詰めた空気の中で、場違いなほど軽い声が響いた。  瞬(シュン)だ。彼はポケットに手を突っ込んだまま、どこか他人事のような口調で呟く。 「なんでこっちに向かってくんだよ? 俺たち、そんなに美味しそうに見えるか?」

「冗談を言っている場合か!」

 鋭い金属音が鳴り響く。  ゼイクが腰の剣を抜き放ち、その切っ先が空気を裂いた音だった。彼は血管が浮き出るほどの怒声を上げ、瞬を一喝する。 「あの数だぞ! 逃げるのは間に合わん。ここで迎撃するしかない!」

 その緊迫したやり取りに割って入ったのは、予想外の方向からの悲鳴だった。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 アリスがヒステリックな金切り声を上げ、巨大な装甲車のボディを両手で庇うようなポーズを取った。  彼女の瞳は、迫りくる魔物の群れよりも、背後の愛車のボディに向けられている。 「ここで戦うのはいいけど! 私の『クイーン・アリス号』に傷一つつけたら承知しないわよ!? 塗装だけでいくらかかってると思ってるの! ローンだってまだ残ってるんだから!」

 彼女が撫でているボディは、特殊コーティングによって鏡のように磨き上げられており、迫りくる砂塵の嵐を映し込んでいる。一粒の小石による傷すら許さない、狂気じみた愛着。

「命より車の心配かよ!」

 瞬が呆れたようにツッコミを入れるが、アリスの目は笑っていなかった。殺気すら帯びたその瞳は、彼女が本気(マジ)であることを雄弁に物語っていた。

 アリアは、呆然と立ち尽くしていた。  思考が、現実の光景に追いつかない。  (……正気なの?)  乾いた唇がわななく。  目の前には、小国ひとつなら半日とかからずに地図から消し去りかねない規模の、死の軍勢が迫っているのだ。  大地を揺るがす足音は、もはや轟音となって鼓膜を圧迫している。  それなのに、この人たちは恐怖を感じていないの?  車のローン? 美味しそう?  ふざけている場合じゃない。死ぬわよ。私たち全員、あの暴力の波に飲み込まれて、骨の欠片も残さず磨り潰されてしまうわ。

「逃げなきゃ……! 無理よ、あんな数!」

 アリアが叫んだ。それは理性的な判断であり、生物としての生存本能からの悲痛な叫びだった。 「私たちたった五人でどうにかできる相手じゃないわ! 死ぬ気なの!?」

 だが。  彼女の張り裂けんばかりの悲鳴に、誰一人として動じる者はいなかった。  風向きが変わった。

「総員、戦闘配置」

 ゼイクの声色が、一変した。  先ほどまでの焦燥は消え失せ、そこには絶対的な自信と冷徹さを併せ持った、指揮官(コマンダー)としての響きがあった。  彼は迷いのない足取りでアリアの前に進み出ると、背中で語るように大剣を構えた。  鋼鉄の鎧が、午後の陽光を反射して鈍く輝く。

「アリア殿、下がっていてくれ。……お客様に指一本触れさせるわけにはいかん」

 その背中は、あまりにも大きく、そして山のように頼もしかった。  かつて王立騎士団長として数多の戦場を潜り抜け、死線の上を歩んできた男だけが纏える、研ぎ澄まされた気迫。それが不可視の防壁となって、アリアの震えを止める。

「エリーゼ、広範囲結界の展開を頼む。瞬とアリス嬢は遊撃だ。私の指示に従え」

「了解ですわ。……ふふ、久しぶりに腕が鳴りますね」

 エリーゼがゆったりとした動作で杖を掲げる。  その瞬間、周囲の大気がざわりと波打った。杖の先端に埋め込まれた宝玉に、周囲のマナが渦を巻いて収束していく。可視化された膨大な魔力が、バチバチと小さなスパークを散らした。

「おぅ、任せたぜ!石頭の司令官殿」

 瞬が首をコキコキと鳴らす。その瞳からは先ほどの眠気は消え、獲物を前にした肉食獣のような鋭い光が宿っていた。

「了解。……絶対に傷つけないでよね?」

 アリスが不敵に唇を歪めて笑い、パチンと指を鳴らす。その指先から、数機の小型ドローンが展開され、空へと舞い上がった。

 アリアは、初めて見ることになる。  これまで、ふざけた日常を送り、冗談ばかり言い合っていたこの凸凹パーティが――「本気」になった時の姿を。

「来ます!」

 メイの鋭い警告と共に、魔物の先頭集団がついに射程圏内(キルゾーン)へと突入した。

 ドオオオオオオォォォッ!!

 地響きが、空気を媒介する音としてではなく、物理的な衝撃として直接内臓を揺らす。  むせ返るような腐った肉の悪臭と、錆びた鉄の臭い。そして千の喉から放たれる獣の咆哮が、暴風となってアリアたちの髪を真後ろになびかせた。  絶望的な光景。  しかし、その絶望を切り裂くように、男の声が轟いた。

「――薙ぎ払え!」

 ゼイクの号令が、戦場の空気を支配した。

 それは、アリアの常識を覆す、規格外の「掃除」の始まりだった。

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本日の更新はここまでです。読んでいただきありがとうございます!

次の更新まで少し空きますが、**「待ちきれない!」「完結まで一気に読みたい!」**という方には、こちらの完結済み作品がおすすめです。



 [詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~] 

[https://www.alphapolis.co.jp/novel/588637459/506977600]

こちらは既に完結しており、ラストまでノンストップで楽しめます。週末や夜更かしのお供にぜひ!

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