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第17章:獣王の国
第84話:砂上の楼閣、あるいは規格外の暴力
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大地の底から響くような地鳴りが、鼓膜ではなく内臓を直接揺さぶる。 轟音と共に、視界を埋め尽くすほどの魔物の波が押し寄せた。
その先頭をひた走るのは、身の丈三メートルを優に超えるオーガの群れだ。泥と脂にまみれた彼らの皮膚は、古い樹皮のように硬く分厚い。丸太ほどもある腕が振り回す粗雑な棍棒は、こびりついた血痕で黒ずみ、一振りで大岩さえも粉砕する理不尽な破壊力を秘めている。 数百、いや数千の殺意。それらが重なり合い、物理的な圧力を持った熱風となってこちらの肌を刺す。空間そのものが、その質量に耐えきれずに悲鳴を上げ、歪んでいるかのような錯覚さえ覚える。
アリアは、乾いた喉を鳴らし、反射的に瞬たちに買ってもらった新しい弓へと手をかけた。指先が微かに震え、まだ馴染みの浅い弦の感触を確かめる。 だが、矢を番えるよりも早く、一人の男が前に出た。 瞬(シュン)だ。
彼は武器を持っていなかった。剣も、杖も、身を守る防具さえも。 ただ、ズボンのポケットに両手を無造作に突っ込んだまま、まるで近所のコンビニへ散歩にでも行くかのような気軽さで、死の行軍と化した魔物の群れの前へと歩み出たのだ。 彼が踏み出すたび、足元の小石がカツ、カツと場違いに軽い音を立てる。
「……ちょっと、瞬! 丸腰でどうする気なの!?」
アリアの悲痛な叫びが、戦場の轟音を切り裂いた。 しかし、瞬は振り返りもしない。彼の背中は、これから始まる殺戮を前にしても、あまりにも無防備で、あまりにも隙だらけだった。
眼前に迫るオーガの巨体。鼻をつく獣の体臭と、腐敗した肉の臭気。 空を裂く風切り音と共に、丸太のような棍棒が振り下ろされる。その影が瞬の全身を覆い隠し、彼という存在を押し潰そうとした、その刹那。
瞬は、ポケットから億劫そうに右手を出した。 そして、まとわりつく夏の羽虫でも払うかのように、脱力しきった動作で軽く裏拳を振るった。
「ホイッ」
ドォォン!!
大気が破裂したかのような衝撃音が、周囲の空気を震わせ、アリアの鼓膜を激しく揺らした。 アリアは、我が目を疑った。現実と認識の乖離に、脳の処理が追いつかない。
殴られたオーガが、吹き飛んだのではない。 衝撃で血肉が弾け飛び、臓器がぶちまけられたのでもない。 瞬の拳が触れた、その瞬間。
オーガという有機的な質量が、音もなく**「崩壊」**したのだ。
サラサラサラ……。
戦場には似つかわしくない、砂時計の砂が落ちるような乾いた音が響く。 鋼のような筋肉も、強固な骨格も、荒い息を吐いていた命も、すべてが砂よりも細かい灰色の粒子となって砕け散った。 それはまるで、最初からそこに形あるものなど存在しなかったかのように、風に溶けて消えていく。 物理法則を完全に無視した、原子レベルでの分解現象。 そこに残ったのは、血の匂い一つしない、ただのぽっかりと空いた空間だけだった。
「……え?」
アリアの思考が、完全に停止する。 なんだ、あれは。 魔法? いや、魔力の光は一切見えなかった。 武術? いや、あんな衝撃の伝え方はあり得ない。 あれは――ただの「消去」だ。パソコン上のデータをゴミ箱に入れるように、存在そのものを世界というキャンバスからデリートしたかのような、絶対的な拒絶。
「次はこっちか」
瞬は、立ち止まることなく歩き続ける。その足取りには、緊張も高揚もない。 上空から鼓膜をつんざく咆哮と共に襲いかかるワイバーン。その鉤爪が届く寸前、瞬の手が空をなぐと、ワイバーンは一瞬にして光の粒子へと変わり、キラキラと輝きながら霧散した。 地響きを立てて突進してくる巨大猪。戦車のような突撃に対し、彼はあくびでも噛み殺すような顔で平手打ちを見舞う。パン、という軽い音と共に、巨大猪は輪郭を失い、大気に溶けた。
その姿は、命を賭した戦士というよりは、放課後の教室で黒板消しを使い、落書きを淡々と消して回る教師のように、事務的で、無機質だった。
「さてと。私も働くとしましょうか」
隣で、アリスが優雅に指を鳴らした。 パチン。 硬質で澄んだ音が、騒乱の中に鋭く響き渡る。 その音を合図に、彼女の周囲の空間が歪んだ。無数の青白い燐光が走り、虚空に複雑怪奇なラインを描き出す。 魔法陣ではない。 それは、高度な幾何学的図形と、羅列される膨大な文字列、そして複雑な数式が立体的に組み合わさった、この世界のものではない未知の術式だった。青白い光がアリスの美しい横顔を照らし出し、その瞳には冷徹な計算の光が宿る。
「効率的にいきましょうか。……殲滅(せんめつ)モード起動」
アリスが指揮者のようにタクトを振るう動作を見せる。 展開された数式のドームから、一条の光が放たれた。 いや、一条ではない。数百、数千の細い青白色の光線(レーザー)が、豪雨のように魔物の群れへと降り注ぐ。
シュンッ、シュンッ、シュンッ!
空気が焼ける鋭い音と共に、光が貫通した魔物たちが、次々と糸が切れた人形のように倒れていく。 燃え盛る炎でもなく、凍てつく氷でもない。 光線が通過した箇所だけが、まるで高温の熱線カッターでくり抜かれたかのように綺麗に抉り取られ、心臓や脳といった急所だけを的確に破壊している。 傷口からは煙が上がり、肉が焼ける嫌な臭いが漂うが、出血は瞬時に止まっている。 それは、ファンタジーの住人が知る魔法というより、高度な科学技術が生み出した「ビーム兵器」による、慈悲なき掃射だった。
「きゃあ、こっちにも来ました!」
後方から、場違いなほど可愛らしい悲鳴が上がった。 前線の崩壊に乗じて、漏れた数体の魔物たちが、手薄な後衛にいるメイを狙って回り込んでいたのだ。 アリアがハッとして振り返り、助けに入ろうと弓を引き絞る。 「メイ! 逃げて!」 だが、メイは逃げなかった。 彼女は、エプロンのポケットから何かを取り出す……いや、手に持っていたもの――夕食の準備に使おうとしていた、使い込まれて黒光りする大きな鉄のフライパンを、両手でしっかりと構えた。
ガオォォッ!
巨大な狼型の魔物が、粘つく唾液を垂らしながら、鋭い牙を剥いて飛びかかる。その速度は疾風の如く、常人なら反応さえできない。 しかし。
カーンッ!!
戦場に、どこか間の抜けた、しかし小気味よい金属音が甲高く響き渡った。 メイが、その華奢な腕でフライパンを突き出し、狼の噛みつきを真正面から受け止めたのだ。鉄の底が、狼の鼻先を完全に捉えている。 さらに。
「えいっ!」
彼女は、掛け声と共に腰を入れ、フルスイングでフライパンを振り抜いた。 ブンッ! 空気を裂く重低音が唸る。 数百キロはあるはずの魔物の巨体が、ラケットに弾かれたテニスボールのように軽々と宙を舞い、物理法則をあざ笑うかのような速度で彼方へと投げ飛ばされた。 キラン、と遠くの空で光ったような気さえする。
「……あ、あれ?」
メイはフライパンを下ろすと、てへっと舌を出して無邪気に笑った。 「つい、お料理の癖で……返しちゃいました」
アリアは、弓を持ったまま呆然と立ち尽くしていた。指から力が抜け、矢が地面に落ちる音さえ耳に入らない。 (……何なの、この人たち) アリアが知る「強さ」の概念が、音を立てて崩れていく。 かつて見たゼイクの剣技も、宮廷魔術師エリーゼの魔法も、確かに超一流だった。常人離れしていた。 だが、瞬とアリス、そしてメイが見せつけている強さは、次元そのものが違っていた。 エルフ族の精鋭部隊を束ねても、これほどの数を相手にすれば全滅は免れない。 いや、古い伝承にある絶望の象徴「魔族」でさえ、こんなデタラメで理不尽な力は持っていないはずだ。
視界の先では、瞬が、粒子となってサラサラと消えゆく魔物の群れの中を、本人はカッコつけているつもりだろうがどこか締まらない猫背で、悠々とすり抜けていく。 アリスが、冷徹な美貌のまま、指先一つで優雅に死の光の雨を降らせている。 メイが、ニコニコと楽しげに、家庭用品であるフライパン一つで凶悪な敵を打ち返している。
(生物としての……格が、違いすぎる)
アリアは戦慄した。背筋を冷たいものが駆け上がり、足の震えが止まらない。 彼らを「英雄」などという、人間ごときの枠組みで呼んでいいものなのだろうか。 これは、もっと別の――この世界の理(ことわり)から外れた、規格外の「バグ」。世界というシステムそのものをハッキングする、侵入者たちの所業だ。
「……終わった?」
数分も経っていなかったと思う。 巻き上がった土煙が風に流され、視界が晴れていく。 そこにはもう、動く魔物の姿は一つもなかった。 地平線を埋め尽くしていたあの大軍勢が、まるで悪い夢だったかのように、嘘のように消滅していた。 足元には、死体さえ残っていない。瞬とアリスの攻撃によって、血の一滴、骨の欠片に至るまで、塵一つ残さず浄化されてしまったからだ。 アリアの手にある弓は、ついに一度も引かれることはなかった。 彼女の出番など、最初からこの舞台には存在しなかったのだ。
「ふぅ。いい運動になったな」
瞬が、軽く肩を回し、首をコキコキと鳴らしながら戻ってきた。 あれだけの殺戮劇を演じたにもかかわらず、息一つ切らしていない。服の裾には泥はね一つなく、返り血一滴ついていない。
「こっちも終わったわよ」
アリスが、空中に展開していた数式をパチンと指で弾いて消した。青白い光の残滓が、ふわりと空気に溶ける。
これほどの破壊の嵐が吹き荒れたにもかかわらず、こちらの陣営――馬車やキャンプ道具には、砂埃ひとつ届いていない。 エリーゼが展開していた多重結界が、飛び散る衝撃波や瓦礫、そして魔物の殺意から、完璧に車体と一行を守り抜いていたのだ。結界の表面が、役目を終えて微かに虹色に輝いている。
圧倒的な暴力。 砂上の楼閣のように崩れ去った魔物の群れ。 そして、訪れた不自然なほどの静寂。
アリアは、喉の奥から乾いた笑いしか出てこなかった。 (……何がどうなってるのかしら・・・) 彼女は、心底からそう思い、空を見上げた。 そして彼らが味方であるという事実に、底知れぬ恐怖と、それを上回る深い安堵が入り混じった、複雑な震えを覚えた。
その先頭をひた走るのは、身の丈三メートルを優に超えるオーガの群れだ。泥と脂にまみれた彼らの皮膚は、古い樹皮のように硬く分厚い。丸太ほどもある腕が振り回す粗雑な棍棒は、こびりついた血痕で黒ずみ、一振りで大岩さえも粉砕する理不尽な破壊力を秘めている。 数百、いや数千の殺意。それらが重なり合い、物理的な圧力を持った熱風となってこちらの肌を刺す。空間そのものが、その質量に耐えきれずに悲鳴を上げ、歪んでいるかのような錯覚さえ覚える。
アリアは、乾いた喉を鳴らし、反射的に瞬たちに買ってもらった新しい弓へと手をかけた。指先が微かに震え、まだ馴染みの浅い弦の感触を確かめる。 だが、矢を番えるよりも早く、一人の男が前に出た。 瞬(シュン)だ。
彼は武器を持っていなかった。剣も、杖も、身を守る防具さえも。 ただ、ズボンのポケットに両手を無造作に突っ込んだまま、まるで近所のコンビニへ散歩にでも行くかのような気軽さで、死の行軍と化した魔物の群れの前へと歩み出たのだ。 彼が踏み出すたび、足元の小石がカツ、カツと場違いに軽い音を立てる。
「……ちょっと、瞬! 丸腰でどうする気なの!?」
アリアの悲痛な叫びが、戦場の轟音を切り裂いた。 しかし、瞬は振り返りもしない。彼の背中は、これから始まる殺戮を前にしても、あまりにも無防備で、あまりにも隙だらけだった。
眼前に迫るオーガの巨体。鼻をつく獣の体臭と、腐敗した肉の臭気。 空を裂く風切り音と共に、丸太のような棍棒が振り下ろされる。その影が瞬の全身を覆い隠し、彼という存在を押し潰そうとした、その刹那。
瞬は、ポケットから億劫そうに右手を出した。 そして、まとわりつく夏の羽虫でも払うかのように、脱力しきった動作で軽く裏拳を振るった。
「ホイッ」
ドォォン!!
大気が破裂したかのような衝撃音が、周囲の空気を震わせ、アリアの鼓膜を激しく揺らした。 アリアは、我が目を疑った。現実と認識の乖離に、脳の処理が追いつかない。
殴られたオーガが、吹き飛んだのではない。 衝撃で血肉が弾け飛び、臓器がぶちまけられたのでもない。 瞬の拳が触れた、その瞬間。
オーガという有機的な質量が、音もなく**「崩壊」**したのだ。
サラサラサラ……。
戦場には似つかわしくない、砂時計の砂が落ちるような乾いた音が響く。 鋼のような筋肉も、強固な骨格も、荒い息を吐いていた命も、すべてが砂よりも細かい灰色の粒子となって砕け散った。 それはまるで、最初からそこに形あるものなど存在しなかったかのように、風に溶けて消えていく。 物理法則を完全に無視した、原子レベルでの分解現象。 そこに残ったのは、血の匂い一つしない、ただのぽっかりと空いた空間だけだった。
「……え?」
アリアの思考が、完全に停止する。 なんだ、あれは。 魔法? いや、魔力の光は一切見えなかった。 武術? いや、あんな衝撃の伝え方はあり得ない。 あれは――ただの「消去」だ。パソコン上のデータをゴミ箱に入れるように、存在そのものを世界というキャンバスからデリートしたかのような、絶対的な拒絶。
「次はこっちか」
瞬は、立ち止まることなく歩き続ける。その足取りには、緊張も高揚もない。 上空から鼓膜をつんざく咆哮と共に襲いかかるワイバーン。その鉤爪が届く寸前、瞬の手が空をなぐと、ワイバーンは一瞬にして光の粒子へと変わり、キラキラと輝きながら霧散した。 地響きを立てて突進してくる巨大猪。戦車のような突撃に対し、彼はあくびでも噛み殺すような顔で平手打ちを見舞う。パン、という軽い音と共に、巨大猪は輪郭を失い、大気に溶けた。
その姿は、命を賭した戦士というよりは、放課後の教室で黒板消しを使い、落書きを淡々と消して回る教師のように、事務的で、無機質だった。
「さてと。私も働くとしましょうか」
隣で、アリスが優雅に指を鳴らした。 パチン。 硬質で澄んだ音が、騒乱の中に鋭く響き渡る。 その音を合図に、彼女の周囲の空間が歪んだ。無数の青白い燐光が走り、虚空に複雑怪奇なラインを描き出す。 魔法陣ではない。 それは、高度な幾何学的図形と、羅列される膨大な文字列、そして複雑な数式が立体的に組み合わさった、この世界のものではない未知の術式だった。青白い光がアリスの美しい横顔を照らし出し、その瞳には冷徹な計算の光が宿る。
「効率的にいきましょうか。……殲滅(せんめつ)モード起動」
アリスが指揮者のようにタクトを振るう動作を見せる。 展開された数式のドームから、一条の光が放たれた。 いや、一条ではない。数百、数千の細い青白色の光線(レーザー)が、豪雨のように魔物の群れへと降り注ぐ。
シュンッ、シュンッ、シュンッ!
空気が焼ける鋭い音と共に、光が貫通した魔物たちが、次々と糸が切れた人形のように倒れていく。 燃え盛る炎でもなく、凍てつく氷でもない。 光線が通過した箇所だけが、まるで高温の熱線カッターでくり抜かれたかのように綺麗に抉り取られ、心臓や脳といった急所だけを的確に破壊している。 傷口からは煙が上がり、肉が焼ける嫌な臭いが漂うが、出血は瞬時に止まっている。 それは、ファンタジーの住人が知る魔法というより、高度な科学技術が生み出した「ビーム兵器」による、慈悲なき掃射だった。
「きゃあ、こっちにも来ました!」
後方から、場違いなほど可愛らしい悲鳴が上がった。 前線の崩壊に乗じて、漏れた数体の魔物たちが、手薄な後衛にいるメイを狙って回り込んでいたのだ。 アリアがハッとして振り返り、助けに入ろうと弓を引き絞る。 「メイ! 逃げて!」 だが、メイは逃げなかった。 彼女は、エプロンのポケットから何かを取り出す……いや、手に持っていたもの――夕食の準備に使おうとしていた、使い込まれて黒光りする大きな鉄のフライパンを、両手でしっかりと構えた。
ガオォォッ!
巨大な狼型の魔物が、粘つく唾液を垂らしながら、鋭い牙を剥いて飛びかかる。その速度は疾風の如く、常人なら反応さえできない。 しかし。
カーンッ!!
戦場に、どこか間の抜けた、しかし小気味よい金属音が甲高く響き渡った。 メイが、その華奢な腕でフライパンを突き出し、狼の噛みつきを真正面から受け止めたのだ。鉄の底が、狼の鼻先を完全に捉えている。 さらに。
「えいっ!」
彼女は、掛け声と共に腰を入れ、フルスイングでフライパンを振り抜いた。 ブンッ! 空気を裂く重低音が唸る。 数百キロはあるはずの魔物の巨体が、ラケットに弾かれたテニスボールのように軽々と宙を舞い、物理法則をあざ笑うかのような速度で彼方へと投げ飛ばされた。 キラン、と遠くの空で光ったような気さえする。
「……あ、あれ?」
メイはフライパンを下ろすと、てへっと舌を出して無邪気に笑った。 「つい、お料理の癖で……返しちゃいました」
アリアは、弓を持ったまま呆然と立ち尽くしていた。指から力が抜け、矢が地面に落ちる音さえ耳に入らない。 (……何なの、この人たち) アリアが知る「強さ」の概念が、音を立てて崩れていく。 かつて見たゼイクの剣技も、宮廷魔術師エリーゼの魔法も、確かに超一流だった。常人離れしていた。 だが、瞬とアリス、そしてメイが見せつけている強さは、次元そのものが違っていた。 エルフ族の精鋭部隊を束ねても、これほどの数を相手にすれば全滅は免れない。 いや、古い伝承にある絶望の象徴「魔族」でさえ、こんなデタラメで理不尽な力は持っていないはずだ。
視界の先では、瞬が、粒子となってサラサラと消えゆく魔物の群れの中を、本人はカッコつけているつもりだろうがどこか締まらない猫背で、悠々とすり抜けていく。 アリスが、冷徹な美貌のまま、指先一つで優雅に死の光の雨を降らせている。 メイが、ニコニコと楽しげに、家庭用品であるフライパン一つで凶悪な敵を打ち返している。
(生物としての……格が、違いすぎる)
アリアは戦慄した。背筋を冷たいものが駆け上がり、足の震えが止まらない。 彼らを「英雄」などという、人間ごときの枠組みで呼んでいいものなのだろうか。 これは、もっと別の――この世界の理(ことわり)から外れた、規格外の「バグ」。世界というシステムそのものをハッキングする、侵入者たちの所業だ。
「……終わった?」
数分も経っていなかったと思う。 巻き上がった土煙が風に流され、視界が晴れていく。 そこにはもう、動く魔物の姿は一つもなかった。 地平線を埋め尽くしていたあの大軍勢が、まるで悪い夢だったかのように、嘘のように消滅していた。 足元には、死体さえ残っていない。瞬とアリスの攻撃によって、血の一滴、骨の欠片に至るまで、塵一つ残さず浄化されてしまったからだ。 アリアの手にある弓は、ついに一度も引かれることはなかった。 彼女の出番など、最初からこの舞台には存在しなかったのだ。
「ふぅ。いい運動になったな」
瞬が、軽く肩を回し、首をコキコキと鳴らしながら戻ってきた。 あれだけの殺戮劇を演じたにもかかわらず、息一つ切らしていない。服の裾には泥はね一つなく、返り血一滴ついていない。
「こっちも終わったわよ」
アリスが、空中に展開していた数式をパチンと指で弾いて消した。青白い光の残滓が、ふわりと空気に溶ける。
これほどの破壊の嵐が吹き荒れたにもかかわらず、こちらの陣営――馬車やキャンプ道具には、砂埃ひとつ届いていない。 エリーゼが展開していた多重結界が、飛び散る衝撃波や瓦礫、そして魔物の殺意から、完璧に車体と一行を守り抜いていたのだ。結界の表面が、役目を終えて微かに虹色に輝いている。
圧倒的な暴力。 砂上の楼閣のように崩れ去った魔物の群れ。 そして、訪れた不自然なほどの静寂。
アリアは、喉の奥から乾いた笑いしか出てこなかった。 (……何がどうなってるのかしら・・・) 彼女は、心底からそう思い、空を見上げた。 そして彼らが味方であるという事実に、底知れぬ恐怖と、それを上回る深い安堵が入り混じった、複雑な震えを覚えた。
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