無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第17章:獣王の国

第85話:紅茶の香り、そしてエルフ領へ

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戦場に、奇妙な静寂が戻っていた。  つい先ほどまで、地を揺るがす轟音と魔物の咆哮が支配していた場所だとは、とても思えない。  舞い上がっていた土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには、死体の山などなかった。血の海もなかった。  ただ、広大な更地が広がっているだけだった。

 瞬(シュン)が、軽いジョギングを終えたかのような足取りで戻ってきた。  服に汚れ一つついていない。呼吸も乱れていない。

「あー、終わった終わった」  彼は首をコキコキと鳴らし、青空を見上げて大きく伸びをした。 「いい運動になったけど、余計に腹減ったな。……メイ、飯まだか?」

 その言葉に、アリアは開いた口が塞がらなかった。  数百の魔物の群れを単独で消滅させておいて、第一声が「腹減った」?  この男の神経は、一体どういう構造をしているのだろうか。

「あら、お帰りなさい」  アリスが、優雅に扇子を仰ぎながら出迎えた。  彼女は戦場を見渡すのではなく、愛車「クイーン・アリス号」のボディを入念にチェックしていた。

「うん、傷一つなし。完璧ね」  彼女は満足そうに頷いた。 「なんにしても、私のクイーン・アリス号の危機は回避したわ。あんなのが突っ込んできたら、流石に色々ベコベコになって、メキョメキョのどかーーんってなってたわよ。修理代だけで国が傾くところだったわ」

「心配するのはそこかよ」  瞬が呆れたように言うが、アリスにとっては切実な問題らしい。

 そんな二人のやり取りを他所に、エリーゼは一人、戦場の跡地――地面が不自然に抉り取られ、ガラス化している部分――を観察していた。  彼女は膝をつき、指先で地面の焦げ跡をなぞる。

「……奇妙ですわね」  彼女のつぶやきに、ゼイクが反応する。 「何がだ?」

「彼らの動きですわ。統率が取れていないのは見ての通りでしたが……」  エリーゼは、魔物たちがやってきた方向、地平線の彼方を指差した。 「彼ら、私たちを『襲いに来た』というより……何かから『逃げてきた』感じに見えませんでしたこと?」

「逃げてきた……?」  ゼイクが眉をひそめる。

「ええ。背後に迫る『もっと恐ろしい何か』から、パニックになって逃げ惑っていた。……ですが、それだけではありませんわ」

 エリーゼは目を細め、空気中のマナを探るように杖をかざした。

「大気そのものが、奇妙な『振動』を起こしているような……そんな不快な共鳴(レゾナンス)を感じます。もしかすると、この正体不明の振動が彼らの脳を直接刺激し、恐怖と狂乱を増幅させていたのかもしれません」

 その言葉に、場に冷たい風が吹き抜けた気がした。  あの凶暴なオーガやワイバーンの群れを狂わせ、恐怖して逃げ出させるほどの「何か」。そして、空間そのものを震わせる不可視の力。  アリアの脳裏に、先ほど自分が口にした「魔族との取引」という言葉がよぎる。  見えない脅威が、すぐそこまで迫っているのかもしれない。

 だが。  ゼイクはふと、視線を瞬とアリスに戻した。  腹を減らしてる瞬と、車の窓ガラスをハンカチで拭いているアリス。

「……しかし」  ゼイクは、しみじみと言った。 「今更ながら、改めて思うんだが……瞬とアリス嬢の強さはなんなんだ」

 彼は、彼方まで続く更地を見渡した。  一撃で地形を変え、軍隊規模の魔物を塵に変える力。

「本当に、人間か?」

 その問いかけは、アリアの心の声を代弁するものだった。  彼女は心の中で、首がもげるほど激しく頷いた。

 (そうよ! 本当にそうよ!)

 アリアは叫びたかった。  エルフの基準で言わせてもらえば、人間なんてひ弱ですぐ死ぬ生き物のはずだ。  でも、こいつらは違う。  生物としての器(うつわ)の出来がおかしい。魔力の質も、肉体の構造も、何かが根本的に間違っている。

 (あなたたち、絶対人間じゃないわよ! 魔王よりタチが悪いわよ!)

 だが、それを口に出すことはできなかった。  なぜなら――。

「みなさん、お疲れ様でした~」  ガチャリ、と車のドアが開き、メイがトレイを持って出てきたからだ。  トレイの上には、湯気を立てるティーポットと、人数分のカップ、そして焼き立てのクッキーが乗っている。

「紅茶が入りましたよ~。戦闘の後のティータイムにしましょう」

 戦場の真ん中。  土煙の匂いが残る荒野で、優雅な紅茶の香りが広がる。  そのあまりにも場違いで、けれど絶対的な「日常感」が、全ての深刻さを吹き飛ばしてしまう。

「おっ、サンキュなメイ! 喉乾いてたんだ!」  瞬が嬉しそうにカップを取る。

「気が利くわねぇメイちゃん。やっぱり労働の後は甘いものよね」  アリスもクッキーをつまむ。

 ゼイクは「……はぁ」と深いため息をつき、剣を収めた。 「……まあいい。いつものことだしな」  彼もまた、諦めたように紅茶を受け取る。

 アリアも、メイからカップを渡された。  温かい。  甘い香り。  さっきまでの恐怖や驚愕が、湯気と共に溶けていくようだ。

 (……本当に、調子が狂う人たち)  アリアは苦笑して、紅茶を口に含んだ。

 魔物の群れを狂わせた「振動」とは何なのか。魔族の影がどこにあるのか。  不安は尽きない。  けれど、この「規格外」な仲間たちが一緒なら、どんな理不尽も解決してしまうような気がした。

 ***

 ティータイムを終え、クイーン・アリス号は再び走り出した。  荒野を抜け、景色が徐々に緑豊かなものへと変わっていく。  巨木が立ち並び、神秘的な静寂に包まれた深い森。  やがて、目に見えない薄い膜のようなものを通り抜けた感覚があった。  結界だ。

「……ここから先は、私の国よ」  アリアが、窓の外を見つめながら言った。  その声には、故郷への愛着と、これから待ち受ける困難への緊張が混じっていた。

 エルフの森。  人間を拒絶し、閉ざされた聖域。  そこに、人間の(しかも規格外の)乗り物が、堂々と乗り込んでいく。

「よし、行くぞ!」  瞬が号令をかける。  銀色の車体が、木漏れ日の中を滑るように進んでいく。

 森の奥で何が待っているのか。  戦争、魔族、そしてアリアの家族との対面。  新たな波乱の予感を乗せて、最強のパーティは「エルフの領地」へと足を踏み入れた。
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