無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第18章:翡翠の悪夢

第90話:琥珀の檻と、凍りついた時間 〜握りしめた拳をほどくことは、新しい種を蒔くことである〜

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地下深くに隠された避難所。  そこはかつて、エルフたちが緊急時のために用意した備蓄庫だったが、今は死を待つ棺桶と化していた。

 天井の岩盤から、ピチャリ、ピチャリと、黒い雫が滴り落ちてくる。  その雫が床に落ちると、ジュウという音も立てず、ただ無音で石を侵食し、広がっていく。

「……結界が、保たない」

 守備隊長シルヴァンは、青ざめた顔で天井を見上げていた。  彼らを守っていた最後の魔法障壁。数十人の魔導師が交代で魔力を注ぎ込み、必死に維持してきた光の膜が、今、黒いシミに覆い尽くされようとしていた。  上から聞こえてくるのは、獣の咆哮ではない。  ズズズ……ジュル……という、何か巨大な軟体動物が這い回り、大地を啜(すす)り上げるような湿った音だ。  その音を聞くたびに、避難民たちの肩が震える。

 地上の森はもうない。  あの黒いタールの化け物が、木々も、動物も、泉の水さえも飲み込み、森全体を「黒い泥の海」へと変えてしまったのだ。

「隊長……! もう魔力が……!」

 部下の魔導師が、鼻から血を流して崩れ落ちる。  パリンッ。  乾いた音が響いた。  天井の結界に亀裂が入る。  その隙間から、ドロリとした黒い液体が、滝のように雪崩れ込んできた。

「ひっ、いやぁぁぁぁ!」 「来るな! 来るなぁ!」

 狭い地下空間はパニックに陥った。  だが、逃げ場はない。入り口は瓦礫で塞がれ、今や唯一の出口だった天井からは、死そのものが降り注いでいる。  黒い泥は、意思を持っているかのように鎌首をもたげた。  目はなく、口もない。  ただ、生命力の高いもの――エルフたちの方へと、正確に狙いを定めて波打つ。

「火を放て! 凍らせろ!」

 シルヴァンが叫び、残った兵士たちが魔法を放つ。  だが、それは悪手だった。  放たれた炎の球は、黒い泥に触れた瞬間に吸収され、泥の体積を倍に膨れ上がらせただけだった。  魔法さえも「餌」にする。  この理不尽な捕食者の前では、エルフの誇る魔導技術など、自らを太らせて食われるためのスパイスにしかならない。

「……駄目だ」

 シルヴァンの剣が手から滑り落ちた。  目の前で、部下の兵士が泥に足を捕らえられた。  「助けてください!」と叫ぶ間もなく、黒い波が彼を頭から飲み込む。  悲鳴すら上がらない。  ただ、泥の中で何かがもがくように波紋が広がり、数秒後には静かになった。  骨も、装備も残らない。完全なる消失。

 絶望が、地下室を満たしていく。  老人たちが祈り、母親が子供の目を塞ぐ。  終わりだ。エルフの歴史も、誇りも、この汚泥の中で永遠に失われるのだ。

 その時、シルヴァンの視線が、部屋の隅にある「巨大な根」に止まった。  それは、かつて地上にそびえ立っていた「世界樹」の根の一部だ。  地上部分は焼かれ、枯れてしまったが、地下深くにあるこの根だけは、まだ微かに脈打っているように見えた。

「……賭けるしか、ないか」

 シルヴァンは、狂気にも似た決意を目に宿し、生き残った魔導師たちに向かって叫んだ。

「総員! 攻撃を中止しろ! 魔力を攻撃に使うな!」 「で、ですが隊長! 何もしなければ飲み込まれます!」 「攻撃しても飲み込まれるだけだ! ……術式を変える! 『琥珀の棺(アンバー・コフィン)』だ!」

 その言葉に、魔導師たちが息を呑んだ。  それは、古代エルフの禁呪の一つ。  対象を強固な結晶の中に封じ込め、時間を停止させる絶対防御魔法。だが、それは術者自身の命をも封じ込め、解除されるまで永遠に眠り続けることを意味する「自決」に近い魔法だった。

「我々には、あの化け物を倒す力はない。逃げる場所もない」

 シルヴァンは、迫りくる黒い波を指差した。

「だが、ここで我々の『時間』を止めることはできる!  飲み込まれて消滅するより、未来へ希望を繋ぐんだ! いつか……誰かが我々を見つけてくれる、その時まで!」

 悲痛な選択だった。  勝利ではない。ただの延命措置かもしれない。  それでも、エルフたちは頷いた。  無に帰すよりは、石になってでも存在を残したい。アリア姫が戻ってきた時、誰もいなくなっているよりは。

「やります!」 「我らの命、森に捧げん!」

 魔導師たちが世界樹の根を取り囲み、手をかざす。  シルヴァンがその中心に立ち、詠唱を始めた。  黒い泥が、彼らの目の前まで迫る。  腐臭が鼻をつく。死の感触が肌を撫でる。

「……発動ッ!!」

 カッ!  世界樹の根が、黄金色の光を放った。  その光は地下室全体に広がり、空気を、時間を、そして絶望に震えるエルフたちを包み込んでいく。

 パキ……パキパキ……。

 黒いタールの波が、あと数センチで子供たちに触れるというところで――展開された黄金の結晶が、彼らをドーム状に包み込んだ。  タールの波はその外壁に弾かれ、彼らという「時間」だけが、濁流の中で切り離された。

 光は、エルフたち自身をも飲み込んでいく。  足元から体が硬化し、意識が遠のいていく。

 (姫様……どうか、ご無事で)

 シルヴァンは、薄れゆく視界の中で、外の世界が黒い泥に埋め尽くされていくのを見た。  だが、この琥珀の中までは入ってこれない。  勝ったわけではない。  ただ、負けを先送りにしただけだ。  いつかこの結晶が解ければ、また絶望と向き合うことになるかもしれない。

 けれど、今はこれでいい。  この静寂こそが、私たちが守り抜いた最後の砦だ。

 完全に光に満たされ、地下室は沈黙した。  そこには、黒いタールの海に沈みながらも、巨大な琥珀の中に守られ、恐怖に顔を歪めながらも手を繋ぎ合うエルフたちが、美しくも恐ろしい彫像となって残された。

 地上の森は死に絶え、黒い沼が広がっている。  だが、その地下深く、泥の海の底で、微かな希望の種火だけは、消えずに眠りについていた。  いつか訪れる「銀色の流星」が、この堅牢な棺を見つけ出し、こじ開けるその時を待ちわびて。
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