無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第18章:翡翠の悪夢

第89話:黒い泥濘と、喰われる森 〜絶望の衣(ころも)も、規格外の「洗濯」の前にはただの汚れに過ぎない〜

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それは、アリアが転移魔法で飛ばされ、人間の世界で孤独な戦いを強いられていた頃の話だ。

 エルフの森は、死に絶えようとしていた。  獣人軍の侵攻により、数千年の歴史を誇る巨木は焼かれ、清浄な空気は黒煙に穢(けが)された。多くの同胞が倒れ、あるいは連れ去られ、森の防衛線は崩壊していた。

 だが、本当の悪夢は、獣人たちが去った後に訪れた。

 森の最深部、世界樹の根元に広がる聖域。  そこに、獣人の呪術師たちが残していった「置き土産」があった。

 それは、不気味な紋様が刻まれた、黒い壺だった。  生き残ったエルフの守備隊長、シルヴァンは、部下と共にその壺を取り囲んでいた。

「……なんだ、これは。とてつもなく邪悪な気配がする」

 シルヴァンが眉をひそめた瞬間、壺にピシりと亀裂が入った。  次の瞬間、壺が内側から破裂し、中から「それ」が溢れ出した。

 黒い、タールのような液体。  それは泥のようにも、コールタールのようにも見えたが、明らかに物理法則を無視した動きで広がっていった。  地面にこぼれ落ちた液体は、染み込むことなく、まるで意思を持ったアメーバのように蠢(うごめ)き、周囲の草木を侵食し始めた。

「ひっ……!?」

 近くにいた兵士が悲鳴を上げた。  タールが触れた草花が、一瞬にして黒く変色し、液状に溶けて飲み込まれていく。  それだけではない。岩も、土も、そこに落ちていた剣さえも。  「それ」は、有機物も無機物も区別なく、触れるもの全てを無音で飲み込み、自身の体積を増やしていく。

「退がれ! 攻撃準備!」

 シルヴァンの号令と共に、エルフたちが一斉に矢を放ち、魔法を撃ち込む。  風の刃がタールを切り裂き、炎の弾が着弾する。  だが。

「……嘘だろ?」

 切れない。燃えない。  風の刃はタールを素通りし、炎はジュッという音もなく吸い込まれて消えた。  剣で斬りつけた兵士は、剣ごと腕を飲み込まれ、そのまま全身を引きずり込まれた。

「助け……!」

 悲鳴を上げる間もなかった。  実体がないはずのドロドロとした流動体は、恐ろしいほどの吸引力を持っており、近づくもの全てをブラックホールのように飲み込んでいく。  飲み込まれた兵士は、抵抗する間もなく黒い液体の中に沈み、跡形もなく消滅した。

「物理攻撃無効……魔法吸収……!? そんな馬鹿な!」

 シルヴァンは戦慄した。  これは生物ではない。  魔族が作り出した、世界を汚染し、全てを「無」に帰すための、殺戮プログラムそのものだ。

 タールの化け物は、飲み込んだもののエネルギーを糧にして、急速に巨大化していった。  最初は水たまり程度だったものが、数分で池になり、やがて小山のような大きさへと膨れ上がる。  定まった形はない。  ある時は巨大な波のように、ある時は無数の触手のように形を変えながら、世界樹の根元を舐め尽くすように広がっていく。

「逃げろ!! 戦うな! これは勝てる相手じゃない!」

 シルヴァンは叫んだ。  生き残ったエルフたちは、武器を捨てて逃げ惑った。  だが、化け物の侵食速度は早かった。  逃げ遅れた者が、足首を黒い触手に掴まれる。  助けようと手を伸ばした者もまた、その粘着質な泥濘(でいねい)に捕らわれ、道連れにされる。

 森は、断末魔の悲鳴と、タールが蠢く「ズズズ……」という湿った音に包まれた。  美しかった泉も、精霊の宿る木々も、全てが黒い闇に飲み込まれ、消失していく。

 かつての楽園の大地は、今や「黒い泥の海」へと変わり果てようとしていた。

 シルヴァンたち少数の生存者は、地下にある古い隠れ里へと逃げ込んだ。  重い石の扉を閉ざし、強力な結界を張って、息を潜める。

 地上からは、絶えず「何か」が這い回る音が響いてくる。  ズリ、ズリ、と。  獲物を探して彷徨う、形なき死神の足音。

 彼らは知っていた。  この扉が破られるのも時間の問題だと。  あの化け物には、剣も魔法も通じない。近づけば終わる。  希望など、どこにもなかった。

 暗闇の中で、シルヴァンは祈った。  どこかへ逃げた姫様だけでも、無事でいてくれと。  そして、二度とこの呪われた森へは戻ってこないでくれと。

 ――だが、運命は皮肉にも、その姫を最強の「異物」と共に、再びこの地へと呼び戻そうとしていた。
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