無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第19章:森の浄化

第93話:黒い絶望と、残酷な生贄 〜濁った鏡は景色を歪め、澄んだ水面は空を映す〜

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エルフの王宮は、世界樹の幹そのものをくり抜いて作られた、自然と魔術の融合した壮大な空間だった。  天井からは琥珀色に輝く樹液がシャンデリアのように垂れ下がり、壁一面には森の歴史を物語る精緻な彫刻が施されている。玉座の背後には、森の守護神を祀る祭壇が鎮座し、神聖な空気を漂わせていた。  美しく、荘厳で、そして――息が詰まるほど静かだった。

 アリアは、翡翠(ひすい)色の絨毯の上で、玉座の前に跪(ひざまず)いていた。  目の前には、父であるエルフ王と、母である王妃が座っている。  数ヶ月ぶりの再会。  死地を乗り越え、奇跡的に生還した娘との対面。本来なら、涙を流して抱き合い、無事を喜び合う場面のはずだ。

 だが、彼らの口から出た言葉は、アリアの淡い期待を冷たく、そして呆気なく裏切った。

「アリア、お前が無事でよかった。……だが、今はそれどころではないのだ」

 王の声は、再会の喜びよりも焦燥にかられていた。  彼の視線は、アリアの顔ではなく、手元にある戦況報告書に向けられている。眉間には深い皺が刻まれ、王としての余裕は消え失せていた。

「獣人軍は一時撤退した。だが、奴らは去り際に、とんでもない『呪い』を森に残していきおった。……我々の聖域である『根の国』が、今まさに汚されているのだ」

 王は苛立たしげに玉座の肘掛けを叩いた。

「奴が発生してからこの数ヶ月、王宮魔導師総出の多重結界でなんとか侵食を遅らせてきたが、それも限界だ。特にここ数日、奴の活性化が著しく、放出される波動が森の外にまで影響を及ぼし始めておるのだ。先日の魔物の暴走(スタンピード)も、おそらく奴の不快な波動に当てられた魔物たちが、恐怖に駆られてパニックを起こした結果であろう。このままでは、都を支える世界樹そのものが腐り落ちるのも時間の問題だ」

 王が指を弾くと、空中に巨大な水晶球が浮かび上がり、そこに森の最深部の映像が映し出された。  アリアは息を呑んだ。  そこは、かつて精霊たちが集い、清らかな湧き水が流れていた、世界樹の根元にある最も神聖な場所だったはずだ。

 しかし今、そこは地獄のような光景に変貌していた。

 黒い、タールの塊のようなもの。  それが、小山のように巨大化して鎮座している。  定まった形はない。不定形のスライムのようにブクブクと泡立ち、時折、飲み込んだ木々や岩の一部が浮き出ては、また沈んでいく。  触れたものは一瞬で黒く変色し、ドロリと液状化して吸収されていく。  それは生き物ではない。意思も、感情も感じられない。  ただひたすらに全てを「無」へと帰す、動く虚無だ。

「な、何ですか、あれは……!」

 アリアの声が震える。映像越しでさえ、そのおぞましさが伝わってくる。

「わからん。剣で斬っても手応えがなく、魔法を撃ち込めばそれを吸収してさらに巨大化する。……地下に逃げたシルヴァンたちとの連絡も途絶えた。おそらく、既に飲み込まれてしまったのだろう……」

 王が頭を抱え、呻くように言った。

「あれは獣人ごときが作れる代物ではない。……背後に『魔族』の影があるのは間違いないだろう」

 魔族。  その言葉が、アリアの脳裏に冷たい閃きをもたらした。  常識の通用しない化け物。物理も魔法も効かない理不尽な存在。  ――それに対抗できるのは、同じく「常識外れ」な力を持つ者だけではないか?

 瞬(シュン)たちの顔が浮かんだ。  デコピンで熊を飛ばし、指パッチンで魔物の群れを消滅させる、あの規格外の男。  そして、複雑な演算で魔法を書き換えるアリスや、天才的な解析能力を持つエリーゼ。  彼らなら。

「お父様! あの人間たち……瞬たちなら、何とかしてくれるかもしれません!」

 アリアは身を乗り出して訴えた。瞳に希望の光を宿して。

「彼らは特別なのです! ドラゴンすら退け、数千の魔物の群れを一瞬で消滅させる力を持っています! 彼らに頼めば……!」

 バンッ!  乾いた音が響いた。王が玉座の手すりを叩いたのだ。

「黙れ! 人間ごときに何ができる!」

 王は激昂した。その美しい顔が、怒りで醜く歪んでいる。

「我ら高潔なエルフの魔法が通じぬ相手に、魔力も持たぬ野蛮な猿知恵が通用するわけがなかろう! これ以上、神聖な森を人間の足で汚させるな!」

 聞く耳を持たない。  種族の優劣という分厚い色眼鏡が、彼らの目を曇らせている。  「人間は劣等種である」という固定観念(ドグマ)にしがみつき、目の前の現実を見ようとしない。

 アリアが唇を噛んで押し黙った時、それまで沈黙を守っていた王妃が、ふわりと扇子を開いた。  彼女は美しかった。氷の彫像のように完璧で、そして体温を感じさせないほど冷ややかだった。

「あら、あなた。いいではありませんか」

 王妃は、鈴を転がすような、優雅で甘い声で言った。

「アリアがそこまで言うのですもの。……やらせてみればよろしいのではなくて?」 「なっ、何を言うのだ!?」

 王が驚いて振り返る。  王妃は、艶然と微笑んだ。その美しい瞳が、三日月のように細められる。  そこには、慈愛など微塵もなかった。あるのは、虫を殺す子供のような、無邪気な残酷さだけ。

「どうせ我々では手詰まりです。……ならば、彼らを『餌』として使いましょう」 「餌……?」

 アリアの背筋が凍る。

「ええ。あの人間たちを化け物にぶつけて、注意を引きつけている間に、我々が強力な封印の儀式を行うのです」

 王妃は、まるで今日のお茶菓子を選ぶような気軽さで続けた。

「人間というのは、往生際が悪く、しぶとい生き物ですわ。消化されるまでの数分間、化け物の気が逸れれば十分。その隙に、我々が準備を整えればよいのです」

 彼女は扇子で口元を隠し、冷酷に目を細めた。

「もし彼らが飲み込まれてしまっても……それはそれで好都合ですわ。厄介な人間を処分する手間が省けますし、化け物の動きも、消化のために一時的に鈍るでしょうから」

 王が、ハッとして顔を上げた。  そして、ニヤリと口元を歪めた。卑しい笑みだった。

「なるほど……一石二鳥か。捨て石にはちょうどいい」

 アリアは、耳を疑った。  これが、親の言葉なのか。  これが、森の賢者と呼ばれ、高潔さを誇るエルフの王の言葉なのか。  自分たちの無能さを棚に上げて、娘の恩人を罠に嵌め、生贄にして助かろうとする。  その醜悪なエゴイズム。

「……ひどい」

 アリアの声が震える。

「彼らは私を助けてくれたのよ!? 命の恩人なのよ!? それを……!」 「黙りなさい、アリア」

 王妃の声が、鋭い氷柱のようにアリアを刺した。

「これは『大義』のためです。森を守るためなら、多少の犠牲は必要なのです。……あなたは王族として、情に流されず、正しい判断をしなさい」

 正しい判断。  それは、他人を犠牲にして自分たちが生き残ることなのか。  「森のため」「民のため」という大義名分を掲げれば、恩人を裏切ることも許されるというのか。  そんなものが「正義」なら、私は王族なんてなりたくない。

 アリアは、拳を握りしめて立ち上がった。  彼女の目から、失望の涙がこぼれ落ちる。  親への尊敬も、期待も、この瞬間に音を立てて崩れ去った。

「……わかりました」

 彼女は絞り出すように言った。

「もう、結構です」

 彼女は踵を返し、玉座の間を飛び出した。  背後で両親が「待ちなさい」「どこへ行く」と叫んでいたが、もう何も聞こえなかった。聞きたくもなかった。

 ***

 森の入り口。クイーン・アリス号に戻った時、アリアの顔色は死人のように蒼白だった。  彼女はリビングに入ると、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

「アリアさん!?」

 メイが慌てて駆け寄る。  キッチンにいた瞬、ソファでくつろいでいたアリスたちも、異変を察知して集まってくる。

 アリアは、顔を上げられなかった。  合わせる顔がなかった。  あんなに温かく迎えてくれた彼らを、私の親たちは殺そうとしている。  私がここに連れてきたせいで。私のわがままで。

「……逃げて」

 アリアは、震える声で言った。

「今すぐ逃げて。……この森から出て行って」 「どうしたんだよ、アリア。何があった?」

 瞬が膝をつき、彼女の顔を覗き込む。  アリアは、泣きながら全てを話した。  森の深部にある黒い化け物のこと。  そして、両親が瞬たちを「捨て石」にする計画を立てていること。

「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!」

 アリアは床に額をこすりつけた。  プライドも何もかもかなぐり捨てて、ただ謝罪した。

「あなたたちを巻き込んで……こんなひどい目に遭わせて……! 私が、私が馬鹿だったから……!」

 重い沈黙が落ちた。  予想以上の悪意。裏切り。  普通なら、激怒して森を焼き払ってもおかしくない状況だ。  ゼイクが眉間に深い皺を寄せ、エリーゼが扇子を閉じてため息をつく。

 だが。  聞こえてきたのは、軽やかな笑い声だった。

「ぷっ、あははは!」

 瞬だった。  彼は、面白くて仕方がないというように、腹を抱えて笑っていた。

「なーんだ、そんなことかよ」

 瞬は、アリアの頭をポンと叩いた。

「最初からわかってたことだろ? あいつらが俺たちを歓迎するわけねぇって」 「え……?」

 アリアが涙に濡れた顔を上げる。

「期待してねぇよ、そんな連中に。……あいつらがクズなのは想定内だ」

 瞬は、ニカっと笑って立ち上がった。  その笑顔は、どんな絶望も吹き飛ばす真夏の太陽のように明るく、そして強かった。

「でもな、アリア」

 彼の声が、少しだけ真剣な響きを帯びる。

「お前が泣いてるなら、話は別だ」

 彼は、腰の剣をポンと叩いた。

「俺たちは、エルフ王のために戦うんじゃない。……友達のアリアが好きな、この森を守るために、その化け物を退治してやる」

 損得じゃない。  頼まれたからでもない。  ただ、友達が泣いているから。大切な仲間が愛した故郷だから。  そのシンプルな理由だけで、彼は命を懸けると言うのだ。

「……瞬」 「任せとけ。捨て石? 上等じゃん。俺たちみたいな頑丈な石は、喉に詰まって消化不良起こすぜ?」

 アリスも、呆れたように肩をすくめたが、その口元は笑っていた。

「まったく、お人好しなんだから。……ま、売られた喧嘩は買う主義だけどね。王様たちには、後でたっぷり高額な請求書を送りつけてやるわ。慰謝料込みでね」

 ゼイクが剣を点検し、静かに頷く。 「騎士として、女性の涙を見過ごすわけにはいかん」

 エリーゼが杖を磨きながら微笑む。 「未知の化け物……研究材料としては最高ですわ」

 メイが、アリアの手をぎゅっと握る。 「一緒に行きましょう、アリアさん」

 誰も、逃げようとはしなかった。  誰も、アリアを責めなかった。  彼らは「裏切られた」ことよりも、「アリアの想い」を優先したのだ。

 アリアの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。  それは悔し涙ではなく、彼らの底なしの優しさに触れた、感謝の涙だった。

 (ああ、やっぱり)  (この人たちは……私の、本当の家族だ)

 血の繋がった同胞がいる、あの美しいけれど冷たい場所か。  それとも、種族も生まれも違う他人たちがいる、この鉄の箱の中か。

「……うん。お願い、力を貸して」

 翌朝。  最強のパーティは、死地へと向かう。  黒い絶望を、笑い飛ばすために。  そして、腐りきった「親の愛」という呪縛を、断ち切るために。
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