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第19章:森の浄化
第93話:黒い絶望と、残酷な生贄 〜濁った鏡は景色を歪め、澄んだ水面は空を映す〜
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エルフの王宮は、世界樹の幹そのものをくり抜いて作られた、自然と魔術の融合した壮大な空間だった。 天井からは琥珀色に輝く樹液がシャンデリアのように垂れ下がり、壁一面には森の歴史を物語る精緻な彫刻が施されている。玉座の背後には、森の守護神を祀る祭壇が鎮座し、神聖な空気を漂わせていた。 美しく、荘厳で、そして――息が詰まるほど静かだった。
アリアは、翡翠(ひすい)色の絨毯の上で、玉座の前に跪(ひざまず)いていた。 目の前には、父であるエルフ王と、母である王妃が座っている。 数ヶ月ぶりの再会。 死地を乗り越え、奇跡的に生還した娘との対面。本来なら、涙を流して抱き合い、無事を喜び合う場面のはずだ。
だが、彼らの口から出た言葉は、アリアの淡い期待を冷たく、そして呆気なく裏切った。
「アリア、お前が無事でよかった。……だが、今はそれどころではないのだ」
王の声は、再会の喜びよりも焦燥にかられていた。 彼の視線は、アリアの顔ではなく、手元にある戦況報告書に向けられている。眉間には深い皺が刻まれ、王としての余裕は消え失せていた。
「獣人軍は一時撤退した。だが、奴らは去り際に、とんでもない『呪い』を森に残していきおった。……我々の聖域である『根の国』が、今まさに汚されているのだ」
王は苛立たしげに玉座の肘掛けを叩いた。
「奴が発生してからこの数ヶ月、王宮魔導師総出の多重結界でなんとか侵食を遅らせてきたが、それも限界だ。特にここ数日、奴の活性化が著しく、放出される波動が森の外にまで影響を及ぼし始めておるのだ。先日の魔物の暴走(スタンピード)も、おそらく奴の不快な波動に当てられた魔物たちが、恐怖に駆られてパニックを起こした結果であろう。このままでは、都を支える世界樹そのものが腐り落ちるのも時間の問題だ」
王が指を弾くと、空中に巨大な水晶球が浮かび上がり、そこに森の最深部の映像が映し出された。 アリアは息を呑んだ。 そこは、かつて精霊たちが集い、清らかな湧き水が流れていた、世界樹の根元にある最も神聖な場所だったはずだ。
しかし今、そこは地獄のような光景に変貌していた。
黒い、タールの塊のようなもの。 それが、小山のように巨大化して鎮座している。 定まった形はない。不定形のスライムのようにブクブクと泡立ち、時折、飲み込んだ木々や岩の一部が浮き出ては、また沈んでいく。 触れたものは一瞬で黒く変色し、ドロリと液状化して吸収されていく。 それは生き物ではない。意思も、感情も感じられない。 ただひたすらに全てを「無」へと帰す、動く虚無だ。
「な、何ですか、あれは……!」
アリアの声が震える。映像越しでさえ、そのおぞましさが伝わってくる。
「わからん。剣で斬っても手応えがなく、魔法を撃ち込めばそれを吸収してさらに巨大化する。……地下に逃げたシルヴァンたちとの連絡も途絶えた。おそらく、既に飲み込まれてしまったのだろう……」
王が頭を抱え、呻くように言った。
「あれは獣人ごときが作れる代物ではない。……背後に『魔族』の影があるのは間違いないだろう」
魔族。 その言葉が、アリアの脳裏に冷たい閃きをもたらした。 常識の通用しない化け物。物理も魔法も効かない理不尽な存在。 ――それに対抗できるのは、同じく「常識外れ」な力を持つ者だけではないか?
瞬(シュン)たちの顔が浮かんだ。 デコピンで熊を飛ばし、指パッチンで魔物の群れを消滅させる、あの規格外の男。 そして、複雑な演算で魔法を書き換えるアリスや、天才的な解析能力を持つエリーゼ。 彼らなら。
「お父様! あの人間たち……瞬たちなら、何とかしてくれるかもしれません!」
アリアは身を乗り出して訴えた。瞳に希望の光を宿して。
「彼らは特別なのです! ドラゴンすら退け、数千の魔物の群れを一瞬で消滅させる力を持っています! 彼らに頼めば……!」
バンッ! 乾いた音が響いた。王が玉座の手すりを叩いたのだ。
「黙れ! 人間ごときに何ができる!」
王は激昂した。その美しい顔が、怒りで醜く歪んでいる。
「我ら高潔なエルフの魔法が通じぬ相手に、魔力も持たぬ野蛮な猿知恵が通用するわけがなかろう! これ以上、神聖な森を人間の足で汚させるな!」
聞く耳を持たない。 種族の優劣という分厚い色眼鏡が、彼らの目を曇らせている。 「人間は劣等種である」という固定観念(ドグマ)にしがみつき、目の前の現実を見ようとしない。
アリアが唇を噛んで押し黙った時、それまで沈黙を守っていた王妃が、ふわりと扇子を開いた。 彼女は美しかった。氷の彫像のように完璧で、そして体温を感じさせないほど冷ややかだった。
「あら、あなた。いいではありませんか」
王妃は、鈴を転がすような、優雅で甘い声で言った。
「アリアがそこまで言うのですもの。……やらせてみればよろしいのではなくて?」 「なっ、何を言うのだ!?」
王が驚いて振り返る。 王妃は、艶然と微笑んだ。その美しい瞳が、三日月のように細められる。 そこには、慈愛など微塵もなかった。あるのは、虫を殺す子供のような、無邪気な残酷さだけ。
「どうせ我々では手詰まりです。……ならば、彼らを『餌』として使いましょう」 「餌……?」
アリアの背筋が凍る。
「ええ。あの人間たちを化け物にぶつけて、注意を引きつけている間に、我々が強力な封印の儀式を行うのです」
王妃は、まるで今日のお茶菓子を選ぶような気軽さで続けた。
「人間というのは、往生際が悪く、しぶとい生き物ですわ。消化されるまでの数分間、化け物の気が逸れれば十分。その隙に、我々が準備を整えればよいのです」
彼女は扇子で口元を隠し、冷酷に目を細めた。
「もし彼らが飲み込まれてしまっても……それはそれで好都合ですわ。厄介な人間を処分する手間が省けますし、化け物の動きも、消化のために一時的に鈍るでしょうから」
王が、ハッとして顔を上げた。 そして、ニヤリと口元を歪めた。卑しい笑みだった。
「なるほど……一石二鳥か。捨て石にはちょうどいい」
アリアは、耳を疑った。 これが、親の言葉なのか。 これが、森の賢者と呼ばれ、高潔さを誇るエルフの王の言葉なのか。 自分たちの無能さを棚に上げて、娘の恩人を罠に嵌め、生贄にして助かろうとする。 その醜悪なエゴイズム。
「……ひどい」
アリアの声が震える。
「彼らは私を助けてくれたのよ!? 命の恩人なのよ!? それを……!」 「黙りなさい、アリア」
王妃の声が、鋭い氷柱のようにアリアを刺した。
「これは『大義』のためです。森を守るためなら、多少の犠牲は必要なのです。……あなたは王族として、情に流されず、正しい判断をしなさい」
正しい判断。 それは、他人を犠牲にして自分たちが生き残ることなのか。 「森のため」「民のため」という大義名分を掲げれば、恩人を裏切ることも許されるというのか。 そんなものが「正義」なら、私は王族なんてなりたくない。
アリアは、拳を握りしめて立ち上がった。 彼女の目から、失望の涙がこぼれ落ちる。 親への尊敬も、期待も、この瞬間に音を立てて崩れ去った。
「……わかりました」
彼女は絞り出すように言った。
「もう、結構です」
彼女は踵を返し、玉座の間を飛び出した。 背後で両親が「待ちなさい」「どこへ行く」と叫んでいたが、もう何も聞こえなかった。聞きたくもなかった。
***
森の入り口。クイーン・アリス号に戻った時、アリアの顔色は死人のように蒼白だった。 彼女はリビングに入ると、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「アリアさん!?」
メイが慌てて駆け寄る。 キッチンにいた瞬、ソファでくつろいでいたアリスたちも、異変を察知して集まってくる。
アリアは、顔を上げられなかった。 合わせる顔がなかった。 あんなに温かく迎えてくれた彼らを、私の親たちは殺そうとしている。 私がここに連れてきたせいで。私のわがままで。
「……逃げて」
アリアは、震える声で言った。
「今すぐ逃げて。……この森から出て行って」 「どうしたんだよ、アリア。何があった?」
瞬が膝をつき、彼女の顔を覗き込む。 アリアは、泣きながら全てを話した。 森の深部にある黒い化け物のこと。 そして、両親が瞬たちを「捨て石」にする計画を立てていること。
「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!」
アリアは床に額をこすりつけた。 プライドも何もかもかなぐり捨てて、ただ謝罪した。
「あなたたちを巻き込んで……こんなひどい目に遭わせて……! 私が、私が馬鹿だったから……!」
重い沈黙が落ちた。 予想以上の悪意。裏切り。 普通なら、激怒して森を焼き払ってもおかしくない状況だ。 ゼイクが眉間に深い皺を寄せ、エリーゼが扇子を閉じてため息をつく。
だが。 聞こえてきたのは、軽やかな笑い声だった。
「ぷっ、あははは!」
瞬だった。 彼は、面白くて仕方がないというように、腹を抱えて笑っていた。
「なーんだ、そんなことかよ」
瞬は、アリアの頭をポンと叩いた。
「最初からわかってたことだろ? あいつらが俺たちを歓迎するわけねぇって」 「え……?」
アリアが涙に濡れた顔を上げる。
「期待してねぇよ、そんな連中に。……あいつらがクズなのは想定内だ」
瞬は、ニカっと笑って立ち上がった。 その笑顔は、どんな絶望も吹き飛ばす真夏の太陽のように明るく、そして強かった。
「でもな、アリア」
彼の声が、少しだけ真剣な響きを帯びる。
「お前が泣いてるなら、話は別だ」
彼は、腰の剣をポンと叩いた。
「俺たちは、エルフ王のために戦うんじゃない。……友達のアリアが好きな、この森を守るために、その化け物を退治してやる」
損得じゃない。 頼まれたからでもない。 ただ、友達が泣いているから。大切な仲間が愛した故郷だから。 そのシンプルな理由だけで、彼は命を懸けると言うのだ。
「……瞬」 「任せとけ。捨て石? 上等じゃん。俺たちみたいな頑丈な石は、喉に詰まって消化不良起こすぜ?」
アリスも、呆れたように肩をすくめたが、その口元は笑っていた。
「まったく、お人好しなんだから。……ま、売られた喧嘩は買う主義だけどね。王様たちには、後でたっぷり高額な請求書を送りつけてやるわ。慰謝料込みでね」
ゼイクが剣を点検し、静かに頷く。 「騎士として、女性の涙を見過ごすわけにはいかん」
エリーゼが杖を磨きながら微笑む。 「未知の化け物……研究材料としては最高ですわ」
メイが、アリアの手をぎゅっと握る。 「一緒に行きましょう、アリアさん」
誰も、逃げようとはしなかった。 誰も、アリアを責めなかった。 彼らは「裏切られた」ことよりも、「アリアの想い」を優先したのだ。
アリアの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。 それは悔し涙ではなく、彼らの底なしの優しさに触れた、感謝の涙だった。
(ああ、やっぱり) (この人たちは……私の、本当の家族だ)
血の繋がった同胞がいる、あの美しいけれど冷たい場所か。 それとも、種族も生まれも違う他人たちがいる、この鉄の箱の中か。
「……うん。お願い、力を貸して」
翌朝。 最強のパーティは、死地へと向かう。 黒い絶望を、笑い飛ばすために。 そして、腐りきった「親の愛」という呪縛を、断ち切るために。
アリアは、翡翠(ひすい)色の絨毯の上で、玉座の前に跪(ひざまず)いていた。 目の前には、父であるエルフ王と、母である王妃が座っている。 数ヶ月ぶりの再会。 死地を乗り越え、奇跡的に生還した娘との対面。本来なら、涙を流して抱き合い、無事を喜び合う場面のはずだ。
だが、彼らの口から出た言葉は、アリアの淡い期待を冷たく、そして呆気なく裏切った。
「アリア、お前が無事でよかった。……だが、今はそれどころではないのだ」
王の声は、再会の喜びよりも焦燥にかられていた。 彼の視線は、アリアの顔ではなく、手元にある戦況報告書に向けられている。眉間には深い皺が刻まれ、王としての余裕は消え失せていた。
「獣人軍は一時撤退した。だが、奴らは去り際に、とんでもない『呪い』を森に残していきおった。……我々の聖域である『根の国』が、今まさに汚されているのだ」
王は苛立たしげに玉座の肘掛けを叩いた。
「奴が発生してからこの数ヶ月、王宮魔導師総出の多重結界でなんとか侵食を遅らせてきたが、それも限界だ。特にここ数日、奴の活性化が著しく、放出される波動が森の外にまで影響を及ぼし始めておるのだ。先日の魔物の暴走(スタンピード)も、おそらく奴の不快な波動に当てられた魔物たちが、恐怖に駆られてパニックを起こした結果であろう。このままでは、都を支える世界樹そのものが腐り落ちるのも時間の問題だ」
王が指を弾くと、空中に巨大な水晶球が浮かび上がり、そこに森の最深部の映像が映し出された。 アリアは息を呑んだ。 そこは、かつて精霊たちが集い、清らかな湧き水が流れていた、世界樹の根元にある最も神聖な場所だったはずだ。
しかし今、そこは地獄のような光景に変貌していた。
黒い、タールの塊のようなもの。 それが、小山のように巨大化して鎮座している。 定まった形はない。不定形のスライムのようにブクブクと泡立ち、時折、飲み込んだ木々や岩の一部が浮き出ては、また沈んでいく。 触れたものは一瞬で黒く変色し、ドロリと液状化して吸収されていく。 それは生き物ではない。意思も、感情も感じられない。 ただひたすらに全てを「無」へと帰す、動く虚無だ。
「な、何ですか、あれは……!」
アリアの声が震える。映像越しでさえ、そのおぞましさが伝わってくる。
「わからん。剣で斬っても手応えがなく、魔法を撃ち込めばそれを吸収してさらに巨大化する。……地下に逃げたシルヴァンたちとの連絡も途絶えた。おそらく、既に飲み込まれてしまったのだろう……」
王が頭を抱え、呻くように言った。
「あれは獣人ごときが作れる代物ではない。……背後に『魔族』の影があるのは間違いないだろう」
魔族。 その言葉が、アリアの脳裏に冷たい閃きをもたらした。 常識の通用しない化け物。物理も魔法も効かない理不尽な存在。 ――それに対抗できるのは、同じく「常識外れ」な力を持つ者だけではないか?
瞬(シュン)たちの顔が浮かんだ。 デコピンで熊を飛ばし、指パッチンで魔物の群れを消滅させる、あの規格外の男。 そして、複雑な演算で魔法を書き換えるアリスや、天才的な解析能力を持つエリーゼ。 彼らなら。
「お父様! あの人間たち……瞬たちなら、何とかしてくれるかもしれません!」
アリアは身を乗り出して訴えた。瞳に希望の光を宿して。
「彼らは特別なのです! ドラゴンすら退け、数千の魔物の群れを一瞬で消滅させる力を持っています! 彼らに頼めば……!」
バンッ! 乾いた音が響いた。王が玉座の手すりを叩いたのだ。
「黙れ! 人間ごときに何ができる!」
王は激昂した。その美しい顔が、怒りで醜く歪んでいる。
「我ら高潔なエルフの魔法が通じぬ相手に、魔力も持たぬ野蛮な猿知恵が通用するわけがなかろう! これ以上、神聖な森を人間の足で汚させるな!」
聞く耳を持たない。 種族の優劣という分厚い色眼鏡が、彼らの目を曇らせている。 「人間は劣等種である」という固定観念(ドグマ)にしがみつき、目の前の現実を見ようとしない。
アリアが唇を噛んで押し黙った時、それまで沈黙を守っていた王妃が、ふわりと扇子を開いた。 彼女は美しかった。氷の彫像のように完璧で、そして体温を感じさせないほど冷ややかだった。
「あら、あなた。いいではありませんか」
王妃は、鈴を転がすような、優雅で甘い声で言った。
「アリアがそこまで言うのですもの。……やらせてみればよろしいのではなくて?」 「なっ、何を言うのだ!?」
王が驚いて振り返る。 王妃は、艶然と微笑んだ。その美しい瞳が、三日月のように細められる。 そこには、慈愛など微塵もなかった。あるのは、虫を殺す子供のような、無邪気な残酷さだけ。
「どうせ我々では手詰まりです。……ならば、彼らを『餌』として使いましょう」 「餌……?」
アリアの背筋が凍る。
「ええ。あの人間たちを化け物にぶつけて、注意を引きつけている間に、我々が強力な封印の儀式を行うのです」
王妃は、まるで今日のお茶菓子を選ぶような気軽さで続けた。
「人間というのは、往生際が悪く、しぶとい生き物ですわ。消化されるまでの数分間、化け物の気が逸れれば十分。その隙に、我々が準備を整えればよいのです」
彼女は扇子で口元を隠し、冷酷に目を細めた。
「もし彼らが飲み込まれてしまっても……それはそれで好都合ですわ。厄介な人間を処分する手間が省けますし、化け物の動きも、消化のために一時的に鈍るでしょうから」
王が、ハッとして顔を上げた。 そして、ニヤリと口元を歪めた。卑しい笑みだった。
「なるほど……一石二鳥か。捨て石にはちょうどいい」
アリアは、耳を疑った。 これが、親の言葉なのか。 これが、森の賢者と呼ばれ、高潔さを誇るエルフの王の言葉なのか。 自分たちの無能さを棚に上げて、娘の恩人を罠に嵌め、生贄にして助かろうとする。 その醜悪なエゴイズム。
「……ひどい」
アリアの声が震える。
「彼らは私を助けてくれたのよ!? 命の恩人なのよ!? それを……!」 「黙りなさい、アリア」
王妃の声が、鋭い氷柱のようにアリアを刺した。
「これは『大義』のためです。森を守るためなら、多少の犠牲は必要なのです。……あなたは王族として、情に流されず、正しい判断をしなさい」
正しい判断。 それは、他人を犠牲にして自分たちが生き残ることなのか。 「森のため」「民のため」という大義名分を掲げれば、恩人を裏切ることも許されるというのか。 そんなものが「正義」なら、私は王族なんてなりたくない。
アリアは、拳を握りしめて立ち上がった。 彼女の目から、失望の涙がこぼれ落ちる。 親への尊敬も、期待も、この瞬間に音を立てて崩れ去った。
「……わかりました」
彼女は絞り出すように言った。
「もう、結構です」
彼女は踵を返し、玉座の間を飛び出した。 背後で両親が「待ちなさい」「どこへ行く」と叫んでいたが、もう何も聞こえなかった。聞きたくもなかった。
***
森の入り口。クイーン・アリス号に戻った時、アリアの顔色は死人のように蒼白だった。 彼女はリビングに入ると、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「アリアさん!?」
メイが慌てて駆け寄る。 キッチンにいた瞬、ソファでくつろいでいたアリスたちも、異変を察知して集まってくる。
アリアは、顔を上げられなかった。 合わせる顔がなかった。 あんなに温かく迎えてくれた彼らを、私の親たちは殺そうとしている。 私がここに連れてきたせいで。私のわがままで。
「……逃げて」
アリアは、震える声で言った。
「今すぐ逃げて。……この森から出て行って」 「どうしたんだよ、アリア。何があった?」
瞬が膝をつき、彼女の顔を覗き込む。 アリアは、泣きながら全てを話した。 森の深部にある黒い化け物のこと。 そして、両親が瞬たちを「捨て石」にする計画を立てていること。
「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!」
アリアは床に額をこすりつけた。 プライドも何もかもかなぐり捨てて、ただ謝罪した。
「あなたたちを巻き込んで……こんなひどい目に遭わせて……! 私が、私が馬鹿だったから……!」
重い沈黙が落ちた。 予想以上の悪意。裏切り。 普通なら、激怒して森を焼き払ってもおかしくない状況だ。 ゼイクが眉間に深い皺を寄せ、エリーゼが扇子を閉じてため息をつく。
だが。 聞こえてきたのは、軽やかな笑い声だった。
「ぷっ、あははは!」
瞬だった。 彼は、面白くて仕方がないというように、腹を抱えて笑っていた。
「なーんだ、そんなことかよ」
瞬は、アリアの頭をポンと叩いた。
「最初からわかってたことだろ? あいつらが俺たちを歓迎するわけねぇって」 「え……?」
アリアが涙に濡れた顔を上げる。
「期待してねぇよ、そんな連中に。……あいつらがクズなのは想定内だ」
瞬は、ニカっと笑って立ち上がった。 その笑顔は、どんな絶望も吹き飛ばす真夏の太陽のように明るく、そして強かった。
「でもな、アリア」
彼の声が、少しだけ真剣な響きを帯びる。
「お前が泣いてるなら、話は別だ」
彼は、腰の剣をポンと叩いた。
「俺たちは、エルフ王のために戦うんじゃない。……友達のアリアが好きな、この森を守るために、その化け物を退治してやる」
損得じゃない。 頼まれたからでもない。 ただ、友達が泣いているから。大切な仲間が愛した故郷だから。 そのシンプルな理由だけで、彼は命を懸けると言うのだ。
「……瞬」 「任せとけ。捨て石? 上等じゃん。俺たちみたいな頑丈な石は、喉に詰まって消化不良起こすぜ?」
アリスも、呆れたように肩をすくめたが、その口元は笑っていた。
「まったく、お人好しなんだから。……ま、売られた喧嘩は買う主義だけどね。王様たちには、後でたっぷり高額な請求書を送りつけてやるわ。慰謝料込みでね」
ゼイクが剣を点検し、静かに頷く。 「騎士として、女性の涙を見過ごすわけにはいかん」
エリーゼが杖を磨きながら微笑む。 「未知の化け物……研究材料としては最高ですわ」
メイが、アリアの手をぎゅっと握る。 「一緒に行きましょう、アリアさん」
誰も、逃げようとはしなかった。 誰も、アリアを責めなかった。 彼らは「裏切られた」ことよりも、「アリアの想い」を優先したのだ。
アリアの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。 それは悔し涙ではなく、彼らの底なしの優しさに触れた、感謝の涙だった。
(ああ、やっぱり) (この人たちは……私の、本当の家族だ)
血の繋がった同胞がいる、あの美しいけれど冷たい場所か。 それとも、種族も生まれも違う他人たちがいる、この鉄の箱の中か。
「……うん。お願い、力を貸して」
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「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
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昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
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