無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第19章:森の浄化

第94話:飲み込む虚無と、見捨てられた騎士 〜泥に沈む月は影を救い、岸に立つ花は風を拒む〜

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森の深部は、静寂というよりも「死」そのものが支配する世界だった。  かつては聖なる泉が湧き、精霊たちが舞っていたはずの場所。しかし今、そこにあるのは生命の息吹を一切拒絶する、ドロドロとした黒い粘液の海だけだった。  足を踏み入れるたびに、グチャリという不快な音が響き、鼻をつく腐敗臭が立ち込めている。  鳥の声はなく、風の音さえもしない。  聞こえるのは、大地の奥底から響く「ズズズ……」という、何か巨大な軟体動物が這いずり回るような、湿った不快な音だけ。

 監視役として同行したエルフの騎士団は、恐怖に青ざめた顔で、瞬(シュン)たちから大きく距離を取って歩いていた。  彼らの瞳にあるのは、仲間を守る決意ではない。  「穢(けが)れに触れたくない」という潔癖さと、瞬たちを「生贄」として差し出すことへの無言の肯定だけだった。  彼らにとって、人間は使い捨ての駒だ。自分たちが助かるために、先に死んでもらうための盾。だから、情が移らないように、徹底して無関心を装っている。

「……着いたぞ」  先頭を歩くエルフの隊長が、声を震わせながら足を止めた。

 木々が開けたその先に、絶望が鎮座していた。

 黒い、タールの山。  高さは数十メートルにも及ぶだろうか。不定形の塊が、脈打つように蠢いている。  表面はブクブクと泡立ち、時折、飲み込んだ巨木や岩の一部が浮き出ては、また沈んでいく。  目も口もない。ただ、底知れぬ「食欲」だけが具現化したような存在。  そこにあるだけで、空間そのものが腐っていくような、圧倒的な不快感(プレッシャー)が漂っていた。

「なんだこれは……」  ゼイクが呻くように言った。剣を構えるが、その切っ先が僅かに震えている。 「間合いが……測れない。どこからが敵で、どこまでが地面なのか……境界線がない」

 エリーゼも、顔をしかめて杖を強く握りしめた。 「魔力の波長が読み取れませんわ。まるで……質量が存在しない、蜃気楼のような……」

 アリスがモニター(解析用魔導具)を操作するが、画面は砂嵐のようなノイズで埋め尽くされている。 「データ解析不能。……マジでバグってるわね、これ。この世界のテクスチャじゃないわよ」

 その時だった。  監視役のエルフの一人が、足元のぬかるみに足を取られた。

「うわっ!?」

 バランスを崩し、黒い粘液溜まりに無様に転倒する。  瞬間、粘液が生き物のように跳ね上がり、彼の手首に絡みついた。

「ひっ、助けてくれぇぇ!」

 騎士が絶叫する。  粘液は強力な吸引力で、彼を本体の方へと引きずり込んでいく。  ズズズ……と黒い山が波打ち、獲物を迎え入れようと口を開けるように変形する。

「隊長! 助けて!」  彼は必死に手を伸ばした。  すぐ近くに、仲間たちがいる。手を伸ばせば届く距離だ。剣で斬りつければ、あるいは魔法で援護すれば、まだ間に合う。

 だが。  エルフたちは、一斉に後ずさった。

「近寄るな! 巻き込まれるぞ!」 「穢れが移る!」 「見捨てろ! 下手に手を出せば全滅だ!」

 誰も、動かない。  誰一人として、助けようとはしなかった。  仲間を見捨てたのだ。  自分たちの安全のために。穢れに触れたくないという生理的な嫌悪感ゆえに。  「一人の犠牲で済むなら安いものだ」。それが、彼らの誇る「合理性」であり、「高潔さ」の成れの果てだった。

「……ッ!」  アリアが唇を噛み締め、悲痛な叫びを上げる。 「これがエルフなの! 仲間意識があるようで、結局は自分が一番可愛いのよ! 保身のためなら平気で仲間を切り捨てる……助けに入れば自分が飲み込まれるかもしれないから、見殺しにするのよ!」

 絶望的な叫び。  騎士が、黒い泥に半身まで飲み込まれそうになる。  もうだめだ。誰もが目を背けた、その瞬間。

 ダンッ!!

 一陣の風が、泥沼を駆け抜けた。  瞬だ。  彼は迷わず飛び出した。  計算も、損得勘定もなく。ただ、目の前で死にかけている命を救うために。

「バカ野郎が!!」

 瞬の怒号が響く。 「目の前で人が死にそうになってんのに、計算してんじゃねぇ!!」

 彼は、魔力を足場にして空中に跳躍した。  黒い触手が瞬を狙って四方八方から伸びてくる。  瞬はそれを素手で掴もうとしたが、ヌルリとすり抜けた。物理攻撃無効。  だが、彼は構わず突っ込んだ。  触手の隙間を縫って、飲み込まれかけている騎士の元へダイブする。

 ガシッ!

 瞬の手が、泥に沈みかけていた騎士の襟首を掴んだ。  強烈な引力が、瞬ごと二人を引きずり込もうとする。まるで底なし沼だ。  瞬は、全身の魔力を爆発させた。

「おおおおおおっ!!」

 ジェット噴射のような推進力で、強引に泥沼から離脱する。  二人は放物線を描いて、安全圏の地面にドサリと転がった。

「はぁ……はぁ……」  瞬が荒い息を吐く。泥だらけだ。

 助けられた騎士は、腰を抜かして震えていた。  彼は、信じられないものを見る目で瞬を見上げた。  自分を見捨てた同胞と、自分を助けた薄汚い人間。その対比に、脳の処理が追いつかない。

「な、なぜ……?」  声が震える。 「人間ごときが……人間のくせに、なぜ、我々を助ける? 我々はお前たちを……殺そうとしたのに……」

 瞬は、顔についた泥を乱暴に拭って立ち上がった。  そして、鼻を鳴らして言った。

「人間とかエルフとか関係ねぇだろ」

 彼は、蠢く黒い山を指差した。

「間違えるなよ!! 敵はあの化け物だ。味方が減ったら俺たちが不利になる。……それだけだ」

 単純明快な理屈。  だが、それはエルフたちが忘れていた「真理」だった。  種族の壁を作って、互いに足を引っ張り合っている場合じゃない。  目の前の脅威に対して、手を組まなければ生き残れないのだ。

 瞬の言葉に、エルフたちは言葉を失い、ただ呆然と彼を見つめるしかなかった。恥辱と、驚愕と、理解できない価値観への戸惑い。

 だが、感傷に浸っている時間はなかった。  獲物を逃した化け物が、怒り狂ったように波打ち始めたからだ。

 ゴゴゴゴゴ……!  黒い山が崩れ、津波となって押し寄せてくる。

「来るぞ! 迎撃!」  ゼイクが叫ぶ。

 ゼイクの剛剣が泥を切り裂くが、すぐに再生して元通りになる。  エリーゼが風魔法で吹き飛ばそうとするが、竜巻さえもズルリと飲み込まれてしまう。  アリスがビームを撃ち込むが、穴が開いた瞬間に再生し、エネルギーを吸収してさらに巨大化する。

「ダメですわ! エネルギーを与えれば与えるほど、吸収して巨大化します!」  エリーゼが悲鳴を上げる。

 瞬が前に出た。  右手に魔力を集中させる。オーガの群れを塵に変えた、あの「崩壊」の力を。

「消え失せろッ!」

 瞬は渾身の裏拳を黒い泥に叩き込んだ。

 ――バシュッ!!

 拳が泥を捉えた、と思った瞬間だった。  手応えが消えた。  黒い泥は、殴られた箇所だけが瞬時に霧散し、煙のように衝撃を逃がしてしまったのだ。  そして、瞬が腕を振り抜いた直後、何事もなかったかのように再び液体となって凝集し、元の形に戻ってしまう。

「……なっ!?」

 瞬は目を見開いて、自分の拳を見た。

 (今、確かに当たったはずだ……!)

 だが、ダメージが通っていない。  硬いとか、柔らかいとかじゃない。  まるで、攻撃を受けるその一瞬だけ、実体を捨てているような不可解な感触。

 (さっき騎士を引きずり込もうとした時は、物理的な力があった。なのに、殴ろうとすると霧になる。……どうなってやがる?)  (こいつ、常に実体がないわけじゃねぇ。攻撃された瞬間、物質から『波』に変化して受け流してやがるのか!?)

 黒い波が、彼らを取り囲む。  逃げ場はない。  エルフたちが「もう終わりだ」と悲鳴を上げてパニックになる中、瞬だけは冷静に化け物の正体を見極めようとしていた。

 (攻撃をすり抜ける。エネルギーを吸収する。……そして、常に震えていやがる)

 瞬の脳裏に、元の世界(現代日本)の授業の記憶がフラッシュバックした。  退屈な物理の授業。居眠りしていた時に聞いた、ある言葉。

 『物質は、波としての性質も持つ』

「……待てよ」

 瞬の瞳が光った。

「こいつ、実体と波動を行き来してやがるんだな。……だったら、こっちにもやりようがある」

 不定形で、常に揺らめいていて、エネルギーを吸収する。  それは、巨大なエネルギーの「振動」そのものなのではないか。  だから、物理攻撃(物質)も、魔法攻撃(エネルギー)も、全て自分の波に取り込んでしまう。

 だとしたら。  倒し方はある。

「ノイズキャンセリングだ」

 音(波)に対して、逆の形の波をぶつければ、音は消える。  プラスとマイナスを足せば、ゼロになる。

「逆位相(ぎゃくいそう)をぶつけてやれば、消えないかな」

 瞬は叫んだ。  アリスの方を振り向く。  この世界で、その計算ができるのは彼女だけだ。

「アリス! お前ならできるだろ!? こいつの魔力パターンの『逆』を作れ!」

 アリスが目を丸くし、そして輝かせた。  彼女の頭脳(CPU)が、瞬のアイデアを瞬時に理解し、演算を開始する。

「なるほど! 物理で殴るんじゃなくて、演算で打ち消すのね! それ、面白いかも。やってみるわ!」

 科学と魔法の融合。  異世界転生者だけが到達できる、常識外れの解法。  アリスが手をかざすと、空間に複雑な数式が展開された。  反撃の狼煙(のろし)が上がる。
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