無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第21章:凱旋と日常

第104話:雪の日の静寂と、二人の時間 〜移ろう白さは、今を深く味わうための静寂である〜

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 世界から、音が消えていた。

 瞬(シュン)が目を覚ました時、最初に感じたのは、耳が痛くなるほどの深い静寂だった。  いつものように鳥の声も、使用人たちが動き回る気配もしない。  ただ、壁に掛けられた古時計の秒針が、コチ、コチと規則正しいリズムを刻んでいる音だけが、広大な屋敷の中でやけに大きく響いていた。

 彼はベッドから抜け出し、リビングへと向かった。  魔導床暖房のおかげで、裸足で歩いても足裏は冷たくない。  リビングはまだ薄暗く、誰も起きてきていなかった。昨夜の宴(うたげ)――帰還祝いと称して深夜まで続いた馬鹿騒ぎ――のせいで、みんな泥のように眠っているのだろう。

 瞬は、窓際へ歩み寄り、分厚いカーテンを少しだけ開けた。

「……うわ」

 思わず、白い息と共に感嘆の声が漏れた。  窓の外は、一面の銀世界だった。  深夜から降り始めた雪が、屋敷の庭も、遠くに見える王都の街並みも、すべてを純白に塗り替えていたのだ。  空は薄曇りだが、雪明かりのせいで世界はぼんやりと明るい。  しんしんと降り積もる雪が、街の喧騒も、汚れた泥も、すべてを吸い込んで沈黙させている。

 瞬は窓辺の安楽椅子に腰を下ろした。  何も考えず、ただぼんやりと、空から落ちてくる白い欠片を目で追う。  飽きなかった。  一つとして同じ形のない雪片が、風に舞い、重なり合い、景色を変えていく。  「綺麗だな」。ただそれだけの感想が、じんわりと胸に広がる。

 カチャリ。

 静寂を破らないように、慎重にドアが開けられる音がした。  振り返ると、メイが立っていた。

「あ……」

 メイは瞬と目が合うと、驚いたように瞬きをし、それから花が綻ぶように柔らかく微笑んだ。

「おはよう、瞬。……早いですね」 「おう。雪のせいで目が覚めちまってな」

 今日のメイは、いつもの冒険者服やメイド服ではなかった。  アリスが見立てたという、真っ白なニットのワンピース。  ふんわりとした素材が彼女の華奢な体を包み込み、いつもは結んでいる銀色の髪をそのまま下ろしている。  その姿は、窓の外の雪の精霊が、部屋の中に迷い込んできたかのようだった。  右目を隠していた白いアイガードもない。紫と黒の瞳が、朝の柔らかな光の中で無防備に輝いている。

「みんなは?」 「まだ夢の中です。ゼイクさんなんて、いびきと寝言で会議してましたよ」  メイはクスクスと笑いながら、キッチンのカウンターに立った。

「温かい紅茶、淹れますね」 「頼むわ」

 コポコポと、お湯が注がれる音。  茶葉が湯の中で踊り、豊かな香りが立ち上る音すら聞こえてきそうだ。  カチャン、とカップがソーサーに置かれる澄んだ音。  その一つ一つの所作が、丁寧で、愛おしい。

 瞬は、メイの背中をぼんやりと眺めていた。  出会った頃の彼女は、ボロ布で顔を隠し、世界に怯えて震えていた。  それが今は、こんなにも穏やかな背中を見せている。  「日常」という奇跡が、ここにある。

「はい、どうぞ」

 メイが、湯気の立つカップを二つ持ってきて、瞬の隣に座った。  アールグレイの柑橘系の香りが、鼻腔をくすぐる。

「いただきます」  瞬が一口すすると、熱い液体が喉を通り、胃の腑を温める。 「……はぁ。うめぇ」 「ふふ、よかったです」

 二人は並んで、窓の外の雪景色を眺めた。  会話はなかった。  けれど、気まずさは微塵もない。  暖炉の薪がパチリと爆ぜる音と、二人の呼吸音だけが、心地よいリズムで重なる。  ただ隣に座って、同じ景色を見て、同じ紅茶を飲んでいる。  それだけで、心が満たされていく感覚。

  過去の後悔も、未来の不安も手放して、ただ目の前の温かさと静けさを味わう。  それは、どんな宝石よりも贅沢な時間だった。

「……メイ」 「はい?」

 瞬が呼ぶと、メイが小首をかしげてこちらを向く。  長い睫毛。透き通るような肌。そして、自分を真っ直ぐに映す瞳。

「なんでもない。……ただ、名前を呼んでみたかっただけだ」

 瞬が照れくさそうに言うと、メイは顔を赤らめて、嬉しそうに目を細めた。 「はい。……ここにいますよ」

 彼女は、そっと自分の肩を瞬の肩に寄せた。  ニット越しの体温が伝わってくる。

 しばらくして、メイがポツリと言った。

「……怖くなる時が、あるんです」

 彼女の声は、雪のように儚かった。

「こんなに幸せで、いいのかなって。  温かいベッドで寝て、美味しいご飯を食べて、大好きな人たちに囲まれて。……私、昔はずっと泥の中にいたから。今の生活が、全部夢なんじゃないかって」

 メイは、自分のカップを両手で包み込んだ。

「幸せすぎると、いつか罰が当たって、全部消えちゃうんじゃないかって……ふと、不安になるんです」

  幸せな状態が壊れることを恐れる心。  失いたくないからこそ、今の幸せを素直に喜べない臆病さ。

 瞬は、カップをサイドテーブルに置いた。  そして、メイの冷たくなっていた手を、自分の大きな手で包み込んだ。

「メイ」  瞬は、窓の外を指差した。

「雪、見てみろよ」

 空から無数に降ってくる白い欠片。  それらは地面に落ちて積もり、やがて溶けて水になる。

「あれも、いつかは消える。……形あるもんは、いつか全部なくなるんだ」

  永遠なんてない。この幸せな時間も、この屋敷での生活も、いつかは終わるかもしれない。

「でもな」  瞬は、メイの手をぎゅっと握り返した。

「いつか消えるからって、今ビビってどうするんだよ。  明日の心配をして、今の紅茶の味を忘れたら、もったいねぇだろ?」

 彼は、メイの瞳を覗き込んだ。

「先のことは、誰にもわかんねぇ。明日隕石が落ちてくるかもしれないし、ゼイクが禿げるかもしれない」 「ぷっ……ゼイクさんが……」  メイが吹き出す。

「だろ? だからさ」  瞬はニカっと笑った。

「今は、このクッキーがすげぇ美味いことと、隣にいるお前が死ぬほど可愛いこと。……それだけ考えてりゃいいんだよ」

 過去でも未来でもない。  「今」という刹那(せつな)を、全力で味わうこと。  そうすれば、不安が入る隙間なんてなくなる。

 メイの瞳から、不安の色が消えていった。  彼女は、瞬の手を両手で握り返し、頬に寄せた。

「……はい。そうですね」

 彼女は、とろけるような笑顔を見せた。

「瞬は……私の、精神安定剤ですね」 「なんだそりゃ。薬扱いかよ」 「ふふ。……特効薬です」

 二人は笑い合った。  外では雪が降り続いている。  世界は冷たく、厳しいかもしれない。  けれど、この窓の内側には、確かな熱があった。

 瞬は、メイの肩に頭を預けた。  シャンプーのいい匂いがする。  彼女の体温と、紅茶の香りと、静寂。

 (悪くねぇな、こういうのも)

 剣を振るうだけが英雄じゃない。  ただ、隣にいる大事な人を安心させて、一緒に笑うこと。  それこそが、彼がこの世界で手に入れた、最強の「必殺技」なのかもしれない。

 時計の針が進む。  やがて、二階からドタドタという足音と、「起きろー! 朝飯だー!」というアリスの元気な声が聞こえてきた。  静寂の時間は終わりを告げる。  また、騒がしくて愛おしい日常が始まるのだ。

「行こうか」  瞬が立ち上がり、手を差し出す。 「はい!」  メイがその手を取る。

 二人は、雪明かりに照らされたリビングを後にした。  冷めた紅茶のカップには、二人が過ごした温かい時間の余韻が、まだ微かに残っていた。

 雪は、やがて止むだろう。  そして雪の下では、春を待つ種が、静かに、けれど力強く息づいていた。  次の季節への予感を孕んで。
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