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第1部:養成所編
第十五話:見えない法則
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夜のジャングルは、昼間とは全く違う、捕食者の顔をしていた。
ねっとりとした、インクを原液のままぶちまけたような濃密な闇が、前後左右はおろか、上下の感覚さえも曖昧に溶かしていく。それは単なる暗闇ではなかった。質量と粘度を持っているかのような、まとわりつく闇。一歩足を踏み出すごとに、見えない黒い水飴の中を進んでいるかのような錯覚に陥り、自分の身体の輪郭すら怪しくなっていく。
無数の、名前も知らない虫たちの鳴き声が、まるで巨大な一枚の耳鳴りのように、絶え間なく鼓膜を震わせ続けた。キリキリキリ、と金属を削るような甲高い音。ジジジジ……、と低く地を這うような不気味な響き。コロコロ、チチチ、とどこか遠くで鳴っているような微かな音。それら無数の音が、一切の隙間なく空間を埋め尽くし、一つの巨大な音の塊となって脳髄を直接揺さぶる。それは、思考の回路に直接ヤスリをかけられているような、じわじわと、しかし確実に神経をすり減らしていく不快なコーラスだった。
時折、湿り気を帯びた生暖かい風が木々の梢を撫で、葉と葉が擦れ合う音が、まるで巨大な何かがすぐそばを忍び足で通り過ぎたかのように聞こえた。ザザ……、ザザザ……。その度に、心臓が喉の奥で氷のように冷たく凝縮し、どくん、と重たい音を立てて跳ね上がる。全身の毛穴という毛穴が総毛立ち、背筋を冷たい汗が蛇のように這い下っていく。恐怖は、目に見えるものよりも、こうして耳から忍び寄ってくるものの方が、より深く、より根源的な場所に突き刺さる。
僕たちチームJの四人は、巨大な木の、まるで大地を掴む怪物の指のように絡み合った太い根元で、身を寄せ合うようにして、この終わりの見えない夜をなんとかやり過ごそうとしていた。根は湿った土の匂いと、微かな苔の匂いを発し、僕たちの背中を硬く、ごつごつとした感触で支えていた。だが、その冷たさは、着実に僕たちの体温を奪い続けていた。
食料は、ほとんどない。三時間ほど前、夕闇が迫る中で起こったチームFの奇襲。その混乱の最中、僕たちの生命線であるはずだった貴重なレーションの多くを、ぬかるんだ泥の中に失ってしまったのだ。あの時の、袋が手から滑り落ち、鈍い音を立てて泥に沈んでいく光景が、今も網膜に焼き付いて離れない。じくじくと胃酸が喉の奥へと逆流してくるような不快な空腹が、体温と、そしてなによりも理性を、容赦なく、じわじわと削り取っていく。口の中は乾ききって、唾を飲み込むことさえ億劫だった。
そして、チームの雰囲気は、言うまでもなく最悪だった。凍てつくような沈黙と、時折漏れる苛立った溜息が、虫のコーラスに不協和音を加えていた。
「腹、減ったな……。クソっ、力が全然入らねぇ」
沈黙を破ったのは、剛くんだった。彼の低い唸り声は、闇の中で獣のそれのように響いた。普段ならば、分厚い胸板と丸太のような腕で、どんな障害物でもなぎ倒していく彼の自慢の肉体。鋼鉄の鎧とまで称されたその筋肉も、それを動かすためのエネルギー、つまりはカロリーがなければ、ただの重たいだけの脂肪の塊に過ぎない。彼は土くれに深く腰を下ろし、だらりと投げ出した腕を力なく見つめているようだった。その指先が、微かに震えているのが、僕の場所からでも暗闇に慣れた目には見て取れた。
「さっきから、そればっかりじゃない。少しは黙っててくれる? あなたのその唸り声を聞いているだけで、余計にお腹が空いてくるわ」
玲奈さんが、いつものように、氷の刃のような冷たく研ぎ澄まされた声で言い放つ。彼女は、僕たちから少し離れた場所に一人で座り、膝を抱えて闇の向こうをじっと見つめていた。その完璧な横顔は、まるで名工が魂を込めて彫り上げた彫像のようだったが、その透き通るような肌の白さは、時折雲の切れ間から漏れる月明かりの下で、病的なほど際立って見えた。彼女の抱えられた膝の上で、固く握りしめられた指の関節が、白く浮き上がっている。彼女もまた、その冷静な仮面の下で、極度の緊張と恐怖に耐えているのだ。
「うるせぇな! 事実を言っただけだろうが! それともなんだ、お嬢様は腹なんざ減らねぇってのかよ!」
剛くんが、抑えきれない苛立ちを剥き出しにして吠える。彼の声は、空腹で力を失ってはいても、なお威圧的だった。その怒声に、近くの茂みで何かがカサリと音を立てて逃げていく。
「ぼ、僕のせいです……僕が、あの時、レーションの入った袋を……あの、チームFのリーダーが、アースが、殴りかかってきた時に、僕、怖くて……手を滑らせて……落としちゃったから……ごめんなさい、ごめんなさい……」
始まった。小林くんが、もはや彼のアイデンティティの一部と化した、しゃくりあげるような嗚咽を漏らし始めたのだ。彼は地面に蹲り、両手で顔を覆っている。その小さな背中が、嗚咽のたびに痛々しく震えていた。泥と涙でぐしゃぐしゃになった顔が、目に浮かぶようだった。彼の罪悪感は、この場の重苦しい空気をさらに鉛のように重くしていく。
「お前のせいじゃねぇよ!」
剛くんが、そのやり場のない苛立ちをぶつけるように、今度は小林くんに向かって怒鳴り返した。だが、その声には先程の玲奈さんに対するものとは違う、微かな、本当に微かな庇護の色が混じっていた。
「一番悪いのは、俺たちをこんな目に遭わせた、あの土方の野郎だ! そうだ、全部あいつのせいだ! 次に会ったら、そのひょろ長い手足、全部へし折って、逆向きに関節を曲げてやる!」
始まった。また、いつものやつだ。責任のなすりつけ合い。生産性のない罵り合い。そして、どうしようもない現実からの逃避。絶望的な状況というのは、どうしてこうも、人の心の最も脆く、最も弱い部分を、いとも簡単に引きずり出してしまうのだろう。剛くんの怒りは、チームFのリーダー、土方アースへと向かうことで、かろうじて仲間への直接的な暴力を抑えているに過ぎない。玲奈さんの冷徹な言葉は、自身の恐怖を隠すための鎧だ。小林くんの涙は、無力な自分への贖罪。誰もが、このジャングルの闇という名の怪物に、心を食い荒らされ始めていた。
このままでは、擬似怪物に襲われる前に、僕たちは飢えと、寒さと、そしてこの不協和音によって、内側から静かに崩壊してしまうだろう。バラバラになったチームなど、ジャングルにとっては格好の餌食でしかない。
(静かに……静かにしろ、俺の頭)
僕は、固く目を閉じた。瞼の裏に、赤い残像がチカチカと明滅する。仲間たちの荒い息遣い。剛くんの歯ぎしりの音。玲奈さんの浅く速い呼吸。小林くんの鼻をすする音。そして、延々と続く虫の鳴き声、風の音、自分自身の、早鐘のように打つ心臓の音。その全てのノイズが、濁流のように僕の思考の中になだれ込み、何もかもをバラバラに引き裂こうとする。パニックは、伝染する。病原菌よりも速く、確実に。誰か一人が、たった一人だけでも冷静でいなければ、僕たちは全員、このジャングルの闇に、骨の一本も残さずに飲み込まれてしまうだろう。
(落ち着け。情報を整理しろ。これはノイズじゃない。データだ)
僕は、思考を切り替える。耳から入ってくる全ての音を、一つ一つ分解していく。甲高い虫の声は、おそらくキリギリスの仲間。湿度の高い夜に活発になる。低い唸るような声は、大型の甲虫か、あるいはカエルの類か。風の音には、微かな塩の匂いが混じっている。海が、そう遠くない証拠だ。肌を撫でる空気の湿り気は、体感で85%以上。気温はおそらく20度前後。
仲間たちの罵り声の中から、何か、生き残るための「法則」を見つけ出そうと、僕は自分の五感を、極限まで研ぎ澄ませていた。彼らの感情の爆発は、生命エネルギーの無駄な浪費だ。だが、その根源にあるのは「飢え」と「恐怖」。ならば、解決すべき問題は明確だ。食料の確保と、安全な場所への移動。それだけだ。
「静かにしてくれ!」
僕が、自分でも驚くほどの、鋭い一喝を発したのは、その時だった。
声は、普段の僕からは想像もつかないような、有無を言わせぬ響きを帯びて、湿った闇を切り裂いた。それは、パニックに陥った獣の群れを、一声で黙らせるリーダーの咆哮のようだった。反響した声が木々に吸い込まれ、一瞬、あの忌まわしい虫たちのコーラスさえも途切れたかのように感じられた。
言い争っていた剛くんでさえ、その気迫に押されたのか、はっと息を飲み、ぐっと言葉を飲み込んだ。小林くんのしゃくりあげる声も止まり、玲奈さんが驚いたように、その美しい顔をこちらに向けたのが、暗闇の中のシルエットで分かった。
僕は、ゆっくりと立ち上がった。泥と湿気で重くなったズボンが、足に張り付いて気持ちが悪い。だが、そんなことはどうでもよかった。空を見上げると、分厚い雲が風に流され、その切れ間から、まるで神の瞳のように、満天の星が覗いていた。この島には、人工の光が一切ない。街の明かりも、車のヘッドライトも、何一つない。だからこそ、星々の光は、まるで手の届きそうなほど近く、そして暴力的とも言えるほどの圧倒的な美しさで、僕たちの頭上に君臨していた。青白く鋭い光を放つ星、赤く不気味に瞬く星、天の川の淡い光の帯が、巨大な筆で夜空を掃いたように横たわっている。
僕は、その星空を睨むように見つめ、指でいくつかの星を結び、何かを精密に計算するように、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。その声は、自分自身に言い聞かせるための、集中したモノローグだった。
「南十字星が、あの位置。水平線から約15度。つまり、現在地は南緯15度付近。北極星は見えない。今の風向きは、湿り気を含んだ北東からの風。木の葉の揺れ方、肌で感じる風圧からして、風速は約3メートル。ということは、この島の卓越風は、海から、内陸の山脈に向かって吹いている可能性が高い」
「おい、ガリ勉。何、訳のわかんねぇこと言ってやがる。星なんか見て、腹が膨れるかよ」
剛くんが、心底、訝しげな声で尋ねる。彼の声には、先程までの怒気はなく、ただ純粋な困惑だけがあった。
僕は、彼の言葉には答えず、今度は地面に膝をついた。ひやりとした湿った土が、ズボンの布地を通して膝に冷たさを伝えてくる。僕はその土をひとつまみ指で取り、鼻先に近づけて、その匂いを深く吸い込んだ。硝酸塩と、わずかな鉄分、そして腐葉土が発酵した甘い匂い。さらに、微かに、淀んだ水の匂いが混じっている。指先で粘り気を確かめる。粒子が細かく、水持ちが良い土壌だ。
そして、すぐ近くに群生している、大きなシダ植物の葉を一枚、そっと撫でた。人の背丈ほどもある、巨大なシダだ。葉の裏側には、茶色い胞子嚢が規則正しく並んでいる。その感触、葉脈の走り方、茎の太さ。脳内のデータベースが、凄まじい速度で検索を開始する。養成所の分厚い教科書のページが、パラパラと目まぐるしく捲られていく。
「この湿り気。それに、この種類のシダ植物の群生。養成所の『怪物生態学』の教科書、342ページ、図版C-4に載っていた。この『ヘゴモドキ』は、根が常に水に浸かるほどの、極端に湿度の高い、淡水がすぐ近くにある場所にしか生えないはずだ」
僕の脳裏には、教官のしゃがれた声が蘇っていた。『いいか、お前ら。ジャングルで道に迷ったら、まず水を探せ。だが、水場には危険も集まる。植物を見ろ。植物は嘘をつかん。奴らは、その土地の全てを知っている』
僕は、ゆっくりと立ち上がると、一つの方向を、確信を持って指さした。それは、僕以外の三人の目には、闇の、さらに深い闇が広がっているだけに見えるであろう方角だった。しかし、僕の目には、そこだけ闇の密度が違うように見えた。空気の流れが、僅かに淀んでいる。
「あっちだ。あっちに、おそらく、川か沼がある。それも、かなり大きなやつが。距離にして、500メートル以内」
その言葉に、誰もが半信半疑の顔をした。暗闇の中、表情まではっきりと見えない。だが、彼らの発する戸惑いの空気が、肌を刺すように伝わってきた。玲奈さんでさえ、その美しい眉をわずかにひそめている気配がした。
「なんで、そんなことが分かるんだよ。ただの勘か?」
剛くんが、まだ信じきれないという口調で問う。
「勘じゃない。古代航法術と、植物学の知識だよ。星の位置と卓越風の向きから、僕たちの現在地を、地図上の誤差百メートル以内で割り出した。そして、養成所のデータベースにあった、この島の生態系のデータと照らし合わせると、この先に大規模な水源がある確率が、90%以上になる」
それは、ただの勘ではなかった。養成所で学んだ、一見すると、最前線の戦闘とは何の関係もないように思える、膨大な知識の断片。歴史、地理、気象学、植物学、天文学。それらを、目の前の、肌で感じる現実と結びつけ、生き残るための、目には見えない「法則」として読み解く。僕の脳は、この極限状況の中で、普段とは比べ物にならないほどの速度で、スーパーコンピュータのように稼働していた。恐怖と飢えが、僕の思考を、生存のためだけに極限までチューンナップしていた。
「川があったとして、それがどうしたってんだよ。魚でも捕るってのか? 俺たちには、釣り竿も、網も、何もねぇんだぞ」
剛くんが、まだ納得いかないという顔で、腕を組みながら言う。彼の思考は、常に直接的だ。水場=魚。それは、ある意味正しいが、今の僕たちの目的とは違った。
「魚じゃない。僕たちが探しているのは、食料だよ」
僕は、背負っていたリュックから、くしゃくしゃになった簡易地図を取り出した。湿気で少しよれてしまっているそれを、木の根の比較的平らな部分に広げる。持っていた小さなLEDライトで、かろうじて地図を照らすと、等高線といくつかの記号が浮かび上がった。
そして、指で一つのエリアを、強く囲った。それは、他のどのチームも、危険すぎるとして、絶対に近寄らないであろう、広大な湿地帯だった。地図上には、危険を示すドクロのマークがいくつも書き込まれている。
「この湿地帯を抜けた先に、この島で唯一、自生しているはずの『ルナ・ベリー』の群生地がある。養成所の教科書には、そう書いてあった。親指ほどの大きさで、熟すと青白く発光する。栄養価が非常に高く、一つ食べるだけで一日の活動エネルギーを補給できる。そして、熟していれば毒もない」
「湿地帯だと!? 正気か、お前!」
剛くんが、声を荒らげた。彼の言う通りだった。湿地帯は、擬似怪物が潜むには格好の場所だ。視界は開けているが、身を隠す場所が少ない。何より、ぬかるんだ足元は、僕たちのただでさえ残り少ない体力を、無慈悲に奪うだろう。養成所の訓練でも、湿地帯で擬似怪物に足を食われた生徒がいたという話だ。それは、あまりにも危険な、狂気の沙汰とも言える賭けだった。
しかし、僕は、静かに、しかし、今までで一番力強い声で言った。その声は、もう震えていなかった。
「戦うだけが、戦いじゃない。生き残ることも、立派な戦いだ。パワーや、生まれつきの特別な力で正面から戦えない僕たちには、僕たちの戦い方があるはずだ。僕には、剛くんのような腕力も、アースを殴り飛ばす力もない。玲奈さんのように、どんな状況でも冷静に戦況を分析できる頭脳もない。小林くんのように、誰かのために心から泣ける優しさすらないのかもしれない。僕にあるのは、ただの知識だけだ。だから、これを使うしかないんだ。頭を使って、他の誰もが見つけられない道を探し出す。それこそが、僕たちの生きる道だ」
僕の言葉が、闇の中に吸い込まれていく。誰も、何も言わない。ただ、風の音と、虫の声だけが響いていた。
痩せっぽちで、身体能力は常に最低ランク。仲間からは「ガリ勉」と揶揄され、戦闘ではいつも足手まとい。だが、彼の瞳には、この絶望的な暗闇の先にある、確かな「活路」が、はっきりと見えていた。その知性からくる揺るぎない自信が、彼の言葉に、有無を言わせぬほどの力を与えていた。
「分かったわ」
最初に、その重い沈黙を破ったのは、玲奈さんだった。彼女はすっと立ち上がり、僕の隣まで歩いてきた。その動きには、一切の迷いがなかった。
「あなたに乗ってみる。このまま、ここで飢えて死ぬよりは、ずっとマシな選択ね。それに、あなたのその目……今のあなたは、信じる価値がある」
彼女は僕の目を見つめ、その瞳の奥にある狂気にも似た確信を、正確に見抜いていた。彼女の合理性が、この無謀な賭けに乗ることを選択させたのだ。
玲奈さんの、その静かな一言が、全てを決めた。彼女の言葉に、剛くんも、そして小林くんも、もう反論はできなかった。剛くんは、大きな舌打ちを一つすると、「……ちっ、好きにしろ。だが、もし間違ってたら、お前のそのひょろい首、へし折るからな」と、彼らしい形で同意を示した。小林くんも、おずおずと顔を上げ、「ぼ、僕も……行きます」と、か細いが、確かな意志の籠った声で言った。
僕たちのナビゲートのもと、チームJは、再び歩き始めた。僕が先頭に立ち、指し示した闇の中へと、一歩、また一歩と、その足を踏み入れていった。
すぐに、地面の感触が変わった。乾いた土と落ち葉の感触が消え、ぐちゅり、と湿った音と共に、冷たい泥がブーツの中に侵入してくる。足首に蛇のようにまとわりつく泥は、一歩進むごとに、僕たちの足を捕らえて離さない。ぬかるみに足を取られ、何度も転びそうになりながら、僕たちは、ただひたすら、僕が指し示す、目には見えない道しるべを頼りに進んでいった。
それは、アースの圧倒的なパワーでもなく、特殊な異能でもない。
ただ、一人の少年が持つ、「知恵」と「観察眼」だけを頼りにした、あまりにも無謀で、しかし、確かな希望に満ちた、僕たちだけの反撃の始まりだった。
泥だらけになった四人の顔に、もう、先ほどまでの諦めの色はなかった。剛くんは悪態をつきながらも、僕が足場を探すのを黙って待ち、玲奈さんは周囲への警戒を怠らず、小林くんは必死の形相で僕たちの後をついてくる。
僕たちは、この絶望的な状況の中で、自分たちだけの、誰にも真似のできない武器を、ようやく見つけ出したのだ。
夜明けは、まだ、遠い。しかし、僕たちの心には、確かな光が、静かに灯り始めていた。それは、まだ頼りなく、か細い光かもしれない。だが、この底なしの闇を貫くには、それで十分だった。
ねっとりとした、インクを原液のままぶちまけたような濃密な闇が、前後左右はおろか、上下の感覚さえも曖昧に溶かしていく。それは単なる暗闇ではなかった。質量と粘度を持っているかのような、まとわりつく闇。一歩足を踏み出すごとに、見えない黒い水飴の中を進んでいるかのような錯覚に陥り、自分の身体の輪郭すら怪しくなっていく。
無数の、名前も知らない虫たちの鳴き声が、まるで巨大な一枚の耳鳴りのように、絶え間なく鼓膜を震わせ続けた。キリキリキリ、と金属を削るような甲高い音。ジジジジ……、と低く地を這うような不気味な響き。コロコロ、チチチ、とどこか遠くで鳴っているような微かな音。それら無数の音が、一切の隙間なく空間を埋め尽くし、一つの巨大な音の塊となって脳髄を直接揺さぶる。それは、思考の回路に直接ヤスリをかけられているような、じわじわと、しかし確実に神経をすり減らしていく不快なコーラスだった。
時折、湿り気を帯びた生暖かい風が木々の梢を撫で、葉と葉が擦れ合う音が、まるで巨大な何かがすぐそばを忍び足で通り過ぎたかのように聞こえた。ザザ……、ザザザ……。その度に、心臓が喉の奥で氷のように冷たく凝縮し、どくん、と重たい音を立てて跳ね上がる。全身の毛穴という毛穴が総毛立ち、背筋を冷たい汗が蛇のように這い下っていく。恐怖は、目に見えるものよりも、こうして耳から忍び寄ってくるものの方が、より深く、より根源的な場所に突き刺さる。
僕たちチームJの四人は、巨大な木の、まるで大地を掴む怪物の指のように絡み合った太い根元で、身を寄せ合うようにして、この終わりの見えない夜をなんとかやり過ごそうとしていた。根は湿った土の匂いと、微かな苔の匂いを発し、僕たちの背中を硬く、ごつごつとした感触で支えていた。だが、その冷たさは、着実に僕たちの体温を奪い続けていた。
食料は、ほとんどない。三時間ほど前、夕闇が迫る中で起こったチームFの奇襲。その混乱の最中、僕たちの生命線であるはずだった貴重なレーションの多くを、ぬかるんだ泥の中に失ってしまったのだ。あの時の、袋が手から滑り落ち、鈍い音を立てて泥に沈んでいく光景が、今も網膜に焼き付いて離れない。じくじくと胃酸が喉の奥へと逆流してくるような不快な空腹が、体温と、そしてなによりも理性を、容赦なく、じわじわと削り取っていく。口の中は乾ききって、唾を飲み込むことさえ億劫だった。
そして、チームの雰囲気は、言うまでもなく最悪だった。凍てつくような沈黙と、時折漏れる苛立った溜息が、虫のコーラスに不協和音を加えていた。
「腹、減ったな……。クソっ、力が全然入らねぇ」
沈黙を破ったのは、剛くんだった。彼の低い唸り声は、闇の中で獣のそれのように響いた。普段ならば、分厚い胸板と丸太のような腕で、どんな障害物でもなぎ倒していく彼の自慢の肉体。鋼鉄の鎧とまで称されたその筋肉も、それを動かすためのエネルギー、つまりはカロリーがなければ、ただの重たいだけの脂肪の塊に過ぎない。彼は土くれに深く腰を下ろし、だらりと投げ出した腕を力なく見つめているようだった。その指先が、微かに震えているのが、僕の場所からでも暗闇に慣れた目には見て取れた。
「さっきから、そればっかりじゃない。少しは黙っててくれる? あなたのその唸り声を聞いているだけで、余計にお腹が空いてくるわ」
玲奈さんが、いつものように、氷の刃のような冷たく研ぎ澄まされた声で言い放つ。彼女は、僕たちから少し離れた場所に一人で座り、膝を抱えて闇の向こうをじっと見つめていた。その完璧な横顔は、まるで名工が魂を込めて彫り上げた彫像のようだったが、その透き通るような肌の白さは、時折雲の切れ間から漏れる月明かりの下で、病的なほど際立って見えた。彼女の抱えられた膝の上で、固く握りしめられた指の関節が、白く浮き上がっている。彼女もまた、その冷静な仮面の下で、極度の緊張と恐怖に耐えているのだ。
「うるせぇな! 事実を言っただけだろうが! それともなんだ、お嬢様は腹なんざ減らねぇってのかよ!」
剛くんが、抑えきれない苛立ちを剥き出しにして吠える。彼の声は、空腹で力を失ってはいても、なお威圧的だった。その怒声に、近くの茂みで何かがカサリと音を立てて逃げていく。
「ぼ、僕のせいです……僕が、あの時、レーションの入った袋を……あの、チームFのリーダーが、アースが、殴りかかってきた時に、僕、怖くて……手を滑らせて……落としちゃったから……ごめんなさい、ごめんなさい……」
始まった。小林くんが、もはや彼のアイデンティティの一部と化した、しゃくりあげるような嗚咽を漏らし始めたのだ。彼は地面に蹲り、両手で顔を覆っている。その小さな背中が、嗚咽のたびに痛々しく震えていた。泥と涙でぐしゃぐしゃになった顔が、目に浮かぶようだった。彼の罪悪感は、この場の重苦しい空気をさらに鉛のように重くしていく。
「お前のせいじゃねぇよ!」
剛くんが、そのやり場のない苛立ちをぶつけるように、今度は小林くんに向かって怒鳴り返した。だが、その声には先程の玲奈さんに対するものとは違う、微かな、本当に微かな庇護の色が混じっていた。
「一番悪いのは、俺たちをこんな目に遭わせた、あの土方の野郎だ! そうだ、全部あいつのせいだ! 次に会ったら、そのひょろ長い手足、全部へし折って、逆向きに関節を曲げてやる!」
始まった。また、いつものやつだ。責任のなすりつけ合い。生産性のない罵り合い。そして、どうしようもない現実からの逃避。絶望的な状況というのは、どうしてこうも、人の心の最も脆く、最も弱い部分を、いとも簡単に引きずり出してしまうのだろう。剛くんの怒りは、チームFのリーダー、土方アースへと向かうことで、かろうじて仲間への直接的な暴力を抑えているに過ぎない。玲奈さんの冷徹な言葉は、自身の恐怖を隠すための鎧だ。小林くんの涙は、無力な自分への贖罪。誰もが、このジャングルの闇という名の怪物に、心を食い荒らされ始めていた。
このままでは、擬似怪物に襲われる前に、僕たちは飢えと、寒さと、そしてこの不協和音によって、内側から静かに崩壊してしまうだろう。バラバラになったチームなど、ジャングルにとっては格好の餌食でしかない。
(静かに……静かにしろ、俺の頭)
僕は、固く目を閉じた。瞼の裏に、赤い残像がチカチカと明滅する。仲間たちの荒い息遣い。剛くんの歯ぎしりの音。玲奈さんの浅く速い呼吸。小林くんの鼻をすする音。そして、延々と続く虫の鳴き声、風の音、自分自身の、早鐘のように打つ心臓の音。その全てのノイズが、濁流のように僕の思考の中になだれ込み、何もかもをバラバラに引き裂こうとする。パニックは、伝染する。病原菌よりも速く、確実に。誰か一人が、たった一人だけでも冷静でいなければ、僕たちは全員、このジャングルの闇に、骨の一本も残さずに飲み込まれてしまうだろう。
(落ち着け。情報を整理しろ。これはノイズじゃない。データだ)
僕は、思考を切り替える。耳から入ってくる全ての音を、一つ一つ分解していく。甲高い虫の声は、おそらくキリギリスの仲間。湿度の高い夜に活発になる。低い唸るような声は、大型の甲虫か、あるいはカエルの類か。風の音には、微かな塩の匂いが混じっている。海が、そう遠くない証拠だ。肌を撫でる空気の湿り気は、体感で85%以上。気温はおそらく20度前後。
仲間たちの罵り声の中から、何か、生き残るための「法則」を見つけ出そうと、僕は自分の五感を、極限まで研ぎ澄ませていた。彼らの感情の爆発は、生命エネルギーの無駄な浪費だ。だが、その根源にあるのは「飢え」と「恐怖」。ならば、解決すべき問題は明確だ。食料の確保と、安全な場所への移動。それだけだ。
「静かにしてくれ!」
僕が、自分でも驚くほどの、鋭い一喝を発したのは、その時だった。
声は、普段の僕からは想像もつかないような、有無を言わせぬ響きを帯びて、湿った闇を切り裂いた。それは、パニックに陥った獣の群れを、一声で黙らせるリーダーの咆哮のようだった。反響した声が木々に吸い込まれ、一瞬、あの忌まわしい虫たちのコーラスさえも途切れたかのように感じられた。
言い争っていた剛くんでさえ、その気迫に押されたのか、はっと息を飲み、ぐっと言葉を飲み込んだ。小林くんのしゃくりあげる声も止まり、玲奈さんが驚いたように、その美しい顔をこちらに向けたのが、暗闇の中のシルエットで分かった。
僕は、ゆっくりと立ち上がった。泥と湿気で重くなったズボンが、足に張り付いて気持ちが悪い。だが、そんなことはどうでもよかった。空を見上げると、分厚い雲が風に流され、その切れ間から、まるで神の瞳のように、満天の星が覗いていた。この島には、人工の光が一切ない。街の明かりも、車のヘッドライトも、何一つない。だからこそ、星々の光は、まるで手の届きそうなほど近く、そして暴力的とも言えるほどの圧倒的な美しさで、僕たちの頭上に君臨していた。青白く鋭い光を放つ星、赤く不気味に瞬く星、天の川の淡い光の帯が、巨大な筆で夜空を掃いたように横たわっている。
僕は、その星空を睨むように見つめ、指でいくつかの星を結び、何かを精密に計算するように、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。その声は、自分自身に言い聞かせるための、集中したモノローグだった。
「南十字星が、あの位置。水平線から約15度。つまり、現在地は南緯15度付近。北極星は見えない。今の風向きは、湿り気を含んだ北東からの風。木の葉の揺れ方、肌で感じる風圧からして、風速は約3メートル。ということは、この島の卓越風は、海から、内陸の山脈に向かって吹いている可能性が高い」
「おい、ガリ勉。何、訳のわかんねぇこと言ってやがる。星なんか見て、腹が膨れるかよ」
剛くんが、心底、訝しげな声で尋ねる。彼の声には、先程までの怒気はなく、ただ純粋な困惑だけがあった。
僕は、彼の言葉には答えず、今度は地面に膝をついた。ひやりとした湿った土が、ズボンの布地を通して膝に冷たさを伝えてくる。僕はその土をひとつまみ指で取り、鼻先に近づけて、その匂いを深く吸い込んだ。硝酸塩と、わずかな鉄分、そして腐葉土が発酵した甘い匂い。さらに、微かに、淀んだ水の匂いが混じっている。指先で粘り気を確かめる。粒子が細かく、水持ちが良い土壌だ。
そして、すぐ近くに群生している、大きなシダ植物の葉を一枚、そっと撫でた。人の背丈ほどもある、巨大なシダだ。葉の裏側には、茶色い胞子嚢が規則正しく並んでいる。その感触、葉脈の走り方、茎の太さ。脳内のデータベースが、凄まじい速度で検索を開始する。養成所の分厚い教科書のページが、パラパラと目まぐるしく捲られていく。
「この湿り気。それに、この種類のシダ植物の群生。養成所の『怪物生態学』の教科書、342ページ、図版C-4に載っていた。この『ヘゴモドキ』は、根が常に水に浸かるほどの、極端に湿度の高い、淡水がすぐ近くにある場所にしか生えないはずだ」
僕の脳裏には、教官のしゃがれた声が蘇っていた。『いいか、お前ら。ジャングルで道に迷ったら、まず水を探せ。だが、水場には危険も集まる。植物を見ろ。植物は嘘をつかん。奴らは、その土地の全てを知っている』
僕は、ゆっくりと立ち上がると、一つの方向を、確信を持って指さした。それは、僕以外の三人の目には、闇の、さらに深い闇が広がっているだけに見えるであろう方角だった。しかし、僕の目には、そこだけ闇の密度が違うように見えた。空気の流れが、僅かに淀んでいる。
「あっちだ。あっちに、おそらく、川か沼がある。それも、かなり大きなやつが。距離にして、500メートル以内」
その言葉に、誰もが半信半疑の顔をした。暗闇の中、表情まではっきりと見えない。だが、彼らの発する戸惑いの空気が、肌を刺すように伝わってきた。玲奈さんでさえ、その美しい眉をわずかにひそめている気配がした。
「なんで、そんなことが分かるんだよ。ただの勘か?」
剛くんが、まだ信じきれないという口調で問う。
「勘じゃない。古代航法術と、植物学の知識だよ。星の位置と卓越風の向きから、僕たちの現在地を、地図上の誤差百メートル以内で割り出した。そして、養成所のデータベースにあった、この島の生態系のデータと照らし合わせると、この先に大規模な水源がある確率が、90%以上になる」
それは、ただの勘ではなかった。養成所で学んだ、一見すると、最前線の戦闘とは何の関係もないように思える、膨大な知識の断片。歴史、地理、気象学、植物学、天文学。それらを、目の前の、肌で感じる現実と結びつけ、生き残るための、目には見えない「法則」として読み解く。僕の脳は、この極限状況の中で、普段とは比べ物にならないほどの速度で、スーパーコンピュータのように稼働していた。恐怖と飢えが、僕の思考を、生存のためだけに極限までチューンナップしていた。
「川があったとして、それがどうしたってんだよ。魚でも捕るってのか? 俺たちには、釣り竿も、網も、何もねぇんだぞ」
剛くんが、まだ納得いかないという顔で、腕を組みながら言う。彼の思考は、常に直接的だ。水場=魚。それは、ある意味正しいが、今の僕たちの目的とは違った。
「魚じゃない。僕たちが探しているのは、食料だよ」
僕は、背負っていたリュックから、くしゃくしゃになった簡易地図を取り出した。湿気で少しよれてしまっているそれを、木の根の比較的平らな部分に広げる。持っていた小さなLEDライトで、かろうじて地図を照らすと、等高線といくつかの記号が浮かび上がった。
そして、指で一つのエリアを、強く囲った。それは、他のどのチームも、危険すぎるとして、絶対に近寄らないであろう、広大な湿地帯だった。地図上には、危険を示すドクロのマークがいくつも書き込まれている。
「この湿地帯を抜けた先に、この島で唯一、自生しているはずの『ルナ・ベリー』の群生地がある。養成所の教科書には、そう書いてあった。親指ほどの大きさで、熟すと青白く発光する。栄養価が非常に高く、一つ食べるだけで一日の活動エネルギーを補給できる。そして、熟していれば毒もない」
「湿地帯だと!? 正気か、お前!」
剛くんが、声を荒らげた。彼の言う通りだった。湿地帯は、擬似怪物が潜むには格好の場所だ。視界は開けているが、身を隠す場所が少ない。何より、ぬかるんだ足元は、僕たちのただでさえ残り少ない体力を、無慈悲に奪うだろう。養成所の訓練でも、湿地帯で擬似怪物に足を食われた生徒がいたという話だ。それは、あまりにも危険な、狂気の沙汰とも言える賭けだった。
しかし、僕は、静かに、しかし、今までで一番力強い声で言った。その声は、もう震えていなかった。
「戦うだけが、戦いじゃない。生き残ることも、立派な戦いだ。パワーや、生まれつきの特別な力で正面から戦えない僕たちには、僕たちの戦い方があるはずだ。僕には、剛くんのような腕力も、アースを殴り飛ばす力もない。玲奈さんのように、どんな状況でも冷静に戦況を分析できる頭脳もない。小林くんのように、誰かのために心から泣ける優しさすらないのかもしれない。僕にあるのは、ただの知識だけだ。だから、これを使うしかないんだ。頭を使って、他の誰もが見つけられない道を探し出す。それこそが、僕たちの生きる道だ」
僕の言葉が、闇の中に吸い込まれていく。誰も、何も言わない。ただ、風の音と、虫の声だけが響いていた。
痩せっぽちで、身体能力は常に最低ランク。仲間からは「ガリ勉」と揶揄され、戦闘ではいつも足手まとい。だが、彼の瞳には、この絶望的な暗闇の先にある、確かな「活路」が、はっきりと見えていた。その知性からくる揺るぎない自信が、彼の言葉に、有無を言わせぬほどの力を与えていた。
「分かったわ」
最初に、その重い沈黙を破ったのは、玲奈さんだった。彼女はすっと立ち上がり、僕の隣まで歩いてきた。その動きには、一切の迷いがなかった。
「あなたに乗ってみる。このまま、ここで飢えて死ぬよりは、ずっとマシな選択ね。それに、あなたのその目……今のあなたは、信じる価値がある」
彼女は僕の目を見つめ、その瞳の奥にある狂気にも似た確信を、正確に見抜いていた。彼女の合理性が、この無謀な賭けに乗ることを選択させたのだ。
玲奈さんの、その静かな一言が、全てを決めた。彼女の言葉に、剛くんも、そして小林くんも、もう反論はできなかった。剛くんは、大きな舌打ちを一つすると、「……ちっ、好きにしろ。だが、もし間違ってたら、お前のそのひょろい首、へし折るからな」と、彼らしい形で同意を示した。小林くんも、おずおずと顔を上げ、「ぼ、僕も……行きます」と、か細いが、確かな意志の籠った声で言った。
僕たちのナビゲートのもと、チームJは、再び歩き始めた。僕が先頭に立ち、指し示した闇の中へと、一歩、また一歩と、その足を踏み入れていった。
すぐに、地面の感触が変わった。乾いた土と落ち葉の感触が消え、ぐちゅり、と湿った音と共に、冷たい泥がブーツの中に侵入してくる。足首に蛇のようにまとわりつく泥は、一歩進むごとに、僕たちの足を捕らえて離さない。ぬかるみに足を取られ、何度も転びそうになりながら、僕たちは、ただひたすら、僕が指し示す、目には見えない道しるべを頼りに進んでいった。
それは、アースの圧倒的なパワーでもなく、特殊な異能でもない。
ただ、一人の少年が持つ、「知恵」と「観察眼」だけを頼りにした、あまりにも無謀で、しかし、確かな希望に満ちた、僕たちだけの反撃の始まりだった。
泥だらけになった四人の顔に、もう、先ほどまでの諦めの色はなかった。剛くんは悪態をつきながらも、僕が足場を探すのを黙って待ち、玲奈さんは周囲への警戒を怠らず、小林くんは必死の形相で僕たちの後をついてくる。
僕たちは、この絶望的な状況の中で、自分たちだけの、誰にも真似のできない武器を、ようやく見つけ出したのだ。
夜明けは、まだ、遠い。しかし、僕たちの心には、確かな光が、静かに灯り始めていた。それは、まだ頼りなく、か細い光かもしれない。だが、この底なしの闇を貫くには、それで十分だった。
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