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第15話 魔法戦士は、自由を謳う
しおりを挟む霧隠れの村の一件は、良くも悪くも、彼らの日常に小さくない変化をもたらした。
「デコボコパーティー」は、ギルドの酒場で、もはやただの厄介者集団ではなかった。「無茶苦茶だが、なぜか最後には何とかしてしまう連中」。そんな畏敬と、少しばかりの呆れが入り混じった奇妙な評判が、彼らの元に新たな、そして、輪をかけて厄介な依頼を呼び込むことになる。
その依頼は、魔導士ギルドからの、破格の報酬が約束された指名依頼だった。内容は「古代の遺跡で目覚めた、自律型ガーディアン・ゴーレムの鎮圧」。
依頼主として、ギルドの奥にある、革張りの椅子が置かれた重厚な個室に現れたのは、あの銀縁眼鏡の魔導士、リリアナその人だった。
「はっきり言っておくけれど、あなたたちに頼むのは不本意も不本意、心底から不本意よ」
彼女は、紅茶のカップを優雅に口に運びながら、開口一番、そう言い放った。相変わらずの、人を食った態度だ。
「本来なら騎士団が出張るべき事案だけれど、生憎と彼らは北の国境紛争で動けない。ギルド内の他の魔導士たちは、古代遺跡というだけで尻込みする臆病者の集まり。……消去法で、あなたたちしか残らなかったというわけ」
その言葉に、魔法戦士ソフィアの眉が、ピクリと動いたのを優は見逃さなかった。
「問題のゴーレムは、あらゆる魔法エネルギーを吸収し、自らの動力に変換するという、極めて厄介な特性を持っているわ。中途半端な攻撃は、ただ敵に塩を送るだけの愚行。論理的な解析と、緻密な連携が不可欠よ。脳筋と感覚派で構成されたあなたたちでは、十中八九、犬死にするだけでしょうから」
リリアナは、そこで一度言葉を切ると、心底から面倒くさそうに、しかしどこか楽しんでいるような、複雑な笑みを浮かべた。
「私が臨時で同行し、直々に指揮を執ってあげるわ。感謝なさい」
その言葉は、ソフィアの我慢の限界を、ほんの少しだけ超えていたようだった。
古代遺跡は、かつてこの地に栄えたという、今は名もなき王国の霊廟だった。
天井は、巨大な一枚岩をくり抜いたかのように高く、壁には星々の運行を示す古代の紋様がびっしりと刻まれている。長い年月の間に積もった埃が、足を踏み入れるたびにふわりと舞い上がり、天井の光採りの窓から差し込む陽光に照らされて、金色の軌跡を描いた。
その広間の中央に、それは鎮座していた。
高さは五メートルほどもあるだろうか。滑らかな黒曜石のような石材で組まれた、一体の石の巨人。王の墓を守るように、静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ってそこにいる。
一行が広間の中央まで進んだ、その時だった。
地響きと共に、石の巨人がゆっくりと動き始める。関節部分が擦れる、ゴゴゴゴ、という重い音が、遺跡の静寂を破る。その滑らかな体表に刻まれた無数の古代紋様が、まるで呼吸をするかのように、青白い不吉な光を放って明滅を始めた。
「戦闘開始!私の指示に寸分違わず従いなさい!」
リリアナの冷静沈着な声が、緊張に満ちた空間に響き渡る。
「まずは弱点属性を探るわ。ノア、土系統の初級魔法『ストーンブラスト』を放ちなさい」
ノアが、緊張した面持ちで呪文を紡ぐ。彼の手から放たれた数個の岩の礫は、しかし、ゴーレムに届くよりも早く、その手前で淡い光の粒子となって霧散し、ゴーレムの体表に吸い込まれていった。紋様の輝きが、ほんのわずかに増したように見える。
「吸収を確認。次は風よ。ソフィア、初級魔法『ウィンドカッター』」
「ちっ……」
ソフィアは、命令されること自体が気に食わないとでも言うように、鋭く舌打ちしながらも、指示通りに小さな風の刃を放つ。それもまた、呆気なく吸収された。
火、水、雷。どんな属性の魔法を試しても、結果は同じだった。ゴーレムにとっては、それらはただの栄養源にしかならない。
リリアナの教科書通りで、完璧に理論的な戦術は、この石の巨人に対して、完璧に、そして絶望的なまでに通用しなかった。
痺れを切らしたソフィアが、ついに吠えた。
「ああもう、じれったいわね!チマチマ、チマチマ試して、一体何になるっていうのよ!要は、あのでくの坊をぶっ壊せば、それでいいんでしょ!」
「待ちなさい、この単細胞!まだ解析が……」
リリアナの制止を完全に振り切り、ソフィアは愛剣を構える。彼女の有り余る魔力が、炎と氷という、本来なら決して混じり合うことのない相反する属性となって、その剣の周りに激しい渦を巻き始める。それは、教科書には決して載っていない、彼女だけの規格外の大技の予兆だった。
「喰らいなさいッ!」
轟音と共に放たれた赤と青の魔法の奔流は、ゴーレムの分厚い胸板に直撃する。そのほとんどは吸収されてしまうものの、あまりのエネルギー量に、鉄の巨人の動きが一瞬だけ、確かに鈍った。
しかし、その余波で発生した凄まじい爆風が、コントロールを失って周囲に広がり、仲間たちをも巻き込みかける。
「危ない!」
アレクが、咄嗟に巨大な盾を構え、全員をその背に庇う。 その光景に、リリアナが、もはや冷静さを失って激昂した。
「あなた、仲間を殺す気!? なんて非効率的で、野蛮で、下品な戦い方なの! これだから、伝統も学もない、なりあがりの魔法戦士は!」
その言葉が、ソフィアの心の、決して触れてはならない逆鱗に、深く、鋭く触れた。
ソフィアの脳裏に、息が詰まるような、それでいて、もう遠い昔のことのような、幼い頃の記憶が蘇る。
――静まり返った、広大で華美な屋敷の書斎。壁一面に、金文字が刻まれた革張りの魔導書が、一分の隙もなく整然と並んでいる。その中央で、厳しい顔つきの父親が、幼い彼女に魔法を教えていた。
彼女は、大陸でも五指に入る、由緒正しい魔導士の名家の生まれだった。 父親から、そして一族から、彼女に叩き込まれたのは、決められた手順、決められた効果しか認めない、伝統的で、芸術のように美しく、しかし何の面白みもない、息の詰まるような魔法だった。
「ソフィア。我が家の魔法は、芸術だ。無駄なく、美しく、そして完璧でなければならん。お前のような、感情のままに魔力を振り回す、荒々しい魔法の使い方は、一族の恥だと思え」
彼女は、その美しく整えられた鳥籠のような世界に、心の底から反発していた。
(魔法は、もっと自由なはずだ! もっと熱くて、もっと激しくて、もっと、心のままに叫ぶようなもののはずだ!)
彼女は、決められた譜面通りに、一音も間違えずにピアノを弾く、窮屈なクラシックの演奏者になりたかったのではない。自分の魂を叩きつけるようにギターをかき鳴らし、オーディエンスの心を揺さぶる、ロックンローラーになりたかったのだ。
だから、彼女は家を飛び出した。「魔法戦士」という、伝統を重んじる魔導士たちからは「邪道」「なりあがり」と蔑まれる道を、自らの意志で選んだのだ。
意識が、現在の戦場に戻る。
「野蛮で結構よ!」
ソフィアは、リリアナに向かって、挑戦的に、そして誇らしげに叫び返した。
彼女の戦い方は、権威や伝統への反発そのもの。自分らしい生き方を求める、魂の叫びだった。 彼女は、リリアナの小難しくて、頭でっかちな理論ではなく、自分の、今この瞬間に熱く脈打つ、直感を信じる。
ゴーレムが魔法を「吸収」するというなら。その吸収できる量、許容量(キャパシティ)というものが、必ずあるはずだ。どんなに大きなコップでも、海そのものを注ぎ込めば、いずれ溢れ、壊れる。
それは、論理を超えた、極めて単純で、しかし世界の真理の本質を突いた発想(正思)だった。
「みんな!私の後ろに下がって、耳を塞いでなさい!」
彼女は、自身の魔力を、もはや制御を完全に無視して、暴走させるほどの、最大火力魔法の詠唱を始める。彼女の華奢な身から溢れ出す魔力の奔流は、もはや炎でも氷でもない、純粋なエネルギーの塊となって、遺跡の空気をビリビリと震わせた。
ノアとエマが、青い顔で防御壁を展開し、アレクがその前に仁王立ちになる。 リリアナは「正気じゃないわ!」と絶句するが、もう誰にも止められない。
ソフィアから放たれた、魂の叫びそのものである灼熱の奔流が、ガーディアン・ゴーレムを直撃する。その体を構成していた古代紋様が、許容量を超えるエネルギーの流入に耐えきれず、危険信号を示すかのように、激しく赤色に明滅し始める。
やがて、内部から連鎖的な魔力暴走を起こし、鉄の巨人は、断末魔の叫びを上げることもなく、凄まじい轟音と共に、内側から砕け散った。
それは、ソフィアが、古い常識という名の鳥籠を、自らの力で、痛快に打ち破った瞬間でもあった。
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