俺を救い続けた氷の女神は、過去では俺に救われる無垢な少女だった。孤独な運命から君を救うため、救世主は時を遡る。

Gaku

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【第27話】剣と風と、弾丸と

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魔封じの檻から続く、冷たく長い階段を駆け上がる。壁に埋め込まれた赤い非常灯の光が、三人の影を歪に引き伸ばしては、また次の闇へと送り出す。先頭を行く侍の足音は、硬質で、一切の迷いがない。その後ろを、風のように軽やかな疾風が続き、最後尾を優が息を切らしながら追う。

先ほどまで絶対的な絶望の象徴だったこの鉄の船内が、今はどこか違う場所に感じられた。一人ではない。右を見れば、無口だが頼れる背中がある。左を見れば、静かだが確かな覚悟を秘めた横顔がある。それは、ほんの数分前には想像すらできなかった、奇妙で、いびつで、しかし不思議なほど心強い光景だった。

最後の扉を蹴破り、三人は再びあの甲板へと躍り出た。
ひんやりとした夜気が、汗ばんだ肌を撫でる。空には、先ほどと変わらず、冷たい光を放つ月が浮かんでいた。月光が差し込む甲板の中央は、侍と疾風が繰り広げた死闘の痕跡が生々しく刻まれている。えぐれた鉄板、無惨に切り裂かれたコンテナ、そして、金属が焼けた微かな匂い。戦いが終わった後の、墓場のような静寂が満ちていた。

しかし、その静寂は、死がもたらしたものではなかった。
まるで、舞台の幕が上がるのを待つ、役者のように。
第二デッキの手すりに寄りかかるようにして、あの銀縁眼鏡のインテリ男が、腕を組んで静かに立っていた。まるで、三人がここへ戻ってくることを、最初から知っていたかのように。その表情は、先ほどまでの嘲笑とも違う、興味深い実験動物の行動を観察する科学者のような、冷徹で無機質な好奇心に満ちていた。

彼の視線は、優と疾風を通り越し、侍の姿にだけ注がれていた。
「戻ってくるとは思いませんでしたよ。金で信念を売るとは。あなたに、武人としてのプライドはないのですか?」
その言葉には、刃物のような鋭さがあった。それは、侍という男が最も大切にしている魂の核を、的確に、そして侮蔑を込めて抉り出そうとする、悪意に満ちた問いだった。
侍は、動じなかった。彼はゆっくりと刀の柄に手をかけると、氷のように静かな声で答えた。
「俺のプライドの値段を決めるのは、俺自身だ。お前ではない」
その一言は、インテリ男にとっての「裏切り」が、侍にとっては自らの誇りを守るための「選択」であったことを、何よりも雄弁に物語っていた。

インテリ男は、心底からつまらないというように、ふっと息を吐いた。
「そうですか。実に、非合理的だ。あなたたちのような、感情や精神論にすがる旧世代の人間には、最新の合理性をもって、その存在価値の無さを教えてあげましょう」
彼は、そう呟くと、芝居がかった仕草で、パチン、と指を鳴らした。

その瞬間、世界の法則が書き換えられたかのような、異様な現象が起こった。
インテリ男の周囲の、何もない空間。そこに、まるで水面にインクを垂らしたかのように、幾何学的な紋様が次々と浮かび上がる。一つ、二つ、三つ……最終的に、十数個の複雑な魔法陣が、彼を中心に立体的に展開され、青白い光を放って静止した。
優は息を飲んだ。リリアナが使うような、古代のルーン文字や自然の力を模した優美な魔法陣とは、根本的に設計思想が違う。それは、まるで精密な電子基板。あるいは、複雑に絡み合った数式そのものを可視化したかのような、無機質で、冷徹で、ただ「機能」するためだけに最適化されたデザインだった。

次の瞬間、全ての魔法陣から、まばゆい光の弾丸が、一斉に、そして無慈悲に乱射された。
ドドドドドドドッ!
甲板は、炸裂する弾丸の閃光と、鼓膜を突き破るかのような轟音に包まれた。詠唱もなければ、マナを練り上げるための準備動作も一切ない。ただ、システムが命令を実行するかのように、無感情で、圧倒的な暴力の嵐が三人を襲う。
(これは、魔法じゃない。科学だ)
優は、弾丸が鉄板を抉り、火花を散らす地獄絵図の中を転がりながら、直感的に理解した。これは、ファンタジーの神秘ではない。物理法則とエネルギー効率を計算し尽くした、冷たいテクノロジーの産物だ。

その無慈悲な弾幕の中、三つの影が、それぞれの原理で「死」に抗っていた。

一つは、「剣」。
侍は、動かなかった。いや、常人にはそう見えた。彼の周りだけ、まるで時間の流れが違う。飛来する光の弾丸を、彼は神業としか言いようのない剣技で、一つ、また一つと正確に斬り払っていく。刀を振るう動きは最小限。刃が弾丸を捉える、その一瞬だけ、閃光と甲高い金属音が生じる。彼の周りには、斬り落とされた光の残滓が、蛍のように舞っていた。それは、静と動の極致。人間の技が到達し得る、一つの極点だった。

一つは、「風」。
疾風は、舞っていた。力で弾丸を受け止めるのではない。彼女が振るう剣は、風の渦を生み出し、空気の流れそのものを支配する。弾丸の嵐が彼女に届く前に、その軌道は目に見えない風の壁にぶつかり、逸らされ、あるいは互いに衝突して霧散していく。力で受け止めるのではなく、流れを読んで受け流す。それは、自然の理と一体化したかのような、流麗で美しい防御だった。

そして、一つは、「知恵」。
優は、ひたすらに、無様に、しかし必死に、地を這っていた。侍や疾風のような超人的な技はない。彼は、二人が作り出した、ほんのわずかな安全地帯を縫うようにして、船の構造を利用し、遮蔽物から遮蔽物へと転がり込むように移動していた。彼の脳は、この絶望的な状況下で、かつてないほど高速で回転していた。(攻撃パターンは? 弾丸の速度は? 魔法陣の展開位置は? 再チャージまでの時間は?)フリーター時代に叩き込まれた、効率的な作業手順の構築と思考の最適化。それが今、生き残るための唯一の武器となっていた。

どれだけ時間が経っただろうか。数秒か、あるいは数分か。
侍の着物は、弾ききれなかった弾丸の余波で、随所が焼け焦げ始めている。疾風の黒い装束も、鋭い光の刃に切り裂かれ、白い肌が覗いている。二人とも呼吸は荒く、その動きには明らかな疲労の色が見え始めていた。
(このままじゃ、ジリ貧だ)
優は、巨大な巻き上げ機の影に隠れながら、歯を食いしばった。何か、何かこの状況を覆す一手はないのか。
(――そうだ、あれしかない)
覚悟を決めた優は、弾丸の嵐がわずかに途切れた瞬間を狙い、二人がいる甲板の中央に向かって、腹の底から叫んだ。
「時間稼ぎは、できるか!?」

その声は、轟音の中にかき消されそうになるほど、か細かった。しかし、それは確かに二人に届いていた。
侍が、弾丸を斬り払いながら、一瞬だけ優に視線を送る。
疾風が、風の渦の中で、わずかに頷くのが見えた。
返事は、それだけだった。
しかし、それだけで、意思は完璧に通じていた。言葉を交わさずとも、互いの役割を理解し、命を預け合う。
(こいつら、俺に賭けてくれるのか)
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。それは、恐怖を焼き尽くすほどの、仲間への信頼と感謝の念だった。
次の瞬間、侍と疾風の動きが変わった。これまでの防御一辺倒ではない。彼らは、あえて前に出て、より激しく、より派手な動きでインテリ男の注意を引きつけ始めた。それは、優に時間を与えるための、命を削る陽動だった。
剣と、風と、知恵。
敵だった男。謎の救済者。そして、無力だった異邦人。
個々の要素はバラバラで、何の関係性もなかったはずの三者が、インテリ男という共通の脅威を前に、一つの目的のために相互作用を始める。
異質で、いびつで、しかし、途方もなく強力な共闘関係が、この月下の甲板で、確かに「創発」した瞬間だった。

優は、震える手を叱咤し、地面に指を当てる。そして、これまでの人生で得た全ての知識――リリアナと研究した魔法理論、デコボコパーティーから学んだ型破りな発想、そして自分がいた世界のプログラミングの概念――その全てを注ぎ込み、冷たい甲板の上に、逆転の切り札となる、巨大で複雑な魔法陣を描き始めた。
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