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第31話:無限の魔力はインフラ整備に流れ込み、主人公はやっぱり帰りたい
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天空の都市『アストライア』。その純白の威容は、遙か下界の俗世から隔絶された、神々の領域そのものであった。雲海を貫き、どこまでも広がる紺碧の空に浮かぶその姿は、まさしく地上の者たちの憧れと祈りの結晶体。その都市のすべてを統括し、管理する存在――女性型のオートマタ、マザー。彼女から持ちかけられた、あまりにも突飛で、しかし拒むことのできない取引を受け入れた佐藤誠一行は、彼女の静かな先導に従い、都市の最深部に位置する心臓部、『マナ集積炉』へとその歩を進めていた。
これまで彼らが通り抜けてきた居住区画は、磨き上げられた白亜の石材と、優美な曲線を描く黄金の装飾で彩られた、さながら神話に謳われる楽園のような場所だった。空気は清浄で、どこからともなく聞こえる穏やかな調べは、訪れる者の心を安らかに鎮める力を持っていた。しかし、今彼らが踏み入れた領域は、それまでの典雅な雰囲気とは完全に一線を画していた。そこは都市の生命線であり、膨大なエネルギーを生み出し、循環させるための動力部。言葉を換えれば、巨大で、無骨で、機能美だけを追求した巨大な工場地帯であった。
一行の頭上、遥か高みにあるドーム状の天井からは、まるで巨大な生物の血管網のように、無数のパイプラインが縦横無尽に張り巡らされている。太いものでは大人が数人並んで歩けるほどの直径があり、細いものでも屈強な戦士の腕ほどはあろうか。それらのパイプは鈍い銀色の金属でできており、その所々にはめ込まれた水晶質の窓からは、内部を絶えず奔流する青白いマナの光が、明滅しながら流れていく様がはっきりと見て取れた。それはまるで、都市そのものの血流であった。ゴウン、ゴウン、ゴウン……。絶え間なく響き渡る、巨大な機械群が発する重低音の駆動音は、床を、壁を、そして一行の腹の底を揺るがし、否応なくこの場所が持つ圧倒的なスケールを思い知らせてくる。空気は下層へ行くにつれてひんやりと冷え込み、長年稼働し続ける機械から染み出したオイルのむせるような匂いと、高熱によって熱せられた金属が放つ独特の香ばしいような、それでいて焦げ付くような匂いが混じり合って鼻腔を刺激した。
彼らが進むのは、都市の最下層に位置するという巨大なドーム状の施設、『マナ集積炉』へと続く、気の遠くなるほど長い螺旋階段だった。壁面は継ぎ目のない冷たい金属で構成されており、触れると肌に吸い付くような冷気が伝わってくる。数十メートルおきに設置された非常灯だけが、唯一の光源としてぼんやりとした赤い光を投げかけていた。その不吉な光は、一行の影をまるで古の伝説に登場する不気味な妖怪のように歪ませ、巨大な壁面に引き伸ばしては揺らめかせている。カツン、コツン、カツン……。静寂の中、誠たちの靴音だけが、硬質な金属製の階段に高く、そしてどこまでも寂しく響き渡っていた。それはまるで、巨大な機械の体内時計が刻む秒針の音のようにも聞こえた。
沈黙を破ったのは、一行の中でも随一の豪放磊落さを誇るバルガスだった。
「おお! なんと巨大な施設だ! まるで伝説に聞く巨人の内臓にでも迷い込んだようですな!」
彼の興奮に満ちた声は、だだっ広い空間に見事に反響し、幾重にも重なって木霊した。その目は少年のように輝き、周囲の光景を飽きることなく見回している。巨大なパイプに触れてはその冷たさに驚き、頭上のマナの流れを見上げては感嘆の声を上げていた。
そんなバルガスとは対照的に、魔道師であるセレナはより専門的な見地からこの状況を分析していた。彼女は優雅な仕草でパイプラインの一つにそっと手をかざし、目を閉じてその流れに意識を集中させる。
「このマナの流れ……やはり少し乱れていますわ。淀みというか、脈動に僅かな揺らぎが感じられます。これは炉心そのものに、極めて深刻な問題が発生していることの証拠ですわ」
彼女はさも全てを見通しているかのように断言し、専門家ぶって恭しく頷いた。その表情には、自らの知識と洞察力に対する揺るぎない自信が浮かんでいる。
一方、常に飄々とした態度を崩さないジンは、無骨な鉄の匂いが充満するこの環境が心底気に入らないようだった。彼は優雅な手つきで自慢の黒髪をかきあげると、わざとらしく鼻をつまんでみせた。
「やれやれ。こんな鉄と油の匂いが充満する場所に、俺の愛しの黒薔薇の君(ルナ)がいなくて本当に良かったぜ。彼女の美しい髪に、こんな無粋な匂いがつくなんて考えただけでも反吐が出る」
彼の言葉はどこまでも不純な動機に満ちていたが、その表情には偽らざる安堵が浮かんでいた。
誠は、そんな三者三様の、いつも通りやかましい仲間たちの声を背中に聞きながら、ただ一つのことを考えていた。彼の眉間には深々と皺が刻まれ、その口からは無意識のうちに深いため息が漏れそうになる。
「(はぁ……なんで俺、こんな工場の社会科見学みたいなことしてんだろ……。薄暗くて、うるさくて、油臭い。最悪だ。一刻も早く家に帰って、ふかふかのベッドで惰眠を貪りたい……)」
彼の願いは、あまりにも切実で、そしてこの壮大な冒険の舞台とは致命的に不釣り合いであった。
◇
果てしなく続くかと思われた螺旋階段も、やがて終わりを告げた。一行がマザーに導かれて辿り着いたのは、集積炉の中枢を担う巨大な制御室。その扉が開かれた瞬間、目の前に広がった光景に、誰もが思わず息を呑んだ。
そこは、途方もなく巨大なドーム状の空間だった。天井の高さは百メートルを優に超え、壁面には無数の制御パネルやモニタースクリーンが埋め込まれているが、そのほとんどは生命の光を失い、静かに沈黙している。そして、その広大な空間の中央。まるでこの天空都市の神が持つ心臓であるかのように、巨大な水晶の塊――『マナ炉心』が、幾重にも重なる極太の鎖のような拘束具によって、虚空に宙吊りにされていた。
本来であれば、それは都市の隅々にまで生命エネルギーを送り出す、清浄な輝きの源であるはずだった。
だが、今やその心臓は瀕死の状態にあった。
炉心から放たれる光は、まるで虫の息のように弱々しく、青白い光を不規則に明滅させているだけ。その輝きは力なく揺らぎ、今にも消え入りそうに見える。かつては完璧なまでの透明度を誇ったであろう美しい水晶の表面には、巨大な亀裂が痛々しく走り、その傷口からは、黒い澱(おり)のような粘性を帯びた負のマナが、じわじわと、しかし確実に漏れ出していた。それは空間を歪ませ、見る者の精神に直接不快感を訴えかけるような、邪悪な気配を放っている。そして炉心の周囲には、まるで末期患者に取り付けられた延命治療のチューブのように、おびただしい数のケーブルやパイプが、複雑怪奇に絡みついていた。その光景は、悲壮なまでに必死な、しかし報われることのない努力の跡を物語っていた。
「……ご覧の通りです」
静寂を破ったのは、マザーの静かで、しかし重い声だった。彼女は炉心から視線を外さぬまま、淡々と説明を始める。
「数百年前、原因不明の事故が発生しました。その結果、炉心のマナ循環機能は完全に停止。以来、この都市アストライアは、過去に備蓄されていたマナを少しずつ切り崩しながら、辛うじてその機能を維持してきました。ですが、その備蓄も、もう限界です」
その抑揚のない声には、何百年もの間、たった一人でこの瀕死の都市を守り続けてきた彼女の、言葉には尽くせぬ哀しみと、疲労と、そして絶望が深く滲んでいた。
マザーから提示された作戦は、驚くほどにシンプルだった。いや、シンプルというよりは、むしろ荒療治と呼ぶべきものだった。
誠が持つ規格外の魔力を、外部から炉心に直接注ぎ込む。その膨大なエネルギーを起爆剤として、停止してしまった炉の循環機能を強制的に再起動させる。ただ、それだけ。
そして、誠以外の魔法が使えるメンバー、すなわちセレナとリアムは、誠が注ぎ込む魔力の流れが暴走しないよう、補助として周囲に魔法障壁を張り、エネルギーの流れを安定させる役割を担うことになった。
もちろん、その単純明快極まりない作戦が、この一筋縄ではいかないメンバーで、すんなりと成功するはずもなかったのである。
「お任せくださいまし! このわたくしの精密極まる魔力制御をもってすれば、完璧な防御障壁を展開してご覧にいれますわ!」
誰よりも先に名乗りを上げたのは、自信満々のセレナだった。彼女は愛用の宝杖を優雅に構え、その瞳に強い決意の光を宿らせる。詠唱と共に彼女の足元に美しい幾何学模様の魔法陣が眩い光を放ちながら展開され、その光は収束して巨大な半球状の障壁を形成した。障壁は寸分の歪みもなく、理論上は完璧な防御性能を誇るはずだった。
だが、彼女の生まれ持った極め付きの不運体質が、この最も重要な局面で、遺憾無く、そして最悪の形で発揮される。障壁は、確かに完璧に見えた。ただ一点を除いては。その半球状の障壁の頂点付近に、なぜか、誰も気づかぬほどの、針の穴ほどの小さな、本当に小さな穴が一つ、ぽっかりと空いてしまっていたのだ。セレナ自身は完璧な出来栄えに満足げな表情を浮かべているが、その小さな欠陥こそが、後に大惨事を引き起こす引き金となることを、まだ誰も知らなかった。
「おお、神よ! この閉ざされた世界を再び救済の光で満たすという、この大いなる御業に、あなたの限りない祝福を!」
続いて、敬虔な司祭であるリアムが、感動のあまり天を仰ぎ、両手を組んで熱烈な祈りを捧げ始めた。すると、彼の身体から溢れ出した純粋な聖なる力が、セレナが展開したばかりの障壁に予期せぬ形で干渉してしまう。障壁は、リアムの聖光を浴びて、なぜか突如として虹色にきらきらと輝き始めた。見た目は非常にファンシーで、どこかのテーマパークのアトラクションのようになってしまったが、その代償は大きかった。本来あるべき防御力と、エネルギーを制御するための安定性は著しく低下し、障壁は水面の波紋のようにか弱く揺らぎ始めていた。
そして、誠が覚悟を決め、魔力供給を開始したその瞬間、予測された、しかし回避できなかった事件は起こった。
「……うおおおおおっ!(ああもう、めんどくせえええええええっ!早く終わらせて帰るぞ!)」
誠が、半ばやけくそ気味に、しかし一切の躊躇なく自身の魔力を解放した、次の瞬間だった。彼の体内から溢れ出した、もはや無限としか形容しようのない規格外の魔力の奔流は、まずリアムの祝福(という名の余計なお世話)によって著しく安定性を失い、ぐらぐらと揺らぐ虹色の障壁に叩きつけられた。そして、セレナの完璧な(と本人は思っている)障壁に空いていた、あの致命的なまでに小さな一点の穴を、まるで狙いすましたかのように正確に突き破り、制御不能なエネルギーとなって外部へと漏れ出したのだ。
◇
中枢制御室の密閉された空間に解き放たれた、誠の純粋すぎる魔力の塊。それは瞬く間に制御を失い、自らの意思を持ったかのようなエネルギー体――『マナ・エレメンタル』へとその姿を変え、制御室の中で破壊の限りを尽くし始めた。
ぷるん、ぷるんと擬音を発しそうな、巨大な光のスライム。そんなふざけた見た目のエネルギー体が、しかしその身に触れるもの全てを融解させる超高熱を宿して、壁や床をじゅうじゅうと音を立てて溶かしながら、予測不能な軌道で縦横無尽に跳ね回る。制御室は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「うわあああああ!」「な、何ですのこれは!? 壁が溶けてますわ!」「師匠の魔力が具現化しただと!? なぜこのようなことに!」
一行は、数分前まで自分たちが救おうとしていた施設を、今度は自分たちのリーダーが生み出してしまった厄介極まりない副産物から守るため、必死の戦闘を繰り広げる羽目になった。
「喰らえ! 大地斬!」
バルガスが自慢の大剣を力任せに振り下ろすが、その鋭い刃はスライム状のエレメンタルの身体に「むにゅり」という間の抜けた感触と共にめり込むだけで、全く効果がない。まるで粘土に剣を突き立てたかのような手応えのなさに、歴戦の勇士である彼の顔に焦りの色が浮かぶ。
「ちぃっ! 本体はあの核(コア)か!」
素早い動きで敵の弱点を見抜いたジンが、エレメンタルの体内でひときわ強く輝く核を狙い、閃光のような斬撃を放つ。確かに斬撃は核を両断したが、切断面は瞬く間に融合し、何事もなかったかのように再生してしまう。それどころか、攻撃を受けたことで活性化したのか、核の脈動はさらに力強さを増した。
「凍てつきなさい! アイシクル・ランス!」
セレナが恐慌状態から我に返り、得意の氷系統の魔法を放つ。鋭い氷の槍がエレメンタルに突き刺さるが、それは最悪の選択だった。エレメンタルは氷の槍が持つ冷気のエネルギーを逆に吸収し、その養分として、さらに一回り巨大化していく。その身体はより一層眩い光を放ち始めた。
「ダメですわ! あれは純粋な高密度のマナの集合体! 私たちが知る通常の物理法則も、既存の魔法理論も一切通用しません!」
後方で状況を分析していた卯月が、特殊なゴーグル越しに敵の正体を見抜き、絶叫に近い声で叫んだ。彼女のゴーグルのレンズには「エネルギーパターン、解析不能」「物理干渉、無効」「魔法耐性、無限大」といった絶望的な文字列が高速で流れていた。
もはや、誰の手にも負えない。制御室は完全にパニック状態に陥っていた。溶けた金属の刺激臭と、仲間たちの悲鳴、そしてエレメンタルが跳ね回る破壊音が混じり合い、混沌の極致を呈していた。
誠は、目の前で繰り広げられるあまりにもカオスな状況に、こめかみをひくひくと痙攣させた。
「(俺の魔力が暴走……? っていうか、なんで俺が、俺自身の魔力の後始末をしなきゃならんのだ! 全くこいつら、いざという時に本当に、これっぽっちも役に立たねえな!)」
彼の心の中は、仲間への呆れと、この面倒極まりない状況への純粋な怒りで満ち満ちていた。
彼は、この世の全ての面倒事をその一身に背負い込んだかのような、途方もなく深いため息をつくと、静かに、しかし有無を言わせぬ響きを持った声で言った。
「…………もういい。全員、下がってろ」
その一言は、混乱の極みにあった制御室の空気を一瞬で凍りつかせた。仲間たちは皆、ハッとしたように動きを止め、その視線を誠へと集中させる。
誠は、部屋中を暴れ回る自らの分身たるマナ・エレメンタルたちと、その元凶となった瀕死のマナ炉心を、冷徹な目つきで交互に見つめた。
(……結局、ちまちまとした小細工じゃダメだってことか。ああ、めんどくせえ。もういい。丸ごと全部、まとめてどうにかすりゃいいんだろ、どうにかすりゃあ)
【絶対摂理(オーダーメイド)】、最大出力、発動。
誠は、ゆっくりと、まるで世界そのものを抱きしめるかのように両手を広げた。その身体から、先程とは比較にならないほどの、穏やかで、しかし抗いがたい絶対的なオーラが放たれる。
そして、神ですら躊躇うであろう、あまりにも雑で、あまりにも投げやりで、しかしあまりにも絶対的な命令を、彼は静かに下した。
「――お前ら(マナ・エレメンタル)、元の然るべき場所に帰れ。あとお前(マナ炉心)、そのデカい傷、さっさと治れ。ついでに、なんかこう……もっと燃費良くなれ。エコ仕様で頼む」
その神をも恐れぬ命令が、音としてではなく、世界の法則そのものを書き換える絶対的な概念として空間に響き渡った瞬間、世界が、その命令に応えた。
あれほど狂ったように暴れ回っていたマナ・エレメンタルたちは、一斉にぴたりと動きを止めた。そして次の瞬間、その身体は無数の美しい光の粒子へと分解され、まるで天の川が流れ込むかのように、吸い込まれるようにしてマナ炉心へと還っていく。
それと同時に、炉心に深く、痛々しく刻まれていた巨大な亀裂が、まるで奇跡の映像を早送りで見ているかのように、みるみるうちに修復されていった。亀裂の縁から新しい水晶が生まれ、古い部分と継ぎ目なく、完璧に融合していく。
虫の息だった弱々しい青白い光は、瞬く間に力強い脈動を取り戻し、その色は清らかな白銀へ、そして最終的には、この天空の都市全体を隅々まで照らし出すほどの、清浄で神々しい黄金色の輝きを放ち始めた。
ゴウン、ゴウンと唸りを上げていた都市の駆動音は、滑らかで心地よいハーモニーへと変わり、沈黙していた制御室の照明という照明が一斉に灯り、モニタースクリーンには「全システム正常」「マナ循環率100%」という文字が緑色に輝いていた。都市の全ての機能が、数百年の時を経て、完全に再起動した瞬間だった。
◇
「…………信じられません」
全ての騒乱が嘘のように静まり返った制御室に、震える声が響いた。いつの間にかそこに立っていたマザーが、神々しい黄金の輝きを放つ炉心と、その中心に立つ誠の姿を、呆然と見比べて呟いた。
「あなたは一体……。いえ、もはや問いません。感謝いたします、我らが創造主(クリエイター)様」
彼女は、その美しいオートマタの体を滑らかに折り曲げ、まるで真の神に祈りを捧げる信徒のように、誠に対して深く、深く、その頭を下げた。その動作には、プログラムされたものではない、心からの畏敬と感謝の念が込められていた。
約束通り、完全に機能を取り戻した炉心の中枢機構から、マザーは一つのアイテムを慎重に取り外し、誠に差し出した。
『封魔の宝珠』。
それは、まるで天空のどこまでも澄んだ青をそのまま切り取って閉じ込めたかのような、美しく、そしてどこか物悲しい光を放つ水晶玉だった。手に取ると、ひんやりとした感触と共に、内部に秘められた強大で、しかし静かな力が伝わってくるようだった。
こうして、七つあるという宝珠の一つ目が、誠の手に渡った。
その夜、誠一行はマザーが特別に用意した、都市の最高級区画にある客室で、これ以上はないほどの盛大な歓待を受けた。豪奢な調度品、下界では決して味わうことのできない珍しい食材を使った料理、そして何よりも、一行をもてなすオートマタたちの表情に、以前にはなかった人間らしい温かな感情が戻っていたことが、誠の成し遂げたことの大きさを物語っていた。
そして翌日。完全に活力を取り戻したアストライアの住民たち――その表情には、もはや無機質なものはなく、それぞれが豊かな個性を感じさせる人間らしい感情が浮かんでいた――と、マザー本人による盛大な見送りを受け、一行は再びペガサス・ワンに乗り込み、アストライアを後にした。
白雲の海を突き進むペガサス・ワンの中で、アイリスが水晶盤を覗き込みながら告げる。
「……次の宝珠の気配を探知しました。今度は、地の底……遙か北の大陸に広がる『ドワーフの古代坑道』、そのさらに奥深くにあるようですわ」
(地の底、ねえ……。天空の次は、地の底かよ。次は穴掘りか……最悪だ……)
またしても始まるであろう、新たな、そしてどう考えても面倒くさいこと必至の冒険を予感し、誠の顔には心の底からのうんざりとした表情が浮かんでいた。彼の目指す、平穏無事で怠惰なニートライフへの道は、まだまだ果てしなく遠いようであった。
これまで彼らが通り抜けてきた居住区画は、磨き上げられた白亜の石材と、優美な曲線を描く黄金の装飾で彩られた、さながら神話に謳われる楽園のような場所だった。空気は清浄で、どこからともなく聞こえる穏やかな調べは、訪れる者の心を安らかに鎮める力を持っていた。しかし、今彼らが踏み入れた領域は、それまでの典雅な雰囲気とは完全に一線を画していた。そこは都市の生命線であり、膨大なエネルギーを生み出し、循環させるための動力部。言葉を換えれば、巨大で、無骨で、機能美だけを追求した巨大な工場地帯であった。
一行の頭上、遥か高みにあるドーム状の天井からは、まるで巨大な生物の血管網のように、無数のパイプラインが縦横無尽に張り巡らされている。太いものでは大人が数人並んで歩けるほどの直径があり、細いものでも屈強な戦士の腕ほどはあろうか。それらのパイプは鈍い銀色の金属でできており、その所々にはめ込まれた水晶質の窓からは、内部を絶えず奔流する青白いマナの光が、明滅しながら流れていく様がはっきりと見て取れた。それはまるで、都市そのものの血流であった。ゴウン、ゴウン、ゴウン……。絶え間なく響き渡る、巨大な機械群が発する重低音の駆動音は、床を、壁を、そして一行の腹の底を揺るがし、否応なくこの場所が持つ圧倒的なスケールを思い知らせてくる。空気は下層へ行くにつれてひんやりと冷え込み、長年稼働し続ける機械から染み出したオイルのむせるような匂いと、高熱によって熱せられた金属が放つ独特の香ばしいような、それでいて焦げ付くような匂いが混じり合って鼻腔を刺激した。
彼らが進むのは、都市の最下層に位置するという巨大なドーム状の施設、『マナ集積炉』へと続く、気の遠くなるほど長い螺旋階段だった。壁面は継ぎ目のない冷たい金属で構成されており、触れると肌に吸い付くような冷気が伝わってくる。数十メートルおきに設置された非常灯だけが、唯一の光源としてぼんやりとした赤い光を投げかけていた。その不吉な光は、一行の影をまるで古の伝説に登場する不気味な妖怪のように歪ませ、巨大な壁面に引き伸ばしては揺らめかせている。カツン、コツン、カツン……。静寂の中、誠たちの靴音だけが、硬質な金属製の階段に高く、そしてどこまでも寂しく響き渡っていた。それはまるで、巨大な機械の体内時計が刻む秒針の音のようにも聞こえた。
沈黙を破ったのは、一行の中でも随一の豪放磊落さを誇るバルガスだった。
「おお! なんと巨大な施設だ! まるで伝説に聞く巨人の内臓にでも迷い込んだようですな!」
彼の興奮に満ちた声は、だだっ広い空間に見事に反響し、幾重にも重なって木霊した。その目は少年のように輝き、周囲の光景を飽きることなく見回している。巨大なパイプに触れてはその冷たさに驚き、頭上のマナの流れを見上げては感嘆の声を上げていた。
そんなバルガスとは対照的に、魔道師であるセレナはより専門的な見地からこの状況を分析していた。彼女は優雅な仕草でパイプラインの一つにそっと手をかざし、目を閉じてその流れに意識を集中させる。
「このマナの流れ……やはり少し乱れていますわ。淀みというか、脈動に僅かな揺らぎが感じられます。これは炉心そのものに、極めて深刻な問題が発生していることの証拠ですわ」
彼女はさも全てを見通しているかのように断言し、専門家ぶって恭しく頷いた。その表情には、自らの知識と洞察力に対する揺るぎない自信が浮かんでいる。
一方、常に飄々とした態度を崩さないジンは、無骨な鉄の匂いが充満するこの環境が心底気に入らないようだった。彼は優雅な手つきで自慢の黒髪をかきあげると、わざとらしく鼻をつまんでみせた。
「やれやれ。こんな鉄と油の匂いが充満する場所に、俺の愛しの黒薔薇の君(ルナ)がいなくて本当に良かったぜ。彼女の美しい髪に、こんな無粋な匂いがつくなんて考えただけでも反吐が出る」
彼の言葉はどこまでも不純な動機に満ちていたが、その表情には偽らざる安堵が浮かんでいた。
誠は、そんな三者三様の、いつも通りやかましい仲間たちの声を背中に聞きながら、ただ一つのことを考えていた。彼の眉間には深々と皺が刻まれ、その口からは無意識のうちに深いため息が漏れそうになる。
「(はぁ……なんで俺、こんな工場の社会科見学みたいなことしてんだろ……。薄暗くて、うるさくて、油臭い。最悪だ。一刻も早く家に帰って、ふかふかのベッドで惰眠を貪りたい……)」
彼の願いは、あまりにも切実で、そしてこの壮大な冒険の舞台とは致命的に不釣り合いであった。
◇
果てしなく続くかと思われた螺旋階段も、やがて終わりを告げた。一行がマザーに導かれて辿り着いたのは、集積炉の中枢を担う巨大な制御室。その扉が開かれた瞬間、目の前に広がった光景に、誰もが思わず息を呑んだ。
そこは、途方もなく巨大なドーム状の空間だった。天井の高さは百メートルを優に超え、壁面には無数の制御パネルやモニタースクリーンが埋め込まれているが、そのほとんどは生命の光を失い、静かに沈黙している。そして、その広大な空間の中央。まるでこの天空都市の神が持つ心臓であるかのように、巨大な水晶の塊――『マナ炉心』が、幾重にも重なる極太の鎖のような拘束具によって、虚空に宙吊りにされていた。
本来であれば、それは都市の隅々にまで生命エネルギーを送り出す、清浄な輝きの源であるはずだった。
だが、今やその心臓は瀕死の状態にあった。
炉心から放たれる光は、まるで虫の息のように弱々しく、青白い光を不規則に明滅させているだけ。その輝きは力なく揺らぎ、今にも消え入りそうに見える。かつては完璧なまでの透明度を誇ったであろう美しい水晶の表面には、巨大な亀裂が痛々しく走り、その傷口からは、黒い澱(おり)のような粘性を帯びた負のマナが、じわじわと、しかし確実に漏れ出していた。それは空間を歪ませ、見る者の精神に直接不快感を訴えかけるような、邪悪な気配を放っている。そして炉心の周囲には、まるで末期患者に取り付けられた延命治療のチューブのように、おびただしい数のケーブルやパイプが、複雑怪奇に絡みついていた。その光景は、悲壮なまでに必死な、しかし報われることのない努力の跡を物語っていた。
「……ご覧の通りです」
静寂を破ったのは、マザーの静かで、しかし重い声だった。彼女は炉心から視線を外さぬまま、淡々と説明を始める。
「数百年前、原因不明の事故が発生しました。その結果、炉心のマナ循環機能は完全に停止。以来、この都市アストライアは、過去に備蓄されていたマナを少しずつ切り崩しながら、辛うじてその機能を維持してきました。ですが、その備蓄も、もう限界です」
その抑揚のない声には、何百年もの間、たった一人でこの瀕死の都市を守り続けてきた彼女の、言葉には尽くせぬ哀しみと、疲労と、そして絶望が深く滲んでいた。
マザーから提示された作戦は、驚くほどにシンプルだった。いや、シンプルというよりは、むしろ荒療治と呼ぶべきものだった。
誠が持つ規格外の魔力を、外部から炉心に直接注ぎ込む。その膨大なエネルギーを起爆剤として、停止してしまった炉の循環機能を強制的に再起動させる。ただ、それだけ。
そして、誠以外の魔法が使えるメンバー、すなわちセレナとリアムは、誠が注ぎ込む魔力の流れが暴走しないよう、補助として周囲に魔法障壁を張り、エネルギーの流れを安定させる役割を担うことになった。
もちろん、その単純明快極まりない作戦が、この一筋縄ではいかないメンバーで、すんなりと成功するはずもなかったのである。
「お任せくださいまし! このわたくしの精密極まる魔力制御をもってすれば、完璧な防御障壁を展開してご覧にいれますわ!」
誰よりも先に名乗りを上げたのは、自信満々のセレナだった。彼女は愛用の宝杖を優雅に構え、その瞳に強い決意の光を宿らせる。詠唱と共に彼女の足元に美しい幾何学模様の魔法陣が眩い光を放ちながら展開され、その光は収束して巨大な半球状の障壁を形成した。障壁は寸分の歪みもなく、理論上は完璧な防御性能を誇るはずだった。
だが、彼女の生まれ持った極め付きの不運体質が、この最も重要な局面で、遺憾無く、そして最悪の形で発揮される。障壁は、確かに完璧に見えた。ただ一点を除いては。その半球状の障壁の頂点付近に、なぜか、誰も気づかぬほどの、針の穴ほどの小さな、本当に小さな穴が一つ、ぽっかりと空いてしまっていたのだ。セレナ自身は完璧な出来栄えに満足げな表情を浮かべているが、その小さな欠陥こそが、後に大惨事を引き起こす引き金となることを、まだ誰も知らなかった。
「おお、神よ! この閉ざされた世界を再び救済の光で満たすという、この大いなる御業に、あなたの限りない祝福を!」
続いて、敬虔な司祭であるリアムが、感動のあまり天を仰ぎ、両手を組んで熱烈な祈りを捧げ始めた。すると、彼の身体から溢れ出した純粋な聖なる力が、セレナが展開したばかりの障壁に予期せぬ形で干渉してしまう。障壁は、リアムの聖光を浴びて、なぜか突如として虹色にきらきらと輝き始めた。見た目は非常にファンシーで、どこかのテーマパークのアトラクションのようになってしまったが、その代償は大きかった。本来あるべき防御力と、エネルギーを制御するための安定性は著しく低下し、障壁は水面の波紋のようにか弱く揺らぎ始めていた。
そして、誠が覚悟を決め、魔力供給を開始したその瞬間、予測された、しかし回避できなかった事件は起こった。
「……うおおおおおっ!(ああもう、めんどくせえええええええっ!早く終わらせて帰るぞ!)」
誠が、半ばやけくそ気味に、しかし一切の躊躇なく自身の魔力を解放した、次の瞬間だった。彼の体内から溢れ出した、もはや無限としか形容しようのない規格外の魔力の奔流は、まずリアムの祝福(という名の余計なお世話)によって著しく安定性を失い、ぐらぐらと揺らぐ虹色の障壁に叩きつけられた。そして、セレナの完璧な(と本人は思っている)障壁に空いていた、あの致命的なまでに小さな一点の穴を、まるで狙いすましたかのように正確に突き破り、制御不能なエネルギーとなって外部へと漏れ出したのだ。
◇
中枢制御室の密閉された空間に解き放たれた、誠の純粋すぎる魔力の塊。それは瞬く間に制御を失い、自らの意思を持ったかのようなエネルギー体――『マナ・エレメンタル』へとその姿を変え、制御室の中で破壊の限りを尽くし始めた。
ぷるん、ぷるんと擬音を発しそうな、巨大な光のスライム。そんなふざけた見た目のエネルギー体が、しかしその身に触れるもの全てを融解させる超高熱を宿して、壁や床をじゅうじゅうと音を立てて溶かしながら、予測不能な軌道で縦横無尽に跳ね回る。制御室は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「うわあああああ!」「な、何ですのこれは!? 壁が溶けてますわ!」「師匠の魔力が具現化しただと!? なぜこのようなことに!」
一行は、数分前まで自分たちが救おうとしていた施設を、今度は自分たちのリーダーが生み出してしまった厄介極まりない副産物から守るため、必死の戦闘を繰り広げる羽目になった。
「喰らえ! 大地斬!」
バルガスが自慢の大剣を力任せに振り下ろすが、その鋭い刃はスライム状のエレメンタルの身体に「むにゅり」という間の抜けた感触と共にめり込むだけで、全く効果がない。まるで粘土に剣を突き立てたかのような手応えのなさに、歴戦の勇士である彼の顔に焦りの色が浮かぶ。
「ちぃっ! 本体はあの核(コア)か!」
素早い動きで敵の弱点を見抜いたジンが、エレメンタルの体内でひときわ強く輝く核を狙い、閃光のような斬撃を放つ。確かに斬撃は核を両断したが、切断面は瞬く間に融合し、何事もなかったかのように再生してしまう。それどころか、攻撃を受けたことで活性化したのか、核の脈動はさらに力強さを増した。
「凍てつきなさい! アイシクル・ランス!」
セレナが恐慌状態から我に返り、得意の氷系統の魔法を放つ。鋭い氷の槍がエレメンタルに突き刺さるが、それは最悪の選択だった。エレメンタルは氷の槍が持つ冷気のエネルギーを逆に吸収し、その養分として、さらに一回り巨大化していく。その身体はより一層眩い光を放ち始めた。
「ダメですわ! あれは純粋な高密度のマナの集合体! 私たちが知る通常の物理法則も、既存の魔法理論も一切通用しません!」
後方で状況を分析していた卯月が、特殊なゴーグル越しに敵の正体を見抜き、絶叫に近い声で叫んだ。彼女のゴーグルのレンズには「エネルギーパターン、解析不能」「物理干渉、無効」「魔法耐性、無限大」といった絶望的な文字列が高速で流れていた。
もはや、誰の手にも負えない。制御室は完全にパニック状態に陥っていた。溶けた金属の刺激臭と、仲間たちの悲鳴、そしてエレメンタルが跳ね回る破壊音が混じり合い、混沌の極致を呈していた。
誠は、目の前で繰り広げられるあまりにもカオスな状況に、こめかみをひくひくと痙攣させた。
「(俺の魔力が暴走……? っていうか、なんで俺が、俺自身の魔力の後始末をしなきゃならんのだ! 全くこいつら、いざという時に本当に、これっぽっちも役に立たねえな!)」
彼の心の中は、仲間への呆れと、この面倒極まりない状況への純粋な怒りで満ち満ちていた。
彼は、この世の全ての面倒事をその一身に背負い込んだかのような、途方もなく深いため息をつくと、静かに、しかし有無を言わせぬ響きを持った声で言った。
「…………もういい。全員、下がってろ」
その一言は、混乱の極みにあった制御室の空気を一瞬で凍りつかせた。仲間たちは皆、ハッとしたように動きを止め、その視線を誠へと集中させる。
誠は、部屋中を暴れ回る自らの分身たるマナ・エレメンタルたちと、その元凶となった瀕死のマナ炉心を、冷徹な目つきで交互に見つめた。
(……結局、ちまちまとした小細工じゃダメだってことか。ああ、めんどくせえ。もういい。丸ごと全部、まとめてどうにかすりゃいいんだろ、どうにかすりゃあ)
【絶対摂理(オーダーメイド)】、最大出力、発動。
誠は、ゆっくりと、まるで世界そのものを抱きしめるかのように両手を広げた。その身体から、先程とは比較にならないほどの、穏やかで、しかし抗いがたい絶対的なオーラが放たれる。
そして、神ですら躊躇うであろう、あまりにも雑で、あまりにも投げやりで、しかしあまりにも絶対的な命令を、彼は静かに下した。
「――お前ら(マナ・エレメンタル)、元の然るべき場所に帰れ。あとお前(マナ炉心)、そのデカい傷、さっさと治れ。ついでに、なんかこう……もっと燃費良くなれ。エコ仕様で頼む」
その神をも恐れぬ命令が、音としてではなく、世界の法則そのものを書き換える絶対的な概念として空間に響き渡った瞬間、世界が、その命令に応えた。
あれほど狂ったように暴れ回っていたマナ・エレメンタルたちは、一斉にぴたりと動きを止めた。そして次の瞬間、その身体は無数の美しい光の粒子へと分解され、まるで天の川が流れ込むかのように、吸い込まれるようにしてマナ炉心へと還っていく。
それと同時に、炉心に深く、痛々しく刻まれていた巨大な亀裂が、まるで奇跡の映像を早送りで見ているかのように、みるみるうちに修復されていった。亀裂の縁から新しい水晶が生まれ、古い部分と継ぎ目なく、完璧に融合していく。
虫の息だった弱々しい青白い光は、瞬く間に力強い脈動を取り戻し、その色は清らかな白銀へ、そして最終的には、この天空の都市全体を隅々まで照らし出すほどの、清浄で神々しい黄金色の輝きを放ち始めた。
ゴウン、ゴウンと唸りを上げていた都市の駆動音は、滑らかで心地よいハーモニーへと変わり、沈黙していた制御室の照明という照明が一斉に灯り、モニタースクリーンには「全システム正常」「マナ循環率100%」という文字が緑色に輝いていた。都市の全ての機能が、数百年の時を経て、完全に再起動した瞬間だった。
◇
「…………信じられません」
全ての騒乱が嘘のように静まり返った制御室に、震える声が響いた。いつの間にかそこに立っていたマザーが、神々しい黄金の輝きを放つ炉心と、その中心に立つ誠の姿を、呆然と見比べて呟いた。
「あなたは一体……。いえ、もはや問いません。感謝いたします、我らが創造主(クリエイター)様」
彼女は、その美しいオートマタの体を滑らかに折り曲げ、まるで真の神に祈りを捧げる信徒のように、誠に対して深く、深く、その頭を下げた。その動作には、プログラムされたものではない、心からの畏敬と感謝の念が込められていた。
約束通り、完全に機能を取り戻した炉心の中枢機構から、マザーは一つのアイテムを慎重に取り外し、誠に差し出した。
『封魔の宝珠』。
それは、まるで天空のどこまでも澄んだ青をそのまま切り取って閉じ込めたかのような、美しく、そしてどこか物悲しい光を放つ水晶玉だった。手に取ると、ひんやりとした感触と共に、内部に秘められた強大で、しかし静かな力が伝わってくるようだった。
こうして、七つあるという宝珠の一つ目が、誠の手に渡った。
その夜、誠一行はマザーが特別に用意した、都市の最高級区画にある客室で、これ以上はないほどの盛大な歓待を受けた。豪奢な調度品、下界では決して味わうことのできない珍しい食材を使った料理、そして何よりも、一行をもてなすオートマタたちの表情に、以前にはなかった人間らしい温かな感情が戻っていたことが、誠の成し遂げたことの大きさを物語っていた。
そして翌日。完全に活力を取り戻したアストライアの住民たち――その表情には、もはや無機質なものはなく、それぞれが豊かな個性を感じさせる人間らしい感情が浮かんでいた――と、マザー本人による盛大な見送りを受け、一行は再びペガサス・ワンに乗り込み、アストライアを後にした。
白雲の海を突き進むペガサス・ワンの中で、アイリスが水晶盤を覗き込みながら告げる。
「……次の宝珠の気配を探知しました。今度は、地の底……遙か北の大陸に広がる『ドワーフの古代坑道』、そのさらに奥深くにあるようですわ」
(地の底、ねえ……。天空の次は、地の底かよ。次は穴掘りか……最悪だ……)
またしても始まるであろう、新たな、そしてどう考えても面倒くさいこと必至の冒険を予感し、誠の顔には心の底からのうんざりとした表情が浮かんでいた。彼の目指す、平穏無事で怠惰なニートライフへの道は、まだまだ果てしなく遠いようであった。
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