14 / 21
第十四話:帰還、そして反撃の狼煙
しおりを挟む帰り道の電車は、行きとは全く違う、穏やかで、そしてどこか物悲しい空気を乗せて走っていた。
夜の闇を切り裂いて進む車窓から見えるのは、ぽつり、ぽつりと、規則的に現れては消えていく、オレンジ色の街灯の光だけ。ガタン、ゴトン、という単調なリズムが、長い旅の終わりと、これから始まるであろう長い戦いの序章を、同時に告げているようだった。
俺の隣で、一条は、静かに窓の外を眺めていた。その横顔は、灯台で俺たちが見た時よりも、ずっと穏やかだった。憑き物が落ちたように、とは、こういう表情のことを言うのだろう。だが、その瞳の奥には、深い湖の底のような、静かな悲しみの色が、まだ揺らめいている。
向かいの席では、氷川が、健太と、小さな声で何かを話していた。時折、健太の大きな笑い声と、それに釣られたような、氷川の、本当に微かな微笑みが、車内に零れる。五年間、彼女を縛り付けてきた氷の呪いは、月読の温かい手と、そして、自らの勇気ある一歩によって、少しずつ、溶け始めているようだった。
月読は、と言えば、カバンから取り出した分厚いハードカバーの本に、その視線を落としていた。だが、その目がページを追っていないことは、明らかだった。彼女もまた、この、奇妙で、かけがえのない旅の終わりを、その心に刻みつけているのだろう。
翌朝。俺は、自分の部屋のベッドの上で、夏の力強い日差しに目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光の筋が、空気中の埃をきらきらと輝かせながら、床の上をゆっくりと移動している。窓を開けると、梅雨明けを宣言するかのような、乾いた、熱を帯びた風が、勢いよく部屋に流れ込んできた。
昨日までとは、明らかに違う、夏の朝。
俺の心もまた、この空のように、晴れ渡っていた。手に入れた真実の重みと、これから対峙するであろう巨大な敵の存在。それは、決して軽くはない。だが、もう、一人ではないのだ。そう思うだけで、不思議と、力が湧いてくるようだった。
数日後、一条と氷川は、学校に復帰した。
もちろん、学内は、その話題で持ちきりだった。長期欠席していた二人が、なぜか俺たち――学園のはみ出し者たちのグループ――と、親しげに行動を共にしている。その事実は、生徒たちの好奇心を刺激するには、十分すぎるほどの燃料だった。
だが、俺たちは、そんな周囲の視線を、気にする余裕も、気にする必要もなかった。
その日の放課後。俺たち六人は、"作戦司令室"と化した、あのPCルームに集結していた。
夏の強い西日が、ブラインドの隙間から差し込み、部屋の中に、美しい光と影の縞模様を描き出している。無数のモニターが放つ青白い光、サーバーの低い唸り声、そして、これから始まる作戦への、静かな、しかし確かな熱気が、その空間を満たしていた。
「――よし、始めようか」
俺は、部屋の中央に置かれたホワイトボードの前に立ち、仲間たちの顔を見回した。
陽介、恋、健太、晶、氷川、そして、雅。
不揃いで、ちぐはぐで、傷だらけの、俺たちのチーム。
俺は、マジックペンを手に取り、これからの戦いの目的を、一つ一つ、書き出していった。
「俺たちの目的は、三つ。一つ、五年前、結城翔さんの死が、決して自殺などではなく、悲しい事故であったという真実を公にし、彼の汚された名誉を、完全に取り戻すこと」
きゅ、と、ペンがボードの上を滑る。
「二つ、翔さんを精神的に追い詰め、死に追いやった、あの音楽プロデューサーの悪事を、白日の下に晒し、二度と、こんな悲劇が起きないようにすること」
「そして、三つめ。一条理事……雅の親父さんが行った、権力の乱用と、隠蔽工作の事実を明らかにし、彼に、自らの罪を認めさせること。復讐じゃない。ただ、正しいことを、正しいと証明するためだ」
俺がペンを置くと、部屋には、静寂が訪れた。
その静寂を破ったのは、雅だった。
「……ありがとう、陽介。僕も、もちろん、そのつもりだ。父が犯した過ちからは、もう、目を逸らさない」
彼の隣で、氷川も、強く頷いた。
「私も、五年前の、本当のことを、自分の言葉で、全て話すわ」
「おう!ダチの名誉のためだ!やってやろうぜ!」
健太が、拳を握りしめる。
「星の配置は、"革命"を告げているわ。古い偽りの王が、その座から引きずり下ろされる、歴史的な転換点よ」
月読が、厳かに宣言する。
そして、最後に、司令官である晶が、キーボードを叩きながら、静かに、しかし、力強く言った。
「……"武器"は、揃っている。反撃の準備は、いつでも、できているわ」
彼女が提案した作戦は、大胆不敵で、そして、俺たちの高校生らしい、最後の切り札だった。
作戦名は、月読によって、「オペレーション・レクイエム(鎮魂歌)」と名付けられた。
来週末に開催される、学園祭。その最終日に行われる、全校生徒集会。そこには、生徒だけでなく、多くの保護者や、来賓も出席する。もちろん、理事である一条正臣も、壇上に立つはずだ。
その、学園中が注目する舞台で、体育館の巨大スクリーンと、校内全てのモニターを、完全にジャックする。
そして、翔さんが残した、あの音声データと、氷川と雅の、真実の告白。それらを編集した映像を、全ての人の前で、公開するのだ。
作戦決行日に向け、俺たちの、静かな戦いが始まった。
晶は、来る日も来る日も、自分の部屋とPCルームに籠もり、学校のサーバーへの、完璧な潜入ルートの確保と、一条正臣側のハッカーからの、鉄壁の防御壁の構築に、その全神経を注いでいた。
雅と氷川は、二人で、ビデオカメラの前で、自分たちの証言を収録した。それは、辛い過去と、もう一度、正面から向き合う、苦しい作業だっただろう。だが、二人は、お互いを支え合い、時折、涙を流しながらも、決して、目を逸らすことはなかった。
俺と健太は、学園祭実行委員会に、ボランティアとして潜り込んだ。集会の進行スケジュールや、当日の機材の配置図などを入手し、物理的な側面から、作戦の成功を支える。
そして、月読は、と言えば、毎日、タロットカードと水晶玉を駆使して、作戦の成功確率や、ラッキーアイテムなどを「予言」し、俺たちの士気を、彼女なりのやり方で、高めてくれていた。
だが、敵も、黙ってはいなかった。
学校内に、明らかに、見慣れない、黒いスーツ姿の男たちが、出入りするようになった。一条正臣が雇った、調査員だろう。彼らは、鋭い目で、校内の隅々をチェックしている。
校内の監視カメラは、いつの間にか、最新式のものに増設され、ネットワークのセキュリティレベルも、異常なほどに引き上げられていた。
「……敵も、気づいてる」
晶が、緊迫した声で、俺たちに警告した。
「こちらが、何かを仕掛けようとしていることに、感づいているわ。静かだけど、激しい、前哨戦が、もう、始まってる」
そして、運命の、学園祭、その前日。
全ての準備を終えた俺たち六人は、自然と、あの屋上に集まっていた。
夏の、蒸し暑い夜。空には、数え切れないほどの星が、瞬いている。遠くからは、明日の本番に向けた、最後の準備に追われる、生徒たちの賑やかな声が、風に乗って聞こえてくる。
ここは、全ての始まりの場所であり、そして、一度、全てが終わった場所だ。
だが、今、この場所は、俺たちにとって、新たな始まりを誓うための、聖地となっていた。
「明日、全てが終わる」
雅が、眼下に広がる街の夜景を見つめながら、静かに言った。
「……いや。全てが、始まるんだな」
「ああ」
俺は、頷いた。
「俺たちで、終わらせて、そして、始めるんだ」
六人、それぞれの胸に、それぞれの覚悟と、ほんの少しの恐怖と、そして、それを遥かに上回る、大きな、大きな、希望を抱いて。
俺は、夜空に向かって、そっと、手を伸ばした。
まるで、あの、無数の星々を、この手で掴み取ろうとするかのように。
「行くぞ」
その一言を、合図に。
俺たちの、長く、そして、忘れられない戦いの、最後の幕が、静かに、上がろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件
こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。
・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。
・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。
・物静かで儚げな美術部員。
・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。
・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。
拓海の生活はどうなるのか!?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる