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第5話:天才(狂気)との遭遇
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追手を撒(ま)き、息を切らして廃ビルの屋上にたどり着いたカイとイヴを迎えたのは、静寂ではなく、巨大な蚊の羽音のようなブーンという不快な重低音だった。
「……なんだ、あれは」
カイが眉をひそめて空を見上げる。 夜空から降りてきたのは、天使でも悪魔でもなく、四つの回転翼を持った「空飛ぶ鉄の椅子」だった。 その椅子には、派手なピンク色の髪をした小柄な女が、まるで遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように足をぶらつかせながら座っていた。
彼女の手には、薄いガラスの板が握られている。その板は淡く発光し、何やら難解な記号や数字が滝のように流れていた。
「ビンゴ! 見ぃつけた、私の青い鳥さん」
女はペロリとキャンディを舐めながら、イヴを指差した。 その瞳は、獲物を見つけた猛獣のようにギラギラと輝いているが、どこか理知的で、同時に完全に狂っていた。
「誰なんだ?あんたは?」 カイが警戒して問うと、彼女は椅子から軽やかに飛び降りた。着地と同時に、彼女の白衣がふわりと舞う。
「私? 私はサラ。この退屈な世界の『解剖係』よ」
サラと名乗った女は、カイを無視してイヴに歩み寄った。 イヴが怯えて後ずさるかと思いきや、彼女は不思議そうにサラを見つめ返した。 「……怖くない」 イヴがぽつりと呟く。 「あれ? 怖くないの? 普通なら悲鳴を上げて逃げるところよ?」 サラが目を丸くする。 「ううん。なんだか……懐かしい匂いがする」
「懐かしい? 私が?」 サラは一瞬キョトンとしたが、すぐにその顔が満面の笑みで歪んだ。 「あはは! 最高! やっぱり貴女(あなた)、ただの人形じゃないわね!」
サラは手元のガラス板を激しく指で叩いた。 「見てよこれ! 貴女を構成している『魂の設計図』、計算が全然合わないの! 足し算しても引き算しても、答えが『無限』になっちゃう! 私の計算機が『もう無理、お手上げ!』って煙を吐いてるわ!」
サラは狂喜乱舞していた。 カイは溜息をついた。 (厄介なのが増えた。暴力バカの次は、知能指数の高い変態か)
「で、何の用だ? 解剖係さん」 カイが割り込むと、サラは冷ややかな目で彼を見た。
「用があるのはその子だけ。貴方(あなた)みたいな『ただの運び屋』には興味ないわ。……と言いたいところだけど」 サラはカイの顔を覗き込み、ふふんと鼻を鳴らした。
「貴方、その頭の中の『ぜんまい』、いつ巻き直した?」 「は?」 「思考回路のことよ。貴方の反応、人間にしては少し……遅れてるっていうか、綺麗すぎるのよね。まるで、無駄な迷いを全部ゴミ箱に捨ててきたみたい」
カイは無表情で答えた。 「俺は合理主義者なだけだ。感情というノイズは、人生の運行に邪魔だからな」
「ふーん。ま、いいわ」 サラは興味を失ったように肩をすくめると、突然、交渉を持ちかけてきた。 「ねえ、その子、私に頂戴(ちょうだい)。私の研究所なら、どんな追手からも守ってあげられるわよ? もちろん、貴方には一生遊んで暮らせるだけの『紙切れ(金)』をあげる」
それは悪くない提案だった。 カイの脳内の天秤が揺れる。 イヴを渡せば、追われるリスクはゼロになる。金も手に入る。彼の「幸福=平穏無事な生活」という目的は達成される。
だが。
カイの口は、脳の計算よりも早く動いていた。
「断る」
サラが片眉を上げた。 「へえ? 合理主義者様が、どうして? 損得勘定ができないほど馬鹿なの?」
「勘定なら済ませた」 カイはイヴの肩に手を置いた。 「俺の幸福論において、この子を手放すことは『寝覚めの悪さ』という巨大なマイナスを生む。金で買える安眠枕より、今の俺にはこの『青い鳥』の世話をする方が、精神衛生上の利益が高いと判断した」
それは屁理屈だった。だが、カイにとっては真実だった。 サラはしばらくポカンとしていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「あははは! 面白い! 貴方、最高にイカれてるわ!」
サラは涙を拭うと、再び空飛ぶ椅子に飛び乗った。 「決めた。私、貴方たちを『観察』することにする」 「は? 観察?」 「そう。貴方たちがどうやって破滅するか、あるいは世界をひっくり返すか。特等席で見せてもらうわ。私のラボへ招待してあげる。……拒否権はないからね?」
サラが指を鳴らすと、街頭の巨大な広告板(ビジョン)が切り替わった。 そこには、美しいドレスを着た富豪の令嬢、カレンが映し出されていた。
『親愛なる市民の皆様。最近、心を持たない人形たちが暴走しています。我が社は、より厳しい管理(ルール)を提案します――』
「あーあ、あの女狐も動き出したみたい」 サラは冷めた目で令嬢を見つめた。 「急いだ方がいいわよ。私の隠れ家まで競争ね。ビリになったら、今日の夕飯は抜きよ!」
ブーン! サラの椅子が猛スピードで夜空へ飛び去っていく。
「……本当に行かなきゃいけないのか?」 イヴが不安そうにカイを見上げる。 カイは肩をすくめた。 「毒を食らわば皿まで、と言うだろ。あの変人が味方になる確率は低いが、少なくともあの令嬢よりはマシだ」
カイは歩き出した。 その背中には、冷たい雨の感触とは別に、奇妙な熱さが残っていた。 (俺の頭の『ぜんまい』か……。あいつ、鋭いな)
雨上がりの水たまりに、カイの顔が映る。 そこには一瞬、ノイズのような歪みではなく、100年前の幽霊のような影が重なって見えた気がした。
「……なんだ、あれは」
カイが眉をひそめて空を見上げる。 夜空から降りてきたのは、天使でも悪魔でもなく、四つの回転翼を持った「空飛ぶ鉄の椅子」だった。 その椅子には、派手なピンク色の髪をした小柄な女が、まるで遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように足をぶらつかせながら座っていた。
彼女の手には、薄いガラスの板が握られている。その板は淡く発光し、何やら難解な記号や数字が滝のように流れていた。
「ビンゴ! 見ぃつけた、私の青い鳥さん」
女はペロリとキャンディを舐めながら、イヴを指差した。 その瞳は、獲物を見つけた猛獣のようにギラギラと輝いているが、どこか理知的で、同時に完全に狂っていた。
「誰なんだ?あんたは?」 カイが警戒して問うと、彼女は椅子から軽やかに飛び降りた。着地と同時に、彼女の白衣がふわりと舞う。
「私? 私はサラ。この退屈な世界の『解剖係』よ」
サラと名乗った女は、カイを無視してイヴに歩み寄った。 イヴが怯えて後ずさるかと思いきや、彼女は不思議そうにサラを見つめ返した。 「……怖くない」 イヴがぽつりと呟く。 「あれ? 怖くないの? 普通なら悲鳴を上げて逃げるところよ?」 サラが目を丸くする。 「ううん。なんだか……懐かしい匂いがする」
「懐かしい? 私が?」 サラは一瞬キョトンとしたが、すぐにその顔が満面の笑みで歪んだ。 「あはは! 最高! やっぱり貴女(あなた)、ただの人形じゃないわね!」
サラは手元のガラス板を激しく指で叩いた。 「見てよこれ! 貴女を構成している『魂の設計図』、計算が全然合わないの! 足し算しても引き算しても、答えが『無限』になっちゃう! 私の計算機が『もう無理、お手上げ!』って煙を吐いてるわ!」
サラは狂喜乱舞していた。 カイは溜息をついた。 (厄介なのが増えた。暴力バカの次は、知能指数の高い変態か)
「で、何の用だ? 解剖係さん」 カイが割り込むと、サラは冷ややかな目で彼を見た。
「用があるのはその子だけ。貴方(あなた)みたいな『ただの運び屋』には興味ないわ。……と言いたいところだけど」 サラはカイの顔を覗き込み、ふふんと鼻を鳴らした。
「貴方、その頭の中の『ぜんまい』、いつ巻き直した?」 「は?」 「思考回路のことよ。貴方の反応、人間にしては少し……遅れてるっていうか、綺麗すぎるのよね。まるで、無駄な迷いを全部ゴミ箱に捨ててきたみたい」
カイは無表情で答えた。 「俺は合理主義者なだけだ。感情というノイズは、人生の運行に邪魔だからな」
「ふーん。ま、いいわ」 サラは興味を失ったように肩をすくめると、突然、交渉を持ちかけてきた。 「ねえ、その子、私に頂戴(ちょうだい)。私の研究所なら、どんな追手からも守ってあげられるわよ? もちろん、貴方には一生遊んで暮らせるだけの『紙切れ(金)』をあげる」
それは悪くない提案だった。 カイの脳内の天秤が揺れる。 イヴを渡せば、追われるリスクはゼロになる。金も手に入る。彼の「幸福=平穏無事な生活」という目的は達成される。
だが。
カイの口は、脳の計算よりも早く動いていた。
「断る」
サラが片眉を上げた。 「へえ? 合理主義者様が、どうして? 損得勘定ができないほど馬鹿なの?」
「勘定なら済ませた」 カイはイヴの肩に手を置いた。 「俺の幸福論において、この子を手放すことは『寝覚めの悪さ』という巨大なマイナスを生む。金で買える安眠枕より、今の俺にはこの『青い鳥』の世話をする方が、精神衛生上の利益が高いと判断した」
それは屁理屈だった。だが、カイにとっては真実だった。 サラはしばらくポカンとしていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「あははは! 面白い! 貴方、最高にイカれてるわ!」
サラは涙を拭うと、再び空飛ぶ椅子に飛び乗った。 「決めた。私、貴方たちを『観察』することにする」 「は? 観察?」 「そう。貴方たちがどうやって破滅するか、あるいは世界をひっくり返すか。特等席で見せてもらうわ。私のラボへ招待してあげる。……拒否権はないからね?」
サラが指を鳴らすと、街頭の巨大な広告板(ビジョン)が切り替わった。 そこには、美しいドレスを着た富豪の令嬢、カレンが映し出されていた。
『親愛なる市民の皆様。最近、心を持たない人形たちが暴走しています。我が社は、より厳しい管理(ルール)を提案します――』
「あーあ、あの女狐も動き出したみたい」 サラは冷めた目で令嬢を見つめた。 「急いだ方がいいわよ。私の隠れ家まで競争ね。ビリになったら、今日の夕飯は抜きよ!」
ブーン! サラの椅子が猛スピードで夜空へ飛び去っていく。
「……本当に行かなきゃいけないのか?」 イヴが不安そうにカイを見上げる。 カイは肩をすくめた。 「毒を食らわば皿まで、と言うだろ。あの変人が味方になる確率は低いが、少なくともあの令嬢よりはマシだ」
カイは歩き出した。 その背中には、冷たい雨の感触とは別に、奇妙な熱さが残っていた。 (俺の頭の『ぜんまい』か……。あいつ、鋭いな)
雨上がりの水たまりに、カイの顔が映る。 そこには一瞬、ノイズのような歪みではなく、100年前の幽霊のような影が重なって見えた気がした。
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