フェノメノンの踊り子たち

Gaku

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第6話:富豪の令嬢の影

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サラの「隠れ家」は、想像を絶する代物だった。 それは巨大なトラックの荷台を改造した、移動式の「怪しい博物館」だった。 中に入ると、天井からは大小様々な歯車やレンズがぶら下がり、床には読みかけの本と、解体されたブリキの玩具が散乱している。 空気は、古い図書館と機械油、そして甘いキャンディの匂いが混ざり合った不思議な香りがした。

「さあ、診察の時間よ」

サラは白衣の袖をまくり上げると、巨大な聴診器のような器具をイヴの胸に当てた。 「ふむふむ。心臓の鼓動は……驚いた。普通のぜんまい仕掛けじゃないわね」

サラは興奮気味に、手元のガラス板(タブレット)に光るペンで何かを書きなぐった。 「見て、カイ。この子の胸の奥、心臓があるべき場所に『開かずの箱』があるわ」

「開かずの箱?」 カイが眉をひそめる。

「そう。どんな鍵を使っても開かない、真っ黒な密室。そこから、この子の全身に『青い血』がポンプみたいに送り出されているの。普通のからくり人形なら電池切れで止まるところだけど、この箱の中身は……まるで小さな太陽みたいに燃え尽きない」

サラはうっとりとイヴを見つめた。 「美しいわ。神様がうっかり落とした宝石箱ね」

イヴは不安そうに自分の胸に手を当てた。 「私の中に、そんな怖いものがあるの?」 「怖くないわよ。それは貴女(あなた)の『魂の特等席』よ」

サラはキャンディを噛み砕き、壁一面の巨大な鏡(モニター)を指差した。 鏡の表面が水面のように波打ち、一人の女性の姿を映し出す。

「さて、この可愛い宝石箱を狙っている悪い魔女を紹介しましょう」

映し出されたのは、街の巨大なビルで演説をする美女、カレンだった。 彼女は慈愛に満ちた表情で、「危険な人形たちから人間を守りましょう」と訴えている。

「カレン・アペイロン。この街の兵隊人形を一手に引き受ける軍事企業の令嬢よ」 サラが冷ややかに解説する。 「表向きは『人形反対派』の聖女様。でも裏では、自我を持った特別な人形をコレクションしているわ。彼女にとって、意思を持つ人形は『最高の兵器』になり得るからね」

カイは画面のカレンを見つめた。 (綺麗な顔だ。だが、その目の奥が笑っていない。まるで、精巧に作られた能面のようだ)

「で、どうするの? カイ」 サラが試すように尋ねた。 「このまま逃げ続ける? それとも、彼女にこの子を差し出して、平和な『原子のダンス』に戻る?」

カイはイヴを見た。 イヴもまた、カイを見つめ返している。

「君はどうしたい?」 カイが尋ねると、イヴは迷わず答えた。 「あなたと一緒にいたい」

即答だった。 「私、わからないことだらけ。自分が何なのか、あの箱が何なのか。でも、カイのそばにいると……頭の中の嵐が止むの。バラバラになりそうな私が、ひとつの『私』にまとまる気がする」

それは、カイの哲学における「幸福(=システム運用の最適化)」そのものだった。 カイは小さく息を吐いた。

「なら、仕方ない。君の嵐が止むなら、俺の傘に入れてやるよ」

その夜。 カイはソファで仮眠を取った。 久しぶりの深い眠り。夢を見た。

真っ白な部屋だった。 壁も天井もない、無限に続く白い空間。 そこでカイは、誰かとテーブルを挟んで向かい合っていた。 テーブルの上には、白と黒の石が並べられた盤面(チェス盤)。

『君の手番だよ』

相手が言った。顔は見えない。ただ、その声はひどく懐かしく、同時に憎らしいほど落ち着いていた。 カイは石を動かそうとして、手が止まる。 (あれ? この盤面、どこかで見たことがある。いや、何千回もこの局面を指した気がする)

『迷うな。現象は常に流れている。止まれば消えるぞ』

ハッとして、カイは目を覚ました。 「……嫌な夢だ」 額には脂汗が滲んでいた。自分の記憶の図書館に、あんな「白い部屋」の記録はないはずなのに。

一方、街の中心にそびえるカレンの執務室。 夜景を見下ろす彼女の手には、豪奢な装飾が施された通信機が握られていた。

「ええ、お父様」

カレンの声は、昼間の演説とは別人のように冷徹だった。 「見つかりました。『器(うつわ)』は、あのネズミと一緒にいます」

彼女の視線の先、窓の外には、夜の闇に紛れて無数の「羽音」が近づいていた。 それは鳥ではない。 赤く光る単眼を持った、銀色の機械蜻蛉(トンボ)たち。 それらが群れをなし、サラの研究所がある方向へと、音もなく飛び立っていく。

「回収します。たとえ手足をへし折ってでも」

カレンは通信機を置くと、机の上に置かれた写真を指でなぞった。 それはカイの写真だった。 しかし、彼女が見ているのはカイの顔ではない。 まるで、壊すべき玩具を見るような、無邪気で残酷な目つきだった。

「さあ、壊れるまで遊びましょう?」
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