滅びた国の絶望王女が勇者を探していたので、俺(勇者)も一緒に探してみることにした件

Gaku

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第2部:偽りの神と作られし者たち

第58話:激突と撤退

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「見つけ、たぞ」

地獄の底から響くような、絞り出すようなギデオンの声。その言葉が放たれた瞬間、地下牢の冷たく湿った空気は、沸騰したかのような殺気によって変質した。松明の炎が、まるでその気配に怯えるように大きく揺らめき、壁に映る一行の影を不気味に歪ませる。

仲間たちは息をのんだ。ユウでさえ、いつもの呑気な表情を消し、目の前の男から放たれる、純粋な破壊の意志に満ちたオーラを肌で感じていた。それは、これまで彼が仲間として見てきた、酒好きで女好きなエロ親父の姿とは、あまりにもかけ離れていた。

獣のような、低い唸り声がギデオンの喉から漏れる。次の瞬間、彼の身体は石畳を砕かんばかりの勢いで蹴り出されていた。

「うおおおおおおおっ!」

憎悪と復讐心、そして長年燻らせ続けた無力感の全てを乗せた雄叫びと共に、ギデオンは凶刃と化して二人組に突進する。その動きは、かつてユウたちが見たどんな剣客よりも速く、鋭く、そして重かった。抜かれた剣は、もはや単なる鉄の塊ではない。持ち主の魂そのものを刃に変えたかのような、禍々しい光を帯びていた。

しかし、その憎悪の刃が、飄々とした男の喉笛を切り裂くことはなかった。

「おっと、危ない」

男は、笑みさえ浮かべながら、まるで風に舞う木の葉のようにひらり、とギデオンの斬撃を紙一重でかわす。ギデオンが繰り出す追撃の嵐も、最小限の動きだけで的確にいなし続ける。その顔には、焦りもなければ驚きもない。まるで、じゃれてくる子犬をあしらうかのような、絶対的な余裕があった。

「へぇ、あの時の生き残りかい? ずいぶんとしぶといんだな。少しは強くなったみたいだけど……」

男は、ギデオンの渾身の一撃を、指二本でつまんだ剣の腹で受け止めると、心底つまらなそうに続けた。

「……全然、なってないね」

その言葉と同時に、男はギデオンの剣を軽く弾き返す。ギデオンは体勢を崩し、数歩後ずさった。その隙を見逃さず、これまで退屈そうにあくびをしていた女が、気怠げに指先をギデオンに向けた。

「ねえ、早く終わらせて帰りましょ。私、こういうジメジメしたところ、嫌いなの」

指先に、漆黒の闇が小さな球となって凝縮される。次の瞬間、その闇は一条の光線となって放たれ、ギデオンの左肩を的確に抉った。

「ぐっ……!」

肉が焼ける嫌な音と、焦げ付く匂い。激痛に顔を歪ませながらも、ギデオンは倒れない。その目は、復讐の対象だけを、ただひたすらに睨みつけていた。

「ギデオン!」

「よくも!」

仲間たちが、ようやく硬直から解き放たれ、即座に加勢する。アレクが「仲間を侮辱するな!」と、その正義感を炎に変えたかのような剣を振り下ろし、レオンが冷静に敵の足元を狙って鋭い氷の槍を放つ。シルフィアは優雅に宙を舞い、真空の刃を幾重にも重ねて二人組を襲った。

それは、Sランク冒険者パーティとしての、そして王女としての、練達の連携攻撃だった。しかし、その全てが、まるで子供の戯れのようにあしらわれる。

男はアレクの剣を指一本で弾き、女はシルフィアの風の刃を闇の障壁で霧散させる。レオンの氷の槍は、二人の足元に届く前に、不可視の力によって粉々に砕け散った。彼らの動きには一切の無駄がなく、完璧な連携で全ての攻撃をいなし、あるいは相殺していく。それは、まるで未来の出来事が全て見えているかのような、常軌を逸した戦闘能力だった。

「なっ……!?」

吹き飛ばされたアレクは、壁に叩きつけられ、呻き声を上げる。それを見たゴードンが、恐怖でわなわなと震えながらも、その巨体を盾にするようにアレクの前に立ちはだかった。

「こ、来ないでください! これ以上、仲間には指一本触れさせませんぞ!」

彼の身体から、黄金の光が放たれ、神聖な守りの結界が展開される。それは、彼の臆病な心を振り絞って生み出された、最大限の防御魔法だった。

しかし、男はそんなゴードンの決死の覚悟を鼻で笑うと、パチン、と軽く指を鳴らした。

それだけだった。

ゴードンの展開した結界は、まるで薄いガラスのように、甲高い音を立てて砕け散った。

「む、無駄無駄。君たちみたいな『普通の理(ことわり)』の中で生きてる人間じゃ、俺たちには勝てないよ」

男の言葉は、絶望的な真実だった。二人組の強さは、単純な腕力や魔力量といった次元の話ではない。まるで、この世界の物理法則や因果律そのものを無視しているかのような、理不尽なまでの「格」の違いがあった。

女が、ふと何かを思い出したように、楽しげに口を開いた。

「そういえば、あのジジイ(本物の法王)の魔力を毎日少しずついただいてるから、前よりずっと調子がいいのよね。おかげで、こんなお遊びにも付き合ってあげられるわけ」

その一言が、一行の心に追い打ちをかける。彼らは、先代法王の聖なる力を吸収し、さらに強化されている。希望の光を求めてこの場所に来たはずが、待っていたのは、より深く、より黒い絶望だった。

それでも、ギデオンは諦めなかった。満身創痍になりながらも、彼は何度も、何度も立ち上がり、獣のように咆哮しながら二人組に斬りかかっていく。だが、その刃が届くことはない。掠りさえしない。

(なぜだ……なぜ、届かない……!)

この数年間、彼は全てを捨てて剣の道に生きてきた。血反吐を吐くような修練を重ね、かつての自分とは比べ物にならないほどの力を手に入れたはずだった。それなのに、目の前の現実はどうだ。

何も変わらない。

あの悪夢の夜と、何一つ。

ただ無力に打ちのめされ、大切なものが目の前で蹂躙されていくのを、見ていることしかできない。

この世の全ては移り変わり、同じであり続けるものはない。その真理が、今は残酷な形で彼に突きつけられていた。状況は常に変化する。しかし、彼が味わうこの絶望的な無力感だけは、あの夜から何一つ変わっていなかったのだ。

その時だった。

カン、カン、カン、と、通路の遥か向こうから警鐘の音が響き渡り始めた。複数の松明の光と、衛兵たちの怒声が急速にこちらへ近づいてくるのが分かる。どうやら、先ほどの戦闘の騒ぎが、ついに地上にまで届いたらしい。

男は、やれやれと肩をすくめた。

「おっと、時間切れだ。まあ、今日の分の魔力はいただいたし、こっちの目的は達成済みだ。じゃあな、ネズミさんたち」

そう言って、男はまるで散歩の帰りにでも挨拶するかのように、ひらひらと手を振った。女は、地面に膝をつき、血の混じった唾を吐きながらも憎悪の目で自分を睨みつけるギデオンを見下ろすと、残酷なまでに美しい笑みを浮かべた。

「また会えたら、今度こそ殺してあげるわね、生き残りのおじさん」

その言葉を最後に、二人の身体はすうっと闇の中に溶けるようにして姿を消した。

後に残されたのは、破壊され、血の匂いが立ち込める通路と、壁にもたれて倒れる仲間たちの姿。

そして、

「……う……ああ……あああああああああっ!」

言葉にならない慟哭を漏らしながら、無力感に震える拳で、冷たい石の床を何度も、何度も殴りつけるギデオンの姿だけだった。
彼の拳から流れる血が、床の埃と混じり合い、黒く、そして深く染み込んでいった。
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