滅びた国の絶望王女が勇者を探していたので、俺(勇者)も一緒に探してみることにした件

Gaku

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第2部:偽りの神と作られし者たち

第66話:戦慄と快感

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初夏の風が、丘の上に立つ者たちの髪を優しく撫でていた。
つい先ほどまで、眼下に広がる平原を埋め尽くす十万の軍勢が発する喧騒が、地を揺るがすほどに響いていたのが嘘のようだ。ユウが軽く指を鳴らした、その瞬間から。
世界から、音が消えた。
風の音も、草のそよぎも、自分自身の呼吸の音さえもが、まるで分厚い硝子の向こう側へ押しやられてしまったかのような、絶対的な静寂。シルフィアは、その異常な静けさに耳の奥が痛むのを感じた。

そして、光が生まれた。

帝国軍の後方、遥か地平線の彼方に、空から一本の巨大な光の杭が、音もなく大地に突き刺さった。それは雷光のように刹那的ではなく、太陽のように普遍的でもない。ただひたすらに純粋な「白」という概念そのものが、一つの線となって天と地を繋いでいるかのような、非現実的な光景だった。
十万の兵士が、馬上の騎士が、指揮官たちが、誰もが言葉を失い、ただその光を見上げていた。理解が追いつかない。何が起きているのか、脳が情報の処理を拒絶している。それは、美しくさえあった。神の降臨か、あるいは世界の終焉か。

数秒後、光が消えた場所に、巨大な華が咲いた。
ゆっくりと、しかし圧倒的な質量を持って、それは天を押し上げるように膨張していく。純白のキノコ雲。その輪郭は沸騰する湯のように激しく蠢き、その巨体は見る者の時間感覚を狂わせる。シルフィアは、かつて父王が放った禁断の秘術がもたらした、故郷を焼く炎と灰の雲を思い出した。だが、目の前の光景は、それとは比較にさえならない。人の意志や憎しみが介在した破壊ではない。これは、もっと根源的で、絶対的で、そして無慈悲な、ただの「現象」だった。
あまりの神々しさと冒涜的な美しさに、シルフィアの隣に立つイザベラが、無意識にか細い息を漏らした。ギデオンは、その光景から目を逸らさず、ただ静かに歯を食いしばっていた。

そして、世界に音が戻ってきた。

それは、音というより純粋な暴力の塊だった。まず、足元の地面が激しく揺れた。腹の底から内臓を鷲掴みにされ、揺さぶられるような強烈な地鳴り。それから一瞬遅れて、凄まじい衝撃波が到達した。
「ぐっ……!」
最前線にいた兵士たちは、木の葉のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。嘶き、狂ったように暴れる軍馬。天を突くように掲げられていた帝国軍の軍旗は、一瞬で引き千切られ、紙くずのように宙を舞った。巨大な天幕は骨組みをむき出しにして倒壊し、巻き上げられた砂塵が、阿鼻叫喚の地獄絵図を覆い隠していく。
風が唸りを上げ、砂礫が嵐のように吹き荒れる中、ユウたちが立つ丘の上だけが、まるで神の御業かのように、不思議なほど穏やかだった。まるで、巨大な嵐の中心にいるかのように。

皇姫レオノーラ・フォン・アークライトは、吹き飛ばされまいと必死に地面に手をつきながら、生まれて初めて「死」というものを、肌で感じていた。
これまでの彼女の世界は、すべてが計算と制御の上に成り立っていた。帝国の圧倒的な軍事力。自らの類稀なる才覚。緻密に計算され、幾重にも張り巡らされた戦略。それらは全て、彼女の意志によってコントロール可能な、いわば彼女の掌の上にあるゲーム盤の駒だった。兵士たちの命でさえ、計算された損耗率という名の数字に過ぎなかった。

しかし、今、目の前で起きている天変地異は、その全てを嘲笑っていた。
人の意志など、一切介在しない。
人の願いも、祈りも、戦略も、その絶対的な力の前に、何の意味も持たない。ただ、そこにあるだけの、理不尽なまでの現実の顕現。
彼女の内的世界が、音を立てて崩壊していく。

(これが、力……?私の戦略、帝国の威信、兵士たちの命、その全てが、この現象の前では何の意味も持たない。人の意志など、この天の前では塵芥にも等しい。ああ、何もかもが、私の思い通りになど、ならない)

「全てを自分の思い通りにしたい」という、彼女を彼女たらしめてきた根源的な欲望。その尽きることのない渇き(渇愛)が、その対象を失い、絶対的な無力感によって粉々に打ち砕かれた、その時。
彼女の心に芽生えたのは、恐怖ではなかった。
絶望でもなかった。
それは、恐怖の臨界点を遥かに超えた先に創発した、歪んだ解放感。魂が打ち震えるほどの、純粋な「快感」だった。

「―――っ、は、あ……ぁ……」

漏れる吐息は熱く、震えていた。頬が紅潮し、その瞳は潤んでいる。無力感に打ちのめされるという経験が、皮肉にも彼女を、長年まとわりついていた「皇姫」という役割の鎧から解き放ったのだ。
なんという絶望。
なんという……心地よさ!
レオノーラは、震える身体をゆっくりと起こしながら、その力の源である男がいるであろう丘を、恍惚とした瞳で見つめた。あの男は、一体何者なのだ。神か、悪魔か。どちらでもいい。あの力を、この手に。いや、あの力の前に、この身を捧げたい。

丘の上では、四人の人間が、それぞれの心でその光景を受け止めていた。

シルフィアは、灰と涙に濡れた故郷の光景を、目の前の破壊に重ねていた。あの日の絶望が、鮮明に蘇る。敬愛した騎士団長アランが、塵となって消えていく姿。だが、今、彼女の心を占めているのは、悲しみだけではなかった。
(これこそが、伝承の力……この御方ならば、きっと……)
彼女の中で、仲間である「ユウ」という存在への認識が、再び「人智を超えた救世主」という畏敬の念へと傾いていく。しかし同時に、これほどの力を、まるで子供が花火を打ち上げるかのように無邪気に行使する彼の底知れなさに、一抹の恐ろしさを感じずにはいられなかった。

冷静な分析力と、王女としての帝王学を叩き込まれてきたイザベラは、その思考が完全に停止しているのを自覚していた。
「軍事バランス?国家間の交渉?……馬鹿馬鹿しい」
乾いた唇から、呆然とした呟きが漏れる。
「彼一人で、この大陸の歴史が終わるのね」
ユウという存在が、もはやこの世界のルールの中で語れる存在ではないことを、彼女は肌で理解した。彼は、この世界という精巧なゲーム盤に突如として現れた、ルールそのものを破壊する予測不能な「特異点(バグ)」なのだ。

ギデオンは、吹き荒れる砂塵から仲間たちを守るように立ちながら、故郷を滅ぼした理不尽な暴力を、目の前の光景に重ねていた。楽しげに、弄ぶように村人たちを虐殺していった、あの二人組。
だが、彼は気づいていた。丘の上に立つユウの横顔に、あの二人組のような愉悦の色が一切ないことに。彼の瞳にあるのは、怒りでもなければ、喜びでもない。ただ、少し面倒くさそうな、それでいて穏やかな光だけだ。
ギデオンは、ユウのその圧倒的な力に、世界の救済という途方もない可能性を見出すと同時に、その制御不能な危険性を感じていた。そして、何よりも、自分との絶対的な差に、静かに唇を噛んだ。「強さ」への渇望が、復讐という過去への執着だけでなく、仲間を守るという未来への願いへと、より切実なものに変わっていくのを感じていた。

そして、その中心にいるユウは、吹き荒れる風に目を細めながら、一人だけ呑気な顔で立っていた。
「さて、と」
彼は、仲間たちがそれぞれの表情で固まっていることにも、眼下で帝国軍が大混乱に陥っていることにも、さして興味がないようだった。
「これで少しは冷静に、お話を聞いてくれるかな?」
仲間たちが耳にしたその呟きは、あまりにも普段通りで、拍子抜けするほど軽かった。彼にとって、今しがた自分が行った天変地異は、交渉のテーブルに着かせるための「ちょっと大きめの花火」程度の認識でしかない。
この致命的なまでの認識のズレが、彼らの間に絶妙な緊張と、どこか気の抜けた緩和の空気を作り出していた。

その時、地平線の彼方から、けたたましいエンジン音と共に、一台の流線型の装甲車が砂塵を巻き上げながら猛スピードで近づいてくるのが見えた。
帝国軍の兵士たちが「な、なんだあの魔導兵器は!?」と驚愕の声を上げる中、その車は丘の麓で派手なドリフトを決めながら急停車した。
運転席のドアが勢いよく開き、見慣れた顔が飛び出してくる。
「ちょっとあんた!」
車から降りてきたリリアは、まだ空に残るキノコ雲の残骸をビシッと指差し、開口一番、そう叫んだ。
「また派手にやったわね! 少しは手加減ってものを覚えなさいよ!」
その声と共に、どこからともなく取り出した愛用のハリセン(創造スキルによって生み出された特別仕様)が、ユウの脳天に小気味よい音を立ててクリーンヒットした。
「いってぇ! なんだよいきなり!」
「なんだじゃないわよ! あれのせいでこっちの計器が全部狂っちゃったのよ! どうしてくれるの!」
リリアに続いて、ぞろぞろと仲間たちが車から降りてくる。
「す、すげえ……! あれがユウの真の力か! 俺も負けてられん!」
アレクは、大爆発の跡を見て興奮し、一人で拳を握りしめて燃えている。
「ふむ。天文学の教科書を書き換える必要があるな。あのクレーターの直径と衝撃波の到達時間からエネルギー量を算出すると、おそらく……」
レオンは、いつもの調子で冷静に分析を始めている。
「お、お腹が空きました……。びっくりすると、お腹が空きますね……」
ゴードンは、恐怖でエネルギーを使い果たしたのか、青い顔で非常食の入った袋をごそごそと漁り始めた。
「女神様……あれは、聖なる裁きなのでしょうか……それとも、悪魔の所業なのでしょうか……」
エリアは、胸の前で十字を切りながら、怯えたように祈りを捧げている。

天変地異の直後という、この世の終わりのような光景の中で繰り広げられる、あまりにも日常的な、カオスなやり取り。その異常なまでのギャップに、シルフィアもイザベラも、先ほどまでの緊張感をどこかに置き忘れて、思わず呆気に取られていた。

やがて、混乱の極みにあった帝国軍の陣営から、一人の伝令が、必死の形相で白旗を掲げ、こちらへ向かってくるのが見えた。
その兵士は、恐怖で膝をガクガクと震わせ、馬上でさえその身体が小刻みに揺れているのが分かった。丘の麓までたどり着くと、彼は馬から転げ落ちるように降り、一行の前で泥に額をこすりつけるようにしてひれ伏した。
そして、絞り出すような、裏返った声で告げた。
「わ、我が皇姫、レオノーラ様が……皆様を、帝都へ……」
伝令は一度言葉を切り、ごくりと唾を飲み込んだ。
「『ご招待』したい、と、おっしゃっております……」
その「ご招待」という言葉の裏にある、拒否権の一切ない、絶対的な強制力を、その場にいた誰もが感じ取った。
一行が顔を見合わせる。
ユウだけが、「お、やっと話聞いてくれる気になったのかな?」と呑気なことを言っていた。
シルフィアがふと、遠くの帝国軍の陣営に目をやると、瓦礫の中から立ち上がったレオノーラ皇姫が、こちらをじっと見つめているのが分かった。その距離でも分かるほど、彼女の唇は、妖しい弧を描いていた。
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