滅びた国の絶望王女が勇者を探していたので、俺(勇者)も一緒に探してみることにした件

Gaku

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第2部:偽りの神と作られし者たち

第69話:次元の崩壊

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狂気の咆哮が、コロシアムを震わせた。
解放されたキメラが、その巨大な身体に憎悪と苦痛の全てを乗せて、闘技場の中心に立つ、たった一人の青年に向かって突進する。観客席からは悲鳴が上がり、誰もがその惨劇を予感して目を覆った。
「恐怖で動けぬか、愚か者め!」
貴賓席で、皇帝が恐怖を押し殺すかのように嘲笑の声を上げた。自らの理解を超えた存在が、自らが用意した「最強の兵器」によって無残に引き裂かれる。その光景こそが、揺らいだ自らの権威を再び確立するための、唯一の処方箋だと信じていた。
しかし、娘であるレオノーラだけは、その光景に別の感情を抱いていた。
(違う……あれは恐怖ではない……)
彼女は息をのむ。ユウのその佇まいは、隕石を落とした時の、あの無邪気さとは全く違う。静かで、深く、そしてあまりにも悲しい。それは、これから行われる破壊ではなく、すでに行われてしまった冒涜への、鎮魂の祈りのように見えた。

ユウは、目前に迫るキメラの、苦しみに歪んだ複数の瞳をじっと見つめていた。そして、まるで語りかけるかのように、静かに呟いた。
「……大丈夫だ。今、楽にしてやるからな」

その言葉は、誰の耳にも届かない。だが、その意志は、時空を超えて、信頼する仲間へと届いていた。

帝国の地下牢。
リリアが、牢の壁に耳を当てたまま、突如として叫んだ。
「まずい!これは本気で怒ってる!あの隕石の時とはレベルが違う!」
その声に、仲間たちが息をのむ。リリアは振り返り、その瞳には焦りと、しかし絶対的な信頼の色が浮かんでいた。
「あんたたち、急いで!コロシアムが跡形もなく消し飛ぶわよ!」
言うが早いか、彼女は鉄格子に手を触れる。チートスキル『創造』が発動し、頑強な鉄格子は、まるで粘土のようにその形を変え、瞬時に液体金属の塊となって床に崩れ落ちた。
「ユウを信じる!俺たちは民を守るぞ!」
アレクが、誰よりも早く牢から飛び出し、叫んだ。
「行くぞ!一人でも多くの市民を避難させるんだ!」
ギデオンも続く。その声には、もはや絶望の色はない。
「衛兵たちにも指示を出しますわ!都市機能の麻痺を防いで!」
イザベラは、瞬時に王女としての思考を取り戻し、的確な指示を飛ばす。
仲間たちが、それぞれの役割を瞬時に理解し、一斉に行動を開始した。その時、リリアの頭の中に、直接、ユウの念話が響いた。
(リリア、悪いけど、みんなと街に結界を張ってくれ。ちょっと、この子(キメラ)を楽にしてやりたい。そのついでに、少しだけお掃除するから)
その言葉に、リリアは地上へ続く階段を駆け上がりながら、心の中で悪態をついた。
(言われなくてもやってるわよ!あんたの『ちょっと』は、星を砕くレベルだって、私たちが一番分かってるの!)
彼女は仲間たちと合流し、帝都全域を覆う巨大な防御結界の構築を、狂ったような速度で開始した。

コロシアム。
ユウは、目前に迫るキメラの巨体を意に介さず、ただ静かに、天へとその手をかざした。
それは、まるで鎮魂歌の始まりを告げる指揮者のようだった。
彼の足元から、巨大で緻密な魔法陣が、光の粒子を撒き散らしながら幾重にも重なって出現する。その光景は、神話の創造か、終末の予言か。
一層目は、古代竜族が用いたとされる、生命の根源を示す象形文字。
二層目は、今はもう忘れ去られた、星々の運行を司る神々の紋様。
三層目は、この宇宙の構造そのものを記述した、リリアでさえ解読不能な物理数式。
四層目は、森羅万象の調和を示す、純粋で完璧な幾何学模様。
四つの魔法陣は、それぞれが異なる法則に支配されているかのように、異なる速度、異なる方向へと、荘厳な音を立てて回転を始めた。
その瞬間、世界が悲鳴を上げた。
空間そのものが、その存在を維持できずに「ギギギギギ」と軋む音を立て始める。コロシアムの堅固な石壁に、まるで蜘蛛の巣のような無数の亀裂が走り、上空では大気が乱れ、空の色が七色に乱反射し、極光(オーロラ)のように幻想的に揺らめいた。
皇帝や貴族たちは、もはや嘲笑う余裕もなく、魂の根源を揺さぶられるような本能的な恐怖に支配され、玉座から転げ落ちる。
「な、なんだこれは……魔法、ではない……!世界の理そのものを、書き換えているというのか……!?」

キメラが、その巨大な顎を開き、ユウを飲み込もうと迫った、まさにその瞬間。
ユウが、苦しむキメラに向かって、まるで慈しむように、静かにその指を振り下ろした。
そして、告げた。
「五次元縮退方陣(ディメンション・コラプス)」

魔法陣から放たれたのは、光でも、熱でも、衝撃でもなかった。
それは、「無」そのものだった。
ユウとキメラの間にあった空間が、まるで一枚の絵を、その絵の具ごとくしゃくしゃに丸めていくように、内側へ、内側へと、凄まじい勢いで収縮していく。
キメラは、苦しみの表情を浮かべたまま、悲鳴を上げる間もなく、その存在の「情報」ごと、この世界の因果律から完全に消去された。光も、音も、何一つない。ただ、そこにいたはずのものが、まるで最初から存在しなかったかのように、完璧に「消えた」。
そして、解放された。
キメラが消滅した一点から、解放されたエネルギーの余波が、無音の衝撃波となってコロシアムを襲う。観客席の半分が、まるで悠久の時を経て風化した砂の城のように、音もなく崩れ落ちていく。皇帝たちがいた貴賓席も、その豪華な装飾ごと粉々に砕け散り、瓦礫の山と化した。
帝都の上空では、リリアたちが展開した巨大な結界が、その見えざる暴力の奔流をかろうじて受け止めていた。結界の表面には無数のヒビが入り、まるで巨大な硝子が砕け散るかのような悲鳴を、街中に響かせていた。

やがて、砂埃が晴れ、静寂が戻った時。
そこにあったのは、見る影もなく半壊したコロシアDムと、その中心に静かに佇むユウの姿だけだった。
彼の怒りは、もう収まっていた。
その頬を、一筋の涙が、静かに伝っていた。
それは、人の身勝手な欲望によって歪められ、苦しみ続けた一つの魂が、ようやく安息を得られたことへの、彼なりの弔いだった。
生き残った皇帝、貴族、そして民衆の全てが、声もなく、ただその「人」の形をした天災を、呆然と見上げていた。圧倒的な静寂が、彼の力の恐ろしさと、その根底にある、どうしようもない悲しみのようなものを、何よりも雄弁に物語っていた。

崩れた瓦礫の中から、皇帝が這い出してきた。その瞳には、もはや覇王の光はなく、ただ純粋な恐怖と絶望だけが映っていた。彼は、震える足で、ゆっくりとユウの方へと歩を進め始めた。
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