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第2部:偽りの神と作られし者たち
第80話:次なる目的地
しおりを挟むホムンクルスたちが漆黒の煙と共に消え去った後、アダマンタイト採掘場には、まるで世界から全ての音が奪われたかのような、重い沈黙だけが残された。
乾いた風が、無残に転がる冒険者たちの亡骸を撫で、誰のものとも知れぬ、千切れたマントの端を虚しく揺らしている。仲間たちは、それぞれ言葉を失い、目の前で繰り広げられた次元の違う戦いの余韻と、仲間が受けた深い傷を、ただ静かに受け止めていた。
「皆さん、動かないでください。今、治しますから」
最初にその沈黙を破ったのは、エリアの凛とした声だった。彼女は、恐怖で震える自分を叱咤するようにぎゅっと唇を結ぶと、傷だらけのアレクやレオン、そして地面に膝をついたまま動かないギデオンへと駆け寄った。
彼女の小さな両手から放たれる、温かく、そして慈愛に満ちた癒しの光が、仲間たちの傷を優しく包み込んでいく。裂けた傷は塞がり、折れた骨は繋がり、失われた血が巡り始める。それは、信仰を失った少女が、仲間を守りたいという一心で見つけ出した、新たな祈りの形だった。
しかし、その聖なる光でさえ、癒すことのできない傷があった。
ギデオンの心だった。
彼は、エリアの回復魔法を受けながらも、ただ地面の一点を見つめていた。その瞳には、何の光も映っていなかった。
(……負けた)
再び、完膚なきまでに。
(……守られた)
またしても、あの小僧に。
仇を討つことも、仲間を守ることもできず、ただ無様に打ちのめされ、無力に全てが終わるのを見ていることしかできなかった。復讐を誓ったあの日から、片時も忘れずに磨き上げてきた剣は、奴らの前では児戯に等しかった。自分は、あの悪夢の日から、何一つ変われていないのではないか。
その、あまりにも深く、冷たい絶望が、彼の魂を根元から凍てつかせていた。これこそが、彼の人生を支配し続ける、抗いようのない現実(苦諦)の頂点だった。
「……ギデオン」
そっと、シルフィアが彼の隣に膝をついた。彼女は、何を言うでもなく、ただ静かに彼の隣に座り、彼が見つめるのと同じ、何もない地面を見つめた。
やがて、彼女は小さな声で呟いた。
「この世界は、なるようにしかならない。でも、なるようになるのなら、身を任せるしかありませんよね」
その声は、何の飾りもない、ただ、同じ痛みを知る者だけが持つことのできる、静かな共感に満ちていた。
ギデオンは何も答えなかった。しかし、固く握りしめられ、血が滲んでいた彼の拳の力が、ほんの少しだけ、抜けたような気がした。
◇
ロックボトムの町に戻った一行を待っていたのは、熱狂的な歓迎だった。
「うおおおお!英雄の帰還だ!」
「採掘場を解放してくれた救世主様だぜ!」
鉱夫たちは、ギルドから出てきた一行を担ぎ上げ、まるで祭りのように騒ぎ立てた。すぐにギルドの酒場では盛大な宴会が始まり、エールが川のように流れ、香ばしい肉の焼ける匂いが立ち込める。
「聞いたぜ、アレク!お前さんの一撃が、化け物の一体を吹き飛ばしたんだってな!」
「がははは!当然だ!我が正義の剣の前には、いかなる悪も塵と化すのだ!」
酒で顔を真っ赤にしたアレクが、鉱夫たちに担がれて自分の武勇伝(その九割九分は脚色と誇張でできている)を大声で語り、レオンが「フッ、俺の魔法がなければ今頃お前はミンチだったがな」と呆れ顔で呟き、リリアが「そのポンコツ魔法使いのせいで私がどれだけ苦労したと思ってるのよ」と二人まとめてハリセンで叩く。
その、いつも通りの、騒々しくて、どうしようもない光景が、今は不思議と、ささくれた心を癒していくようだった。
宴もたけなわとなった頃、ギルドマスターでもある鉱夫組合の親方が、大きな麻袋を抱えて一行のテーブルへとやってきた。
「英雄様たち。言葉もねえ。本当に、何と礼を言ったらいいか……。これは、俺たちからの心ばかりの礼だ。奴らが運びきれなかった、残りのアダマンタイトだ。どうか、受け取ってくれ」
麻袋の中から取り出されたのは、鈍い銀色の輝きを放つ、巨大なアダマンタイトの原石だった。それは、不純物をほとんど含まない、最高品質のものであることが一目で分かった。
「こいつはすげえ!これだけのものがあれば、どんな武器でも作れる!」
アレクが目を輝かせ、ギデオンもまた、その原石に宿る圧倒的なまでの硬度と魔力に、思わず息を呑んだ。これがあれば、あるいは。
しかし、親方の次の言葉が、その淡い期待を打ち砕いた。
「……ただ、一つ問題があってな。このアダマンタイト、硬すぎて、この町にいるどんな腕利きの鍛冶師でも、傷一つつけられねえんだ」
その言葉に、酒場の喧騒が一瞬だけ静まり返る。
リリアが腕を組み、難しい顔で頷いた。
「私の『創造』スキルでも、素材そのものの物理法則を完全に無視することはできないわ。この硬度は、異常よ。これを加工するには、それこそ伝説級の技術が必要になる」
せっかく手に入れた希望の光が、分厚い壁に阻まれたかのような、重い空気が流れる。誰もが押し黙り、どうしたものかと頭を悩ませていた、その時だった。
「――それならば!話は簡単ではないかッ!!」
アレクの、能天気なまでに大きな声が、テーブルを揺るがした。
彼はエールのジョッキをドンとテーブルに叩きつけると、自信満々に胸を張った。
「最高の石があるのに、最高の職人がいないのなら、我々が会いに行けばいいだけの話だ!そうだろ!?」
呆気にとられる仲間たちを前に、アレクは高らかに続ける。
「吟遊詩人の歌に聞いたことがある!遥か西の大陸、霧深き山脈の奥深くに、歯車と蒸気が支配するという伝説の都があるとな!世界最高の技術者たちが集い、神々の武具さえも作り出すという、あの**『機械都市ギアヘイム』**へ行こうではないかッ!!」
その、あまりにも単純で、あまりにも真っ直ぐで、そして、あまりにも熱血な提案に、その場にいた誰もが、一瞬、ぽかんとした顔でアレクを見つめた。
しかし、その馬鹿みたいに純粋な言葉は、停滞し、重く沈んでいたパーティの空気を、確かに動かした。それは、予測不能なカオスの中から、全く新しい秩序が生まれる「創発」の瞬間だった。
「……機械都市」
その言葉を、誰よりも低く、しかし確かな響きで繰り返したのは、ギデオンだった。
彼は、それまで俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。その、光を失いかけていた瞳の奥に、再び、小さな、しかし確かな炎が灯っていた。
(そうだ……まだ、終わりじゃない)
このアダマンタイトで、奴らの常識外れの防御を貫く武器を。
仲間たちを、今度こそ守り抜ける、絶対的な力を。
彼の心に、新たな渇望が芽生えていた。それはもはや、過去の復讐という後ろ向きな執着だけではない。「仲間を守る」という、未来への貢献に向けた、切実な願い。絶望という深い苦しみの淵から這い上がるための、確かな道(道諦)が、彼の目の前に、ぼんやりと見え始めていた。
「面白そうじゃない!機械都市、いいわね!」
「合理的な判断ですわ。異論はありませんことよ」
リリアとイザベラが、悪戯っぽく笑いながら賛同する。
そして、ユウは、テーブルに山と積まれた骨付き肉を指さしながら、満面の笑みで言った。
「機械都市かー!なんか、美味いモンがあるといいなー!」
◇
翌朝。
一行は、町中の鉱夫たちからの盛大な見送りを受け、魔力自動車フェンリルに乗り込んだ。
「達者でな、英雄様たち!」
「いつでも帰ってこいよ!」
その声援に、アレクが助手席から大きく手を振り返る。
ギデオンは、後部座席の窓から、朝日を浴びて黄金色に輝く荒野を見つめていた。彼の表情は、この町に来た時とは比べ物にならないほど、穏やかで、そして力強かった。
それは、単なる移動ではなかった。
絶望という名の長いトンネルを抜け、真の強さを手に入れるための、希望へと続く旅の始まりだった。
フェンリルは、仲間たちの新たな決意と、相変わらずのカオスな騒々しさを乗せて、次なる目的地、機械都市ギアヘイムへと向かって、力強く走り出した。
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