【完結】時忘れの森

桜雨ゆか

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エピローグ

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 トマスと村長フリッツの悪行が明るみに出た翌日、二人は王都からやってきた騎士団に連行されていった。
 それからさらに二日後、使者がやってきて二人の処遇について説明された。然るべき罰が下されることが決まったということだった。
 診療所はイーライが引き継ぐこととなり、村長の娘であるナタリーは親戚の家に引っ越すこととなり、村長の後任はそれまでフリッツの補佐をしていたベン・オークが選出された。



 果たしてそれから五日経った頃だ。
 日常に戻りつつあったある日――グレティアはシャルヴァとともに時忘れの森の中にある屋敷を訪れていた。

「今日は来てくれてありがとう。はじめまして、僕はテオ」

 柔らかい微笑みで迎えてくれたのは驚くほど見目麗しい青年だった。
 青みがかった黒髪に翠玉の瞳。シャルヴァとは系統の違う美青年である。

「は、はじめまして。グレティアです。ご招待、ありがとうございます。それに、村のことも、テオさんのお力添えがあったそうで……。本当にありがとうございました」

 グレティアは緊張しながらもなんとかぺこりとお辞儀した。
 応接室に通されて席につく。
 すぐにお茶の支度を整えたテオが戻ってきてカップを差し出してくれた。

(この人が森に住む魔導士……。もっと年配の方だと思ってた……)

 グレティアはそんなことを思いながら、ちらりとテオを窺う。

「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。今日はゆっくりしていって」

 目が合ったテオはにっこりと笑ったあと、グレティアの隣に座るシャルヴァに視線を向けた。

「シャルヴァも数日ぶりだね。解決してよかった」
「そうだな。感謝している。――これで約束は果たした。借りはなしだ」
「うん。顔色を見る限り、魔力の補充もできてるみたいだね」
「――……グレティアのおかげだ」

 そう言って不敵に笑んだシャルヴァがグレティアの方を見た。
 魔力の補充という言葉を聞いて、夜の営み――正確には夜どころか時間問わず求められているのだが――のことを言われているのだと察したグレティアはぱっと下を向いた。

「…………」

 なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。
 そんなグレティアの反応にテオがくすりと笑みをこぼした。その反応にさらに恥ずかしくなってしまう。

「あ、あの……っ、このお茶、とっても美味しいですね」

 話題を変えようと、グレティアは思い切ってそう口にした。

「それならよかった。――ああ、そうだ。気に入ってもらえたなら茶葉がたくさん余ってるから、よかったら持っていくといい」

 笑顔のテオに、グレティアはそんなと慌てる。

「いえ、申し訳ないです」
「遠慮しないで。こっちの棚に他の種類のもあるんだ。どうぞ」

 立ち上がったテオがにこやかに棚を案内してくれる。
 そこまでしてもらうと無碍に断るのも心苦しくなる。グレティアはテオを追いかけて立ち上がるとシャルヴァに行ってくるねと視線で合図して棚の方に向かった。
 結果的に気まずい話題から逃れることができたのでよかったのかもしれない。

「わあ、たくさんあるんですね」

 実際、棚には様々な茶葉の入ったガラス瓶がたくさん並んでいた。
 種類ごとに分けられた茶葉の瓶にはそれぞれ名称が書いてある札が付いている。

「うん。好きなのを持っていっていいよ。今飲んだのはこれ。こっちの棚には香草があるから、欲しいのがあったら言って?」
「ありがとうございます」

 グレティアはほくほくとした気持ちで棚に目を走らせた。

「ゆっくり見ていて。僕はあっちに戻ってるね」
「はい」

 気を利かしてくれたのだろう、テオをそう言ってシャルヴァのいる長椅子の方に戻っていった。





 グレティアを案内し終わって帰ってきたテオが意味深な笑みを浮かべているのを見て、シャルヴァは怪訝に眉を寄せた。

「……なんだ?」
「ん、いや……」

 テオはちらりとグレティアを見て、それからまたシャルヴァに視線を戻した。

「もったいぶるな。言いたいことがあるなら言え」
「ん〰️〰️。ぶしつけだけど、どのくらいの頻度で魔力の補充をしてる?」
「は? そんなこと聞いてどうする気だ?」

 テオの質問にシャルヴァはあからさまに不機嫌な顔を見せた。
 それを見て、テオが違う違うと続ける。

「くだらない好奇心で聞いてるんじゃないよ。精力の吸収は人間には負担が大きい。君が特定の誰かに執着するなんて初めてだろ? 無茶しすぎて彼女の命を脅かさないよう忠告しておこうかと思ったんだけど――」
「…………」
「まあ、様子を見る限りじゃ心配はなさそうだし、余計なお世話だったね」

 そう続けて肩をすくめたテオに、シャルヴァはそういえばと目を丸くした。それからはっとしてテオを見返す。
 目が合ったテオはなんだと言わんばかりに小首をかしげる。

「頻度は――人の食事よりは多くしているかもしれない……」
「え…………」

 思い出しながら呟いたシャルヴァの言葉に、テオが彼には珍しく愕然とした表情を浮かべた。

「負担か……。そうか、そうだな。忘れていた」
「え? いや、ちょっと待て。忘れてたって……。え⁉ まさか、毎日、じゃないよね?」
「…………」

 シャルヴァが黙り込むと、テオが顔をひきつらせたままグレティアの方を見た。
 楽しそうに棚の茶葉を眺めている彼女に衰弱という雰囲気は皆無だ。むしろ元気そうである。

「あー。うん……。おそらく、潜在的精力が強いのと、よほど君との相性がいいんだろうね。とにかく幸せそうでなによりだよ」

 テオはあははと笑うと、それからふと真剣な表情になった。

「……だけど、無理はさせちゃだめだよ? 生命に関わるから」
「ああ、わかっている。吸収自体は少し控えるようにする」
「――心配しかないよ」

 はあ、と息を吐き出したテオをよそに、シャルヴァは改めてグレティアを見た。
 ちょうど茶葉を選び終わったのか、瓶を二つ抱えて嬉しそうに駆け寄ってくる。

「テオさん。お言葉に甘えてこちらとこちらを少し分けていただいてもいいですか?」

 そんなグレティアにシャルヴァは目を細めたあと、そっと席を立つ。そして彼女のもとに歩み寄ると、後ろから腕を回して抱きすくめた。

「きゃっ……。え、ちょ、シャルヴァ⁉」

 突然のことに驚いた様子で、グレティアが声を上げた。
 シャルヴァはなにも答えずただグレティアのうなじに顔を埋めた。石鹸のような清潔で甘い香りが鼻腔をくすぐる。それだけでずくんと腰が重くなるのを感じた。

(まずいな……)

 一度意識してしまうとなかなか引き離すのは難しい。

「あ、あの……?」
「……」

 グレティアはどうしたらいいのかと戸惑っている様子だ。そこにテオが椅子に座ったまま呆れたように溜息をつく。

「まったく、君ってやつは……。言ってるそばからこれだ」
「……なんだ」

 シャルヴァはテオをじろりと睨む。しかしテオは怯むことなく続けた。

「本当に心配しかないよ」
「問題ない。グレティアのことは俺が誰よりわかっている。危険にさらしたりしない」
「……それならいいけどね」

 テオがやれやれと肩を竦める。
 なにが起きてるのかわからず狼狽えるグレティアの頬にシャルヴァはちゅ♡ と優しい口づけを落とした。




      了
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