魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「剣と精霊の章」

退屈

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(はーあ……。つまらない……)

 現在は座学の授業中だ。
 リーベは教師の説明を見ながら、当たり前のことが書かれた教科書を眺めている。どれもイヴやマリルなどから学んだことばかりで、既に生まれて一年目に勉強を終えているものばかり。
 周りは必死にメモを取ったり、理解が追い付かないという人間すらいる。
 そんな様子を見て、リーベは呆れたように心のなかでため息を吐いた。

 不審に思われないためにも、とりあえず授業を聞くふりをする。教科書を読んでいるように振る舞っているものの、この授業に飽きているのは見て分かるとおりだ。
 魔王城に帰ってヨナーシュ達に学んだほうが、もっとよりよい情報が得られる。

 エレメアも同じくつまらないようで、ふわふわと教室内を漂っている。
 彼女は高位の精霊であるがゆえに、高い能力を持っている人間などでなければ視認できない。自身で魔術をかけて、それをより強化していることもあって余計だ。
 だから堂々と欠伸をこぼして、『つまらんのう』と大きく独りごちる。ため息も構わず吐き捨てた。
 リーベはそんな様子が少しだけ羨ましく思った。

 チャイム音が響き、この退屈な時間に終わりが告げられる。ひとまずは地獄から抜け出せたのだ。

「おっと、終わりだな。今週の勉強した範囲のテストを、週明けに実施するからな」
「げえ~」
「放課後は図書館詰めだな……」

 テストのことを伝えられると、生徒たちはあからさまに嫌そうな態度になる。中には励もうとしているものたちもいるが、年相応に顔をしかめる生徒のほうが多かった。
 リーベは相変わらず澄まし顔で、テストのことすら気に留めない。
 むしろこの次の授業のほうが、彼にとっては嫌なことだった。

 次は魔術の授業である。
 免除して入学したリーベであれども、学科の一つとして学ぶことになっている。魔術の座学に関してならば、まだ頭を使うだけなので、そう苦労はしない。
 リーベにとって苦痛なのは、実技だ。
 実際に魔術を発動する練習、即座に戦う練習。制御の方法、などなど。
 魔力が減ることはリーベにとっては死に直結するため、彼は魔術を習得していない。優秀な生徒に囲まれながら、リーベはただただ不発弾を出すだけ。
 その空間が嫌でしかならない。

 リーベは重い足取りで、外にある訓練場へと出た。
 既に教師が来ており、先にやって来ていた同級生は魔術で遊んでいる。厳しい教師ならば叱られるだろうが、この教師は寛容らしい。
 この授業では、正確性と集中力、制御などを学ぶ。教師が用意した的に、的確に魔術の矢や弾などを当てる授業だ。
 火力が高すぎて的を破壊してはならない。どれだけ正確に魔術を制御できるかが問われるのだ。

(強制で学ばせられるから面倒だ……)
『ちょっとならば魔力を使えば良いじゃろう。生活魔術程度ならば扱えぬのか?』
(生まれてこのかた、一度も使ったことがないんだよ)

 全員が揃ったところで、授業が始まる。
 教師が慣れた様子で的を用意し、一定間隔で並んでいく。

「先日言った通り、今日は今までの練習の成果を見せてもらう。……あぁ、リーベ・ラストルグエフは、そこの的で練習だ」
「……くすくす」
「練習だって」
「この前のやつ見たかよ?」
「あぁ、不発だろ? 最優秀クラスなのにさ」

 リーベは教師の言葉を受けると、訓練場の端に用意された練習用の的の方へと向かう。遠くでは同級生が楽しそうに試験を行っていた。
 リーベに用意された的は、様々な人間の練習台にされたようで、ところどころ焼け焦げたり欠けたりしている。整備すらされておらず、少しだけ曲がっても見えた。
 どうせリーベが発動するのは不発に終わるので、どんな的であろうが問題はない。

(はあ……)
『プーッ、ククククッ! 全ての魔術を使える母を持ちながら、息子は無能とは!』
(こんのクソ精霊……! いつか殺してやる)
「リーベくん」

 ここにはそぐわない声が聞こえて、リーベは声のする方へと振り向いた。
 そこにいたのは先日、一緒に買い物をした少女。ミライアだった。
 魔術の成績が三位である彼女が、ここに来る理由なんてない。結局はこの女も同じか、冷やかしなのだな、と呆れていた。
 だが実際は違う。
 少しだけ紅潮する頬と、もじもじとした仕草。チラチラとリーベを見るわりには、目が合えばすぐにそらす。鈍いエレメアですら、彼女の意図が分かった。
 リーベは興味がないため、いつものように冷たい目線を投げている。

「……なに?」
「コツを教えてあげよっか?」
「別にいい」
「そ、そんなことないでしょ? 留年したら大変だよ?」
「……」

 留年。その単語は、リーベにとっては効果絶大だ。
 特に魔術に長けるわけでもないリーベには、国や学院などから学費の援助もない。とはいえ、金銭面ではラストルグエフや、ブライアンからのフルバックアップがある。
 だから問題は別にある。
 アリスに失望されることだ。
 アリスの役に立つために入ったのに、留年してしまいました――なんて期待以下だ。それだけは絶対に許されない行為。

 それともう一つ。
 この女の面倒なお節介から逃げるためには、ここで魔術を弱いなりに成功させねばならない。
 駒を作ると言った手前、無下にはできないが、長時間の相手していられるほど気が長いわけではない。

(エレメア。僕に合わせて、すっごく弱い魔術を使ってくれる?)
『んん? 優しいのう、子は』
(うるさい……。母上のため、駒を増やすため……)
「――でね、こうして……」
「そう」
「魔力を込めて、撃ってみて!」
「……」

 ポシュという掠れた音とともに射出されたのは、火というよりも煙に近い小さな儚い魔術だった。
 これぞ、魔術が使えない人間の発動したものといえる。
 エレメアがここまで繊細な魔術操作を可能だとは思わず、少しだけ驚いた。普段どんな態度をとっていようとも、きちんと大精霊なのだと知らしめられた。

「で、出たね! やったぁ!」
「どうも。君のお陰じゃないか?」
「そ、そっかな……、えへへ……」
(まあ、エレメアのお陰だけど)
『子よ……貴様は……全く……』

 まさかリーベから「君のお陰」なんて言われるとは思わず、ミライアは薄く色づいた頬を更に赤くさせた。嬉しそうにはにかんでいる姿は、誰がどう見ても恋する乙女だ。
 とはいえリーベが発した言葉は、〝今後の関係を悪くしないための世辞〟であり、全く心にも思っていないことである。
 そんな現実を知るのはエレメアだけだ。エレメアはミライアを哀れに思いながら頭を抱えた。

「リーベ・ラストルグエフ」

 次から次へと、と不快な顔で振り向けば、そこに居たのは今回の授業を担当している教師だった。
 スムーズに終わったらしく、あとは常識の範囲内での自由時間だ。的に向かう真面目な生徒もいれば、居眠りをしているもの、魔術を試しているものなど様々だ。
 ミライアは教師が来たからか、そそくさと自身の友人の元へと戻って行った。騒がしい女が消えて、リーベもほっとする。
 しかし目の前にはまた別の問題が立ち塞がっていた。この教師をどうにかしないといけない。

「杖の補助を受けてみたらどうかな。必要魔力が減るものもあるし、君に合ったものを探してみると良い」
「そうですね」
「私のものでよければ、この授業中に使ってみてくれ」
「どうも」

 教師が差し出した杖。このまま受け取らないのもいいが、とりあえず先程のミライアのようにやる姿勢は見せておこうと思った。
 受け取ろうと手を出すと、背後で漂っていたエレメアが叫んだ。

『待て、子よ!』
「……っ!?」

 間髪入れず、突風が吹く。一瞬、リーベごと吹き飛ばされるのではないかと思うほどの強風であった。
 しかし風は器用に杖だけを奪い去り、空中へとそれを追い出す。
 数メートルの高さまで飛んだ時、杖がキラリと光った。そして轟音を立てて、炎を帯びて爆発する。
 訓練場は外にあるため、周りには木々がある。そこにとまっていた鳥たちが驚き、バサバサと飛び立っていった。
 室内の訓練場であれば、間違いなく火災になっていただろう。

「す、すまない。大丈夫かい!? 私の魔力とは相性が悪いみたいだ。みんなー! 怪我はないかい!?」

 教師はそういうと、生徒の無事を確認しに去っていった。
 リーベは不審な顔でそれを見送りながら、命を救ってくれたエレメアへ問う。

(……そんなことあるの? エレメア)
『知らん! わしは杖なんぞ、脆弱な者がつかう補助器具は使わんからのう』
(チッ、使えない精霊)
『のう、子よ。わしにも心があるんじゃぞぉ? 大体のう――』

 後ろでエレメアが煩くしていたものの、リーベは教師をジッと見つめていた。
 本当にただの偶然で、ただの〝魔力の相性〟の問題なのか。

『聞いておるのか!』
(聞いてるよ)
『わしは杖を使わんとて、怪しいとは思ったぞ!』
(事前に止めてくれたことは感謝するよ)
『うむ。子は敵が多いからのう。気をつけるのじゃぞ』
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