魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「剣と精霊の章」

疾走する悪夢2

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 森の中を、リーベが軽やかに駆け巡る。初めてやって来た場所だというのに、的確に木々を避けて、尚且つ獣にも劣らぬ高速で走る。
 エレメアもそれに合わせて、宙を浮き高速でリーベを追う。
 その後ろを高レベルの魔獣が、素早い速度で追従する。魔獣にとってはもはやレベル差など関係なく、ただ喧嘩を売られたから買っているのみ。
 魔獣とはいえ、まさかここまで簡単についてくるとは思いもしなかった。

 そんなことよりも、リーベは先の戦闘について苛立っていた。
 たった二ヶ月程度学んだだけの学生ならば、仕方ないともいえる。それでも考え無しに行動している様が気に入らなかった。

「――ったく、なんなんだあいつら! 入学したてとはいえ、馬鹿すぎる!」
『子とは別の学級ではないかの?』
「別? ……あぁ、なるほど」

 エレメアの言葉で、リーベは簡単に納得した。
 そもそもリーベが所属しているクラスは、学院で最も優秀な生徒が集まるクラスだ。能力的にも学力的にも優秀で、授業内容もそれに伴い、難易度も危険度も増す。
 リーベにとっては予想以下の底辺だったが、人間基準からすれば化け物を生み出していると同義とも言える。

 しかし学院には、そういった生徒ばかりではない。
 勿論、普通に学べるコースも存在するし、もっと言えばリーベのクラスよりもワンランク下のクラスだってある。
 ワンランク下のクラスは、魔術や学術が一般人よりも優れているものの、最優秀クラスに一歩及ばなかったものたちが入る。

 また、名門学院であるストロード学院に、我が子を通わせたい貴族の親は多い。貴族は強くあれと思う親世代は多く、良いクラスを望むことがしばしば。
 とはいえ子供に危険なことをさせたくないという、親ばかな面も存在する。
 そんな子どもたちが入るのが、このクラスである。
 プライドややる気だけが無駄に高く、知識と技術が追いついていない生徒が多い。

「だとしても同じ属性を撃ち込むだなんて、馬鹿か――もしくは同属性でも圧倒的な火力で捻じ伏せられる者しかやらない。僕の敬愛する母上のようにな」
『……ふむ、子の母は馬鹿と?』
「殺すぞ。……まあ、確かに抜けている部分もあるが、そこが愛おしいだろう?」
『ソウジャノォ』
「なんだ、その棒読みは」

 うっとりとした表情でアリスを自慢するリーベを、エレメアは死んだ目で見つめる。
 おそらくこの子供は、アリスが匙を転がしただけでも賛美するのだろうなぁ――などと思いながら。
 そしてそれは、あながち間違っていないのである。

「ギャオオオオ!」
『ぬ、奴が怒っておる』
「そろそろいい感じに離れたかな?」
『ああ、距離は十分ある。決めると良い』
「言われなくて――もッ!」

 リーベは近くにあった木を駆け上った。軽やかな身のこなしで木の上部にまで到達すると、狼の頭部へと狙いをつける。
 心臓を狙うのも考えたが、一番狙いやすく殺しやすいのは頭だ。
 今も高速で動き、リーベを殺そうと突進してくる狼の頭を目掛けて、一気に飛び出す。足場にしていた木がミシミシと揺れた。
 まるで雷撃がぶつかるような激しい速度を保ち、リーベと狼は衝突した。
 狼の攻撃はリーベには当たらず、代わりにリーベの剣が眉間に突き刺さり、獣の脳天を貫いていた。

「……ッラァア!」

 リーベは剣にグッと力を込めると、そのまま剣を頭から背へと押し進める。ただ突き刺しただけでは、死なないと分かっていた。
 瘴気を浴びて魔物化している以上、様々な面で鈍化している。どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらないのだ。
 当然だがリーベは死ぬつもりなどないし、ここで殺される程度であれば、アリスの右腕になんてなれない。
 リーベが力を込めて押したことで、肉がギチギチと音を立てて切り裂かれていく。首のあたりまで思い切り切れば、狼も動きを止めていた。

『雷撃をも上回る速度、脳天をも切り裂く力――か……』
「みんなよりは弱いよ」
『子は人じゃろう。それを加味すれば尋常ではない』

 リーベの中の比較対象は、アリスをはじめとする人ならざるもの。人間と比べるには、はるかな高みだ。
 人では習得し得ない能力や魔術を持ち、耐えられない攻撃も難なく耐え、ありえないステータスを持つ。
 比較対象であり、目指している目標でもある。
 だからこそ、リーベは自身の弱さを痛感している。魔術も使えない弱い人間だと。
 しかしこうして渡り合えているのは、憎くも〝勇者の子〟だからだろう。

「……あの忌まわしい勇者の子だからね」
『そう卑下するな。それだけではあるまい』
「どういうこと?」
『子よ。自身のスキルを知っておるか?』
「〈暴食ブリーミア〉でしょ?」
『いや、それとは違うものじゃ』
「なにそれ?」

 エレメアが宙を撫でると、目の前に本のようなものが浮かぶ。
 そこにはリーベが知っている己のスキル〈暴食ブリーミア〉が書かれていた。これを見て、この本はエレメアがリーベのステータスを可視化してくれたのだとわかった。
 だがそこには、もう一つスキルが記載されていた。リーベの知らないものであった。
 そこには〈剣聖〉という文字と、能力の詳細が書かれていた。
 〈剣聖〉の効果は、全ての剣を達人のように扱えて、剣による攻撃の際に攻撃力が増えるというものだ。

『見よ。子のステータスじゃ。ここには、〈剣聖〉とある』
「……こんなの、母上は何も……」
『そうじゃろうな。これは子が自身の力で手に入れたスキルじゃから、当然魔王は知らぬ』
「僕の……?」
『ラストルグエフの修行は無駄ではなかったというわけじゃ』
「……そっか」

 リーベは狼の血に塗れた剣をぎゅっと握った。
 ずっと、今まで誰かに頼ってばかりで、自分で何も手に入れていない人生だと思っていた。アリスに守られてばかりで、幹部に守られてばかりで。
 知らないことも多く、誰にも追いつけないでいると思っていた。
 この学院に入るのを決めたのも、自分で何かを手に入れたかったからだ。そんなリーベだからこそ、初めて手に入れた〝自分の力〟が嬉しくてたまらない。

 だがここで満足なんて出来ない。もっと高みを目指して、もっと強くならねばならない。

「――よし。さてと。じゃあエレメア、僕を攻撃してくれる?」
『ななっ、なんじゃと!?』
「そろそろこっちにクラスメイトが来るだろうし、楽勝だったと思われたくない」
『そ、そそ、それは分かるんじゃが……』
「が?」
『あとで何か言わぬか?』
「は?」

 エレメアはぶるぶると震えながらそう言った。
 彼女も今までリーベと過ごしていれば、リーベがどんな意図で今の発言をしたのかなんて分かり切っている。
 だがその理解とは別に、エレメアの中には自分を守ろうとする気持ちのほうが、強く芽生えていた。

 リーベには〈暴食ブリーミア〉という強力なスキルが有る。リーベにとってはデメリットでしかないが、魔術中心の攻撃や生活をしている者にとっては、脅威となりえるスキルだ。
 ただ触れるだけで膨大な魔力を奪い取っていくスキルは、エレメアにとっては恐ろしい力。
 成長している現在では、下手をすれば機動力がリーベに劣る可能性がある。逃げ回ったとて指先を触れるだけで、一瞬で魔力を吸い取れるのだ。

 エレメアがリーベへの攻撃を見誤って、機嫌を損ねてしまったら。
 そんな恐ろしいスキルで、魔力を奪われるのではないか――と。

『魔力を枯渇させたり、おやつを抜いたり、小言が増えたりせぬか!? 意地悪せぬかぁ!?』
「僕をなんだと思ってるの……。頼んでるのはこっちなんだけど」
『子がそんなこと頼むなんてないんじゃもん! 絶対裏があるに決まっておるもん!』
「ないよ……。――ほら、声が聞こえてきたよ」

 ガサガサと遠くから、こちらに向かってくる声と音が聞こえる。
 リーベが走り去った方向は誰もが見ていたため、探しに来るのは当たり前だ。向こうも落ち着いた頃合いなのだろう。
 それに、一般人ならばまだしも、ラストルグエフの名前を名乗っている少年が、学院の授業中に襲われて死んだりしたら大事件である。
 それはそれは教師らも必死に探しに来る。

「早くしないと、逆に……」
『あー、もー、わかった!』
「魔獣に攻撃されたっぽくね。切り傷と、雷撃」
『ぜぇ~ったい、何も言うなよ!』

 エレメアは覚悟を決めた。指をくるりと振って魔術を発動する。
 風の魔術がリーベの体を切り裂けば、爪や牙でつけられたような傷が生まれる。
 そして雷撃が何度かリーベを襲った。出来るだけ弱いものを選んだが、あまりに弱いとリーベの耐性だったら打ち消してしまうため、慎重に術を選んだ。
 明らかに魔獣化した狼から受けた傷――のような怪我が生まれると、リーベもホッとした。
 ああ言っていたものの、やることはきちんとやってくれる精霊なのだ。
 目の前で絶望しているのは別として。

『……うう、やってしまったのじゃあ……』
「くっ、演技のためとはいえ、効くなぁ……」
「リーベくん!」
「居た! こっちです!」

 間一髪だった。
 エレメアが魔術を発動し、リーベが攻撃を受けたすぐあとには、同級生や教師が木々を抜けてやってきた。
 もう少し発動が遅ければ、何もない空中から風と光の魔術が繰り出される、異様な光景を見られてしまっていただろう。

「うっそだろ、まじで倒したんだ……」
「魔術が使えないのに……?」
「すっげぇ……」
(あれ、この感じ……)
『子よ、貴様の判断が間違っていたのかもしれんぞ』
(あーあ……)

 この騒動をきっかけに、リーベの名前と評判は学院中に広まることとなった。
 コネで入ったのではないかと疑い、魔術を使えないリーベに対する批判はは多くあるものの、徐々にリーベにつく人間が増えていった。
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