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スピンオフ「剣と精霊の章」
血肉と紅茶
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リーベはいつでも戦えるように剣を構えると、迷いもなくドアを蹴った。教師の部屋だとか、学院の施設であるとかなどは考えなかった。
エレメアに頼めば直せるだろうし、最悪の場合は国に頼めばいいからだ。
中は酷く汚い部屋が広がっている。様々な資料が散らばり、本棚も崩れている。仕事用の机も荒れに荒れていた。
その荒れ具合は、普段から教師が整理整頓を怠っていた――と言うよりかは、何かしらの戦闘が行われたのだろう。
足元に散らばる資料は、教師以外の足跡にも踏み荒らされ、魔術によって破壊された痕跡が残っている。
『ここで戦闘が起きたのは間違いないようじゃ。微かに魔力の反応がある』
「隣にも人がいるでしょ?」
『防音魔術を使用したのじゃろう。とはいえ、それも高度な魔術じゃ。そんな魔術を使える人間が襲ったのならば、ここの教師が死ぬのも分かるわい』
「ふぅん……」
教師も、このストロード学院で教鞭を執っているだけあって、無抵抗のまま殺された訳では無い。遺体には、所々に抵抗したであろう傷跡が見られる。
さんざん抵抗したものの、結局は戦力が向こうの方が上だったようだ。
無惨にも上下に切り裂かれ、死亡してしまった。
リーベに近付くために、関係の無い一般人が死んでしまったのだ。
……もちろん、リーベにはそれに対する罪悪感も何も無い。
『見よ。胴が真っ二つじゃのう。これは気配が微かなわけじゃ。子の担任になったばかりに、可哀想じゃのう』
「そう? どうでもいいかな」
『……』
何かの手掛かりがあればいいが、と二人は部屋を漁り始めた。
しかしながら教師が死亡してから、随分と時間が経過している。使った魔術や、微かに残る魔力から人間は特定できず、〝何か犯人が落としていないか〟と、すがる思いで探している。
大抵であれば、そんなヘマはしない。だが、授業中だというのに教師の振りをせず、あからさまにリーベを攻撃してきたあの愚かな暗殺者のことを考えれば――何かが見つかるかもしれない。
そして、運良く。リーベは不自然な紙切れを見つけた。
「エレメア、見て」
『むっ、依頼書か』
「そうみたい」
依頼書は茶色い液体を被ったのか、一部の色が変わってしまっていた。なにかの手がかりになるのではないか、とリーベは鼻を近づける。
スンスンと香りを確認してみれば、ほのかに残った上品で柔らかな香りが漂う。
「紅茶の匂い?」
『薔薇の匂いじゃろ』
「ん?」
『は?』
エレメアは鼻がいいのか、さほど近付いていなかったものの、リーベと同じタイミングで声を上げる。
しかし、彼女が感じとった匂いと、リーベが感じた匂いが違っていた。
お互いに違う言葉を発すれば、顔を見合せて困惑している。
「い、いやいやいや。まさかね」
『自分の鼻が狂っておるとて、咎めるでない。人であるから仕方な――』
「違う、黙って」
『はい』
リーベはエレメアを黙らせて、もう一度鼻を近づける。
紅茶の匂いが前面に出ていて強かったが、その中に少しだけ薔薇の甘い香りも漂ってくる。ほんの僅かな匂いだったせいで、気付けなかったのだ。
「改めて嗅げば、紅茶の奥に微かに薔薇の香りがする。僕はこれを知ってる――ローズティーだよ」
『ろーずてぃー?』
「母上が地域限定で出してる紅茶の、パルドウィン向けのやつ!」
『なんじゃと!?』
アリスが「好きなものを食べたい」という食欲で始めたカフェ事業は、ここ三年で業務拡大を続けていた。
運良くも軌道に乗り、様々な国で知られるようになってきた。お陰で紅茶や茶菓子は、各国で親しまれている。
そして、事業の認知度なども安定し馴染んできた頃。アリスは地域限定メニューを提案した。
その地域でしか味わえない特産品を利用した菓子や、紅茶のアレンジは瞬く間に広まった。
カフェのファンは新しい限定メニューを試そうと、遠くのアベスカやパルドウィン、ジョルネイダに行き来するようになった。
現在。アリスのカフェ事業は、各国の旅行者や観光客増加に貢献しているのだ。
店舗によっては場所が狭く、販売のみの店も少なくはない。
一方で大きい店となると、ただの飲食スペースだけではなく個室まで完備している場所もある。
紅茶と菓子を食べながら、仕事の話をする者も少なくないのだ。
「僕の母の店で打ち合わせをしていたの?」
『知らぬとはいえ、阿呆すぎではないか……』
「行こう。ローズティーを提供してる店は少ない」
『うむ!』
リーベ達は早退することを教師に伝え、街へとやって来ていた。
昼前の街中は賑わいを見せていたが、その中でもより賑わっていたのは喫茶店を待つ人達だ。長蛇の列が生まれ、今か今かと席が空くのを待っている若者が大量にひしめき合っている。
そう、先にあるのがそれこそアリスの作ったカフェであった。
リーベはその横を通り抜け、店の中へと入ろうとした。だがガシリと肩を掴まれて、店内へ入ることは阻止されてしまう。
不快に思ったリーベが振り向けば、鬼の形相の女が。
「ちょっと、割り込みはやめなさいよ!」
「あー、えっと……」
『やるか?』
(こんなに人のいる前で魔術は……)
別にリーベは、ここに長時間並んでいた女性達のように、カフェでお茶をしに来たわけではない。
素直に説明したところで、この女性が納得するかもわからない。魔術を使って言い聞かせるのが手っ取り早いが、女性の一言のせいで注目が集まっている。
そんな中、幻惑魔術を発動させるほど、エレメアが上手くやれるのかという不安も残る。
何よりも女性の気迫に、少しだけ驚いてしまったリーベがいた。
そこに手を差し伸べたのは、意外な人物だった。
「こら、遅刻ですよ。お客様を待たせないで!」
「!」
「なんだ、従業員か……」
「チッ、早く行けば?」
渋々といった様子で女性達は、リーベを開放した。
助けてくれた女に連れられてそのまま店内に入ると、ほっと胸を撫で下ろす。ただでさえ現在抱えている問題が大きいというのに、またさらに面倒事が増えてしまうかとヒヤヒヤしていた。
リーベは助けてくれた女に向けて、薄く微笑む。
「……ありがとう、ロージー」
「いいえ! ささやかですが、坊っちゃまを助けられて光栄です!」
彼を助けたのは、〝美容部長〟サキュバスのロージーであった。
ロージーはアリスに対して、捉え方によっては図々しいとも取れるプレゼンテーションを行い、長年の夢を叶えたサキュバスだ。
サキュバスだというのに彼女は〝性欲〟よりも〝美容〟を選んだ。
仲間からは「変な子」扱いされているものの、彼女の功績は多大なものである。魔族と人間を繋げる架け橋の一つでも有り、ロージーの立ち上げた化粧品ブランドは超絶な人気を誇る。
ここまではいいとして、リーベは首を傾げる。
ロージーの活動拠点は、アリ=マイアだ。自身の化粧品研究室が魔王城にあることもあって、アリ=マイア大陸から滅多に出ることはない。
販売や商品説明だけでよければ、雇った人間でも出来る。そのためパルドウィンにいることは、珍しいのだ。
「アリ=マイアで働いてるはずでしょ? なんでここに?」
「短期出張ですっ! ローズティーにちなんで、薔薇の香りの化粧品を併売してるんです~♪」
「なるほど……」
「坊っちゃまはどうしてこちらに?」
「あ、そうだった」
ポケットから取り出したのは、あの部屋で発見した依頼書だ。
リーベがロージーにそれを渡すと、物珍しそうに眺めている。他のサキュバスとは違い、人間との性行為の回数が少ない彼女は、人間の使うものについてピンとこないのだろう。
「これ。嗅いでみて」
「ふんふん……。うん、確かにここの紅茶です」
「このカフェって個室もあったよね?」
「はーい!」
「監視魔術を見られる?」
「もちろんですっ」
監視魔術とは、アリスが開発した魔術である。本人曰く「暇だったから作った」そうなのだが、周りの反応は理由に反していた。
まるでアリスを更に崇め称えるような感想が多く、リーベも同様である。
しかしこの魔術はまだまだ調整が必要であり、現在まともに扱えるのはアリスくらいしかいない。
そんな貴重な魔術だが、こんなパルドウィンの街中で展開されているのは、魔導具としてアリスが既に付与したものを使っているからである。
これも本格導入というわけではなく、規模の大きな店舗で試験的に導入しているのだ。
「因みにこちらは何の紙なんですか?」
「母上の暗殺を狙っていたかもしれない男たちの手がかり」
「……」
常に笑顔で気持ちのいい接客を心がけているロージー。そんな彼女の笑顔が、蝋燭の火のようにフッと消えた。
整った美少女の真顔というものは怖い。一瞬だけ、エレメアもリーベもビクリと肩を揺らす。
「あのお優しくて尊くて、最っ高のアリス様に楯突くだなんて、許せない……! ――男性客は多くはありませんから、すぐに終わると思います。お茶でもしながらお待ちください」
「う、うん」
ロージーが手を叩くと、三人がいた事務所にわらわらとスタッフが入ってくる。手慣れた様子で菓子と紅茶を用意すると、そそくさと表へ戻っていった。
用意されていたのはエレメアとリーベの二人分だ。
リーベはソファに座り、エレメアは目を輝かせながら菓子に飛びついた。
それを横目に、ロージーは監視魔術の魔導具を使って、過去の映像を遡っている。
『魔王の部下はみなあんな様なのか?』
「人にもよるけど、大抵そうじゃない? 母上は慈悲深いから、信者を得やすいんだよ」
『ジヒブカイ……?』
リーベの言葉に、エレメアは首を傾げた。
パルドウィンへの対応や、勇者への容赦の無さ。それらを実際に見ていれば、アリスがどれだけ非道で魔王な存在かを知ることが出来る。
その上で〝慈悲深い方〟と言われれば、疑問に思うのも当然だ。
エレメアは力により従っているものの、基本的に〝精霊〟という存在は中立だ。善でもあり悪でもある。
問題は、精霊から受けた〝ギフト〟を、その本人がどう扱うか。
神に等しい存在であり、直接手を下すことはない。手を差し伸べ、力を貸すだけなのだ。
中立のエレメアだからこそ、アリスの〝慈悲深い〟という意味は理解できない。
「エレメアも殺されなかったでしょ」
『うむっ! 慈悲深いのう!』
とはいえ、〝話が通じる〟という点では、アリスは慈悲深いと言えるだろう。
命乞いをすれば、運が良ければ助けてくれる。正義の味方を裏切っても、絶対なる従属化の条件さえ飲み込めば、仲間にしてくれる。
問題は彼女の気分次第なのだが、上手く立ち回れば命を無駄にしなくても済むのだ。
『しかし、張り紙もしてあったのに、こんなところで堂々と取引するのかのう?』
「下手に知識があると、そんな魔術が存在しないことを知ってるんじゃない? 僕達は母上が開発したのを知ってるけど、まだ公表はしてないから。それに言ったところで……」
『まあそうじゃの。高ランク魔術は人間には無意味じゃ。習得不可能じゃし』
カフェの入り口には、〝常に監視してます〟と書かれた張り紙が存在する。これは監視魔術を使っている店舗限定の仕様だ。
カフェ事業はアリスの名前を大々的に出しているものではないため、やっていることに対する誠実さを大切にしている。
この張り紙により、安全度が増しているということもある。そのお陰か、女性や子供も安心して飲食できるのだ。
「坊っちゃま~!」
「終わった?」
「はい! 怪しげな取引をバッチリと写してます!」
「うん。写ってる依頼書も、人も間違いない。日付は……一ヶ月前か……」
『追跡は無理そうかのう……』
「こんな時こそ、あれだよね」
『む?』
エレメアに頼めば直せるだろうし、最悪の場合は国に頼めばいいからだ。
中は酷く汚い部屋が広がっている。様々な資料が散らばり、本棚も崩れている。仕事用の机も荒れに荒れていた。
その荒れ具合は、普段から教師が整理整頓を怠っていた――と言うよりかは、何かしらの戦闘が行われたのだろう。
足元に散らばる資料は、教師以外の足跡にも踏み荒らされ、魔術によって破壊された痕跡が残っている。
『ここで戦闘が起きたのは間違いないようじゃ。微かに魔力の反応がある』
「隣にも人がいるでしょ?」
『防音魔術を使用したのじゃろう。とはいえ、それも高度な魔術じゃ。そんな魔術を使える人間が襲ったのならば、ここの教師が死ぬのも分かるわい』
「ふぅん……」
教師も、このストロード学院で教鞭を執っているだけあって、無抵抗のまま殺された訳では無い。遺体には、所々に抵抗したであろう傷跡が見られる。
さんざん抵抗したものの、結局は戦力が向こうの方が上だったようだ。
無惨にも上下に切り裂かれ、死亡してしまった。
リーベに近付くために、関係の無い一般人が死んでしまったのだ。
……もちろん、リーベにはそれに対する罪悪感も何も無い。
『見よ。胴が真っ二つじゃのう。これは気配が微かなわけじゃ。子の担任になったばかりに、可哀想じゃのう』
「そう? どうでもいいかな」
『……』
何かの手掛かりがあればいいが、と二人は部屋を漁り始めた。
しかしながら教師が死亡してから、随分と時間が経過している。使った魔術や、微かに残る魔力から人間は特定できず、〝何か犯人が落としていないか〟と、すがる思いで探している。
大抵であれば、そんなヘマはしない。だが、授業中だというのに教師の振りをせず、あからさまにリーベを攻撃してきたあの愚かな暗殺者のことを考えれば――何かが見つかるかもしれない。
そして、運良く。リーベは不自然な紙切れを見つけた。
「エレメア、見て」
『むっ、依頼書か』
「そうみたい」
依頼書は茶色い液体を被ったのか、一部の色が変わってしまっていた。なにかの手がかりになるのではないか、とリーベは鼻を近づける。
スンスンと香りを確認してみれば、ほのかに残った上品で柔らかな香りが漂う。
「紅茶の匂い?」
『薔薇の匂いじゃろ』
「ん?」
『は?』
エレメアは鼻がいいのか、さほど近付いていなかったものの、リーベと同じタイミングで声を上げる。
しかし、彼女が感じとった匂いと、リーベが感じた匂いが違っていた。
お互いに違う言葉を発すれば、顔を見合せて困惑している。
「い、いやいやいや。まさかね」
『自分の鼻が狂っておるとて、咎めるでない。人であるから仕方な――』
「違う、黙って」
『はい』
リーベはエレメアを黙らせて、もう一度鼻を近づける。
紅茶の匂いが前面に出ていて強かったが、その中に少しだけ薔薇の甘い香りも漂ってくる。ほんの僅かな匂いだったせいで、気付けなかったのだ。
「改めて嗅げば、紅茶の奥に微かに薔薇の香りがする。僕はこれを知ってる――ローズティーだよ」
『ろーずてぃー?』
「母上が地域限定で出してる紅茶の、パルドウィン向けのやつ!」
『なんじゃと!?』
アリスが「好きなものを食べたい」という食欲で始めたカフェ事業は、ここ三年で業務拡大を続けていた。
運良くも軌道に乗り、様々な国で知られるようになってきた。お陰で紅茶や茶菓子は、各国で親しまれている。
そして、事業の認知度なども安定し馴染んできた頃。アリスは地域限定メニューを提案した。
その地域でしか味わえない特産品を利用した菓子や、紅茶のアレンジは瞬く間に広まった。
カフェのファンは新しい限定メニューを試そうと、遠くのアベスカやパルドウィン、ジョルネイダに行き来するようになった。
現在。アリスのカフェ事業は、各国の旅行者や観光客増加に貢献しているのだ。
店舗によっては場所が狭く、販売のみの店も少なくはない。
一方で大きい店となると、ただの飲食スペースだけではなく個室まで完備している場所もある。
紅茶と菓子を食べながら、仕事の話をする者も少なくないのだ。
「僕の母の店で打ち合わせをしていたの?」
『知らぬとはいえ、阿呆すぎではないか……』
「行こう。ローズティーを提供してる店は少ない」
『うむ!』
リーベ達は早退することを教師に伝え、街へとやって来ていた。
昼前の街中は賑わいを見せていたが、その中でもより賑わっていたのは喫茶店を待つ人達だ。長蛇の列が生まれ、今か今かと席が空くのを待っている若者が大量にひしめき合っている。
そう、先にあるのがそれこそアリスの作ったカフェであった。
リーベはその横を通り抜け、店の中へと入ろうとした。だがガシリと肩を掴まれて、店内へ入ることは阻止されてしまう。
不快に思ったリーベが振り向けば、鬼の形相の女が。
「ちょっと、割り込みはやめなさいよ!」
「あー、えっと……」
『やるか?』
(こんなに人のいる前で魔術は……)
別にリーベは、ここに長時間並んでいた女性達のように、カフェでお茶をしに来たわけではない。
素直に説明したところで、この女性が納得するかもわからない。魔術を使って言い聞かせるのが手っ取り早いが、女性の一言のせいで注目が集まっている。
そんな中、幻惑魔術を発動させるほど、エレメアが上手くやれるのかという不安も残る。
何よりも女性の気迫に、少しだけ驚いてしまったリーベがいた。
そこに手を差し伸べたのは、意外な人物だった。
「こら、遅刻ですよ。お客様を待たせないで!」
「!」
「なんだ、従業員か……」
「チッ、早く行けば?」
渋々といった様子で女性達は、リーベを開放した。
助けてくれた女に連れられてそのまま店内に入ると、ほっと胸を撫で下ろす。ただでさえ現在抱えている問題が大きいというのに、またさらに面倒事が増えてしまうかとヒヤヒヤしていた。
リーベは助けてくれた女に向けて、薄く微笑む。
「……ありがとう、ロージー」
「いいえ! ささやかですが、坊っちゃまを助けられて光栄です!」
彼を助けたのは、〝美容部長〟サキュバスのロージーであった。
ロージーはアリスに対して、捉え方によっては図々しいとも取れるプレゼンテーションを行い、長年の夢を叶えたサキュバスだ。
サキュバスだというのに彼女は〝性欲〟よりも〝美容〟を選んだ。
仲間からは「変な子」扱いされているものの、彼女の功績は多大なものである。魔族と人間を繋げる架け橋の一つでも有り、ロージーの立ち上げた化粧品ブランドは超絶な人気を誇る。
ここまではいいとして、リーベは首を傾げる。
ロージーの活動拠点は、アリ=マイアだ。自身の化粧品研究室が魔王城にあることもあって、アリ=マイア大陸から滅多に出ることはない。
販売や商品説明だけでよければ、雇った人間でも出来る。そのためパルドウィンにいることは、珍しいのだ。
「アリ=マイアで働いてるはずでしょ? なんでここに?」
「短期出張ですっ! ローズティーにちなんで、薔薇の香りの化粧品を併売してるんです~♪」
「なるほど……」
「坊っちゃまはどうしてこちらに?」
「あ、そうだった」
ポケットから取り出したのは、あの部屋で発見した依頼書だ。
リーベがロージーにそれを渡すと、物珍しそうに眺めている。他のサキュバスとは違い、人間との性行為の回数が少ない彼女は、人間の使うものについてピンとこないのだろう。
「これ。嗅いでみて」
「ふんふん……。うん、確かにここの紅茶です」
「このカフェって個室もあったよね?」
「はーい!」
「監視魔術を見られる?」
「もちろんですっ」
監視魔術とは、アリスが開発した魔術である。本人曰く「暇だったから作った」そうなのだが、周りの反応は理由に反していた。
まるでアリスを更に崇め称えるような感想が多く、リーベも同様である。
しかしこの魔術はまだまだ調整が必要であり、現在まともに扱えるのはアリスくらいしかいない。
そんな貴重な魔術だが、こんなパルドウィンの街中で展開されているのは、魔導具としてアリスが既に付与したものを使っているからである。
これも本格導入というわけではなく、規模の大きな店舗で試験的に導入しているのだ。
「因みにこちらは何の紙なんですか?」
「母上の暗殺を狙っていたかもしれない男たちの手がかり」
「……」
常に笑顔で気持ちのいい接客を心がけているロージー。そんな彼女の笑顔が、蝋燭の火のようにフッと消えた。
整った美少女の真顔というものは怖い。一瞬だけ、エレメアもリーベもビクリと肩を揺らす。
「あのお優しくて尊くて、最っ高のアリス様に楯突くだなんて、許せない……! ――男性客は多くはありませんから、すぐに終わると思います。お茶でもしながらお待ちください」
「う、うん」
ロージーが手を叩くと、三人がいた事務所にわらわらとスタッフが入ってくる。手慣れた様子で菓子と紅茶を用意すると、そそくさと表へ戻っていった。
用意されていたのはエレメアとリーベの二人分だ。
リーベはソファに座り、エレメアは目を輝かせながら菓子に飛びついた。
それを横目に、ロージーは監視魔術の魔導具を使って、過去の映像を遡っている。
『魔王の部下はみなあんな様なのか?』
「人にもよるけど、大抵そうじゃない? 母上は慈悲深いから、信者を得やすいんだよ」
『ジヒブカイ……?』
リーベの言葉に、エレメアは首を傾げた。
パルドウィンへの対応や、勇者への容赦の無さ。それらを実際に見ていれば、アリスがどれだけ非道で魔王な存在かを知ることが出来る。
その上で〝慈悲深い方〟と言われれば、疑問に思うのも当然だ。
エレメアは力により従っているものの、基本的に〝精霊〟という存在は中立だ。善でもあり悪でもある。
問題は、精霊から受けた〝ギフト〟を、その本人がどう扱うか。
神に等しい存在であり、直接手を下すことはない。手を差し伸べ、力を貸すだけなのだ。
中立のエレメアだからこそ、アリスの〝慈悲深い〟という意味は理解できない。
「エレメアも殺されなかったでしょ」
『うむっ! 慈悲深いのう!』
とはいえ、〝話が通じる〟という点では、アリスは慈悲深いと言えるだろう。
命乞いをすれば、運が良ければ助けてくれる。正義の味方を裏切っても、絶対なる従属化の条件さえ飲み込めば、仲間にしてくれる。
問題は彼女の気分次第なのだが、上手く立ち回れば命を無駄にしなくても済むのだ。
『しかし、張り紙もしてあったのに、こんなところで堂々と取引するのかのう?』
「下手に知識があると、そんな魔術が存在しないことを知ってるんじゃない? 僕達は母上が開発したのを知ってるけど、まだ公表はしてないから。それに言ったところで……」
『まあそうじゃの。高ランク魔術は人間には無意味じゃ。習得不可能じゃし』
カフェの入り口には、〝常に監視してます〟と書かれた張り紙が存在する。これは監視魔術を使っている店舗限定の仕様だ。
カフェ事業はアリスの名前を大々的に出しているものではないため、やっていることに対する誠実さを大切にしている。
この張り紙により、安全度が増しているということもある。そのお陰か、女性や子供も安心して飲食できるのだ。
「坊っちゃま~!」
「終わった?」
「はい! 怪しげな取引をバッチリと写してます!」
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