魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

文字の大きさ
312 / 339
スピンオフ「デュインズ」

あるはずの無い近道

しおりを挟む
「ユージーン!」
「んがっ!?」
「起きてください! 凄いものを見つけました!」
「な、なんだ!?」

 ロッティは普段ならば考えられぬほどの興奮気味で、熟睡していたユージーンを叩き起こした。あのユージーンですら驚いてしまうほど、その姿は意外だ。
 ユージーンは驚愕のあまり飛び起きて、素直にロッティのあとについていく。

 連れて行かれた先には、祠があった。それ以前に、祠の前にはあり得ないものが存在していた。
 来たときにはなかったはずの、門があるのだ。
 非常に作り込まれた上質な門は、たった一晩で生成できるものではない。どことなく禍々しさも帯びているそれは、〝良いもの〟とは言い難い。

「ネルが仕掛けを見つけまして、起動したらこれが……」
「これは転移の門です」
「なんだと!?」
「彼が先に入ったところ、最高階層に繋がっていたそうです」
「な、なんということだ……!」
「……向かいますか?」
「愚問だな! 当然だろう!」
「ですよね……」

 聞いた自分が馬鹿だった、とロッティは頭を悩ます。なんとしても結果を出したいユージーンならば、二つ返事で「行く」というのは目に見えていた。
 ダンジョンは階層が増えるごとに、敵のレベルも強くなっていく。最高階層ともなれば、待ち構えているのはこのダンジョンを支配しているボスだ。
 〝以前〟のロッティであれば、最高階層に向かおうとするユージーンを、なんとしてでも止めただろう。
 呆れる程度で済んでいるのは、やはり例の人物との〝契約〟が存在するからなのか。

「しかし、奴はよく戻ってこれたな」
「けっ、気配遮断スキルがあるみたいですよ!?」
「ほう? よく分からんが……まあいい! 行くぞ!」

 しっかりと眠って元気たっぷりのユージーンは、意気揚々と門をくぐる。どんな危険があるかなんて知りもしないのに。
 彼の中では危険よりも、最高階層に到達したという名誉を得る未来だけしかない。

 門の奥は薄暗く、ぼんやりと蝋燭の光が階層内を照らしていた。薄い明かりの中で見えるのは、少し劣化した祭壇。
 そしてその前には、巨大な鬼のような化け物が眠っている。数メートル、十数メートルあるであろう巨体は、地鳴りにも近い大きないびきをかいて寝ていた。
 微かに見えるのは鎖に繋がれている足だ。このダンジョンに拘束するためのものだ。それは人間から与えられたものではなく、魔王によるもの。
 ダンジョンのボスであろうとも、魔王の支配を受けているのだ。

「あ、あれは起こしたら駄目なやつよね……」
「探索するにしても、静かが、いちばん」
「わ、わかっている……!」

 ひそひそと声を荒らげないように、小さな声で会話をする。ステータスを閲覧できなくとも、最終階層のボスなんて歯が立たないのは分かり切っていることだ。
 出来るだけ音を抑えて、この階層の調査に徹する。
 ボスを避けるために大回りで階層内を歩く。祭壇も劣化していることから、道もよくはない。石畳は亀裂を生じていたり、段差があったりと歩くのが困難な場所もある。
 薄暗い中、足元に注意を配りながら、五人はそっと歩く――のだが。
 べちゃり、とユージーンが石畳の段差に躓き、顔面から倒れてしまったのだ。

「ギャッ! くそっ、何でこんなに道が悪いんだ! 祭壇があるならば整えておけ!」
「ちょっ、ばか!」
「はあ……」

 怯えながらゆっくりと視線を向ける。ロッティの目には祭壇が映り、戦闘態勢のボスはいなかった。
 〝何もいない〟ことで、ロッティは一先ず安心する。

「よかった~、いない……」
「いないだと!?」
「さっき、寝てた。いない、おかしい」
「……あ」

 しっかり者のロッティでも、未踏の地である最上階層であるならば冷静さを欠くのも仕方のないこと。
 〝居たはずのもの〟が〝いなくなって〟ホッとするなんて、いつもならばありえない。
 安心しきっていたロッティは、ネルに注意されて顔面蒼白になる。

『――騒がしいのう!』

 ロッティが何か行動を起こす前に、その声は響いた。
 階層全体がビリビリと震え、立っているのが困難なほど。実際にユージーンは揺れる足元で立ち続けていることが出来ず、尻もちをついてしまっている。
 ネルはなんとか保っているが、後方支援タイプのロッティは足腰が強いとは言えないため、座り込んでしまっている。
 もっとも、ロッティは恐怖から足がすくんでしまったこともある。

 巨大な鬼はいつの間にか棍棒を手にしており、得意げに振り回している。
 ブオンブオンと風を斬る音が、その棍棒の大きさを良く伝えてくる。

「ひ、ひぃぃいぃ!」
「くっ……!」
『気持ちのいい眠りだったというのに! だが人間を見るのは初めてだ! 褒めてやろう! どれ、挨拶代わりだ!』

 興奮も相まって、容赦なく武器を振り下ろした。巨体で大きな武器を振り回しているというのに、その速度は対応できるものではなかった。
 ロッティはギュッと目を瞑り、死を待った。ユージーンは汚く泣き叫ぶ。

「ぎゃああああ!」
「ああ……こんなとこで、馬鹿と死ぬなんて……」
「……きっと、大丈夫」
「ネル……?」

 ネルが言うとの同時に金属同士が激しくぶつかり合うような音がして、ロッティは恐る恐る上を見た。
 振りかぶっていたはずのボスはよろめき、攻撃は弾かれ防がれている。

「……え!?」
「はじかれた」
「なんだと!?」
『なっ……!? 儂の攻撃を防いだだと!?』

 上空から、黒い影が落ちる。タンタンッと天井や壁を蹴ったそれは、最終的にアリスの目の前に着地した。
 着地したことで、アリスとリーベ以外のメンバーはやっとその存在を視認できた。
 漆黒に統一された――フリルのあしらわれたワンピースのような衣装に、視界の悪そうな髪型。十代半ばくらいの少女は、アリスの足元に跪いている。

「アリス様。勝手に手を出してしまったことを、お詫び申し上げます。大変申し訳ありません」
「んーん、いるのは分かってたよ」
「えっ、そうなのですか。母上」
「最初の探知で引っ掛かってね。だから〈転移門〉で逃げたんだけど、まぁベルの機動力なら関係ないもんね」
「はい。エンプティより命令を受け、密かに監視しておりました。異世界であることから、絶対にアリス様に危険が及ばぬようにしろ――と」

 アリスが敗北しないのは誰もが知っていること。だがそれでもなお、エンプティはまだ心配してくれる。
 ここまで来るとなんだか健気で可愛らしく感じてしまう。――もっとも、アリスにとって〝子供達〟はみんな可愛いものなのだが。

「でもまぁ、あの子は本当に心配性だね」
「エンプティだけではありません。私がこの仕事を受けたのも、アリス様を案じてのことです。ハインツも誰もが心配しておりますよ」
『おい! 貴様たち! 一体何の話をしておるのだ! どうやって儂の攻撃を防いだ!?』
「あぁ、またせてたね。リーベ、男の対処を任せていい? 必要とあらば殺害も許可するから」
「お任せ下さい、母上」
「なるべくすぐ終わらせるよ」

 アリスとリーベはそれぞれ分かれて、自身の仕事に向き合う。アリスは情報収集、リーベはパーティーの処理だ。
 鬼は真面目なのか、律儀にアリスを待っていた。変身前のヒーローを攻撃しない子供番組の敵のようなものかと思ったが、純粋に自身の力が少女に負けるはずがないと信じて疑わないだけだろう。
 ダンジョンのボスであればアリスの正体にも気付きそうなものだが、勇者ですらその変身に気付け無いほどアリスの変化は巧妙なものだ。

「さて、お待たせ~」
『ふざけているのか、貴様!』
「大真面目だよ。――ちなみに、魔王がここを監視してるってことは、ある?」
『ここは最も人の街に近い塔であり、ダンジョンでも弱い方だ。いつでも切り捨てられる場所。…………監視する術は限られておるし、監視などしておらん』
「そう、良かった」

 アリスは楽しそうに笑うと、力を込めた。
 アリスの周囲は禍々しい瘴気で包まれ、全身が見えなくなるほどそれらは彼女を覆った。
 瘴気に共鳴しているのか、地鳴りが響き渡り周囲が少しだけ崩れる。
 アリスを包み込んでいたものは、一気に晴れた。霧散していく瘴気のなか現れたのは、金髪碧眼の町娘ではなく、いつもの魔王アリスだった。

『な、なんだ、これは……! この未知なる力は一体……!?』
「私は魔王。アリス・ヴェル・トレラント。少しばかり話をしよう」
『魔王、だと……!? そんな、有り得るはずがない! あの御方以外の存在など……!』
「私はここの世界の魔王ではない。だが、いずれここの世界の魔王になる者だ。今の魔王を殺して、その椅子に座る」
『な、なんと不敬な……!』

 口では嫌悪を表しているものの、最初のように襲いかかる様子もない。アリスが正体を見せたことで、その実力を実感したのだろう。
 具体的な数値までは見抜けないが、本能で〝戦ってはならない〟と判断したのだ。

「さて、聞きたいことがあるんだ」
『……情報ならば売らん。これでも――見捨てられていようと、あの方についていくと決めた。殺すなら殺せ』
「このダンジョンの仕組みもか? 何故ボスを殺さないと、下層の魔物が復活する?」
『……なに?』
「私の世界では別の者を再配置か、蘇生させなければならない。勝手に復活してくれるならば、それに越したことはない」

 鬼はアリスからの言葉を受けて、文化の違いに驚かされた。
――デュインズの魔王は忙しい。だから何度もこのダンジョンの様子を確認することなんてしない。だからこそボスが耐えれば復活できる魔術が、ここで役に立っているのだ。
 アリスの話を聞いた限りでは、彼女が頻繁に部下の様子を見ているように聞こえて驚いている。
 これはアリスが元人間ゆえのことなのだが、そんなこと鬼が知る由もない。

『〈輪廻の唄〉を知らぬのか?』
「なにそれ?」
『最高位魔術だ。どちらかと言うと呪いに近い』
「へー! 便利そう! やって見せて!」
『ダンジョンに付与されたのは魔王様だ。儂には使えん』
「ちぇーっ、じゃあいいや」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...