魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「デュインズ」

運命の手紙

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 輪舞曲ロンドと解散してから、はや数日が経過していた。
 ユージーンからの報告がない以上、アリスたちも今日はギルドでお使いのような仕事を受ける。
 ランクが上がっていない限り仕方ないことなのだが、それでも飽きてくるものは飽きる。低ランクでも受注できるのは、薬草採取に荷物持ちなど、ちょっと腕っぷしのある相手に頼むような仕事ばかりだ。
 〝ちょっと〟などではないアリス達にしてみれば、退屈極まりない。

「やっぱり、そう簡単にはいかないよねぇ」
「そろそろこき使われる依頼以外を受けたいものですね」
「アリス様と坊ちゃまの宝の持ち腐れですなぁ」

 いつものようにギルドの入り口をくぐり抜けると、普段は温厚なギルド受付スタッフが、目をギラつかせて駆け寄ってくる。
 獲物を発見した肉食獣よろしく近づくその姿に、アリスは少しだけ気圧された。
 スタッフはアリスの目の前に辿り着くと、鼻息を荒くした。

「お待ちしておりました!」
「ん、んん?」
「フィッツクラレンツ様から伝言を預かっております!」
「……ふぃ……?」
「姉上、ユージーンです」
「ああ!」

 そんな仰々しい名前の知り合いなんていただろうか、と思考を巡らせていたが、隣からリーベが指摘する。
 伯爵家からの言伝があるのであれば、受付が興奮してしまうのも頷ける。
 ユージーン自体はどうであれ、フィッツクラレンツ伯爵家はギルドと多くのやり取りがある。
 それに一度、ユージーンを〝迷子〟にさせかけたこともある。あれはユージーン自身の失態とはいえ、フィッツクラレンツの人間がどう思うかは別だ。

 そんなこととは別に、アリスはユージーンのことを金と世間に融通が効く青年としか思っておらず、彼の名前なんて興味がなかったのである。

「用意ができました、とのことです。こっ、こちらをお渡ししてほしいと……!」
「これは……」

 受付から手渡されたのは、シーリングスタンプの押された手紙だった。知っている人間が見れば、そのスタンプもどこのものかはわかるのだろう。
 だがアリスは知識もない。分かるとするならば、封筒が上質なものであるということくらいだ。

「どうもありがとう」
「いいえ。会議室を使われますか?」
「えっ? うーん。ならぜひ」
「そちらの通路に御座います!」
「ありがとうございます」

 この受付スタッフも差出人を見ずとも重要な手紙であることが分かっているのだろう。
 変な場所で開封されていざこざになるよりかは、ギルドの会議室のほうが安全だと考えた。
 アリスが亜空間スキルを持っているとは言い出しにくい上に下手に断るわけにもいかず、そのまま甘えることにした。

 通路を経て空いている会議室へと入る。特に変哲もないただの部屋だ。
 会議室というだけあって、テーブルと数名分の椅子が用意されている。壁には地図やどこかのチームの剥がし忘れた作戦メモが貼られていた。
 荒っぽい冒険者が利用する場所であるせいか、あまり綺麗とはいえない。

 アリスはベルとリーベが入室し、部屋の扉を閉じたのを確認すると、壁をトントンと叩く。
 簡素な防音魔術と、透視などを阻害する魔術を付与した。下っ端のアリス達の動きを怪しむ人はいないだろうが、受け取った手紙に価値を見出す目ざとい冒険者もいるはずだ。
 アリスは少しだけ埃っぽい椅子へドカリと座る。
 封筒の端を爪でなぞると、よく研がれたハサミのようにスパリと切れた。
 中から出てきたのは封筒同様に質のいい便箋だ。
 文章は貴族向けの簡単な挨拶から始まり、会うことが可能とされる日付が二日ほど書き連ねられている。
 一時間程度であれば時間を作れる、という言葉もあった。
 フィッツクラレンツ伯爵家と聞いて、予定を無理にでも入れられるようにしたのだろう。

「早くて――明日か。いいね。けど、ユージーンも連れていかないと通して貰えないよね」
「このままフィッツクラレンツ家へ向かいましょう。受付で住所を聞いてきます」
「私はベルと外にいるね」


 リーベは受付へ、アリスとベルはギルドから外へと出た。ギルドの中も外も、相変わらず冒険者で賑わっている。
 あとはリーベが戻るのを待つだけ――だったのだが。

「おい……!」
「ん?」
「てめぇ、このアマ! やっと見つけたぞ!」
「うん?」

 行き交う冒険者らをぼんやりと眺めていれば、ある集団から声をかけられた。アリス達は冒険者歴も浅ければ、知り合いという知り合いもいない。
 それこそユージーン達くらいだろう。
 暇な時間は最低ランクの仕事をやったり、観光しているほどである。ここまで睨みつけられて、殺意を放たれるような知り合いはいない。
 アリスは記憶の中で、男の顔を探し始める。重要人物であれば忘れないようにはしているものの、興味がなければすぐに記憶から消し去ってしまう。
 しかし流石に直近数日の記憶は、かろうじて残っていた。
 男達ははじめに喧嘩をふっかけてきた者たちであった。

「その節はどうも~」
「ふざけんじゃねぇ……!」

 男はわなわなと肩を震わせて、怒りを抑えきれないでいる。
 それもそうだろう。ギルドには大量の人間がいる。その前で大恥をかかされたうえに、介抱されぬまま放置されたのだ。
 アリス達はそのまま立ち去ったので分からないが、誰かが介抱してくれたのか。それとも自然と目が覚めるまで放置されていたのか。
 どちらにせよ、彼らにとって屈辱的だったのは間違いない。

(せっかくだしちょっと遊んでやるか)
『手出しは不要ですね?』
『許可するまで要らないよ』
「お前達には先輩からの教育が必要だからなぁ?」

 男がそう言うと、男の仲間がアリスとベルを取り囲んだ。逃がすつもりはないらしく、逃げようものならばその場で〝教育〟をするのだろう。
 ベルもアリスも、大勢の男に逃げ場を塞がれているが、いつも通り。平静である。
 その気になれば逃げられる二人などと知らない男は、首で「こちらへ来い」とアリス達を誘導した。
 アリスも暇つぶしのため、その合図に乗ってやる。

 一行はギルドの表を出て、人通りのない裏路地へと連れてこさせられた。薄暗く汚れたその場所では、誰かが殴られようが死のうが関係ないだろう。

「で、なんですかあ?」
「……」

 アリスがわざとらしく問えば、男は間髪入れずに攻撃を仕掛けた。ビュオッと風を切る音がして、アリスの顔面に重い拳がヒットする。
 一発だけでは飽き足らず、男は二発、三発と次々に拳を繰り出した。
 そしてそれだけでは満足出来なかったのか、懐からナイフを取り出して繰り返し腹部を滅多刺しにする。
 もはや教育などではなく、それは個人的な恨みを晴らすための殺人行為だ。
 息が上がり始めた男は、それと同時に満足してきたのだろう。数歩引き下がって、死亡しているであろう女冒険者を見やる。

「へっ、ざまあみ――ろ?」
「終わり?」
「なんだ……!?」

 当たり前だがアリスが人間からの打撃やナイフ攻撃で死ぬはずがない。
 傷はみるみるうちに修復され、穴が空いていた衣服もじわじわと塞がっていく。
 こんな物を見せられては、流石のプライドの高い男も分かってしまう。目の前にいる女は、人間ではないことに。
 男は恐怖のあまり、持っていたナイフを落としてしまった。カランと乾いた音がして、裏路地にその音が響いた。
 反響音で男達は更に震え上がり、自分達が化け物を人気のない場所へと連れてきてしまったことに気付く。
 今この時点で、どちらが〝死〟に近いのか。それを一瞬で把握した。

「ば、化け物……!」
「逃げましょう!」
「うわあああ!」
「――ベル」
「はい」

 ベルはアリスの一言で、逃げゆく男達の前方へと先回りした。
 男達も必死に走っていたはずだが、それを遥かに上回る速度で前に出たのだ。人間ならざるスピードを目の当たりにした男達は、更に恐怖に染まる。

「ひぃ!?」
「我が主人が遊んでらっしゃるんだよ? 逃げるなんてつまんないこと、しないでよ」
「……あ、遊んで……?」
「なあ、〝人間〟」

 アリスは自身の顔に手を置いた。するとそこから次第に、アリスの姿が変化していく。人間の女の冒険者であった姿から、泥のようにただれた姿をした化け物へと変わっていった。
 数メートルほど体のサイズは膨れ上がり、ビチャビチャドロドロと体からよくわからない液体が滴る。
 幻影魔術で適当なモヤを生成すれば、おどろおどろしい雰囲気はばっちりだ。

「ヒッ!?」
「私を楽しませる自信はあるのかぁあぁ!?」
「ぎゃあああ!!!」
「うわああああ!!!」

 大の大人が涙を流し、鼻水を垂らしながら逃げる。叫びながら逃走し、時々転ぶ姿は滑稽である。
 男達が完全に裏路地から消え去ると、アリスは瞬時に姿を戻した。
 その顔は非常に上機嫌で、子供のように笑っている。

「わははは、ホラー映画みたいに転ぶ人いるんだ」
「ほら……?」
「なんでもなーい。表に戻ろう。リーベが待ってる」
「はーい」


 表通りで待機していたリーベを回収し、アリス達はフィッツクラレンツ伯爵家へと訪れていた。
 フィッツクラレンツ家は領地も持つ、それなりの名家だ。大きな本邸に、街――ほどはいかないが村程度の領地。
 ユージーンのわがままを通せるくらいの裕福さがある。

 アリスは屋敷の近くまでやってくると、玄関には行かず近くの茂みの中へと入った。二人にも待機するよう命令すると、すぐに探知を開始する。
 わざわざ玄関から入るのもいいが、パーティーメンバーでもないアリスとユージーンの接点を疑われても困る。
 ただの伝言程度であれば、場所を特定して侵入すればいいだけだ。

 探知の結果、ユージーンは部屋で本を読んでいる最中だった。おそらく自室だろう。
 こうして黙っていれば伯爵令息だとわかるのだが、どうにも性格が残念極まりないのである。

「ここで待ってて。伝えてくる」
「はい」
「いってらっしゃいませ~!」

 アリスは透明化をすると、屋敷へと走り出した。
 鍵があろうがなかろうが、アリスの前では無意味である。霊体のように壁をすり抜けて、目的の部屋まで急いでいく。
 屋敷が大きくとも、壁などが意味をなさないアリスにとってはすぐにたどり着ける。
 再度探知を行って、室内にユージーン以外の何かがいないことを確認する。部屋に入って透明化を解除すれば、ユージーンが驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

「うぎゃぁ――んぐっ」
「静かに。私だよ」
「むぐぐ……」

 ユージーンが驚いて叫ぶことは想定済みだ。魔術で口を封じると更に怯えてしまうため、優しく手で口を覆ってやる。
 諭すように教えてやれば、ユージーンも首を縦に必死に振って理解を示した。
 アリスは首肯を受けて、そっと手を離す。

「な、なんの用でしょうか……」
「賢者の件。直近で明日が空いているらしいから、一緒に来なさいな」
「な、なぜ僕まで!?」
「そら、君名義なんだから、君がいないと分からないでしょうに」
「……た、たしかに」
「朝、また迎えに来るから」
「は、はい……」
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