魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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前編 第五章「完全なる支配」

招かれざる客

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 その日、魔王城にいるアリスのもとに、ひとつの通信が流れ込んできた。特段なにか仕事も行っていることもないため、間髪入れずにそれを取る。通信魔術を送ってきた主は、イルクナーに駐在しているシスター・ユータリスからであった。

『アリス様。急ぎ、お知らせしたい話が御座います』
「どした~?」
『勇者が、やって参りました』
「……何?」

 いつものように軽い声色で受け取ったアリスだったが、その報告を聞いてすぐに切り替えた。
 あまりにもタイミングが早すぎる。ユリアナを手に入れてから、まだそこまで経過していなかった。流石に欲ばかりを優先し、大きく動きすぎて、勘付かれたのではないかとアリスは冷や汗が流れた。
 ユータリスの言葉が続くと、アリスはそれを黙って聞いている。もしも戦争に持ち込むようならば、今すぐにでも兵を召集し、用意を整えねばならないからだ。

『話によりますと、魔王に動きがあったと推測しているらしく、現地の調査に来たようです』
「……そう、私の存在はまだ気付かれてないんだね」

 それだけ聞けば少しホッとする。目的は戦争ではないことに、安心したのだ。
 とはいえ、アベスカや魔王城へとやってくることは変わらない。
 今のアリ=マイアはアリスによって改造がなされているし、オベールとイルクナーに至っては戦いの跡が色濃く残っている。それに違和感を覚えないほど、彼らは馬鹿ではない。より一層、魔王に対しての疑問を強めることだろうし、新たな驚異への確信を増やしていくはずだ。
 彼らの知識の中にアリス・ヴェル・トレラントが存在しない以上、ヴァルデマルの仕業だと考えるだろう。
魔王との戦いが起こってから、随分と経過している。
 あの傲慢で残虐な魔王のことだ。きっと監視がなくなったことで、また派手に動きだしたのでは――と。
 アリスとしてはそのまま勘違いしていてほしいのだが、なにぶん、ヴァルデマルの拠点とアリスの拠点が同じであるがゆえに、少々困ったことになる。
 魔王を調査するということは、魔王城へ足を運ぶのだから。

 もっと言えるのは魔王城よりも前、アベスカに来られてしまえば余計に困るということ。現在のアベスカは、魔族も人間も一緒に生活している。それを見た勇者たちが何を思うか。
 もちろん、急いで司令を出して、急いで隠れさせれば最悪は逃れられる。今イルクナーに到着したということは、そのくらいの余裕があるということだ。
 勇者たちが人間である限り、アベスカへと到達するには時間が必要だからだ。たった数秒で他国へ到着できるアリスとは違う。

『現在、イルクナーを出て、平原で野宿をしているとの報告を受けました』
「まぁ、あの子達の足なら、さほどかからないかな。ありがとう。こっちも対策を練るよ」

 アリスはそう言って、ユータリスとの通信を切った。
 はぁ、と盛大な溜め息をついて、頭を抱える。いずれこうなるのは分かっていた。それでも、それすらも、アリスの方で管理したかった。
 それが出来なかったのは、まだまだ己が未熟であって、元々人間であるということなのだ。
 アリスはブンブンと頭を振って、「虫や動物の管理ができないのと同じ」と呟いた。ベルやエンプティ的な思考だったが、そう思い込まねばやっていけない。

「まだ。まだだ……」

 アリスとしては、まだ戦うタイミングじゃなかった。というよりは、たった数名程度の人数で、己と対峙してほしくなかった。絶対にアリスを殺すという強い意志を持ち、大軍を率いて挑んでほしかった。魔王との戦争というのは、そういうものだ。
 そして、アリスはそれを小枝のように折る。心も、命も、全て。アリスに挑んだことを後悔させるように、彼女は全力を尽くす。――だから、今回の偵察程度の人員では、自分と戦うのは不相応だと判断していた。
 一度は国へ帰って、態勢を整えて、またいらっしゃい。そんな気持ちで送り返すのだ。

 アリスは〈転移門〉を開いた。見慣れた景色、アベスカ――パラケルススの書斎直通の〈転移門〉であった。門の奥にはパラケルススが見えていて、国の書類を処理している最中だった。
 パラケルススは書類を置いてアリスの方へと視線を移す。椅子から立ち上がり、彼女を迎え入れた。

「おや、アリス様。深夜にどうされました」
「夜にごめんね、パラケルスス。勇者たちが来た」
「……なんと。では……」
「いや、まだだ。帰ってもらう」

 ニコリと微笑むと、パラケルススはこれ以上聞かずとも分かった。彼女の中には理想があると理解した。
 望む地、望むシチュエーション。彼女の考える、勇者の死。それらを成り立たせるには、今やって来た勇者では足りないのだ。
 それにアリスがこうと決めたら曲げないし、パラケルススも否定もしない。アリスに危険が及ばぬ限り、それをやめさせる理由にもならない。

「では、国にいる亜人達には……」
「そのままでいいよ。私がアベスカに来る前に、帰らせるから」
「ほう……?」
「それでもこれから戦いが起きるであろうこと、伝えておいて。必要ならば何か戦争に耐えうる施設を作っておいて。エンプティに頼んで、〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉の中に入れてもらうのでもいい」
「あの女が許可をしますか?」

 アリスはパラケルススの質問に、目を丸くした。まさか、そんな問いが出てくるだなんて。
 エンプティに並ぶくらいアリスを崇拝しているとも言える、パラケルスス。そんな彼だから、アリスの発言も理解していると思っていた。

「分かっていないな、パラケルスス。エンプティにそんな権限はない。というより、アベスカは私のものと宣言した。それを守らないのは……」
「そうですな。愚問でしたぞ」

 アリスの所有物である土地と生き物を、保護しない行為。例えそれが脆弱で愚かなヒトだとしても――アリスの物を守らないという幹部がいるならば、それは考えを改めさせねばならない。
 何度も言うが、アリスの物なのだ。それを守らずして、幹部を名乗る理由などない。

「エキドナ」
『はい……アリス様、アリス様……』

 次に通信を行ったのは、魔王城に常駐し、防衛を行っているエキドナだ。エキドナは待機時間などなく、すぐにその連絡を取る。
 申し訳無さそうな声が、アリスへと聞こえてきた。

「急ぎ、アベスカへ来てくれる? パラケルススと一緒に、街を守って」
『畏まりました……。あの……城は……』
「ヨナーシュ達が何とかするでしょ」
『そうでございますね……』

 もはや城に攻め入るのは、人間以外考えられない。大森林に存在していた魔物や魔族達は、全てがアリスの配下へとなった。
 それに逆らうものは殺し、命が惜しいものは軍に入る。
 中には「戦争に参加したくない」と断る種族もあった。そういった場合は、アリスの前に立ちはだかり、人間側につかない場合は見逃した。――もちろん、監視はつけている。いつ、どんな風に裏切るか分からないからだ。
 そんなわけで、幹部最硬を誇る防御枠のエキドナがおらずとも、城を守れるというわけだ。

「私は森で、ハインツとディオンを連れて――待つ。戦闘はせず、〈転移門〉で送り返す。準備を経て、再び戦いに来るはずだ」
「……そこが――本命の戦い、ですな?」

 パラケルススが嬉しそうに尋ねる。アリスはそれに対して、不敵に微笑んだ。言葉では言わなかったが、イエスという意味だった。
 このまま勇者達が探索を続ければ、アリス達の存在が明るみに出るのは時間の問題。もしも発見されれば、すぐに戦闘へと移行するだろう。
 アリスに比べてポンポンと使用できる転移魔術もない彼らは、そうする他ない。アベスカの内陸まで来てしまえば、戻っている暇なんてないのだ。

「私が出掛けている間にリーレイ以外の、外に出ている面々を魔王城へ戻るよう、連絡しておいて」
「お任せくだされ」
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