魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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後編 第三章「荒れる砂漠」

VIP

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 翌日。
 アリスたちは闘技場にやって来ていた。
 闘技場は既に賑わいを見せていて、観戦席はざわめき合っている。
 グレゴワールも、もとからトーナメントを見る予定だったようで、アリスとともに向かうことになった。
 彼の予約していた席はいわゆるVIP席であり、本来であれば数名で観戦が出来る席だ。グレゴワールは一人で使うつもりだったようだが。

「おお、凄いな」
「そんなことより、ご主人様っ! お綺麗です~っ」

 キラキラと目を輝かせて、茜がそう賛美するアリスは、いつもの旅装束ではなかった。
 VIP席は特に金のある富裕層しか入れないため、見た目には厳しい。そのためグレゴワールがわざわざ、アリスたちへ衣装を用意したのだ。
 アリスは薄いブルーのシンプルなドレスを纏っている。茜は動きやすさを優先した、ブラウンのパンツスタイルのドレスだ。
 ヨナーシュとフィリベルトも同様で、グレゴワールに衣装を用意してもらい、本日はそれを着用している。
 常に上半身裸で過ごしているフィリベルトは、少々不服そうだが、アリスがいる手前きちんと服を着ているようだ。

「ありがと」
「うふふっ♡」
「あっ、た、その、アリス様も賭けられるのですか?」

 グレゴワールが尋ねる。
 このトーナメントには賭け要素も入っており、安全圏で見ている観客たちは、生きるか死ぬかの戦いに金を賭けることが出来るのだ。
 もちろん、グレゴワールも例に漏れず賭けをする。
 この後賭け金を回収しに来るスタッフがいるため、彼はそう聞いたのだろう。
 なんとも悪趣味な娯楽ではあるものの、今回はアリスも試合を楽しみに来たわけではない。
 勇者の実力を確認しにきただけなのだ。

「見に来ただけだ」
「さ、さようで!」
「アリス様。俺、賭けてもいっすか?」
「あ、でしたら私も。滅多にない機会ですからね」

 ヨナーシュとフィリベルトが手を挙げる。茜はあまり興味がないのか、何も反応はない。
 今回アリスは賭け事はしないが、部下たちにもそれを強要するわけではない。彼らがやりたいのならば、それを拒絶することなどない。
 もっとも、勇者を〝見る〟のは彼女だけでも十分に足りるからだ。
 とはいえ、彼らに破産してもらうのは困るので、そこは注意を促す。

「いいよー。ライニールのお小遣いの中でやりくりしてね」
「はい」
「うっす!」

 三人がグレゴワールとワイワイ賭けているなか、アリスは一人でその輪から抜け出した。
 完全に楽しむ気でいる三名とは裏腹に、アリスは単独で勇者の調査を行うつもりだった。
 元々はヨナーシュとともに審議するつもりだったが、この場所に来てから気が変わった。というより、変わらざるを得なかったと言った方がいい。
 それは観戦席の立地に起因していた。
 闘技場が、あまりにも遠いのである。

「〈スライム生成〉」
「え?」

 スキルを唱えると、アリスと同じ姿のスライムが生まれる。
 もちろんこちらのスライムも、旅装束ではなく可憐なドレスを纏っている。寸分違わぬクローンのようなスライムが生まれると、その場に居た誰もが驚いている。
 グレゴワールに関しては、見たこともない能力に驚いていた。
 そして三人は、「なぜこの場で身代わりを?」と疑問に思っていた。

「じゃ。私は下に行くから」
「は!?」
「あぁ……。いってらっしゃいませ……」
「いやー! ご主人様ぁああ、行かないでぇ!!」

 アリスが吐き捨てるように言い残して、透明化する。
 その時点で、三人は全てを察した。アリスは透明化を利用して、控室などを見て回るつもりなのだ。
 音もなく消え去り、残ったのは影武者たるスライムだけ。
 アリスのやろうとしていることを理解した三人とは別に、グレゴワールの理解は置いていかれているままだ。

「ど、どういうことだ……!?」
「貴方の用意した席は素晴らしいですが、少々距離がありますね。我が主はもっと傍で見たいようなのです」
「ハ、ハハハハ……」

 ヨナーシュの説明で、なんとか分かったグレゴワール。
 頭で理解しても、心は追いついていなかった。透明化して魔獣のいる場所に行こうとする強者のことなど、分かるはずもないのだから。

 ◆

 アリスは観戦席から抜け出ると、闘技場に降り立った。
 まだ一戦も行われていないが、過去に幾度もトーナメントを重ねたことにより、酷く汚れている。
 試合後に片付けは入るであろうが、細かく見れば骨だのなんだのが転がっているのだ。

 砂埃の舞う闘技場を、キョロキョロと見渡してみる。
 闘技場は大きく分けて二段になっている。
 比較的金額の安い通常席と、高額でなおかつもてなしも受けられるVIP席。通常席は闘技場との距離が近く、観戦では迫力があるだろう。
 しかし席を守る魔術の保護は完璧とはいえないので、多少のリスクは有る。
 それに変わってVIP席は安全だ。しかし少々遠いというデメリットもある。

(うん。やっぱりあの場所からは遠いよ。自慢するにはいい席かもしれないけどね……)

 勇者について詳しく知りたいアリスにとっては、米粒サイズに近い観戦では満足しないのだ。
 周りを興味深く観察していれば、魔獣が入場するであろう柵を見つける。奥からは気配も感じ取れ、アリスはその方へ向かうことにした。

 人すら通せない柵であったものの、アリスにかかれば問題ない。
 まるで霊体のようにすり抜けて、中へと侵入する。
 中には檻に閉じ込められた魔獣が多数存在していた。純粋に狩りなどで連れてきたものや、ツギハギの作られた魔獣、子供のようなものまで様々だ。
 種類は様々なれども、どれもが酷く唸り、怒りを表していた。そばには飼育員なるものはおらず、必要となれば人員がやってくるのだろう。
 それもそうだ。常に魔獣のそばに立っていたいものなどいない。

(……あ)

 魔獣のそばに寄って見てみれば、どれもが傷を負っていた。まだ出血を続けている魔獣も存在した。
 そしてその傷は、必ずしも戦いによって付けられたものではなかった。
 魔獣を使役するため、調教によって付けられた傷。観戦席からでは見えないし、気にしないだろうが、この距離までやってくれば誰もが分かる。
 そしてしまいには、感じ取った薬の匂い。魔獣を薬漬けにして無理矢理動かしているのだ。
 果たしてどちらが魔物なのか、と問いただしたくなるほどに。

 アリスはそのままスタスタと歩を進め、奥へと進んでいく。
 魔獣からはるか離れた場所には、人間用の控室があった。
 中を覗いてみれば、そこには歴戦の闘士と言わんばかりの巨漢が数名。そしてそんな巨躯に紛れて、中高生ほどの青年が一人。
 明らかに日本人の顔をしていることから、間違いはないだろう。
 ジョルネイダの勇者は転生ではなく、召喚。つまり転移だ。だから顔が日本人顔でも違和感はない。
 彼こそが勇者だろうと当たりをつけた。

(この距離で私に気付かないとは……)

 アリスは控室に入ってきているわけではないが、廊下から勇者を見つめている。
 透明化しているとはいえ、アリスの存在に気付けない勇者なのであれば、その力は知れている。
 やはりオリヴァーと同様に、レベル1の差というのは大きいのだ。

(…………ふむ)

 ここでふと、アリスはいいことを思いついた。
 それを実行にうつすためにも、アリスは移動をする。
 人間の控室から離れ、再び魔獣の場所に戻ってくると、アリスは通信魔術を使う。

「――エキドナ、ちょっといい?」
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