魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

文字の大きさ
240 / 339
後編 第三章「荒れる砂漠」

死の闘技1

しおりを挟む
『みなさま、お待たせ致しました! これより今大会を開始致します。まずはじめに、罪深き者たちの戦いを御覧ください!』

 アナウンスが行われ、闘技が開始された。
 まず出てきたのは、二人の人間だった。薄汚れたボロを着た男が二人、闘技場へと出てくる。
 開始の合図で、二人の人間は殴り合いを始めた。
 盛り上がりはイマイチだったが、命をかけた戦いだと分かると、観客は声を張り上げ始めた。
 だんだん、会場の興奮が高まっていく。

「まだ始まらないのでしょうか」
「いつもくだらない前座からです。これが終われば、魔獣も出てきますよ」
「前座ってー?」
「人間と人間の殺し合いですよ」

 そう、彼らは前座だ。
 出てきた人間は両方とも罪人で、罪人と罪人の殺し合いを行うのが恒例になっている。
 これによって、会場を温めているのだ。魔獣たちの最終調整の時間稼ぎでもある。
 そしてそんな前座である罪人たちも、ただただ言われるがまま戦っているわけじゃない。
 彼らは必死に戦い、どちらかが死ぬ。そして生き残った方は、要望を出すことが出来る。
 刑期を軽くしたり、会いたい人に会ったり、再び裁判を希望したり。願いは様々だ。

 だが悲しいかな、それが全て聞き入れられるわけではない。罪人を管理している者たちに都合よく言いくるめられ、戦いの余興として殺し合いをさせられる。
 勝った結果に聞いた真実は、どれほど苦しいものか。

「ふーん。殺し合いを見ててつまんないって、歪んでるね」
「我々が言うことではありませんけどね」
「たしかに!」

 つまらないと思うのは、それもそうだろう。
 ここにいる大半は、大トリの勇者と魔獣の戦いを見に来ている。そうでなくても、途中で腕の立つ闘士や剣士との魔獣戦がある。
 それに比べてしまえば、人間の殴り合い殺し合いなんて、ちっぽけな余興だ。
 慣れというものは、それほどまでに人の感性を狂わせる。

「罪人と言っても、砂漠の監獄に入るほどでは無い軽度な犯罪者です。善の心が残る者たちを殺し合わせる。それが愉悦なのでしょう」
「へー」

 そんなことを話していれば、ドサリと片方の罪人が倒れ込んだ。
 片方が死んだことで、会場は今の中で一番盛り上がりを見せた。
 死に対する歓喜なのか。それとも次に来る〝本番〟に対しての喜びなのか。

「決まりましたね」
「おー」

 闘技場のスタッフが会場内にわらわらと集まりだした。生き残った罪人を会場から出し、死体となった罪人を回収する。
 それを見ると、会場が期待にざわめきだした。
 余興が終わったということは、次に出てくるのは彼らが期待していた試合だ。
 これから魔獣が出てきて人間と戦うのだと思えば、興奮してならないのだろう。
 グレゴワールも同じようで、茜らに嬉々として話しかけている。

「普段通りであれば、次から魔獣などが出てきますよ」
「ふーん」
「ふーんって、驚かれないのですか……?」

 しかし返ってきたのは、つまらない答えだった。
 もっと「恐ろしい」だの心配の声を期待していたグレゴワールにとっては、拍子抜けであった。
 そんなグレゴワールを見て、茜はフィリベルトとヨナーシュを見つめて、肩をすくめる。

「だって……ねぇ?」
「まぁ……そうですね」

 茜は元勇者であり、魔獣との戦いなんて珍しくはない。
 フィリベルトとヨナーシュは魔人で、普段から魔獣を見ている。周辺の大森林には魔獣がうじゃうじゃいるどころか、それらを手懐けているくらいだ。
 今更魔獣と人間との戦いなどと騒がれても、たいして珍しくも驚きもしないのだ。
 いわば、日常茶飯事である。

『さぁさぁ皆様、お待ちかねの――魔獣との決闘で御座います!』

 そんな声が響けば、先程とは考えられないほど歓声で埋め尽くされた。
 彼らがずっと待っていた瞬間である。

 会場には、まず人間が入ってきた。
 斧を手にした巨漢、闘士がズンズンと闘技場内へ姿を現した。
 そしてその闘士との対面の檻には、観客たちがずっと待ち望んでいた魔獣が待機している。
 まだ姿を現さないものの、観客席の盛り上がりは激しい。

「殺せー!」
「やっちまえー!」
「二試合は生き残れよぉー!」

 果たしてその叫びは、どちらに対して言っているものなのか。
 道徳を捨て去った彼らにとっては、どちらでもいいことだった。

『まずは可愛らしいものから! 先日、うちの合成魔獣が生んだ、子供との戦闘です!』

 合成魔獣、と聞いて物珍しさに「わぁあぁ!」と歓喜の声が上がる。
 この闘技場では、より一層客を増やしたいがゆえに、魔獣と魔獣を合成するという禁忌まで犯していた。
 ただの動物ではなく、魔獣だからこそ破れたタブーなのだろう。

 敵対する魔獣の紹介を受けると、闘士も観客に応えるように声を張り上げた。
 相手を挑発するように、魔獣に対して叫んでいる。

「さぁこいよ、ガキンチョ! 俺がぶちのめ――」

 ガシャンと柵が開いたと思えば、そこから目にも留まらぬ速さで何かが飛んでくる。
 〝それ〟は闘士にめがけて飛んでいき、パンッと音を立てて闘士の頭に着弾した。
 そして闘士は――闘士の頭は吹き飛んでいた。
 何かが当たって頭を失った闘士は、ぐらりと体を傾けてそのまま倒れた。
 ピクリとも動かなくなった闘士は、倒れた地面でただ血液を流しているだけだ。

「……え?」
「なんだ……?」

 あれだけ歓声で溢れていた会場は、一気に静寂に包まれた。
 普段の試合であれば、こんなことはありえない。
 魔獣が飛び出してくることはあれども、柵から出てくる前に全て終わることなど一度もなかったのだ。
 闘士が死ぬとしても、数分、せめて一分は戦ってみせた。
 それに今回は、アナウンスが言うには「合成魔獣が生んだ子供」のはず。こんな圧倒的な勝利をおさめるはずがない。

 静寂で満たされている闘技場内に、ザク、と足音がして、そちらに誰もが目を向けた。
 白い角のある、いびつで小さな魔獣を連れて、一人の女が歩いている。
 遠くからでは誰もが目視できず、人なのか人ではないのかすらもわからない。
 連れ添う魔獣は子供サイズとはいえども、女の目線の高さほどの大きさがあった。全長で言えば三メートルはゆうにあるだろう。
 大人サイズになれば、どれほどの体格になるのか。

「誰だあれ……?」
「飼育員ではないのですか?」
「だが様子が変だぞ……」

 女がスッと腕を上げて、転がっている闘士の死体を指さした。
 すると寄り添っていた魔獣は、その死体へと飛びついた。バリバリ、ゴリゴリと音を立てて、死体を貪り始めた。

 それだけではなく、女の後ろには突然、重厚な門が現れる。門が開かれると、そこから二匹の化け物が現れた。
 門から出てきたのは、蛇や獅子との合成魔獣かと思われる化け物に、九つの頭がある巨大な蛇だった。
 女はそれらに何かを伝えると、化け物は次の瞬間――客席へと襲いかかった。
 誰もが動揺していたものの、客席には魔術による防護壁が張られている。完璧なものとはいえないが、それでも並大抵の攻撃では破れない。
 合成魔獣のような化け物は、何度も何度も防護壁に体当たりする。
 静寂が包む空間は、不安の声と、ガンガンという体当たりの音で充満する。

「おい、これまずいんじゃ……」

 誰かがそう言った。
 その瞬間には、もう遅かった。
 ビシリ、と嫌な音を立てたのを最後に、防護壁は破られた。
 魔獣は観客席へと乗り込み、そのときから場内は混乱に包まれた。

「きゃああ!」
「逃げろ、うわぁああぁ!」

 しかし、それだけではない。
 闘技場の魔獣用の出入り口から、待機していた他の魔獣たちも出てきたのだ。
 それらは最初の化け物が開けた防護壁の入り口から、観客席に入っていく。
 人を呪い、恨み、憎んできた彼らにとって、目の前にいる人間を殺せる機会を逃すはずもなく。
 観客席は一気に地獄へと変わっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...