魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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後編 第四章「楽園の守護者」

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「さて。私はもう島に用事はないから、明日の朝にでも帰りなさいな」

 ここはアリスのスキルによって生成した、亜空間である。彼女が休息のために用意したこともあって、様々な料理に、高級な寝具、何でもこなせるホムンクルス・メイドが配置されている。
 精霊との話もまとまった今、全てのものを招待していた。五人の精霊から始まり、ダニーにアレックス、そして船着き場で待機していたサポート要員たちまで。
 広い玄関には大人数が収容されており、それでもスペースが余るほどだ。
 アリスのスキルを初めて見たものたちは、口々に驚きを漏らしている。

「部屋は大量にあるから、好きな部屋を使ってね。部屋の前にホムンクルスを用意しておくから、用事があったらそいつに言って」

 数週間はかかるかもしれないと想定されていた探索は、その何分の一もの時間で済んでしまった。
 このまま帰還することも可能だが、せっかく亜空間に豪邸を用意したのだから使うことにした。どうせならばアリスからのもてなしの話を本国に持ち帰り、さらなる意識改善への試みでもあった。

「夕食はまた呼ぶよ。それまで解散!」

 アリスにそう言われ、それぞれが散っていく。誰もが困惑していたものの、仲間が一緒であるからか、次第に打ち解けていく。
 それに暫くは船の上での簡単な衣食住を想定していたこともあって、大豪邸での一泊は彼らにとって嬉しいものだった。
 もしもこれが魔王の用意したものではなくて、勇者が用意したものであれば。彼らはもっと喜んでいたことだろう。

 アリスが散り散りになっていく人間を見ていると、その輪の中から一人が抜け出てくるのが見えた。
 島にやってきている人間の中でも、もっとも小さく若い人間――アレックス・トイだった。アレックスの表情はとても暗く、探索が終わって打ち上げの雰囲気とは異なっていた。
 別段、アリスも気を使ってやるほどではない。しかしアレックスの足がアリスの方へと向いている以上、視界に入ってしまう。
 アレックスはアリスの前に辿り着くと、もじもじとなにか言いたげにしていた。

「……も」
「ん?」
「申し訳ございませんでした!」

 アレックスは深々と頭を下げて、声を大にして謝罪を述べた。今までアレックスには色々な場面で驚かされてきたが、こればかりはアリスも予想できなかった。
 普段から締まった顔しているわけではないが、更に表情を崩し、頓狂な声を上げる。

「へ?」
「今まで失礼な態度を取っていました。僕はあなたを勘違いしていたようです」
「いや勘違いじゃ無いと思うけど」
「いえ、勘違いです。敵対心をむき出しの若造たる僕への寛大な措置、精霊をも勝るその強さ。あなたは王にふさわしい」
「えっと……」
「ですからどうか! この弱者たる僕に、ご指導をいただきたいのです!」

 キラキラとアリスを見つめる眼差しに、もはや嫌悪や憎悪は感じられない。むしろ純粋な尊敬の念が感じられたほどだ。
 アリスはSOSを求めるように、ダニーを呼び止めた。
 ダニーも話の全容は分からないものの、変わってしまったアレックスに困惑するアリスを見て、なんとなく察しを付けた。

「ちょっと、ダニーさん。どうしちゃったの、彼?」
「変なところが熱いんだよ。こいつは」
「そりゃ分かるけど……」

 流石にここまで変わるだろうか、とアリスは思う。
 アベスカの人間や、その他アリ=マイアの人間たちは、アリスが〝救った〟ということで懐いている。

 しかし、アレックスには最初の頃、アリスに対する憎しみがあった。自分の不甲斐なさも含んでいたものの、多くの同胞たちを殺したという恨みがあった。
 アリスもそれを否定するわけではない。
それにアレックスは〝パルドウィンが永久の庭に来た〟という、事実だけを持って帰ってほしいだけの人員だった。
 ゆえにある種の無関心を貫いていたため、彼からどんな感情を向けられようと気にしなかった。今後も変わるとは思えなかったし、とっとと終わらせて帰るつもりでいた。

 アレックスは最後までアリスに対して怒りを向けていると思っていたため、彼の予想外の心変わりに、アリスは動揺している。

「教えてあげてもいいけど、そもそも君は本当に弱すぎるよ」
「……」
「魔王城の瘴気に耐えられるようになって、レベルもダニーを超えたら考えてもいいかな」
「!!!」
(絶対無理だろうけど)


 若い世代のキラキラとした目線に耐えきれず、アリスはそそくさと逃げるようにその場を去った。人間として生活していた時期でも、年下からここまで尊敬の眼差しを向けられたことはない。
 その不慣れさもあってか、アリスには少々こそばゆかった。
 純真さにアリスの不純さがかき消されそうで。このまま行けば、ある意味でアレックスが魔王に打ち勝つ勇者になりかけていた。

 アリスの逃げた先には、イヴがいた。彼女はアリスの生み出した亜空間を、物珍しそうに眺めている。
 イヴはアリスの存在に気付くと、気さくに手を振った。

『しかしすごい空間ね……』
「ありがと」
『君、どれくらいスキルを持ってるの?』
「うーん、いっぱい? 数えたこと無いかも。最低でも十五はあるんじゃない?」
『あらあら、化け物ねぇ……』

 人間には滅多に会わないイヴであるものの、人間の生態などについてはよく知っている。
 人が持てるスキルの数や、その力の限界も。
 スキルというものはそのものの経験によるものだ。剣の修行を幾度も行えばそれに伴うスキルが得られるし、学業や錬金術、探索など、その人間の人生とともに得るものだ。ゆえに人間たる寿命では、大した数のスキルは得られない。
 アリスの場合は取得条件が特殊だが、それでもこの世界の存在の中でも遥かに上を行く所持数だ。

『それで、教師の話だけど』
「あぁ、うん」

 アリスの作った学院は、大雑把に分けて二種類に分類される。もちろんそれは、座学と実技だ。
 主な教育内容は、ほぼ学院に一任している。偶に相談を受けつつも、アリスは許可を出すだけだ。
 もう一つの役割として、教員を補充することくらいだろう。それも今しがた終わった。

 イヴとエアラであれば実技も座学も頼めるだろう。
 ウィアーズやオータは、抜けているところがありつつも、レベル199の精霊というのは伊達じゃない。実力的には問題ないため、感覚的に教えられる実技の方が向いている。
 姫で聖女たるマリルに、そのあたりはうまく采配してもらうのだ。

『なるほどねぇ。じゃあ詳しい打ち合わせは、向こうの学院長とすればいいかしら?』
「そうだね、お願いするよ」
『でもこの地を離れるのは寂しいわよね……』
「え? なんで離れるの?」
『ええ? だってウレタで教育を……』
「ここから出勤すればいいじゃん」
『??』
「??」

 お互いの会話が噛み合っていないことに、二人は首を傾げる。

「〈転移門〉があるじゃん」
『もう、何を言っているの? 確かにあれは便利だけれど、そんなに頻繁に使える魔術じゃないわよ』
「そうなの?」
『朝と夕に使ってたら、エレメアが死ぬわ』

 〈転移門〉はSランク魔術であるため、エレメアも当然だが扱える。だが彼女では、そう頻繁に使えないのが現状だ。
 エレメアのために言っておくが、彼女が無能だからではない。
 〈転移門〉は便利であるものの、利用コストが尋常ではないほど高い。一度に使用する魔力は多く、転移先もしっかりと想定しなければ失敗の可能性もある。
 最悪、無駄に魔力だけが消費されたり、変な場所に転移したり、死に至る可能性もある危ないものなのだ。そうポンポンと使える代物ではない。

「ふーむ……。じゃあ移動手段はこっちでなんとかするよ」
『え? え?』
「中央の大樹に門を定刻で開くから、そこから出入りしてね」
『は?』
「おーい、ルーシー」
「はいはーい!」

 思い切り豪遊していたルーシーは、アリスに呼ばれて皿を抱えてやってくる。疲労も空腹もないはずだが、場に酔っているのかもしれない。
 大食らいというわけではないが、大量に料理の盛られた皿を見て、アリスは嬉しそうに小さく微笑んだ。自分の可愛い子がたくさん食べているのは、とても微笑ましいものなのだ。
 それはさておき、アリスはルーシーに新たに〈転移門〉の生成場所を命令する。

「門の生成場所を追加。この島の中央の大樹にもお願い」
「はいっ、で~す!」

 命令を賜ると、再び食事の輪へ戻っていった。あの様子からすると、船員とも仲良くなっているはずだ。
 ハインツのカリスマ性とは違った、人懐こさはこの場の誰もが癒されることだろう。

 立ち去っていくルーシーを見送るアリス。それに対して、未だに頭が追いついていないイヴが声をかけた。

『ちょっと、どういうこと? 追いつかないわ』
「そのままだよ。学院生である人間も、寮生以外は自宅から通ってる人もいるからね。各地に〈転移門〉を開いて、そこから登校してるんだ」
『か、各地って……?』
「アベスカ、イルクナー、オベール。あとは魔王城かな。今後、生徒が増えればパルドウィンも追加される予定だよ」
『頭が痛くなってきたわ……。そんなに魔術を続けて使って、大丈夫なの?』
「まぁ。魔力なら毎秒回復してるから……」

 こんな所業ができるのは、アリスとルーシーだけだ。ルーシーの常時発動スキルで魔力を回復し続けているからこそ、このような事が可能になる。
 それにルーシーの他のスキルを併用すれば、消費魔力も抑えられる。
 他の幹部であれば、そうはいかない。
 魔力値としては発動できるのだろうが、アリスのように日常的に使い回すことは不可能である。

「あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ」
『なぁに? 私でも答えられるかしら?』
「島についてすぐ、魔術――〈そよ風のブリーズ・踊り子ダンサー〉を使ったんだけど、かき消されてね。誰がやったのかなぁって」
『それならウィアが消したの~』

 ふわふわと漂いながら、ホムンクルスが用意した料理を食べている精霊が一人。風の精霊、ウィアーズだった。
 あれだけ文句を言っていた割には、当たり前のように屋敷に馴染んでいる。大精霊に従った結果である。

「知らない生意気な風がいたから、かき消したの~」
「あ、そう……」
「えぇ~? きみが~、あんな雑魚魔術使ったの~?」

 途端にウィアーズは得意げになった。
 決して低いランクの魔術ではないものの、レベル199の精霊からすれば〝雑魚〟なのだ。ニヤニヤと嘲笑う表情を隠そうともせず、アリスを見下すように周囲を浮遊する。
 アリスはそれを蹴散らすようなこともせず、むしろ呆れたように嘆息した。

「……はぁ、なるほど。親にでも似たのかな」
「言わんとすることはわかるわ。ごめんなさいね、魔王陛下」
「なんなの~!? 雑魚は雑魚なの~!」

 永久の庭の夜は、賑やかにやってきた。
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