星誓のフォーマルハウト ~追放した神官が超優秀だと気付いたけど絶対戻ってこいとは言わない~

noyuki

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終章

同じ空(1/2)

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 徐々に冷たくなっていくのをその背でずっと感じていた。耳元で呼吸が消え入る瞬間を聴いた。

「ずいぶん、減っちまったなぁ……」

 空から仲間たちを誘導していた隻眼の有翼族が静かに大地に舞い降りた。樹海に入る前と景色は変わり映えしないが、ここはもう人間の領域ではない。
 樹海を抜けるまで、人間が追ってくることのない魔族の領域まで、逃げ続けた。走り続けた。

「僕が憎いか。トルスム。君たちを戦わせた僕を恨むか?」

 そっとエリクはアルシャの亡骸を大地に横たわらせてやった。つやめいた黒い毛皮がこびりついた血でバサついて台無しだ。

 初めて手をとった魔族。ちゃんと手入れをすればその毛皮がどれほど美しいかをエリクは知っている。

「そんなわけあるかよ。ここにいる全員が旦那に感謝してる」

 ブモッ……

 エリクの隣に片角の牛頭族がどっかと腰を降ろした。言葉は話せないが、彼が何を思っているかエリクにははっきりと分かる。

「皆、自分たちの居場所が欲しかったんだ。ここにいていいんだって思えるような、そんな場所が」

 同族から追放された流浪者たち。彼らが求めたもの。

「ただ逃げるだけだった俺たちに旦那が教えてくれたんだ。逃げてるだけじゃそれはずっと手に入らねぇ。戦って勝ちとらねぇとなんねぇんだって。だから、負けちまったとしても、戦ったことに後悔はしてねぇやい」

 エリクはそっとアルシャの頭を撫でてやった。

 神がくれた恩寵おんちょうを自ら手放した者たち。星を裏切り、己そのものに光を見出した者たち。言葉を交わせない者もいる。だが、意思を交わすことはできる。思いを伝え合うことができる。

 確かに彼らは多くの人間の命を奪ったのだろう。だが、それと同じ数人間も彼らの命を奪ったはずだ。
 彼らに同情して何が悪い。彼らの側について何が悪い。彼らを仲間と思って何が悪い。

 自分を必要としてくれた者を護りたくて何が悪い――!

「トルスム、魔族の領域のこと、詳しく教えてくれ。ここがどういう場所で、どういう勢力図で、どういう思想があるのか。知りうる限りの全部だ」
「ああ? そりゃかまわねぇが……なんでだ?」

 立ち上がったエリクが錫杖を鳴らす。
 俯いていた魔族たちが顔を上げ、人間の裏切者を仰ぎ見た。

「旦那……?」

 その視線を全て受け止め、エリクは決意した。

「――まずは仲間を集める。そしてもう一度戦うんだ。いや、何度だって戦うんだ。死んでなければ僕が全ての傷を癒してやる。君たちが僕を必要としてくれる限り、何度だって!」

 必要とされたかった。頼りにされたかった。自分の力を認めて欲しかった。

 彼らがその欲求を満たしてくれた。彼らがエリクに欲しかったものをくれた。ならば、全霊を持ってそれに応えよう。それがきっと自分の生まれてきた意味なのだ。この力はそのためにある。

 魔族たちも立ち上がった。きっと彼なら何度だって立ち上がらせてくれる。

 追放者たちの主。裏切者の王。

「ついていくぜ旦那ぁ。なんだってやってやらぁ。俺たちには旦那が必要だ」

 エリクがずっと欲しかった言葉。それを彼らは言ってくれる。

 裏切者の頭上には、漆黒の深淵が広がっていた。
 

=================================



「そうか。仕留められなかったか」

 メイシス王国王城、玉座の間にて。いつぞやと同じように〈フォーマルハウト〉の面々とギルドマスター補佐のイルゼは王の前に跪いていた。

「かつての仲間に剣がにぶったか?」
「いえ……単純に、俺の力が及びませんでした」
「これではお前たちの無実を民草に証明することができんな。五ツ星の称号は渡せん」

 正直なところ、称号のためだとかそんなことはフォルたちにはもうどうでもよくなっていた。

 魔族の領域に逃げたエリクが今後どうしてくるか。これで終わるようなやつではない。それは今回直接戦ったことでよく分かった。
 いずれ人間にとって大きな厄災となる。そういう漠然とした予感がフォルたちにはあったのだ。

「……と言うべきところなのだがな」

 妙な物言いにフォルが顔を上げると、レマイト三世は眠たげな双眸そうぼうにかすかに笑みを浮かべていた。

「共に戦った兵たちとお前たちが自ら召集した冒険者たち。それに加えてあのアルフレード将軍までもがお前たちの戦いを賞賛していた。〈フォーマルハウト〉でなければ勝てない戦いだっただろうと。アザミル城塞跡地奪還は〈フォーマルハウト〉の功績が大きいとな。魔族から城塞一つを奪還して褒美が報奨金だけというわけにはいくまい?」
「それじゃあ……」
「報奨金に加えて、〈フォーマルハウト〉を再び五ツ星に格上げすることをここに宣言する」

 ミア、シャラ、ナナカはお互いに顔を見合わせ笑みを浮かべた。
 だが、フォルだけはすぐに笑みを浮かべなかった。

「王よ。差し出がましいようですが、もう一つだけお約束いただけませんか」
「なんだ?」
「もし、エリクがまだ生きていて、人間の領地に魔族を引き連れて現れた時はどうか、我々を討伐隊に任命ください」

 まだ終わっていない。
 誓ったのだ。責任はとると。

「よかろう。もとより、やつの規格外の術に対抗するためにはお前たちの知識が必要だ。役に立ってもらうぞ」
「ありがとうございます」
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