The usual Eden - Just another day -

槙野 シオ

文字の大きさ
1 / 16

scene.1 庭師の災難

しおりを挟む
自室で本を読みながら午後のうららかさにまどろんでいたところへ、けたたましくドアをノックする音が響き、しばしの休息を台無しにされたルフェルは不機嫌な声でその無礼者の入室を許した。

「……なんだ」
「大変申し訳ございません……しかしもう大天使長さまにお縋りするほかない状況でして」
「だから、なんだ」
「いますぐ庭園へとお越しいただきたく」
「……わたしを庭師か何かだとでも思っているのか」
「ミシャさまとフィールさまが……」

……また、あのふたりか。


───


重い腰をあげ、ルフェルは仕方なくエデンの南にある庭園へと向かった。

その庭園は小さいながらも手入れが行き届いており、さまざまな花が色とりどりの美しい花姿を並べ、庭を横切る小川や水車が情緒ある佇まいで見る者を癒し和ませている。その美しい光景に似つかわしいとは思えない斬撃音を轟かせ、ふたりの天使が争っていた。

ゆっくりと近付いて来るルフェルの姿に気付いたふたりは慌てて剣を収め、ばつの悪い顔でお互いの距離を取った。

「もう終いか」

低く静かな声でルフェルがふたりに声を掛けると、憤懣ふんまんやるかたない様子で口火を切ったのはミシャだった。

「だってルフェル、フィールがわたしの天使たちを断りもなく勝手に戦闘に駆り出したのよ!」
「だから何度も言っているように、許可を取っている暇などない状況だったと」
「そんなの、伝令の天使にでも言付ことづければいいだけの話じゃない!」
「都合よく伝令の天使が隣にいるわけがないでしょう!?」

ルフェルは右手で空を切ると、その手に焔火ほのおで鍛えられ深紅に染まった熾烈しれつつるぎを納め、それをひと払いして剣身に溶熱した焔火をまとわせた。焔火は唸りながら剣身を包むと、不規則な火の粉を躍らせながら獲物を燃え尽くさんと待ち構えている。

「わたしが相手になろう」

……勝てるはずがないのは誰の目から見ても明らかだった。

「おまえたちは少々血の気が多いようだな」
「わたしの天使たちが傷付いたらどうしてくれるの!?」
「だから! 傷付いてもすぐわたしが治療できると何度言えば」
「……少々、ではないようだ」

ルフェルはふたりに背を向けると、「……許せよ」とつぶやき、右手に握った熾烈の剣を自身の正面で縦に振り抜いた。



「まだ言いたいことがあるなら聞こう」

ふたりを振り返りルフェルが言うと、硬直したまま「ございません」とフィールが冷や汗を流し、ミシャは唖然とした顔で立ち尽くすことしかできなくなった。

「あまり周りの手を煩わせるなよ」

そう言って、ルフェルは右手を開き握っていた剣を解放すると、また自室へと戻って行った。

「……一番周りの手を煩わせてるのって」
「言わないで、ミシャ……このあとのことを考えると胸が痛むわ……」

小さいながらも手入れの行き届いた庭園は、さまざまな花が色とりどりの美しい花姿を並べていたが、ルフェルの振り抜いた熾烈の剣が放つ斬撃波により、ちょうど中央で分断されたように焼けただれた道が一本できていた。庭園の三分の一ほどにもなるその道は、煙をくすぶらせながらそれまで咲き誇っていた花も、背の低い植え込みも、きれいに揃えられた芝も、一瞬で手放し荒れた焦土と化していた。


───


「いくらなんでもあれはないと思うの!」

自室で本を読みながら午後のうららかさにまどろむ暇もなく、けたたましくがなり立てしばしの休息をわざわざ台無しにするために来たとしか思えない訪問者に、ルフェルはうんざりしていた。

「大体あなたには情緒ってものがなさ過ぎるのよ!」
「……情緒」
「庭師たちが毎日心を込めて作っていた庭園なのよ!」
「……心を」
「それを一瞬で消し炭にしちゃうなんて、あまりにも酷いじゃない!」
「……酷い」
「どうするのよ、あの庭園! 責任取って元に戻しなさいよ!」
「……責任」

広げたままの読み掛けの本を、もう読んでいられる状況ではないとあきらめ、ルフェルは溜息をきながらぱたりと閉じた。それから背後で喚き自分を責め続ける声に、耳を塞ぎたいと思いながらゆっくり振り返って向かい合うと、もう一度深く溜息を吐いてから訊ねた。

「きみに情緒があって庭師を思いやる心があるのなら、庭園で斬撃音を轟かせるような酷いことはしないと思うし、手の施しようがないと僕に泣き付いて来る者もいなかったと思うんだけど、違うかい?」
「……何よ、わたしのせいだって言ってるの!?」
「きみのせいだとは言ってないよ、まだ」
「わたしにまったく責任がないとは思わないけど、消し炭にしたのはルフェルじゃない!」
「それは否定しないよ」
「だったら責任取って元に戻しなさいよ!」
「……ミシャ、僕は庭師でも、ましてや魔法使いでもないんだ」
「そうね、それならどうして取り返しの付かないようなことするの?」

じゃあどうして取り返しの付かないようなことをさせるようなことをするのか、と訊こうとしてルフェルはのど元でその言葉を留めた。言えば間違いなく火に油を注ぐ結果になるだろう。それはそれ、これはこれ、だ。たとえきっかけを作ったのがミシャとフィールだったとしても、焼き払ったのは僕自身だ。ミシャの言い分に間違いはない。

「……わかったよ。どうすればいいか教えてくれるかい?」
「とりあえず、謝りに行きましょう」

……謝りに。


───


ルフェルとミシャ、そしてフィールは庭園で茫然と立ち尽くす庭師に、どう話を切り出そうかと思案していた。

「あの……ミシャ、わたしたちはいいと思うんだけど」
「思うんだけど、何?」
「大天使長さまが……その……謝られるというのは……」
「焼け野原にしたのはルフェルなのよ? 本人が謝るべきでしょう?」
「いえ、その……お立場というものがあるから……」
「何よ、身分が高ければ謝る必要なんかないって言うの?」
「違うわよ……そうじゃなくて」
「ほらルフェル、行きなさいよ」
「ちょ、ミシャ!」

ミシャに背中を押されたルフェルは、そのまま真っ直ぐ庭師のそばまで行くと、十二枚の翼をでき得る限り小さく縮め、その足元にひざまずいた。

「ちょっと、ミシャ! あなた大天使長さまに一体何言ったのよ!」
「……わたしは謝りに行きましょう、って言っただけなんだけど」
「じゃあなんであんな最上級の謝罪をされてるのよ!」
「し、知らないわよ……わたしだって驚いてるんだから……」

庭の手入れにやって来た庭師が、三分の一ほど焼け野原になっている庭園を見て茫然としているところへ、大天使長である特級の熾天使セラフが現れ、その背に輝く真っ白な十二枚の翼を窮屈そうに縮めながら突然にひざまずく姿を見て慌てないはずがなかった。当たり前のように庭師は腰を抜かしそうなほど驚き、委縮してしまっている。

しかもこの階級主義のエデンにおいて、上級の天使が下級の天使にひざまずくなどということはまずもって考えられず、さらに言えば庭園の庭師は現役を退いて久しい "階級を持たない天使" だったことから、自分にひざまずくような地位の天使がいるなどとは思わず、突然の出来事にただただ慌てふためくことしかできない。

「ど、ど、どうなさったのですか大天使長さま!」
「大切に育て手入れをする美しい庭を荒らし大変申し訳ない」
「……え? ……庭?」
「ついては以前の姿を取り戻すために必要なことを知りたいのだが」
「と、とんでもないことでございます……」
「何かわたしにできることがあれば」
「い、いえ、あの、滅相もないことでございます……」

そこにミシャとフィールが申し訳なさそうな顔で現れ、そもそもふたりが原因を作ってしまったのだと庭師に頭を下げた。庭師にしてみればミシャもフィールも上級天使であることに変わりはなく、あり得ないことが続けざまに起こることが恐ろしくて、庭の心配より自身の心配をしたほうがいいのではないかと縮み上がるばかりだった。

しかし目の前でひざまずき、また頭を下げる上級天使たちが、庭園を荒らしてしまったことを本心から詫びているのだと知り安心した庭師は、造園のことを仕事として請け負っているわけではなく、余生の楽しみのようなものだと話し、また新しい草花を育てられることは喜ばしいことだと微笑んだ。


「ミシャ……だから言ったじゃない……」
「今回ばかりはわたしが間違ってたと思ったわ……」
「大天使長さまが謝られるというのはこういうことなのよ」
「……あんなに縮こまってしまうとは思わなくて……」


───


自室で本を読みながらせめて夜は静かに過ごしたいと思っているところへ、しおらしく肩を落としたミシャが現れ何も言わず目の前で膝を抱えたままでいることに、ルフェルは困り果てその理由を訊ねた。

「何か言いたいことがあるからここへ来たんじゃないのかい?」
「…………」
「……ミシャ、僕は庭師でも、ましてや魔法使いでも、あえて加えるなら超能力者でもないんだ」
「……うして」
「ちゃんと言葉にしてくれないとわからないことのほうが多いんだよ」
「どうして普通に、じゃなくて最上級の謝罪をしたの?」
「……謝るのに普通も何もないだろう?」
「庭師……あんなに縮こまっちゃったじゃない……」
「いや、それは……僕がどうこうできるものではな」「庭師に申し訳ないことしちゃったわ……」


…………庭師たちが心を込めて作っている庭園を、一瞬で消し炭にする酷い振舞いは情緒がなさ過ぎるとなじられ、責任を取って元に戻せと、とりあえず謝れと叱責され、反省して謝れば謝ったで相手を委縮させたと咎められる……ルフェルはこの理不尽な扱いにめまいすら覚えながら、二度とこのふたりの喧嘩にだけは関わるまいと心に誓った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...