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scene.6 アヴリルの純心 02.

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── 二日目 / 診療所 病室A 20:18

「というわけで、今日は司法長官の火柱にこんがりと焼かれてました」
「大天使長も司法長官も、部隊を潰すつもりなのでしょうか」
「優れた者が必ずしも良き指導者たり得ないという見本よね」
「傷だけではなく、頭まで痛くなって来ました」
「あ、乾いていたので、どうぞ」

ミシャは朝無理矢理剥がして洗った服をアヴリルに渡した。「ありがとうございます、お手数お掛けしました」とアヴリルが受け取ると、ミシャはそのままアヴリルから視線を逸らさない。

「服を着たいのですが」
「どうぞ?」
「そんな気軽にどうぞと言われましても」
「恥ずかしいんですか? それとも照れてらっしゃる?」
「見たいんですか?」
「見たいです!」
「えっ……」

……大元帥さま、なんてわかりやすく動揺されるのかしら。普段ルフェルや司法長官みたいな、自分に自信しかないようなのばっかり見てるから新鮮というか、なんというか……空中で急所は外せるのに、ご自分の急所は隠せない方なのねえ……


すると廊下がだんだん賑やかになり、病室の扉をノックする音が鳴った。入って来たのは戦闘部隊と精鋭部隊の戦闘員たちだった。二十名ほどの戦闘員は疲れ切り、いまにも泣き出しそうなほど切羽詰まった顔の者までいる。

「大元帥さま……おからだの具合はいかがですか」
「まだ二日目なので、それなりに痛いです」
「ですよね……」

二十名の戦闘員はみながっくりと肩を落とした。

「あの……大天使長さまと司法長官さまに、その……もう少しお手柔らかにとお伝え願えませんか」
「伝えるだけならできますが、それを聞き入れてくれるかどうか」
「ルフェルも司法長官も絶対聞かないわよ、どっちも面倒くさがりだから」

二十名の戦闘員は一斉に溜息をいた。

「あ、諜報部のサリエルさまとかは、どう?」
「サリエルですか」
「責任感もあって、しっかりした方に見えたけど」
「大天使長や司法長官より、協調性はあると思いますが」
「あのふたりが協調性なさ過ぎるのよ……」
「訊いてみますが、彼、諜報部員ですからね?」

二十名の戦闘員は、大天使長と司法長官以外なら誰でもいい、と一縷の望みを託した。奈落の底から這い上がれそうだと感じた戦闘員たちは、若干心の余裕が戻って来たことを感じ、お礼を言うと病室をあとにした。


「……で、見せてくれないんですか?」
「あの、本気で仰ってるんでしょうか」
「冗談に見えます?」
「本気なら見せるとか、そういう話でもありませんが」
「…… "大元帥さま、お顔に似合わずいいからだしてるのねえ" 」

アヴリルは無言で布団に潜り込んだ。

こんなにうろたえる大元帥さまもなかなか見られないわね、と思いつつあんまりいじめ過ぎるのもよくないかしら、とミシャはいまだけ心を入れ替え、「ではまた明日」と、病室をあとにした。当然アヴリルは布団の中で硬直したまま、頭の中では「お顔に似合わずいいからだしてるのねえ」というミシャの言葉だけが何度も繰り返し響いていた。


───

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名前 サリエル/Sariel
性別 男/Male
称号 慈悲/Misericordia
位階 熾天使/Seraph
階級 一級/First
階層 上級三隊/Higher-grade
役職 天使長/Manager
所属 内務省 総合情報局 秘密情報部
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── 三日目 / 内務省 総合情報局 秘密情報部 事務所 10:45

「安全保障省……ですか」

総合情報局の諜報部事務所で、サリエルはいま関わっている案件の資料を片手に訊き返した。

「昨日ユリエルに頼んだんだが」
「何か問題でも?」
「戦闘員を殺しかねん」
「ああ、まあ……そうなるでしょうね」
「アヴリルからのご指名だ」
「わたしに、ですか」
「おまえなら手加減もできるだろう」


───


── 三日目 / 安全保障省 防衛総局 屋外訓練所 13:33

と、言われて来たが……何をどう教えればいいのだろう。あ、ちなみに邪視の確認を取っていなかったが、大丈夫なのだろうか……

戦闘部隊の戦闘員たちは、深々と頭をさげサリエルに挨拶をする。

陽の光を映し艶めく、漆黒の髪がさらりと風になびき、サリエルの品の良さを窺わせた。当然戦闘員たちは、やはり熾天使セラフになるためには見た目の審査があるのでは? という疑問を確信に変えて行く。揃いもそろって長身で見目麗しく、それでいて力も強い上長たちを、何か別の種類の生命体では? とさえ思い始めていた。

とりあえず、模擬訓練ですが剣の召喚をして……という話をすると、ああ、わかりました、とサリエルは右手で空を切り左手を添えた。


……サリエルさま、それは、もしや、デスサイズでは?


───


── 三日目 / 診療所 病室A - 処置室 13:40

「大元帥さま、よろしいでしょうか」

フィールは布団の塊に話し掛けた。布団の塊はゆっくりと動き、端から目だけを出すアヴリルがいた。

「包帯の交換をさせてください」
「あ、お願いします」

処置室に移動するとエアリエルが準備をしながら待っていた。

「痛みはどうです?」
「初日に比べると随分ましな感じです」
「それはよかった、では脱いでください」
「 え 」
「……脱がずにどうやって包帯の交換を?」
「あ、そうですね、すみません」

包帯を外しガーゼを取ると、治り始めているとはいえ、やはり痛々しい傷が露出する。

切創せっそう……というより裂創れっそうですかね」
「本来であれば切創になるはずなんだけど」
「周囲に挫滅ざめつありますよね、これ」
「力任せに斬り付けるのも困ったものね」
「すみません、指導不足で」
「あ……ごめんなさい」
「医療者の会話ってエグいわねえ……」

……ミシャ!? さん?

「病室に行ったらいなかったから、ここかなあって」
「あなた怖いもんなしねえ……」
「普通は見てるほうが痛い、とか言って避けると思うのだけど」
「本人のほうが痛いに決まってるじゃない」

ミシャは邪魔にならないよう、少し離れた所からアヴリルを眺めていた。確かに傷は痛そうだけど……ああ、首が細いからあんまり威圧感がないのね……それにしてもきれいな逆三角形だわね。うっかり間違えて声を掛けちゃうひとがお気の毒だわ……顔だけ見てたらまあ間違えちゃうのもわかるんだけど。顔だけ……って、あら?

「大元帥さま、なぜ女性に間違われるのわかってて髪伸ばしてるの?」
「ミシャ、言葉遣い……」
「伸ばしているというか、伸びただけですね」
「えっ、こだわりがあるわけじゃなくて!?」
「ミシャ、言葉遣い!」
「言葉遣いは気にならないので大丈夫ですし、髪にこだわりもありません」
「……切れば?」
「切ったほうがいいですか?」
「女性に間違われる率は低くなるんじゃない?」
「低くなりますかね」
「女性に間違われて気分を害すなら切ればいいじゃない」

せっかくの美しい御髪おぐしなのにもったいない……エアリエルとフィールは思ったが、ここで口を挟むとミシャが十倍にも百倍にもして反撃して来ることがわかっているので黙っていた。

「ミシャさん、どっちが好きですか」
「それは本人の意思を一番に尊重するべきでしょう?」
「本人が、一番にミシャさんの意見を尊重したいという意思を持っているので」
「えー…と? 意見を尊重したい意思を」
「どっちが好きですか」
「短いほうを見てないから、どっちが好きかわかんないわよ」
「なるほど、確かにそうですね」

エアリエルとフィールは顔を見合わせ、あらあら? おやおや? という気持ちを確かめ合った。へえ、大元帥さまがねえ……


───


── 三日目 / 安全保障省 防衛総局 屋外訓練所 13:55

デスサイズ死神の大鎌を召喚するって、大丈夫なんだろうか、この方。本当に天使なんだろうか。いや、むしろそんなデカい武器、近接戦には絶対に不向きじゃないか。両手塞がれるわ、リーチ取られるわ、軌道長いわでまったくいいところがない。まさかデスサイズでいままで闘って来たんだろうか。

「あの、サリエルさま、それ・・で大丈夫なのでしょうか」
「召喚武器はこれしかないので」
「……諜報活動中は、何をお使いでしょう」
「ああ、武器は使いません」

……素手? もしやまた魔法?

「ちなみにお伺いしたいのですが、魔法とか、嗜まれます?」
「いや、術系のものは履修してないので使えませんが」

戦闘員たちは思った。召喚武器はデカくて小回りの一切利かないデスサイズのみ、普段は武器を使わず、魔法も使わない。となると素手での近接戦がサリエルさまにとって最も有効な手段。これはもしかしたら互角に闘えるかもしれない。

「まいります」

剣を召喚した戦闘員は、一瞬でその間合いを詰めた。懐に入ってしまえばデスサイズは使えない。真横に払おうと剣を構えた時、目の前からサリエルが消えた。一体どこに、と振り向こうとするとサリエルの声がそれを止めた。

「動くと胴から頭が離れますよ」

戦闘員の首元では、デスサイズがその魂を刈り取ろうと構えていた。

「……なぜ、ですか」
「なぜ、と言いますと?」
「間合いは完璧でした」
「ええ、間合いの取り方は完璧でした。素晴らしい動きだと思います」
「どこに消えたのでしょうか」
「上、ですが」
「……上?」

外野の戦闘員たちは、サリエルの動きが信じられず茫然と成り行きを見ていた。立ち止まった場所で……垂直にあの高さを飛ぶのか? あの速さで?

「我々は、大きく動いて闘うことができないので、伸張反射の反動を利用しません」
「それで、どうやって垂直に飛ぶんですか?」
「……慣れ、ですかね」

……慣れ、ですか。

「諜報部も、結構苛烈なんですよ」
「鍛えれば、わたしたちも垂直に飛べるようになりますか?」
「……なりますが、してみます?」

何をです?


───


── 三日目 / 安全保障省 防衛総局 屋内訓練所 14:48

屋内訓練所に場所を移した戦闘員たちは、横一列に並んでいた。後ろの壁に、踵と背中を付けた状態で。

「その状態から、上に飛んでください」

サリエルはそう言うと、、戦闘員たちの前をゆっくり歩き始めた。……この状態から飛べ、と言われても、膝も爪先も使えないんですが……どうやって飛ぶんだろう……と考えていると、何かが爪先ぎりぎりの所で弾けた。床を見ると、溶けて小さな穴が空いている。

「飛ばないと、足に穴が空きますよ」

そう言いながら目の前を横切るサリエルの右眼は……金色に妖しく光っていた。

「ちょっと待ってくださいサリエルさま!」
「どうしました」
「あの、その右眼って……」
「邪視ですが」

そりゃ武器も魔法も要らないだろうよ! と戦闘員たちは心の中で盛大にツッコミを入れる。

「足に小さな穴が空く程度では、鍛え抜かれた戦闘員を必死にさせることはできないようですね」
「いえ、小さな穴もどうかと思いますが」
「病・怪我・呪い・突然死・天変地異、どれにしますか」
「その中から選ばないと駄目ですか」
「諜報部も、結構苛烈なんですよ」

サリエルはまたゆっくりと歩き出し、戦闘員たちの足元に火炎を放射し床を焦がし始めた。


── 三日目 / 安全保障省 防衛総局 屋内訓練所 外野覗き窓 15:55

「サリエルさま、邪眼の持ち主なのね……」
「諜報部の責任者なら、一癖くらいあるでしょ……」
「でも、いままでで一番訓練らしい気がするわ」
「ある意味、命懸けであることに変わりはないと思うのだけど」

ミシャとフィールは、明日は誰が戦闘部隊の訓練に付き合うのだろう、と思いながら心の中で戦闘員を励ました。


───


── 三日目 / 診療所 病室A 18:44

「というわけで、今日はサリエルさまの邪視で真っ黒な消し炭にされてました」
「やはりサリエルも、部隊を潰すつもりなのでしょうか」
「でも、とても一所懸命訓練に打ち込まれてましたから!」
「一所懸命やらないと、死ぬからでしょう?」

一緒に訓練を見ていたフィールが出した助け船を、一瞬で沈没させるミシャに悪気はなかった。

「やはりわたしが復帰しないことには、部隊の未来はなさそうですね」
「とはいえ、まだそのおからだでは、訓練に立ち会うことはできても参加は難しいかと」
「大元帥さまが立ち会って、ルフェルか司法長官を働かせればいいんじゃない?」
「でも長時間は無理ですよ? まだ傷が完全に塞がったわけではないですし」
「そうですね、大天使長に一度相談してみます」
「……司法長官、この傷治せないのかしら」
「ああ、そういえばそうね……どこまでの傷を治せるのか、によるでしょうけど」
「ちょっと、訊いて来る」

ミシャは小走りに病室を出て行った。


「大元帥さま、髪は短くされるのですか?」
「そうですね、見たことがないと言われたので」
「ふふ、ミシャのどこを気に入られたのです?」
「えっ……」
「…………申し訳ございません、いまの話はなかったことに」
「なりませんが」
「自ら掘り下げて行かれるスタイルですか……?」
「掘り下げてますか」
「ええ、そういう風に見えますが、伺ってもよろしいのでしょうか」
「強いて言うなら、すべてです」

全然強いてないわ、大元帥さま……


── 三日目 / 診療所 病室A 19:12

病室の扉がコンと鳴り、ミシャとユリエルが入って来ると、アヴリルとフィールは突然天気の話をし始めた。

「はばかりさん、どうえ? なんしか見してみ」
「わざわざすみません」
「なんや、相も変わらず気にしいやな……ゆうて、包帯取ってええんかこれ」
「はい、大丈夫です。必要ならまた巻き直しますので」
「ほな、脱ぎいな」
「ここで、ですか」
「そやな」
「ここで」
「……なんや、ぐつ悪いんか」
「そういうわけでは」
「難儀なやっちゃな、そないたいそなことあれへんやろ」

ミシャとフィールは、このままではユリエルが苛立って帰ってしまうのではないかと不安になった。

「……僕にええ感じのムードで優しゅう脱がされるんと、自分で脱ぐのん、どっちがよろしいねん」
「自分で脱ぎます」
「さよか、ほな脱ぎいな」

あれ、司法長官、大元帥さまには優しくない? これが法務部なら火柱噴き上がってるんじゃない? とミシャは思った。

「……いややん、わりかし深いやんか」
「あの、ユリエルさまはどこまでの傷を治療できるのでしょう」
「そやなあ……外側は塞げるやろけど、中がよう見えへんから半分ゆうとこですわ」
「必要なら多少の触媒や秘薬はありますが」
「おおきに、ほな右手握っててもうてええですやろか」
「右手を、ですか?」
可愛かいらし子ぉに手ぇ握っててもうたほう、やる気出るやん」
「司法長官?」
「嘘やん、そないけったいなもん見るような目ぇで見やんといて」


魔術ゆうてもようさんあんねん。自然魔術、神的魔術、白魔術、黒魔術、降霊術、錬金術、数秘術、仙術、呪術、邪術、妖術、奇術、おなじみの召喚魔術。そこに科学、化学、神学、哲学、医学、数学、これまたようさん学問くっつけよったとこに、道徳やら倫理やら思想やら入れよるさかい、もうなんでもありやねん。

術者に力あんねやったらよろしいけど、まあ大抵あれへん。ほなどうするかゆうたら、よそから力もうてくるしかないねん。鉱物、植物、動物がよう使われるわ。さいぜん言うたはった触媒も秘薬もそれや。力を増幅させるもんやと思とったらええわ。ほな、ゆうて魔術使うやろ? どうなる思う?

魔術にくっつけよった学問と、思想やなんやこねくり回したら、触媒だけの力で起こったことも全部魔法に早変わりや。まあ毒草で殺して呪術です言うようなもんやな。触媒使つこたらなんしかなるやん。そやさかい魔術ゆうてもピンキリやねん。ほんまもんの術者もおれば、やすけないもんもおるゆうことですわ。

僕の場合、外的な触媒要らんねん。そやな、水晶の魂が触媒や思てくれたらわかりやすいんちゃうやろか。よそから触媒もうてこなあかんかったら、いざゆうとき難儀やろ? 触媒足りひんゆうて魔法撃たれへんかったら目ぇも当てられへん。そやさかい触媒の代わりに体力使うねん。こんで大体わかるやろ?

「それで手を握ってる者の体力を借りようということですか」
「そゆことやな。まあ、いまは借りひんでやっとるけど」
「最初からそう言えばよかったじゃないですか」
「そやな、ややこしこと言うてもて、気張る羽目なりましたわ」

やっぱり司法長官、大元帥さまには優しい気がする……

「どうえ? 痛みはわりかし引いたんちゃうやろか」
「そうですね、随分楽になりました」
「ゆうても、回復魔法そない得意やないさかい、中どうなっとるか知らんけど」
「冗談でもやめてください」

アヴリルの傷はきれいに塞がり、さっきまで包帯を巻かれていたようにはまったく見えなくなった。これにはフィールも感動を覚え、ユリエルに弟子入りしようか思案するほどだった。

「司法長官……実は凄い方だったんですね……」
「……足元に火柱立てたろか」
「謹んで遠慮いたします」
「あんたはん、わかっとって呼びに来たんちゃうんかいな」
「いえ、まさかここまでとは思っていませんでした」
「ゆうて完治したわけちゃうで、おとなしゅうしとかんと」

そう言うと、ユリエルはミシャに「おきばりやす」と耳打ちし、ほなごめんやす、と病室を出て行った。何をおきばればいいのだろう、とミシャは不思議に思いつつ、くるりと振り返ってアヴリルを見ながら安心した声で言った。

「とりあえず、傷も塞がったしよかったわね」
「そうですね、痛みも随分治まりましたし」
「これならもう自分の部屋に帰っても大丈夫じゃない?」
「そうね、明日エアリエルが来たら訊いてみるわ」

……アヴリルは静かに背を向け、布団の中に潜り込んだ。


───


── 四日目 / 診療所 処置室 09:30

フィールからユリエルの話を聞いたエアリエルは、とりあえず傷の具合が診たいから、とアヴリルを呼んだ。処置室でアヴリルの傷を探すが、目を凝らさないとわからないほど、きれいに修復されているのを見てエアリエルは驚いた。

「外から見る分には、もう完治していると言ってもいいくらいね」
「中のほうはちゃんと見えないから、半分ほどしか治せない、とは仰ってたのだけど」
「動いて傷口が開かなければいいのよ、問題ないわ」
「あとは水晶の浄化でなんとかなるかしら」
「そうね、一応生命の樹の実も持って帰ってもらおうかしら」
「やはり、もう部屋に戻ってもいいのでしょうか」
「大丈夫ですよ、大元帥さま。やっと牢獄から解放されますね」

エアリエルが笑顔で言うと、アヴリルは「そうですか」と抑揚のない声で答え、「お世話になりました」と処置室を出て行った。あんなに入院を拒んでいたのに、退院が嬉しくないのだろうか、とエアリエルは不思議に思った。

「さすがに、少し気落ちしてらっしゃるわね、大元帥さま」
「どうしてかしら……初日はあんなに入院を拒んでたのに」
「逢えなくなるからじゃない?」
「……あ、そういうこと!」

エアリエルとフィールは顔を見合わせ、うふふ、と楽し気な笑みを浮かべた。


───


── 四日目 / 診療所 受付 12:49

「え、もう帰っちゃったの?」

アヴリルの様子を見に来たミシャは、フィールから退院したことを聞き、残念そうな声をあげた。

「朝のうちに帰られたわよ?」
「司法長官がおとなしくって言ってたから、今日一日はいるもんだと思ってたわ」
「名残惜しそうにしておられたけれど」
「……なんで? せっかく窮屈な入院生活から解放されたのに?」
「……あなた、大天使長さまのこと言えないくらい鈍いんじゃないの」
「ルフェル? なんであの鈍い男の話が出てくるのよ」

お可哀想な大元帥さま……フィールは溜息を吐きながら、アヴリルの前途を憂いた。


───


※ 司法長官ユリエルの台詞解説
はばかりさん:ご苦労さま/どうえ:どうですか/なんしか:とにかく/気にしい:神経質/ぐつ悪い:都合が悪い/たいそな:大袈裟な/さよか:そうですか/わりかし:比較的/おおきに:ありがとう/もうて:もらって/かいらし:可愛い/けったいな:おかしな/ようさん:いっぱい/さいぜん:先ほど/ほな:それなら/やすけない:品のない/気張る:頑張る/おきばりやす:頑張ってね/ほなごめんやす:失礼します/ゆうて、ゆうても:本来は「そうは言っても」の意だが、口癖や合いの手のようなもの
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