1 / 1
言葉で傷つける世界と癒しの言葉
しおりを挟むこの世界では、言葉に魔力が宿る。
罵倒は呪いとなり、相手の魔力を削り、心を蝕む。「ゴミ」「役立たず」「死ね」「消え失せろ」は日常の挨拶であり、戦場でも酒場でも、職場でも、誰もが互いに呪いの言葉を投げかけ合うのが常識だった。
優しい言葉は弱さの象徴。 「よくやった」「お疲れ」「ありがとう」は、 言った本人の魔力を自ら削る愚かな行為とされ、そんな言葉を口にする者は「魔力浪費者」と蔑まれ、村八分にされることも珍しくなかった。
そんな世界に、 ぽつりと落ちてきた私は転移直後の一週間で心が四回死にました。
そして決めた。
こんな世界、もう耐えられない。
だったら私が、癒しをみんなに与えてやる。
―――
森の外れ、枯れかけた古木の広場。そこに一本だけ、異様に青々とした大樹が立っていた。
私はその木の下に、木を削って簡素な看板をナイフで刻んで作った。
『癒しの言葉』
『銀貨5枚』
周囲に店も建物もない。ただ座って待つだけ。いつか誰かがたどり着くことを待ちわびて。
初日。誰も来なかった。
三日目。鎧をガチャガチャ鳴らしながら、フルアーマーの男性が来た。こちらを警戒している様子だ。
「……本当に、ここで何かしているのか?」
「はい。人を癒しています。座ってください」
「……ふざけるな。俺はそんな軟弱な――」
「銀貨5枚です」
剣士は舌打ちしながらも、興味半分なのか、渋々銀貨を投げて、地面にどっかり腰を下ろした。距離を詰めて隣に座り、手を握って温める。冷たい手は少しずつ熱が伝わって温かくなる。
「……よしよし」
「……は?」
「よしよし。よく戦ってきたね」
「……何だその、気持ち悪い……」
「よしよし。今日も生きて帰ってこれて、えらいよ」
「……っ」
剣士の肩が、微かに震えた。それを見逃さない。多くの剣士は命懸けで戦場に出て、人間や魔物と戦い、いつ死ぬか分からない職種。そんな職種が辛くないわけない。
「……よしよし。誰も褒めてくれなくても、自分がやらなきゃって、ずっと頑張ってきたよね」
「……うるさい……黙れ……」
「嫌だったら怒っていいよ。よしよし」
鎧の中から、グスングスンと鼻をすする音が聞こえてくる。頭の装備を外し、端正な顔立ちの男性の顔が出てくる。驚くが容姿で対応は変えてはいけないと視線を逸らして手を温め、撫で続ける。
「……俺は……もう……限界なんだよ……っ」
「知ってるよ。たくさん頑張ってきたもんね。よしよし」
夕日が沈みかける頃まで、彼は泣き続け、弱音を吐いた。己の弱点を初対面の女に晒し続けるほど頑張ってきた剣士に優しい心しか持てなかった。
―――
それからというもの、『癒しの言葉』は噂だけが大袈裟に広がっていった。彼は顔が広かったようで、誰も来なかった日々が嘘のように、連日色んな人が代わる代わるやってくるようになった。
冒険者ギルドの受付嬢が、魔導士ギルドの落ちこぼれが、辺境の領主の四男が──
そして──ついには、鉄の仮面と呼ばれる近衛騎士団長までが、夜陰に乗じてやってくるようになった。
「よしよし」
「よしよし、よく耐えたね」
「よしよし、えらいえらい」
私は同じ言葉を繰り返す。「えらいね」「頑張ったよね」よしよしという魔法の言葉と共に。言葉のレパートリーがないとかではない。
ある夜、黒いマントを深く被った男が現れた。
「……お前が、例の『癒し屋』か」
「はい。癒しをご希望ですか?」
「……俺をそう簡単に懐柔できると思うなよ。俺は魔王直属の──」
「銀貨5枚です。座ってください」
フンッ、と息を吐き捨てながら男は無言で銀貨を置いた。魔王軍だろうがなんだろうが、俺はいつものように、 そっと手を握り温める。そして頭を撫でて、
「……よしよし」
「……っ」
「よしよし。ずっと、ずっと頑張ってきたね」
「……何を……知ったような口を……」
「よしよし。もう、全部背負わなくていいよ。ここでは、誰も責めないから」
額を地面につけて、声を殺して泣きじゃくった。平均的な人間よりだいぶ大きな人だとは思ったけど、縮こまってもこんなに大きいままだとは。魔王軍と言われ危ないかもなど思った心はどこへやら、疲れを癒したいという気持ちが圧倒的に優先された。
「……俺は……もう……疲れた……っ」
「うん。よしよし頑張ってきてえらいね」
◆
それからさらに月日が流れた。
『癒しの言葉』は、この大陸で最も危険で、最も尊い場所と呼ばれるようになった。
誰もが一度は「よしよしされたい」と思い、そして一度来たら、「必ずまた来たい」と思う場所。そう思って貰えるように毎日ひっきりなしに来る人達と話す。
私はただ「よしよし」するだけ。
この世界では、罵倒が魔力であり、傷つけ合うことが強さであり、優しさが罪だった。それでも。たった一言の「よしよし」が、誰かの折れた心を、ほんの少しだけ、温め直してくれるなら──
私はこの木の下で、死ぬまで、いや死んでも永遠に座り続けようと思う。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いじめっ子の聖女転移
塩チーズ
ファンタジー
いじめっ子のタカシは異世界に転移した。歴代最高の魔力量としてもてはやされ、聖女として地位を得た。だが、いじめっ子の傍若無人な言動は王宮中に響き、民への横暴な言動まで目立ってきた。そのままにすることは出来ず、対応することに──
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
醜悪令息レオンの婚約
オータム
ファンタジー
醜悪な外見ゆえに誰からも恐れられ、避けられてきたレオン。
ある日、彼は自分が前世で遊んでいたシミュレーションRPGの世界に転生しており、
しかも“破滅が確定している悪役令嬢の弟”として生きていることに気付く。
このままでは、姉が理不尽な運命に呑まれてしまう。
怪しまれ、言葉を信じてもらえなくとも、レオンはただ一人、未来を変えるために立ち上がる――。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも投稿しています。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる