天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

文字の大きさ
上 下
21 / 76
第三話 天才美人作家・小笠原桃子の災難

しおりを挟む
   ……イベント当日…新井場邸……


  桃子は白いドレスを身に纏い。出掛ける準備をしていた。
  桃子のドレス姿は綺麗で、尚且つ圧倒的な存在感を放っていた。
  縁はそんな桃子につい見とれてしまった。
  桃子は縁に言った。
 「どうだ?縁……似合うか?」
  桃子は縁にドレス姿を確認してもらうため、くるりと一回転した。
  縁はそれを見て言った。
 「あ、ああ……いいんじゃない……。サイン会にしては気合いが入ってんな……」
  桃子は言った。
 「当たり前だ……サイン会はファン一人一人に普段の礼を、直接言える数少ない機会だ……。それなりの格好で挑まないと、相手に失礼だろ……」
  縁は言った。
 「へぇ……桃子さんでも、そんな事を考えるんだ……意外……」
  桃子は両脇腹に手をついて言った。
 「当然だっ!」
  桃子の意外な一面を見たところで、縁が言った。
 「さっ、行こうぜ……遅刻してその大事なファンを待たすわけには、いかないだろ?」
 縁と桃子はタクシーでイベントが行われる、百合根百貨店へ向かった。


  ……百合根百貨店…控室…… 


 「控室まで用意してもらって……まるで芸能人だな……」
  縁は控室を隅から隅まで見渡している。
  桃子は言った。
 「まぁ……私ほど美人で有名な作家だと当然だが……」
  縁は呆れて言った。
 「また自分で言ってる……でも、こう言うの見るとやっぱり桃子さんってすげぇのな……」
  桃子は言った。
 「半分はお前の物だ……」
 「えっ?……」
  その時控室のドアからノックが鳴った。
  イベントスタッフが控室にやって来たのだ。
 「小笠原先生……今日の打合せを……」
  桃子はスタッフに言った。
 「どうぞ……」
  スタッフが控室に入ってくると、縁は立ち上がった。
  桃子は言った。
 「行くのか?別にここにいてもいいんだぞ……」
  縁は言った。
 「俺は席を外すよ……。んじゃ、イベント頑張ってね……先生っ!」
  そう言うと縁は控室からでて行った。
  縁は呟いた。
 「さてと……」


  ……イベント会場…… 


  百貨店の中央ホールは人で賑わっている。
  特設ステージを用意し、開催する催し物は、小笠原桃子サイン会だ。
  ホールに集まった人達は今か今かとまちわびている。
  皆、桃子を目当てにやって来た人達だ。男女問わず集まった人達からは異様な熱気が放たれていた。
  ステージに立った一人の司会者らしき男性が、人々に言った。
 「皆様……大変お待たせいたしましたっ!本日の主役……小笠原桃子の登場ですっ!」
  司会者の怒鳴りに、来場者から拍手喝采が巻き起こる。
  そんな中を、白いドレスを身に纏った桃子が登場した。
  桃子の登場によって、会場のボルテージはピークに達した。
  まるでアイドルが登場したかのような、会場の盛り上がりは、百合根百貨店を揺らす程の勢いだった。
  イベントスタッフによって、来場者の整備が行われ、サイン会は始まった。
  来場者がそれぞれ手に持つ桃子の小節に、桃子は順番にサイトをしていく。
  すると来場者の中に、桃子が怒鳴り散らした、熊川と村山の姿もあった。
  やがて熊川の順番になり、桃子は声をかけた。
 「来てくれたのだな……先日は怒鳴ってすまなかった」
  桃子の言葉に熊川は感動している。
 「も、桃子様……感激ですっ!」
 「今後も応援を頼む……」
 「はいっ!もちろんですっ!桃子様っ!」
  熊川はウキウキしながら行った。
  しばらくすると、今度は村山の番になった。
  桃子は村山に言った。
 「来てくれたのか……ありがとう……」
  熊川と同様に村山も感激している。
 「はぁ~……感激……桃子様に話し掛けてもらえるなんて……」
 「これからもよろしく頼む……」
 「はいっ!頑張って下さいっ!あの美少年にもよろしくですっ!」
  村山はおそらく縁の事を言っていたのだろう。
  そして、次……またまた次と、サイン会は続いていった。

  一方その頃、百貨店の2階から、サイン会の様子を見ている者がいた。
  その者は呟いた。
 「せいぜい楽しんでおけばいい……今日であなたは終わるのだから……」
  しかし、その時……その者の背後から声がした。
 「何が終わるんだい?」
  その声に、その者は思わず背筋を伸ばした。
  その者は声が聞こえた方向を見た。
  見た先には、丸い柱にもたれ……ズボンのポケットに手を突っ込み、腕に百貨店の紙袋をぶら下げている……縁がいた。
  その者は思わず言った。
 「新井場……縁……」
  縁は言った。
 「こんなところで何を?……いや、それより今日で桃子さんが終わる……それはどういう意味だ?」
  その者は縁を黙って睨み付けている。
  縁は口角を上げて言った。
 「ようやく会えたね……『ピンキーデッド』さん……」
  その者は表情を強張らせて言った。
 「『ピンキーデッド』?いったい何を?」
  縁は言った。
 「言葉遊びだね……『ピンキーデッド』……『桃子に死を』……余程恨みがあるみたいだね……桃子さんに……そうだろ?宮脇咲さん」

  縁が対峙している相手は文芸部の宮脇咲だった。
  咲はいつものカジュアルな服装に、黒いハットを深く被り、眼鏡をしていた。
  咲は不適な笑みを浮かべて言った。
 「言いがかりもいいところ……ここでイベントの様子を見ていただけなのに……」
  咲はイベントの様子を見た。
  サイン会も半分が終えた頃だ。
  次に来たのは、麦わら帽子を被った女性だった。
  女性は桃子に言った。
 「I saw again.(また会えましたね)」
 「何?……君は……」
  女性は続けた。
 「You are not good for Enishi.(縁にあなたは、ふさわしくない)」
  そう言うと女性は去っていった。
  桃子は言った。
 「待てっ!縁だと?……」
  桃子は立ち上がったが、女性はもういなかった。
 「あの~、すみません……」
  次の順番の人が来たので、桃子は席に座った。
 「すまない……」
  桃子はサイン会を続けた。
  2階からサイン会の様子を見ていた、縁と咲は互いを警戒しつつ、対峙をしていた。
  縁は言った。
 「あんただね?立花を自殺に見せかけて殺害したのは……」
  咲は言った。
 「ぶしつけね……いきなり殺人者扱いなんて……警察にも聴かれたけど、その立花っていうストーカーが、振られた腹いせに自殺したんでしょ?」
  縁は言った。
 「違うな……そもそも立花は追っかけをする程のファンだけど……ストーカーじゃない……」
 「何を……訳のわからない事を……」
  縁は言った。
 「そもそも、最初にあんたに会った時だった……あんた、妙な事を言ってんだよ……」
  咲は目を見開いた。
 「何ですって?……」
  咲の表情に、縁は満足げな様子で言った。
 「あんたは最初に会った時に、俺は何も言ってないのに「ストーカーの件」って言ったな……何で俺がストーカーの事を聞くと思った?」
  咲は言った。
 「そ、それは……知ってたからよ、桃子さんから聞いて……」
  縁は口角を上げた。
 「それは有り得ない……。何故なら桃子さんは俺にしかストーカーの話はしていないんだ。すなわち怪文書を作成し、イベントを中止させようとしたのは……あんただ……」
  そう言いきった縁に対して、咲はニヤリとして言った。
 「面白い仮説だわ……でも、仮にそうだとしても……私がその立花って人を殺した事にはならないわ……」
  縁は言った。
 「あんたはイベントを中止させるために、立花を利用したんだ……。まずあんたは『小笠原桃子の板』で桃子さんの事を嫌っている人間を探した……。すると面白い書き込みを発見した」
  縁は自分のスマホの画面を咲に見せた。
  そこには、縁の言う書き込みの一文が書かれていた。
 『今日生モモタンと会った……感激!あの時間とあの場所なら確実に会える!』
  縁は言った。
 「これは立花が掲示板に書いた書き込みだ……これを見たあんたは、この書き込みの人物が、桃子を大学で待ち伏せしている『黒い小柄の男』だとすぐにわかった」
  咲には先ほどのニヤリとした表情がなく、今度は黙って縁を睨み付けている。
  縁は続けた。
 「そして、あんたはそのサイトに……立花に向けてメッセージを送った。ピンキーデッドのバンドルネームで『モモタンともっと仲良くなれるよ』と……」
  縁はさらに続けた。
 「しかし、これ以上掲示板でやり取りするのはリスクがある……。そこであんたは次に立花が大学に来たときに、接触を図った。「ピンキーデッドです」と言ってね……これであんたと立花は繋がることが出来たわけさ……」
  咲は激昂した。
 「さっきから勝手なことばっかり……だからって私が殺した事にはならないでしょっ!」
  縁は構わず続けた。
 「そう、そして……事件の日……あんたは立花に今回の目的を持ちかけた……「イベントを中止して桃子の気を引いて、自分の存在を認めさせろ」と、でも言ったんだろ……しかし、立花はそれを拒んだ……。自分もサイン会に行きたかったからね……」
  縁の話を一通り聞き終えた咲は、笑って言った。
 「ばかばかしい……それで私が殺したって?……あんたが言ってる事は全て想像の中の話でしょ?証拠は?私がやったって言う物的証拠はあるのっ!?」
  縁は言った。
 「まずあんたが立花と繋がっている証拠はこれだよ」
  縁はそう言って、スマホの別の画面を見せた。
  咲はそれを見て目を見開いた。
  スマホの画面には、立花と咲……その他の者が居酒屋で食事をしている写真だった。
  縁は言った。
 「立花のブログにあった写真だよ……桃子さん繋がりのオフ会の様子だ……」
  咲は黙って下を向いている。
  縁は言った。
 「それと、殺人の証拠だけど……あんた今日はどうして眼鏡なんだ?」
  咲表情はいっきに固まった。
  縁は言った。
 「あんた……普段はコンタクトだろ?無くしたんじゃないのか?立花の部屋で……」
  咲は慌てて言った。
 「ち、違う……別の場所で落としたの……」
 「立花の部屋でコンタクトが発見されたよ……」
 「違う……私のじゃないっ!立花も眼鏡かけてるじゃないっ!立花のよ、立花もコンタクトをしていても不思議じゃないわっ!」
  縁は首を横に振って言った。
 「それはないよ……彼は視力が低くないから……」
 「そんな……だって眼鏡を……」
 「あれは伊達眼鏡だよ……鑑識の結果、それは証明されている……」
  咲は諦めず言った。
 「そのコンタクトが私の物だって証拠は?……ないでしょ……そうよ……そうに決まってるわ……」
  その時縁のスマホにメールが届いた。
  今野からだ……縁はメールの内容を確認して言った。
 「あんたのアパート部屋から……微量だけど血痕のついた黒いシャツが発見されたよ……袖が少しほつれたね……物的証拠には充分だよ。それに、立花の体内から睡眠薬も検出されたよ……」
  縁は事件の全貌を語った。
 「あんたは立花の部屋で、立花に睡眠薬をのませ、首を締めた……。その時立花は力んで、親指の爪で人差し指の腹をえぐり、その後にあんたの服の袖を掴んだ……爪の先に繊維と、指の血痕が伸びたのはその時だ……」
  縁は続けた。
 「そして、あんたは自分が部屋に来た痕跡を消して……ちゃぶ台の上にあったノートPCに遺書を書いて、部屋を去り……俺の家のポストに怪文書を入れた……」
  咲はその場で崩れ落ちた。
  その頃サイン会は終了し、桃子に対しての拍手喝采が起こっていた。
  咲はその歓声を聞いて、崩れ落ちたまま笑い出した。
 「ふふ、はははははは……そうよ私が立花を殺してやったのよ……」
  咲本性を表した、その表情は憎悪に満ちていた。
  咲は言った。
 「試合は負けたけど……勝負は私の勝ちよっ!」
  縁は言った。
 「この大歓声のフィナーレの最中に、ぼや騒ぎを起こし……それを桃子さんに恨みのもった者の犯行にして、桃子さんの信用をがた落ちにする……そういう計画か?」
  縁の言葉に咲は驚いたが、すぐに不適な笑いを浮かべて言った。
 「ふんっ……わかったところで、もう遅いわ……」
  縁は言った。
 「それはどうかな?……」
  そう言うと縁は持っていた紙袋からあるものを取り出して、咲の足下に投げた……何かの装置のようだ。
  咲はそれを見て呆然とした。
  縁は言った。
 「時限式発火装置……簡単な物だけど、軽いぼや騒ぎぐらいは起こせるよ……。ステージの裏にあったやつさ……」
  咲は拳を握りしめ、縁を睨み付けた。
 「新井場……縁ぃっ!」
  縁は言った。
 「あんたの敗けだ……宮脇咲」
しおりを挟む

処理中です...