天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

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第四話 海上攻防戦・前編

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  出港したことにより、船内は自由行動をしてよくなり、縁と桃子は船内を見学する事にした。
  部屋を出た通路の奥に、ラウンジに出るガラス扉がある。
  縁は言った。
 「桃子さん……ラウンジに行ってみようぜ……」
  桃子は言った。
 「そうだな……昼食までまだ時間もある。行ってみよう……」
  二人がラウンジに出ると、そこには家族連れの人や、若いカップルらがたくさんいた。
  ラウンジは船の2層目前方部分で、先端付近に望遠鏡が数基付いており、見晴らしもよさそうだ。
  桃子が言った。
 「風が気持ちいいな……」
  桃子は風で麦わら帽子を手で押さえて、風を満喫している。
  ワンピースが風でヒラヒラ舞い、日を浴びたその姿は画になった。
  縁は遠くを見て言った。
 「もうだいぶ沖に来たみたいだぜ……」
  縁の言うように、遠方には陸地が肉眼でなんとか確認できるくらいまで、船は沖へと来ていた。
  桃子は縁が楽しそうなのを見て、笑顔で言った。
 「縁……来て良かったか?」
 「ああ……昔一度、ジジイとこういう船には乗った事があるけど……やっと夏休みっぽくなって来て、素直に嬉しいよ……」
 「そうか……お前に喜んでもらって、私も嬉しいよ……」
  縁は言った。
 「何だよ?あらたまって……それより桃子さんも楽しめよっ……」
 「ああ……わかってるさ……」
  二人はしばらくラウンジで風を満喫し、船内に戻った。
  パンフレットを見て桃子が言った。
 「この船には『美術ギャラリー』があるみたいだな……」
 「へぇー……色々あるんだな……」
 「私は少し興味がある」
 「行ってみるか?時間はまだあるから……」
  二人は美術ギャラリーへ行くと、そこにも数人の客がいた。
  部屋は真っ白な空間で、壁一面に絵画が飾られている。
  桃子は言った。
 「美術ギャラリーと言うよりは、絵画ギャラリーだな……」
  絵画を見学していくと、そのほとんどは日本人画家が描いたもので、中でも目立っていたのは神山泰山かみやまたいざんという画家の作品だ。
  神山泰山とは日本では有名な画家だが、すでに他界している。
  すると一つの小さな絵の前に一人の中年男性が立っていた。
  その絵も神山泰山の作品のようで、子供が描かれた肖像画だった。
   その男性はその絵を微笑ましい表情で見ていた。
   男性は船員だろうか?ダークグレイの制服に帽子を被っている。
  縁と桃子の視線に気付いたのか、男性はその場を去っていった。
  するとギャラリーに恰幅のよい50歳程の男性と、スーツを来た背の高い眼鏡を掛けた30歳程の男性がやって来た。
 「素晴らしいコレクションだろ?高山君……」
  恰幅のよい男性は、高山と呼ばれる眼鏡の男性に言った。
  高山は言った。
 「さすがは堂上オーナー……お目が高いですなぁ……神山泰山の作品がこんなに……」
  堂上は高笑いをした。
 「ははははっ!私は泰山に目がなくてな……」
  高山は言った。
 「泰山以外にも作品が多数ありますねぇ……」
  堂上は言った。
 「ははははっ!君、それは私の人徳だよ……」
  大人二人が下世話な話に華を咲かせている。
  縁は桃子に言った。
 「この船のオーナーか?」
  桃子は言った。
 「おそらくそうだろうな……金持ちの道楽船のようだな……そろそろ食事に行くか……」
 「そうだね……そうしよう……」
  下世話な大人の登場により、二人は居心地の悪くなったギャラリーを後にした。
  ギャラリーを出て二人は船の1層目にあるレストランに訪れた。
  バイキング形式になっており、美味しそうな料理が色々とあった。
  縁はステーキにミートスパゲッティ、エビピラフと……採れるだけ採って席に着いた。
  縁の食べる量に桃子は呆れ気味だ。
 「少し食べ過ぎではないのか?」
  縁はステーキを頬張りながら言った。
 「何言ってんだよ!この後デザートを食べるんだぜ……」
  桃子は顔をひきつらせた。
 「そっ、そうか……育ち盛りだからな」
  レストランはテーブル席が50席程あり、かなり広い。
  少し時間が早いためか、席にはまだ少し空きがある。
  縁と桃子は昼食を終え、席でくつろいでいた。
  満足そうに縁は言った。
 「あー美味かったっ!良い肉使ってるよ……柔らかくてさぁ……来て良かった」
  桃子も言った。
「確かに……料理には良い素材を使っているようだな」
  その時だった……レストラン……いや、船内に全域に非常用のサイレンが鳴り響いた。
  かん高いサイレンの音に、レストラン内の客がざわざわした。
  縁は言った。
 「何だよ?うるせぇな……誤作動か?」
  すると、やがてサイレンは収まり、客のざわつきも引いていった。
  桃子は言った。
 「運航したばかりだから……トラブルでもあったか?」
  縁は少し嫌な予感がしたが……気にしないように言った。
 「よくある事だよ……うるさいかったが、気にしない方が良い……」
  食事を終えた二人は再びラウンジに向かった。
  すると向かう途中で船内アナウンスが入った。
 『只今よりメンテナンスのため、D~F区間への立入を禁止します。ご迷惑をお掛けしますがご了承下さい……』
  縁は言った。
 「さっきの誤作動と関係があるのか?」
  パンフレットには、区間はA~Fまでとあった。よって、D~F区間は船の後尾だ。
  桃子は言った。
 「我々にはあまり関係のない区間だな……」
  その時向かいから、二人の女性客が何かを話ながら歩いてきた。
 「やっぱりさっきのぼや騒ぎじゃない?」
 「やっぱそうよね……凄い煙だったもん」
  縁はその女性客を呼び止めた。
 「すいません……ぼや騒ぎって?」
  女性客は立ち止まり、縁の顔を見て少しニヤけた。
 「すっごい美男子……君いくつ?」
  すると桃子は女性客を睨み付けて言った。
 「質問に答えろ……」
  二人の女性客は桃子に圧倒されて、背筋を伸ばした。
  こういう時は桃子が役に立つと縁は密かに思った。
  女性客は言った。
 「さっきギャラリールームの手前で白い煙が出たんです」
  縁は言った。
 「白い煙?」
  女性客は言った。
 「凄い勢いでした……それで火が出たんじゃないかって、スタッフの人達が慌ててて……」
  桃子が言った。
 「それでセンサーが反応してサイレンが鳴ったんだな……」
  縁は女性客に言った。
 「すいません……ありがとうごさいました」
  縁が礼を言うと、女性客の二人は去って言った。
  縁は桃子に言った。
 「ギャラリールームへ行ってみよう」
  二人がギャラリールームに向かうと、ギャラリールームの入口手前にはバリケードが掛けられていた。
  縁は呟いた。
 「ここから立入禁止か……」
  縁は考え事をしている。
  それを見て桃子が言った。
 「どうした縁?」
  縁は言った。
 「ギャラリールームはD区間でそれから後ろ、E区間F区間はスタッフルームであったり、会議室、機械室など…俺たちには関係ない場所だ」
 「それで?」
 「この船で自然発火する可能性のある場所は、レストランのあるB区間、操縦席のあるA区間、それと機械室のあるEF区間だ……」
 「確かに……」
 「でも、このギャラリールームがあるD区間から自然発火するのはあり得無い……だとすれば、誰が火を着けた……しかし……」
 「しかし……何だ?」
 「煙が上がったのはこの辺りなのに……焦げ付いた臭いが全くしないし、スプリンクラーが作動した痕跡もない……それにこれは……火薬の臭いだ」
 「火薬の?それは……」
 「ああ……つまり誰が発煙筒か何かを使って煙を出したんだ……」
 「何のために?」
 「イタズラか……だといいけど……」
   縁と桃子は一度部屋に戻ることにした。
   部屋に戻りベッドに座りくつろいでいる桃子とは別に、縁は窓の外を眺めていた。
  ふと、縁が言った。
 「桃子さん……今何時だ?」
  桃子は腕時計を確認して言った。
 「今は……12時40分過ぎだ……」
  縁は首を傾げた。
 「妙だな……」
  桃子は怪訝な表情をした。
 「何が妙何だ?」
 「出港したのが10時……それから2時間半以上の経過しているのに……沖に出てから動いてる気配が無い……。桃子さん船の運航予定は?」
  縁に言われ、桃子はパンフレットを開いた。
 「港から出港して沖へ出て、南東に進み折り返して港に戻る予定だ……」
  縁が言った。
 「だとすれば動いていないとおかしい……」
  窓から外を眺めていた縁は何かに気付いた。
 「うん?あれは……船?……ここからじゃよくわからないな……」
  桃子が言った。
 「何かを見つけたのか?」
 「ああ……でもこの部屋からじゃ……よくわからない……」
  桃子は立ち上がった。
 「ならラウンジに行こう……あそこなら望遠鏡がある」
  二人は再びラウンジに向かった。
  ラウンジに到着すると、相変わらず人が大勢いた。行動範囲が規制されているので、自然とこの場所にあつまるのだろうか……先程より人が多く感じる。
  縁は海を見渡した。
  先程肉眼で確認出来た陸地がまだ見える。
 「やっぱり船は動いていない……うん?」
  桃子は言った。
 「どうしたんだ?」
 「船が1隻、2隻、3隻……同じ間隔でいるな……さっきの船だな」
  縁は望遠鏡が備え付けてある場所まで行った。
  桃子もその後を追った。
  縁は望遠鏡に目を当てて船を確認した
 「あれは……海上保安庁の巡視船だ」
  縁は望遠鏡を旋回して、残りの船も確認した。
 「3隻共、海上保安庁の巡視船……」
  縁は望遠鏡から離れ、顎を撫でて考え出した。
  桃子はそんな様子の縁に言った。
 「いったい何なんだ?」
  縁は言った。
 「やっぱり……この船、おかしいぜ……」
 「さっきのぼや騒ぎか?」
 「それもあるけど……停止しているこの船を、海上保安庁の巡視船が囲っている……」
  桃子の表情も険しくなる。
 「よからぬ事か?」
 「違うと言いたいところだけど……たぶんよからぬ事だね……」
  その時縁のスマホに着信が入った。
  有村からだった。
  縁は電話に出た。
 「もしもし……有村さん……どうしたの?」
 「縁か?今何処に?」
 「何処にって……俺はいまバカンス中だよ……」
 「バカンス?とんでもない事が起きてて、力を貸して欲しいんだけど……近くなら迎えに行くぞ?」
  有村は深刻そうだ。
  縁は言った。
 「どうしたの?珍しく深刻そうだけど……まぁ助力したいのはやまやまなんだけど……俺、今は船の上だから……」
  有村の様子が変わった。
 「船?太平洋か?」
 「ああ……『Queensship』って言う、客船に乗ってんだよ」
  電話越しの有村の声は大きくなった。
 「何だってっ!?ほっ、ほんとかい?」
 「何だよ?急に……ほんとだよ……。まぁ様子が少し変だけど……」
 「変?どういう事だい?」
 「船が停止していて、回りに海上保安庁の巡視船が、確認できるだけで、3隻いる」
  有村は落ち着きを取り戻して言った。
 「いいかい、縁……落ち着いて聞いてくれ……」
 「何だよ?」
 「その船には爆弾が仕掛けらている」
 それを聞いた縁は、目を見開いた。
 やはりこの船旅はただでは済まなかったようだ。
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