アグニカ通りの奇妙な家

みうら あきら

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不思議の国のカルボナーラ 二日目 夜

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竜胆の顔から、静かに血の気がひいていく。
よく海外旅行では強盗に気をつけろと言われることがある。だが、実際に身にふりかかるまでは、どうしても他人事だ。

日本にいても治安が悪くなったとは叫ばれることもあるが、やはり日本の治安は、よい方だったのだと竜胆は感心した。

ここは、海外どころか異世界のようだが。家から広場までの往復。さらに、最初に会話をして、親切だと思っていた少女にナイフをちらつかされ、強盗にあうなどとは露ほどにも竜胆は思っていなかったのだ。

まあ、それも当然だろう。

「ほれ、刺したりしないから。金か、食い物な。今、持ってる肩のそれでもいいよ」

そんな中、何が楽しいのか、少女の調子は変わらない。相変わらず、ケタケタと笑っているのだ。

凄い神経だなー。と竜胆は考えているのだが、こんなことを考えている時点で彼の神経も大概に太い。

言われた通りにバットをおろして渡す。
抵抗する気は一切、竜胆にはなかった。

「ごめんなさい、今は食べ物はないんだ。お金も、この国のものは持ってない」

竜胆は空いた手で財布を取り出して、行動で示す。小銭とお札が数枚入っているが、日本円だ。小銭は多少使い道があるかもしれないが、価値がつくかは微妙な気がした。

「変な硬貨だな。紙は何の証書だ?ワケわかんないから使えないし、返す」 

返して貰えるとは思っておらず、そのまま受け取って元に戻した。
バットはケースから出して、少女は確認した。「変な棍棒」とだけ言ってケースに戻す。こちらは帰ってこなかった。

「なんか、なんもないな。 悪かったよ」

明らかに落ち込んだ様子で少女は手を離した。なぜか、竜胆が悪いことをしたような気持ちになる。少女がナイフを持っていないなら、そう見えたかも知れない。

「その、ナイフは怖かったけど気にしないで。実害はなかったし」

ぜひ、気にさせるべきなのだが。
竜胆は少女に謝っていた。
実害もある。バットを奪われているのだ。

「ああ、いや。気をつけて帰れよ」

少女が肩を落とし、背中を向けた。

「うん、ありがとう」

礼も言うべきではない。
もはや、竜胆の人格すら疑うべきかもしれない。しかし、少女を被った雰囲気にそう錯覚させる空気があったことも否定は出来なかった。

竜胆も背を向けて、家に入ろうとした。
しかし、背後で何が倒れる音がした。
振り返れば、案の定、少女が地面に倒れていた。急いで竜胆が少女に近づく。

「えっと、大丈夫?」

答えは帰って来なかったが、代わりに腹の音がキュルルルルルと可愛らしく鳴った。
空腹で人が倒れるのを竜胆は初めて見た。

その姿が、あまりにも哀れで気がつけば竜胆は彼女を抱えて家に入っていた。
少女との関係は、強盗と被害者だった。
しかし、少女の倒れた姿を見た上で見捨てられるのは外道か、人で無しのどちらかだけのように竜胆は思えたのだ。
 
家の一階にある宴会スペースに少女をおろして、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出す。500mlペットボトルの口を開けて、彼女の口許に持っていく。
スンスンと鼻が動いて、次の瞬間にはペットボトルがひったくられた。
んぐんぐと、音を鳴らして、スポーツドリンクは喉を通っていった。

「ああ、慌てないで」

「んふぶっ!?」

声をかけたかいもなく、気道にスポドリを流し込んだ少女は鼻から謎の液体を迸らせた。もはや、綺麗な顔が台無しである。
見かねて竜胆はタオルで顔を拭いてやった。
少女はふごふご言いながらも成すがままだった。

「…………礼はいわないぞ」

顔を拭かれてからの少女の第一声だ。自身の行動に意味を感じていなかった竜胆としては、気にしていないのだが。言葉にされると悲しいなと思ったので。

「お礼をいわないなら、ご飯はあげない。気をつけて帰るんだよ」

「助けていただいてありがとう!にーちゃんは、命の恩人だ!」

両手をあげて礼を言われた。
一緒にポンチョの中で何かがバッサバッサと揺れていた。獣耳があるのだ、しっぽもついているのだろう。 

「じゃあ、静かに座っててね」

「わかった!任せろ!」

背筋をピンとして、しっぽだけが動く姿は愛らしいの一言だが、少女と竜胆の関係は強盗と被害者である。
そんな人間に飯まで施すのだから、竜胆芳士もトコトン御人好しだ。

何を作ろうかと冷蔵庫をあけて、竜胆は食料を漁っていて違和感を覚えた。
まず目についたのは、卵だった。
昨日、調理に使って数を減らしたはずだが元通りになっている。
ベーコンも切り取ってラップをかけていたはずなのに、ラップにはブロックが丸々包まれ、玉葱も半分使用したのに皮を剥く前の艶やかな姿だ。
牛乳にチーズも封を開ける前の状態になっている。

明らかにおかしい。
こんなことになっていなければ、勘違いで済ませていただろう。
だが、彼は勘違いなどと思わないように昨日、家を隅々まで調べたのだ。

材料を取り出して、眺める。
これは、昨日とは違う明らかな変化だった。これは、調べる必要がある。
そのための準備をしようとした時。

くきゅるるるる。 

などと聞こえてきては、仕方がない。

「ねえ、にーちゃん。これ、食わしてくれるの?」

いつの間にか、近くに来てベーコンを見つめている少女のキラキラと輝いた目を見てしまえば、考え事など二の次になってしまうのだ。

「美味しくするから、待ってな」

「うー、はーいー」

考えるよりも調理を優先して、行動を開始する。しかし、二日続けてカルボナーラを食べるのは、なんだか悔しい。
少女には、カルボナーラをつくり。
竜胆は、ソースを変えてナポリタンを作ることにする。
ベーコンソテーまでを昨日と同じ過程でつくり、ケチャップと野菜ジュースをパスタに絡ませる。ケチャップが弾けてぱちぱちと音がする。香ばしい匂い。ピーマン抜きは悲しいが、チーズをたっぷりといれて、本日は良しとする。

調理中、少女は涎を垂らさないよう必死だったが腹の音はフライパンの音に負けずに響いていた。

「フォーク使える?」

「つかえる!」

竜胆が訪ねると、直ぐ様答えた。

「いただきますしてからね」

「わっ、わかった!だから、はやく」   

カルボナーラを少女の前に置く。
もはや、我慢は限界だった。 

「いただきはぐ!」

「いただきます」

言葉の途中で手をつけた少女を微笑ましく思いながら、竜胆もナポリタンを口に運ぶ。
ああ、ケチャップは正義。
なぜ、こんなにも旨いもので口を汚さずにいられようか。

竜胆は、少女を見る。
どんなリアクションをしてくれるか、楽しみだったのだ。

だが、思わずドキリとする。

「ふぐっ、おいしい……ひっ、おいひいよぉぉお。うぇぇ、ん。ひっぐ」

泣いていた。
少女は泣きながら、カルボナーラを啜っていたのだ。
あまりの衝撃に、異世界に来ても止まらないようにしていた思考が停止した。

「もう…………、もう、無くなる。ぐすっ、ずっ、うえぇぇん」

「たっ、たべる?」

竜胆がナポリタンを差し出す。

「ありがとぉぉぉお、うえぇぇん」

もはや、情緒の不安定さを感じる光景だった。しかし、竜胆は、その涙が羨ましく思った。だからか、静かに少女の頭を撫でていた。

いつの間にか食べ終わり、少女は眠ってしまった。
クルクルと回った感情に感心しながら、今日の出会いを良いことだと竜胆は思う。

もし一人でいたなら、自身の感情がどうなっていたかなど、どうしてもわからなかったのだ。
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