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初見世
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謀り事が成就し緊張が解れた岩井弾膳の酒席に禿の声が響く。
すぐさま男芸者が鳴り物を繰り出し、岩井や田宮の関心を座敷芸に引き戻した。揚羽太夫の目配せで、留袖新造が岩井の横に纏わり付きその色香で岩井の注意を紛らわす。
間髪入れず男衆が、羽若を座敷から運び出し、その手際の良さが幸いして、羽若を不審に思う客はいなかった。
二階番の男衆に抱えられて部屋まで運ばれると…
「羽若さん、大丈夫でござんすか…」
心配げに羽若の表情を覗き込む。
「はい、ご迷惑おかけしました…急に血の気が引いてしまいました、きっと帯のせいですね」
二階番は部屋の外に出ると
「楼主さんが話しがあると言ってますが…何なら、今夜は具合いが悪いと伝えやしょうか」
二階番は、太夫以外には見せた事のない心遣いをする。
「いえ、それには及びません。 帯を解けば血の気も戻ってくると思います」
萩(羽若)は、若い二階番に微笑む。
「へっへえ… では、楼主さんに足を運んで頂きやす」
二階番の男衆は、そう言い終えると階下へ下がって行った。
長年、廓の中で様々な遊女の世話をしている二階番や見世番の男衆(若い衆)や鑓手は楼主以上に遊女を見定める目が高い。
特に二階番は、遊女の普段の様子を目の当たりにし、新しい禿や新造の将来を自分なりに見通すと《突き出し》前に媚びを売っておく。
羽若の将来は《伊勢や》を背負って立つほどの太夫になると見通して今の内から親切にする抜目のなさだった。
「羽若…具合が悪いんだって…大丈夫かい」
「はい、もうすっかり…」
羽若は解いた帯を締め直して見なりを調え楼主を迎え入れた。
「ちょっと話しがあるので邪魔しますよ」
新吉原《伊勢や》三代目 楼主 簑笠五郎ヱ門が羽若の部屋に来た。
五郎ヱ門は改まって厳粛な表情で、
「引手茶屋の《京や》さんからの紹介でさ…お前の突き出し(初見世)を是非にとのお方が現れましててね…」
「突き出し…」※初めて客を取る事
羽若(萩)の表情が曇る。
「早速見世に、日本橋越後屋さんから寝具一式が届けられてねぇ、まだ新造見習いだとお断りしたのだがぁ…」
「その方は、どのような方なのですか」
萩の思いは水埜彦四郎の下へ跳ぶ。
「さあ…さ、それが…何でも近江の大店の主人らしく、近日中に江戸を離れるとかで…土産話に吉原の新品と京の島原の品比べしたいとか…」
五郎ヱ門は慇懃な目付きで羽若を上から下まで嘗めるように視線を這わす。
「新品…品定め」
萩は、露骨な見世の主人の言い回しに俯き膝に置かれた手を握る。
「まだ廓のいろはも知らぬお前には申し訳ないが、100両の初見世の祝儀まで添えられちゃあ…どうにも断れなくてね ヘヘ 」
…彦四郎様
振袖新造の《突き出し》は、廓遊びに慣れた床作法に詳しい年配者と決まっている。
大抵の場合《突き出し》とは名ばかりで床作法の知らぬ振袖新造に気を遣る所作を施し教える。が、その男根は役に立た無い場合が多かった。
それでも一夜を共にすることで振袖新造は晴れて太夫への道を上り詰めていく。
《突き出し》の相手によって箔が付く。
客は気に入りの遊女と情を交わす為に三度酒席を設けなければならない。
振袖新造ともなるとその世話をしている太夫や禿に至るまで酒宴に呼び、あげくに新造が客を気に入らなければ三度目の夜に床入り出来ない。
羽若は相手を見てはいるがまだ殆ど会話も交わしていない。
しきたりでは断る事も出来るが既に相手は数百両の大枚をはたいて羽若の突き出しを望んでいた。
羽若の突き出しの相手は近江の呉服太物商で大阪にも大店を構える木村久兵衛と名乗った。
夜具三段重ね一式は日本橋越後屋でしつらえられた極上の品で、祝儀も入れて相場の五十両は遥かに超えている。
楼主はその男の身元が確かな事を調べあげていた。
歳は数えの五十歳。おそらく、江戸での商いはこれが最期だろうと思われる老人であった。
羽若は、いよいよ迫る突き出しの相手の素性が明らかになるにつれて絶望感にうちひしがれていた。
姉女郎の揚羽太夫は《伊勢や》に来てまだ日が浅い羽若に目を掛けていた。
教養深く、時に男勝りで涙脆いこの振袖新造(ふりそでしんぞう)が自分無き後は“伊勢や”を背負って立つ太夫になるだろと思って突き出し(初めて客を取る事)の莫大な費用も文句なく出す事にしていた。
「羽若さん…天真爛漫なおまえでも、気欝(きうつ)でありんすか」
揚羽太夫が金平糖を入れた菓子椀を差し出した。
優しげな太夫の言葉は羽若の琴線に触れ見る間に羽若の瞳から涙が溢れ出す。
(彦四郎様…早く早くお迎えに来て下さりませ…殿は謹慎の沙汰が下りました…全て岩井弾膳が企みし事萩は…もう此処に留まる理由なき故…彦四郎様ぁ)
いくら心で叫んでも水埜彦四郎には届くはずも無い事が益々萩を絶望の底へ引きずり込んでいく。
揚羽太夫の慰み言葉すら、萩の今の悲しみには響かない。
「羽若さん、おまえ…心に決めたお方がありんすね…」
顔を両手で覆い返事も出来ずにただただ泣き崩れる羽若を揚羽太夫は何も言わず側に寄り添うより他無かった。
木村久兵衛の三回目の酒席がこの夜《伊勢や》で設けられた。
せめて最高の初見世にしてやろうと姉女郎の揚羽太夫は、羽若の主さんになる木村久兵衛の寝屋着まで絹でしつらえその日を迎えた。
酒席は《伊勢や》をほぼ貸し切り状態で行われ久兵衛の取り引き先の日本橋越後屋の隠居までもが顔を揃える荘厳な宴となった。
宴もたけなわの頃を見計らい禿(かむろ)を四人、振袖新造を二人引き連れた揚羽太夫がこの夜の主役、羽若改め《若羽木》の手を取り、しずりしずりと上座の木村久兵衛の正面にまかり出た。
禿(かむろ)や振袖
新造はすぐさま脇に控え、久兵衛の真正面に座らされた若羽木(羽若=萩)を残し、揚羽太夫は上座の久兵衛の横に座る。
「今宵、初見世の若羽木さんでありんす」
ゆっくりと顔を挙げた若羽木(萩)の前で、白髪混じりの町人髷をきっちり結い上げ、浅黒い皮膚に深みのある皴が額 目尻口角に数本づつ刻まれている男が優しげ微笑んでいた。
座布団を二枚重ね上座の上段よりまだ高い位置から見下ろしてはいるがその老人はけして高圧的な態度はみせず、
「これは…驚きや なんとまあ、今夜はまた太夫の絢爛豪華さは言うまでもおまへんが、若羽木はんはなんと清らかでみずみずしい…えらい別嬪さんや…で」
「久兵衛さん、よい土産話を持って帰れますなぁ」
越後屋の隠居がニコニコと翁顔(おきながお)で冗談を言うと
「越後屋はん…今夜、わても久しぶりに気を入れなおして、初物をじっくり堪能させてもらいまひょか」
久兵衛が緊張している若羽木太夫に微笑みかける。
(綺麗なお爺さんだけど…やっぱり厭だ―)
萩は揚羽太夫に言われた通り、ことが始まったら目を閉じて、好きな人の顔を思い浮かべようと決めていた。
これは、仕事と割り切って、命まで奪われる事は無いと…
彦四郎への恋慕を断ち切ろうと心中で葛藤していた。
黒留袖姿(くろとめそで)の鑓手(やりて)が、宴もたけなわ、芸者達の太鼓三味線、鳴り物の最中に
「太夫 床の用意ができました。身支度お願いしますよ」
と、背後から近づきそっと囁く。
若羽木は、絶望と失望感に苛まれながら鑓手(やりて)の後に従って酒席を退席した。向かうは湯殿。
身体を隅々まで糠袋で磨き立てられると、木村久兵衛から贈られた豪奢な夜着に着替え、床を設えた部屋で久兵衛を待つ。萩(若羽木)は生まれて初めて男に抱かれようとしている。
しかも、自分の父親より祖父に近い歳の老人に…
鼓動は高鳴り祖父の指先の皴を思い出す。
まだ見ぬ久兵衛の指先が身体を這い廻るかと想像しただけで全身が寒気立った。
…いくら綺麗だってあの皴だらけの口で…体中を吸われるなんて…
羽織りの襟から覗く五十歳の老人の肌は、張りも無く無惨に垂れ下がる。 かさかさと乾燥した見た目、触れても 麻袋のような触り心地かもしれない。
ブルッ 悪寒に襲われる。
その時
襖がすぅっと開き夜着に身体を包んだ久兵衛が入ってきた。
「若羽木太夫、えろう待たせてもうた」
…もう駄目……
「こんなじいさんが、初めての客であんさんもつくづく運の悪いおなごはんやなあ…」
ドキッ…
「主さん…そんな事はありんせん。大層な祝儀を戴き若羽木は家宝物でありんす」
若羽木は三段重ねの絢爛な夜具を背後に三つ指をついて木村久兵衛に礼を述べた。
「そんな返事せんと楼主はんにおこられますんか?」
木村久兵衛の意地の悪い問い掛けをかわすだけの余裕はなく…
図星にうなだれる。
「ほほほ…図星でおますな。太夫は正直なお方やなぁ…」
久兵衛は畳に平伏す若羽木太夫を穏やかに眺めながら…
「そうそう 、ど忘れしてたわ…今宵の突き出しになぁ もう一つわてから祝儀がおましたんや」
久兵衛が、パンパンと拍手(かしわで)を打った。
どんな祝儀を積まれても、若羽木の心は晴れるはずもなく、三つ指をついたまま畳のへりに視線を落としうなだれるばかりだった。
「主さま、お連れしやんした。」
襖の外から禿の声がお伺いをたてる。
「お入り」
久兵衛の了解を取ると禿が襖をあけた。
「
すぐさま男芸者が鳴り物を繰り出し、岩井や田宮の関心を座敷芸に引き戻した。揚羽太夫の目配せで、留袖新造が岩井の横に纏わり付きその色香で岩井の注意を紛らわす。
間髪入れず男衆が、羽若を座敷から運び出し、その手際の良さが幸いして、羽若を不審に思う客はいなかった。
二階番の男衆に抱えられて部屋まで運ばれると…
「羽若さん、大丈夫でござんすか…」
心配げに羽若の表情を覗き込む。
「はい、ご迷惑おかけしました…急に血の気が引いてしまいました、きっと帯のせいですね」
二階番は部屋の外に出ると
「楼主さんが話しがあると言ってますが…何なら、今夜は具合いが悪いと伝えやしょうか」
二階番は、太夫以外には見せた事のない心遣いをする。
「いえ、それには及びません。 帯を解けば血の気も戻ってくると思います」
萩(羽若)は、若い二階番に微笑む。
「へっへえ… では、楼主さんに足を運んで頂きやす」
二階番の男衆は、そう言い終えると階下へ下がって行った。
長年、廓の中で様々な遊女の世話をしている二階番や見世番の男衆(若い衆)や鑓手は楼主以上に遊女を見定める目が高い。
特に二階番は、遊女の普段の様子を目の当たりにし、新しい禿や新造の将来を自分なりに見通すと《突き出し》前に媚びを売っておく。
羽若の将来は《伊勢や》を背負って立つほどの太夫になると見通して今の内から親切にする抜目のなさだった。
「羽若…具合が悪いんだって…大丈夫かい」
「はい、もうすっかり…」
羽若は解いた帯を締め直して見なりを調え楼主を迎え入れた。
「ちょっと話しがあるので邪魔しますよ」
新吉原《伊勢や》三代目 楼主 簑笠五郎ヱ門が羽若の部屋に来た。
五郎ヱ門は改まって厳粛な表情で、
「引手茶屋の《京や》さんからの紹介でさ…お前の突き出し(初見世)を是非にとのお方が現れましててね…」
「突き出し…」※初めて客を取る事
羽若(萩)の表情が曇る。
「早速見世に、日本橋越後屋さんから寝具一式が届けられてねぇ、まだ新造見習いだとお断りしたのだがぁ…」
「その方は、どのような方なのですか」
萩の思いは水埜彦四郎の下へ跳ぶ。
「さあ…さ、それが…何でも近江の大店の主人らしく、近日中に江戸を離れるとかで…土産話に吉原の新品と京の島原の品比べしたいとか…」
五郎ヱ門は慇懃な目付きで羽若を上から下まで嘗めるように視線を這わす。
「新品…品定め」
萩は、露骨な見世の主人の言い回しに俯き膝に置かれた手を握る。
「まだ廓のいろはも知らぬお前には申し訳ないが、100両の初見世の祝儀まで添えられちゃあ…どうにも断れなくてね ヘヘ 」
…彦四郎様
振袖新造の《突き出し》は、廓遊びに慣れた床作法に詳しい年配者と決まっている。
大抵の場合《突き出し》とは名ばかりで床作法の知らぬ振袖新造に気を遣る所作を施し教える。が、その男根は役に立た無い場合が多かった。
それでも一夜を共にすることで振袖新造は晴れて太夫への道を上り詰めていく。
《突き出し》の相手によって箔が付く。
客は気に入りの遊女と情を交わす為に三度酒席を設けなければならない。
振袖新造ともなるとその世話をしている太夫や禿に至るまで酒宴に呼び、あげくに新造が客を気に入らなければ三度目の夜に床入り出来ない。
羽若は相手を見てはいるがまだ殆ど会話も交わしていない。
しきたりでは断る事も出来るが既に相手は数百両の大枚をはたいて羽若の突き出しを望んでいた。
羽若の突き出しの相手は近江の呉服太物商で大阪にも大店を構える木村久兵衛と名乗った。
夜具三段重ね一式は日本橋越後屋でしつらえられた極上の品で、祝儀も入れて相場の五十両は遥かに超えている。
楼主はその男の身元が確かな事を調べあげていた。
歳は数えの五十歳。おそらく、江戸での商いはこれが最期だろうと思われる老人であった。
羽若は、いよいよ迫る突き出しの相手の素性が明らかになるにつれて絶望感にうちひしがれていた。
姉女郎の揚羽太夫は《伊勢や》に来てまだ日が浅い羽若に目を掛けていた。
教養深く、時に男勝りで涙脆いこの振袖新造(ふりそでしんぞう)が自分無き後は“伊勢や”を背負って立つ太夫になるだろと思って突き出し(初めて客を取る事)の莫大な費用も文句なく出す事にしていた。
「羽若さん…天真爛漫なおまえでも、気欝(きうつ)でありんすか」
揚羽太夫が金平糖を入れた菓子椀を差し出した。
優しげな太夫の言葉は羽若の琴線に触れ見る間に羽若の瞳から涙が溢れ出す。
(彦四郎様…早く早くお迎えに来て下さりませ…殿は謹慎の沙汰が下りました…全て岩井弾膳が企みし事萩は…もう此処に留まる理由なき故…彦四郎様ぁ)
いくら心で叫んでも水埜彦四郎には届くはずも無い事が益々萩を絶望の底へ引きずり込んでいく。
揚羽太夫の慰み言葉すら、萩の今の悲しみには響かない。
「羽若さん、おまえ…心に決めたお方がありんすね…」
顔を両手で覆い返事も出来ずにただただ泣き崩れる羽若を揚羽太夫は何も言わず側に寄り添うより他無かった。
木村久兵衛の三回目の酒席がこの夜《伊勢や》で設けられた。
せめて最高の初見世にしてやろうと姉女郎の揚羽太夫は、羽若の主さんになる木村久兵衛の寝屋着まで絹でしつらえその日を迎えた。
酒席は《伊勢や》をほぼ貸し切り状態で行われ久兵衛の取り引き先の日本橋越後屋の隠居までもが顔を揃える荘厳な宴となった。
宴もたけなわの頃を見計らい禿(かむろ)を四人、振袖新造を二人引き連れた揚羽太夫がこの夜の主役、羽若改め《若羽木》の手を取り、しずりしずりと上座の木村久兵衛の正面にまかり出た。
禿(かむろ)や振袖
新造はすぐさま脇に控え、久兵衛の真正面に座らされた若羽木(羽若=萩)を残し、揚羽太夫は上座の久兵衛の横に座る。
「今宵、初見世の若羽木さんでありんす」
ゆっくりと顔を挙げた若羽木(萩)の前で、白髪混じりの町人髷をきっちり結い上げ、浅黒い皮膚に深みのある皴が額 目尻口角に数本づつ刻まれている男が優しげ微笑んでいた。
座布団を二枚重ね上座の上段よりまだ高い位置から見下ろしてはいるがその老人はけして高圧的な態度はみせず、
「これは…驚きや なんとまあ、今夜はまた太夫の絢爛豪華さは言うまでもおまへんが、若羽木はんはなんと清らかでみずみずしい…えらい別嬪さんや…で」
「久兵衛さん、よい土産話を持って帰れますなぁ」
越後屋の隠居がニコニコと翁顔(おきながお)で冗談を言うと
「越後屋はん…今夜、わても久しぶりに気を入れなおして、初物をじっくり堪能させてもらいまひょか」
久兵衛が緊張している若羽木太夫に微笑みかける。
(綺麗なお爺さんだけど…やっぱり厭だ―)
萩は揚羽太夫に言われた通り、ことが始まったら目を閉じて、好きな人の顔を思い浮かべようと決めていた。
これは、仕事と割り切って、命まで奪われる事は無いと…
彦四郎への恋慕を断ち切ろうと心中で葛藤していた。
黒留袖姿(くろとめそで)の鑓手(やりて)が、宴もたけなわ、芸者達の太鼓三味線、鳴り物の最中に
「太夫 床の用意ができました。身支度お願いしますよ」
と、背後から近づきそっと囁く。
若羽木は、絶望と失望感に苛まれながら鑓手(やりて)の後に従って酒席を退席した。向かうは湯殿。
身体を隅々まで糠袋で磨き立てられると、木村久兵衛から贈られた豪奢な夜着に着替え、床を設えた部屋で久兵衛を待つ。萩(若羽木)は生まれて初めて男に抱かれようとしている。
しかも、自分の父親より祖父に近い歳の老人に…
鼓動は高鳴り祖父の指先の皴を思い出す。
まだ見ぬ久兵衛の指先が身体を這い廻るかと想像しただけで全身が寒気立った。
…いくら綺麗だってあの皴だらけの口で…体中を吸われるなんて…
羽織りの襟から覗く五十歳の老人の肌は、張りも無く無惨に垂れ下がる。 かさかさと乾燥した見た目、触れても 麻袋のような触り心地かもしれない。
ブルッ 悪寒に襲われる。
その時
襖がすぅっと開き夜着に身体を包んだ久兵衛が入ってきた。
「若羽木太夫、えろう待たせてもうた」
…もう駄目……
「こんなじいさんが、初めての客であんさんもつくづく運の悪いおなごはんやなあ…」
ドキッ…
「主さん…そんな事はありんせん。大層な祝儀を戴き若羽木は家宝物でありんす」
若羽木は三段重ねの絢爛な夜具を背後に三つ指をついて木村久兵衛に礼を述べた。
「そんな返事せんと楼主はんにおこられますんか?」
木村久兵衛の意地の悪い問い掛けをかわすだけの余裕はなく…
図星にうなだれる。
「ほほほ…図星でおますな。太夫は正直なお方やなぁ…」
久兵衛は畳に平伏す若羽木太夫を穏やかに眺めながら…
「そうそう 、ど忘れしてたわ…今宵の突き出しになぁ もう一つわてから祝儀がおましたんや」
久兵衛が、パンパンと拍手(かしわで)を打った。
どんな祝儀を積まれても、若羽木の心は晴れるはずもなく、三つ指をついたまま畳のへりに視線を落としうなだれるばかりだった。
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