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入院2
しおりを挟む入院は18階南病棟。
毎週月曜日は教授回診が午前8時から始まる。
朝7時半にはナースステーションで、消化器外
科学教室の臨床の医師達が一同に集まり、カンファレンスが始まる。
病棟看護師達は、サマリー(看護記録)、レントゲンなど資料を用意しながら 平行して入院患者のケアも行う。まさに月曜日は、早朝から病棟は戦場と化す。カンファレンスが終わると“教授の総回診です”と、病棟内に放送される。
入院初日の一通りの手続きは、今までも弟の何度かの入院で慣れている。同室の患者、家族とも差し障りない程度に挨拶した頃…
「ごっ、ゴメン!遅くなったねぇ~黒崎先生の外来患者が多くてさぁ~」
汗を拭きながら只野先生が病室に入って来た。
「お姉さんっ、先生が来たら、必ず手術の説明を聴いて下さいね」
“説明”と“必ず”を強調する只野先生が、せわしなく病室を出て行くと、
入れ違いに黒崎先生が入ってきた。やはり病棟でも、白衣を着ていない。
いつもベージュのチノパンに仕立ての良さそうなワイシャツとネクタイ姿。先生の年は判らない。四十才はいかないだろう。
身長178~180、体重70~75……切れ長の一重瞼、すっきりした鼻筋、厚めのぽってりした唇には、私もつい目がいってしまうほどエッチっぽい。
「只野先生は?」
先生は私に、そう尋ねながら窓から見える早春の海を眺めている。
南病棟は海側に面して窓があった。
「先生、すれ違いませんでしたか?」
無言で海を眺める黒崎先生は稀に見るいい男だった。これで歳が若かったら、私は夢中になってしまうかもしれない。内心、おじさんでよかったと感謝したい…そんなくだらない事を考えながら黒崎先生の横顔に見とれていた。
突然、黒崎先生は先生の横で海に視線を移した私に
「説明…まぁ、いいか?」
と、問い掛けてきた。
先生の視線に囚われてしまった私は、息苦しくなり視線から逃れるように
「まっ、いいです」と、返事した。
先生は、面倒な雑用から解放されたとばかり、
「そうかっ…じゃ、お大事に」
妙ちくりんな事を言って病室を出ようとした…その時、
「先生っ、ダメですっよ、家族さんに説明して下さいよ」
只野先生が駆け寄って黒崎先生を押し止めた。
「そうか…説明かぁ」
今日の先生はどこか、穏やかそうだった。只野先生の後を黒崎先生が歩きその後ろを私もついていった。
「あっれぇ 変だなぁ…カギ開けたはずなんだけどなぁ」
焦る只野先生に、
「なんだっ、開いてないのか…話しにならん! 只野っ、早く鍵取って来いよっ」
黒崎先生は怒るでもなく、只野先生を急かす。
私と先生は説明室の前に並んでドアの鍵穴を見ていた。
「今日は…疲れた」
「えっ?」
私は目を見開き、右側の黒崎先生を見上げた。
先生は私には見向きもしないで、鍵穴に視線を落としたまま
「ったく…余所の病院の尻拭いばっかりだぜっ」
(何なのよ、愚痴りだしちゃって…)
「先生…名医なんでしょ!アメリカ帰りで、超有名って聞いてますよ…
それだけ腕が立つって事ですよ」
私が今言える言葉を素直に伝えた。
先生は、見上げた私をちらっと見て、 力無く口角を上げて微笑んだ。
「名医か?フン…人の失敗ばかり尻拭いする名医が何処にいるんだっよ、」
(私の目の前に突っ立っますよ )
「先生…もう今日は早くお家に帰りたいんでしょ?説明なら外来で聞いているから十分です、 只野先生には、説明は立ち話しで納得した と、言いますから !」
医師の世界の事情は判らないが黒崎先生は先生なりに いろいろ悩みもあるのだろう…と漠然と感じた。
男の弱い面を見てしまうと、母性がつき動かされ、保護本能が目覚める。まして普段から怖いもの知らずの傍若無人な人に弱音を聴かされてしまった。
彼のギャップは私の母性に深く突き刺さった…
(ヤバいパターン …)
法学部に通う私は将来、父親と同じく 法曹会に進みたいと考えている。弟が入院する大学病院は、私が通う大学の医学部なのだが…世間では、同じ大学だと何かと近くて融通も効くだろう思われがちだが、在籍学生も数万の大学。学部により 全く別世界と考えてもらいたい。
私は、弟の前の主治医から紹介されるまで自分が通う大学に名医黒崎ヒカルがいることすら 知らなかった。
医学部は本学キャンパスと違う街にあり、文系の私達と関わる事は病気になって受診する以外に接点がない。
もしくは、サークルが同じなら、医学部学生との交流は、可能だが、グロイサイコ学生と関わる気など全くない。
病気になったとしても、同じ大学系列の病院をわざわざ選びはしない。何の便宜も量ってはくれない。
私は、午前中の講義を受けたあと弟の待つ病院へ向かう。手術前の麻酔科の説明を聴く事になっていた。
総合受付横を通り過ぎると、院内に出店しているスタ*が目に止まった。
(お腹が減った…)
麻酔科説明までの時間は充分あったので迷わずオープンカウンタで商品を選だ。スコ―ンとラテを注文し、スコーンをラテで胃に流しこんでると…
「随分と、ガツガツしてんだな…」
背後から馴れ馴れ しい厭味な響き…
振り返ると、真後ろの席に黒崎先生と綺麗な女医さんが、 座っていた。
「せっ、先生…!」
おどろいた拍子に気管支に食べた物を引き込み激しくむせ込んでまった。
黒崎先生は素早く、ハンカチを私に押し付け 、
「拭けよ…きったねえなぁ」
なにげ無く私の背中をポンポンと叩 いてくれる。
(なに…この馴れ馴れしい態度は…)
私は、鼻水と、口の周りの唾液と食べかすを先生から拝借したハンチで拭きとり、やっと一息ついた…。
「あ-あ… もう食えねぇなあ」
スコーンは無惨にも、床に転がりラテは辺りに漏れでている。
さすがに有名店の店員さんだけある。
私に了解を得ると 手際よく片づけ始めた。
私は恥ずかしいやら、みっともないやらで…その場に 立ちつくし俯いた。
私の鞄は、足元でぱっくり口を開け中で嵩張る六法全書が飛び出しそうだった。
女医さんは親切そうに私の鞄を拾い上げると、
「重い鞄ねぇ…これっ!六法全書ぉ今どき…持ち歩くぅ?」
「おいっ他人の鞄を覗くなよ、何を持ち歩こうが、こいつの勝手だろうが、お前に関係ねぇことに首突っ込むんじゃねえよ!下品だよ お前!」
綺麗な女医さんの顔が恐ろしく変化して先生を睨んだ。
(黒崎先生…あなたの反応の方が、下品なんだよっ)
私は女医さんに向かって笑顔を作って
「気にしないでくださいぃ…こちらの方は、いつもこんな感じなんで、」
と、その場を取り繕い鬱陶しい黒崎先生を無視した。女医さんの方も勝ち誇ったように、先生を無視して
「あなたぁ学生、何処の大学?何を専攻しているのぉ…」
矢継ぎ早な彼女の質問は、私に返事をする間を与えてくれない。少々まごついているいると…
彼女は店員さんに 私が台なしにしたスコーンとラテを注文し直しくれた。
そつのない対応…その隙を得て
「はい、ここの大学の法学部です」
やっと答える事が出来たかと思えば
「何処か具合が悪いの?…まだ若いのに、何科受診…顔色あんまり良くなさそうだけど………」
女医さんの早口な質問攻めにも私が何とか答えようとした瞬間…
「ちっ! いい加減にしろっ たくっぅ… 何なんだよォお前はぁっ、こんな所で問診しやがってっ、こいつは、お前には、全く関係ない奴なんだ、ほんと、みっともねぇ女だなぁっ」
「だいたい、お前も、見ず知らずの奴に何でもかんでも個人情報垂れ流すなよ、頭腐ってんじゃねえの?法学部が泣いて呆れるぜ」
(――うわぁっ! 何っ、何っ、二人の痴話喧嘩にまきこまないでよ!揉めるなら、他所でやってほしいわ)
黒崎先生からの酷い言われようにも彼女は平然と受け答えた。
「あらっ私の患者さんかも…」
「馬鹿野郎っ!んなわけねぇんだよっ、こいつは、お前に関係ないっ…オラァッ行くぞ!」
(こっ、“こいつ、こいつってぇーーっ)
「えっ、はぁっ?」
黒崎先生は私の手首を掴み教科書の入った鞄を拾い上げるとスタ*から私を引っ張って歩き出した。
「先生ー !先生っちょっとぉっ、 怒り所がずれてますよぉ……痛いっ
痛いですって! 痴話喧嘩に、巻き込まないでくださいよ!聞いてますぅ?」
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