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一月三日

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一月三日

先生は、急に病院へ出勤することになり 私は、叔母の家に年始の挨拶に行くことにした。叔母手作りの、おせちを頂き、叔母からは、先生から送られた婚約指輪を喜んでもらった。父親や弟は、昨日神戸に帰ったと叔母から聞かされた。私は、叔母の家に置いてあった荷物を先生の家に宅配便で送る段取りをする。

叔母は、荷物を置いてまた 来ればいいと言ってくれた。私もそうしようかと迷ったが、何時までも叔母に頼ってばかりもいられない。先生と同居しても 忙しい人だから いつも一緒に過ごす事は難しい。
先生と暮らすが、一人の時は私の生活をしようと誓う。
夕方、タクシーで家に戻った。

先生はまだ帰ってきていない。明日からまた入院生活へ戻る。入院用荷物をまとめていると 、電話が鳴った。


「はい…!」  サヤカ…ぁ‼︎   どうして?


「ミチルっ !あんたってば 、とことん 酷い!去年から 携帯も通じないし…皆 心配してたんだから―っ お父さんがやっと教えてくれたよ…東京…か、…えっ、ええって…ぅ…」


「サヤカっ 泣いてる?」



「 … ズルスーッ」


「サヤカぁ ゴメン  もう知ってると 思うけど…」
申し訳なく言うと

「聞いたよ! グズ… ズルズル~  死にかけたって! で 、一番の病院がうちらの医学部って! それからぁ…」

お父さん―まさか 婚約の事…

「聞いた! あの エロ格好いい人って タダシ君の先生だってぇ‼︎ その先生と婚約したって!! なっ、なにいぃ それーっ どう言うことぉ」


私がモゴモゴ 言ってると …


「もう着いたから開けてっ」


  「へっ? はっ?」   モニターにサヤカが写っていた。

加藤サヤカ… 私より二歳下。 T大の同窓だった友人。
彼女を見ると…正直、羨ましく妬ましい。現役合格の可愛い子ちゃんは自分に正直、かつ他人には親切で裏がない。だから…私みたいな挫折人生の女は 彼女みたいな完璧な人―苦手なはずだが、悩み事を 何時も 解決に導いてくれるサヤカは別格。


玄関チャイムが鳴った。

“あっ、はい”   玄関を開ける。

「ミチルーぅ  生きてたぁ!! 生きてるよねぇー」


彼女は 私を強く抱きしめた。

( サヤカ苦しい…よ  )
サヤカの背中が 小刻みに震え泣いていた。


「なに―なにっ、サヤカちゃん 泣いてんのぉ?」
私は 冗談ぽく言う。サヤカは涙目で 顔を上げ、睨む。

「バカ ミチルっ」
サヤカのコートを、ハンガーに掛けてリビングに案内すると…多少の事では驚かないセレブ育ちのサヤカも 先生の趣味にため息をついた。

  「はぁ~~は、はぁ…いい趣味してんじゃん… エロドクター…」


( えっ、えロドク…!先生が留守だと気が大きくなる? )


「差し入れっ 叙*苑の焼き肉弁当だよ」
サヤカがお弁当を掲げる。


「お腹 ぁ 空いてたんだぁ」サヤカに甘える私…


「任せなさい!ミチルは 座ってる!私が 用意してあげるからっ」
サヤカは キッチンに入って 焼き肉弁当をチンする。


「はい  出来上がり~」

チンだけでも お腹ペコペコだと 嬉しすぎる。


神戸に引っ越ししてからの事を、サヤカに話す。サヤカは…
「ちょっとぉ…お酒でもないと 聞いてらんない…!」


サヤカは勝手に キッチンへ行き 空けかけの赤のワインとグラスを持ってリビングのソファーに腰を下ろす。私は焼き肉弁当をちまちま食べる。( 美味しっ…)


「だいたいさ―、二人が 甘ぁい生活に…ってのは 納得するよ、しかも ミチルは病気だし…お相手が―超ぉが二つくらい着く有名なドクター って !出来過ぎなくらい  有り難いよ」

サヤカは ワイングラスをゆったりと手で揺らし 、そろそろかなと思う頃 口に運ぶ。
〝ふぅ~♪〟「美味しいワイン!」ワインに うっとりしているサヤカに、
「それで?」私は尋ねる。

「あっ、 そっ そうよっ 黒崎ヒカル!ネットで調べるより、大学のSNSが速かったわ~ 時期 教授候補―筆頭よ!筆頭‼︎   今の教授が今年 6月には、退官らしいから…4月に 学部長選と教授選のダブル選挙だよ! そんな―忙しい最中に・・・・・・ゴメンね…ほんと、気を悪くしないでね…きつい事言うけど、黒崎ヒカル―婚約なんてっ !何を考えてるのっ⁈   私が 身内なら大反対したかも! ミチルの世話なんか出来っこないじゃんっ!」

サヤカは ワインをグッと飲み干す。その顔は、怒りで顔が真っ赤だ。


―私の世話か…



「ふ~ん…そんな事情 あったのか…」
なにげに 呟く  私に…


「え――っ ‼︎ え―っ!  ミチルってばあ  将来の旦那が 准教授で終わるか 教授になるかじゃ 月とスッポンだよ‼︎ ミチルの将来だって―
旦那の出世に かかっているんだからっ! もう、たくぅ…」


サヤカは まるで自分の事のように 力説する。

「そうよね…そっかぁ― 先生も いろいろあるんだぁ」


サヤカの隣に 移動してワインを少し嘗める。



〝 黒崎ヒカル ますます許せない〟
サヤカの闘争本能を目覚めさせた?

「ミチルってばあ…旦那から 、っんな 事も聞かされてないの?」

サヤカの尋問…

「ぜんぜ~ん 全く知らない!始めから 有名な医者って 聞いて 弟連れて行ったんだけど、最悪!最低 だったから、もう診察なんかどうでもいいかぁって 弟と話してた… クスッ」

私は  一昨年からの先生との事を 思い出し笑ってしまう。

「っ なっ、 何っ 、何一人で 笑っちゃって」

サヤカは好奇心から 私に教えろっと 詰め寄る。

「教えてっ どんな事あって 付き合っちゃってるわけ?何時から~ねっ! ねってばあ~」


「これは だめ― 私の宝物 だから」

(…サヤカちょっと酔ってるよ…)

私は、左手薬指を見つめる。 私の誕生石 ダイヤをあしらった 婚約指輪…印しの品物より  先生と私だけしか知らない出来事が私の大切な宝物。

「何だか思い出させちゃった…悔しいけど 、ミッチ…すごく 幸せそう♪」


サヤカはワイン を飲み干し また自分のグラスに注ぐ。

〝 あんなこと こんなこと~♪  キャッ 〟

私は顔が  カ――――ッと赤くなる。
サヤカの前で モジモジと俯く。

携帯電話のバイブが着信を知らせる。

「あっ 堺君 ん そっ、何だけどぉ~ 去年からぁ 行方不明の お人 確保したから!えっ 、今~   その人の…」

サヤカの意地悪い瞳が、キラッと輝き


「新居訪問してるのぉ~」


(  あっ あっ サヤカっぁ なっ なっんて事!)



「  だめだって!」
私はサヤカに手で バツ印しをする。

酔いが回ってきたサヤカには、通じない。私は時計を見る。ザワザワと胸騒ぎ…サヤカは 私の胸騒ぎなどお構いなしに堺君を呼びだした。


堺君は、自慢のレク○スLsを、かっ飛ばして最近完成した話題の、タワーマンションの前に到着する。正統派お坊ちゃまのすることは派手。 マンション内のホテルをリザーブして、車はホテルの駐車場へ。
エントランスに、着くと、リビングのモニターに 堺君の姿…。


「来て 来てっ 上がって!」

サヤカは、モニターの施錠解除のボタンを 忙しなく探っている。 
モニター画面意外何もない。

「ミッチィ 開かないよっ !開けてぇ」


(…駄々っ子ね)

私はモニターに顔を近づけた。


「ほぉ~! そう言うワケか…」

しきりに感心しながら もいそいそと玄関まで迎えに出るサヤカが可愛らしい…先に玄関も開錠し、食べ後を片付けながら熱いコーヒーを入れる。 間もなく、堺君にしな垂れかかったサヤカが…

「ここっ やっぱ、人気スポットだけあるでしょっ!」

(もう…酔っ払い)

堺君は、申し訳なさげにリビングに入って来た。

「明けましておめでとうございます」
私は 堺君に入れたコーヒーを運ぶ。


「おっ、おめでとうございます…」

堺君は、私の今の様子に多少の違和感を感じている。
以前の私では無い 外出もできず、貧血ばかりして…血の気の無い 真っ白いお化け…

「座って! …私 なんか…変かなぁ?」  作り笑顔で聞いてみた。

サヤカは 半分うたた寝気味に、 

「変?どこがよぉ~ 何も 変わっ て…なあ…い」  堺君にもたれて 夢の中へ…

「率直に言えば…  少し 痩せたね。 なんだか凄く、 大人っぽくなった綾野さん…ゴックン」

この時 堺君は、私を見るなり色気でゾクゾクしたらしい…。  案外 自分の本当の姿なんかわからないものだと思った。先生の毒に染まってしまったのかもしれない。私に一番似あわない 称号…



「サヤカっ 起きろよ!綾野さんに失礼だろ…」
堺君はサヤカを 揺さぶるが…彼女は、寝息立て目覚める兆しが無い。
「いいですって! ゆっくり寝かせてあげて…そのうち酔いも醒めますって」  キッチンでお菓子でも無いか探すが見当たらない…

その時、固定電話の呼び出し音が鳴った。    嫌な予感がした。

 「はい…! ん、 お疲れ様…今 友達が来てるんだ、下でお菓子か何か 買って来てぇ~  あぁ先生の食べ物も無いから、好きなの買って…わかったぁ?」

〝   Godzilla  〟ご帰還 ‼︎  機嫌の良し悪しに 関わらず、先生の顔は 高層ビルの間から突如現れた ゴジラの顔に似ている。

「綾野さん 、もう 主婦の王道行ってるよ…俺達さ お邪魔じゃね?」


「ないっ、ないっ、 全然 、居て、 居てっ」 

 慌てる…  (堺君達が、嫌じゃなかったらだけど)

先生は、厭味な態度を露骨にする   予感…。

「サヤカ 起きろよ  綾野さんのご主人帰って来るってさ…」


「う~ん…黒崎ぃ~」    (リノ先生状態だよ、サヤカったら)


それから、10分後  〝ガチャッ 〟玄関ドアが開く音。

「帰って 来た! ちょっと 待っててね」

私は堺君に言うと、玄関に先生を迎えに出た。
普段は丁寧に撫で付けられたオールバックの黒髪が…無惨に乱れ、髪のひと束がはらりと先生の額に掛かっている。

【風と共に○ぬ】の レッド○トラーみたい!!!!

(うわぁ~ん(涙)カッコイイ‼︎ )

ネクタイを緩め、 シャツの胸元から 鎖骨と周辺の筋肉が覗く…思い切り先生のオヤジ臭を吸い込み クラクラする。


(…レッドっ…)   スカーレット気分の私は、

「お 帰りぃ…」抱き着き、肩に腕を絡めキスをねだる…


 「バカっ客が来てんだろっ…」

「はっ…!」 先生の瞬殺 官能オーラに堺君達を忘れてた。
先生は 私を無視して、先にリビングへ入って行く…

「あっ 、ちょっと、ちょっ、まっ、待って、、」



「やあっ…いらっしゃい」

先生は、ソファーに寝入るサヤカを無視して堺君を見た。
声は穏やかでも、刺すような視線が痛い。 その視線に堺君は萎縮している。 人物を見切ったとでもいいたげに先生は、「ゆっくりしていって」 と、厭味な笑みを浮かべる。

「おっ、 お邪魔してますっ」

堺君ときたら、 その場に直立不動、 先生の威圧感に固まっている。

先生は横で酔い潰れているサヤカには、見向きもせず 手荷物をダイニングテーブルに置くと、サニタリースペースへ入って行った。先生の背後から一部始終を見ていた私は、先生のコートを持ったまま安堵 のため息をついた。

(堺君…口、開いたままだよ)   堺君は、コーヒーを 一口飲む…   “ゴック”  堺君の嚥下音が響いた。

「綾野さんっ、ご主人て…何だか凄いオーラのある人だなぁ…」

私は、堺君に弟の元主治医で、T大学医学部の医師だと説明した。

「はぁ―ぁ  大学病院の先生か!しかも天下のT大‼︎   香川が聞いたら 驚くだろなぁ……いやぁ…俺も驚きました」

堺君は、急に部屋を見回しながら、落ち着きが無くなる。 私は堺君と言葉を交わしながら、お風呂から出てくる先生の食事の準備を始める。堺君には、先生が買ってきた○○カフェのガトゥーショコラを出した。

「うわっ!またまた おどろき‼︎ 今 東京で 一番人気のガトゥショコラじゃん!ご主人、わざわざ行列に並んだんじゃ…?」

「さあ…どうかな…並んでまで 何かを手に入れる人じゃ無いから…きっと頂き物かも   」

私は堺君に笑顔で答えながら…内心 先生の人脈をもってすれば何でも手に入れられると信じていた。 実際 このマンションだって、百倍はある倍率をクリアして、難なく手に入れた。

先生が買ってきたラザニアを温め直して ダイニングに置く。
私がリビングで堺君とおしゃべりしていると、 堺君のスマホがメール着信を知らせる。


「香川だ!」  ドッキン…胸が軋む。

堺君の返信は速かった。


「綾野さん…香川がどうしても 綾野さんに逢いたいらしい、明日から
入院なら 絶対会いたいって―」


堺君の困惑したな表情。


私は 俯く…先生には、言ってない秘密。   香川君には 一度告白されている…。



 ドキドキ…が止まらない。


先生は入浴を済ませバスローブのまま、冷蔵庫を開けビール片手にダイニングの椅子に腰を下ろした。

「行儀悪い格好で 済まないね…」 一応断りを入れる。

(珍しい…)       その後…足を組み ビール片手に新聞に目を通し始める。まるで 堺君達が 存在しないかのように…


(ほら―始まった 、ったくぅ…人をもてなす事を 知らんのかっ…何時だって  ちやほやされる側だもんね…)

堺君が居心地悪そうにソワソワしだす。

「堺君っ、 気にしないでね。 何時もあんななの…ほ~ら  大学の先生ってさ、変にプライド 高いくせに、世間の常識に 疎いというか、あんなの多いじゃん  …ちょっと 変わってるのよ  “うちの人”」


(あっ  ちゃーーーーっ うち の ひ とぉだって…ヤバ~)


ドギマギと…目が泳いでしまう。  先生は、変わらず私達をシャットアウトしてる。

「綾野さんっ、やっぱ完全に 奥様じゃん」

堺君は鋭くツッコミを入れて、  私を冷やかす。

(余計な!)

「つっぅか… 違うってばぁ、まっ、まだぁ とりあえずね、結婚前提の練習っ…あっ 、そう!予行よ 予行練習!  あ、は、ははぁ…」

完全に上滑り…私はその場から キッチンに入って 間を取り直す。



「堺君  お腹空かない? 何か食べる?」

( ごまかす…)

「えっ 、嬉しいけど…」   彼の視線が先生の方へ動く。明らかに遠慮していた。
私は、先生を無視して…「あっ 、卵焼きっ作るわっ甘いので?」
突然の卵焼き宣言に、先生がジロリと私を睨む。

( 無視… 無視…)

「ちょっと待って 、赤出しなんか 作れそうだから…」


私は冷凍していた ご飯を取り出す。ストックしていた 出汁に 八丁味噌を溶かし隠し、味に味醂を入れた…乾燥ワカメで完成。

卵焼き、 出汁少々と塩 砂糖の代わりにハチミツ 、お酒で味を整え空気が沢山入るように掻き混ぜて 焼く。 うっすら 焦げたりして…ご愛嬌     何層かに巻き込み 巻き簀で 形を整えるころ いい香りが漂う。



「俺も…」  カウンター越しに 新聞を読んでる先生が 、ボソっと呟く…
わざと聴こえないふりをして…   「堺君  どうぞ~」リビングに運ぶ。

ご飯 と赤出し  卵焼き …“  質素な夕餉。”  セレブな お坊っちゃまのお口にあうかだろうか?

「先生っ ‼︎  ラザニア冷めてますよ~ 」
私は、先生の目の前のラザニアを引き上げようとした。


「っつ、 俺にも 卵焼きだっ‼︎ 」  小声で、しかも 命令口調。新聞の隙間から  私を 睨む先生。


「わぁー  !なっ、なにぃぃ―い! 綾野さんっめちやくちゃ美味しい        最高ぉ~」堺君のタイミングの悪い歓声に、先生はキレる寸前。


「ミ・チ・ル ・チャン  後で  覚えとけ…よ!」


( ふんっ 礼儀知らずな態度するからよ お仕置きだよ)
    

「センセェ~  だし巻き卵で良かったですよネェ~」

私は先生の殺気をかわして 、だし巻き卵に取り掛かった。一番の得意種目を出してご機嫌取り。  所謂、〝 アメとムチ〟だ。

「先生 ご飯は?」

「喰うに決まってん だろ 」  新聞から目を離さず 偉そうな返事。
カウンター越しに 赤出しと 卵焼き 、ご飯を出す。赤出しには一味唐辛子を少しふり入れる。先生は、カウンターからそれらを受け取ると 自分でテーブルに並べて箸をつけた。じっと 先生の顔を見つめる私…

 (  美味しい? )  
この先生の表情の変化を味わう一瞬だけ  私から堺君もサヤカも存在しなくなる。   先生と私 二人だけ……

堺君のスマホのバイブが振動した。

「あっ 香川だ !綾野さん…」

私は我に返り、モニターに映る半年ぶりの香川君を見た。  胸の鼓動が 早打ちを はじめた。

 「どうぞ―」  施錠を解く。



私は 彼を玄関で 出迎えた。180センチは超えているかと思われる長身 。細身の体躯を 黒いライダースーツに包みフルフェースのヘルメットを抱えた 香川君が、そこに立っていた。


 ( 顔ちっちゃ…)
一瞬 余りに 綺麗過ぎて 見とれてしまう。でも …目の前の人は私が覚えている 柔らかい雰囲気の イケメン香川君と何処か 微妙に違う。ドキマギしながら気まずい空気が流れる。


「かっ、香川君― お久しぶり…メットさ、そこ置いてね…」

香川君はヘルメットを 玄関のチェストに置きながら、ライダースーツの皮ジャンを脱ぐ。私への厳しい視線を向けたまま――刺すような視線をそらさない。



( こわい…表情…もしかして 怒っている? )


「うわッ… かっ !かが‥わ‥くぅぅ―ん‼︎ 」

香川君は 私を抱きすくめ 私の肩に、頭を落とす。

「‥‥‥‥‥‥…very‥worrid…‥ab…t you…」
(めっちゃ 心配したよ)




(…香川君…ごめん…心配して くれてたんだ…)


私は、香川君の背中に手を回し 家族にするような ハグをしているつもりでいた。

(  かっ、香川くぅん  力が…強い  くっ苦しい…よ )

リビングのモニターに 映し出されている事を、忘れていた。
香川君は 帰国子女だけあって、見かけによらず大胆な 感情表現をする。このハグは 香川君はどうであれ…私としては、家族的なハグなのに――「香川君 、大丈夫だよ! ほらっ、今 元気だから…ねっ、ねっ!」
香川君をなだめるように 彼の背中をポンポン叩く。やっと、私を放してくれた香川君は、 ニッコリ微笑む。 私も笑顔で彼の顔を見返す。    
  ( 香川くん――あなたには、笑顔が似合っているよ )

「さっ 、さっ 上がってっ…上がって」 私は 香川君をリビングに通した。


「よっ …」  堺君は 酔っ払って 寝ているサヤカと 、完全に自分の世界に没入している先生のいる空間で 、一人取り残され借りてきた
猫さながらに、そわそわ 落ち着かない様子だった。


一方、香川君の目に 飛び込んできた光景は、彼の身長でも余裕ある高い天井と、広いリビング。ガラスウォールから見える副都心の夜景。リビングのソファーで サヤカが酔っ払って寝入っている。その横で 、堺君が 〝 来い来い 〟と、視線を先生に向けながら手招きする。香川君が 堺君の視線の方に顔を向けると 、ダイニングの椅子に腰かけて 雑誌に目を通す先生を 見つけた。


香川君の瞳が見開く。 “ゴック” 

先生は 新しい客を 完全に無視、―  その態度が 何時もと違う…先生の何やら危険な波動に緊張感が漂う。

「こんばんは、あのぉ 人違いなら…申し訳ないのですが…貴方は、ひょっとして T大第二外科教室臨床の 黒崎先生では…?」

香川君が恐る恐る聞く。 先生は 聞こえないふりを する。


( ったく‼︎  何なのよっ!…こど‥も‥  かぁあっあーー!!!!)

私はキッチンのモニターに気づく…!!!

( ヤバ――イイッ  あっ! 玄関のハグゥゥ‼︎…見た…? )

先生は 雑誌を見ながら、組んだ足の片側を忙しなく揺する。―いわゆる 貧乏揺すり…明らかにイライラしている。

「そっ、そうなんだぁ かっ、香川!」堺君は、私と先生の事情を知らない香川君に 二人の婚約を暴露しようとする。
すると、先生が〝 バンッ 〟と 音が響くほど 雑誌をテーブルに 派手に置いた。


「その 黒崎だが…君は?」  Godzilla(ゴジラ)が立ち上がる。

「ちょ 、ちょっとぉ…さっきの  ハグはぁ…っ 、ちがうっ…」

私は立ち上がる先生の方に 駆け寄る。


「香川君は…海外生活が…ね 長くてぇ…」

香川君は 私の慌てようには 頓着せず…

「先生っ  初めまして!  K大学医学部6年の香川と言います」


(   かっ 、がわ くん…)


「私の事は   知っているんだ…な 」
先生は香川君をジロリと、見据える。


「あっ…はい…去年 うちの医学部創設記念式典の先生の特別講演を聴講させて頂いたばかりですから…」
緊張気味に答える。


「それでー  いきなり私の妻と熱い抱擁かぁ!」


香川君は一瞬…固まる。「つっ…妻?」    面食らう。

「綾野さんが 結婚しているとは…聞かされて‥ いませんが――」
香川君は、視線を足下に 落とす。

「ふん、いちいち 君に 私達の プライベートまで話さないといけない関係なのかな…?」
先生の 意地悪は、どんどんエスカレートしてくる。



「かっ 、香川君 !結婚って…、まだっ、つ…妻って訳じゃぁ…そのぉ   あっ」   私が言い訳すると、先生がいきなり私の口元を摘む。


「おまえ―っ‼︎  もう一度言ってみろっ  どの口でっ 言ってんだぁっ‼︎」

つまむ親指と人差し指に力が入り…

「い‥い  たぁぁー  ついっ!とぅばぁ‥かぁ  」
(痛いってばぁ)

私は、先生の手を払い除けようと ばたばた手を振り回す。
この一部始終を見ていた堺君が、吹き出しそうになるのをこらえる。

「先生 っ !もう放してあげて下さい…」
香川君が 苦笑いしながら 私と先生の間に 割って入る。



「…っ…で、K大医学部の学生が 何の用だ…」
先生は 拗ねたように 香川君に視線を向ける。自分の嫉妬心に気づいてない。

「いえ…綾野さんが病気と聞いて―…長く連絡も取れなくて、正直心配でした」    
香川君は真顔で 答えた。先生は椅子に腰をかける。


「ふ~ん  聞こうじゃないか 、こいつとどんな関係か」
先生の目が据わっている。



( つうかぁ…先生…保護者だよ…まるで…)


香川君は 去年の知り合ったきっかけからの いきさつを話す。
香川君の方が、私の事を 一方的に好きなこと、やんわりと振られたこと。

「 綾野さんの心中は、その頃から “くろさき”なる人が占拠していた」と、今夜その  “くろさき” が 誰あろう T大の黒崎先生だとわかった事。

「つまり―綾野さんが 、今でも  “くろさき”  なる 人の事が好きなら僕は 完全に失恋です」
香川君の刺すような、懇願するような 視線が私に注がれる。


( なぜ―こんな事・・・・になるのよ…)私は俯く。



 ( そんな ひどいよ 香川君…)


「おい 香川 ぁっ らしくねぇって!綾野さんを困らせて、どうすんだ よ  」
堺君が敗北を 認めろとでもいいたげに、香川君に忠告する。


・・・・・・・・・・・・・少しの沈黙の 後、


「わっりいぃっ つい、二人の仲を見せつけられて―!綾野さんを困らせたくなった  」
香川君は 苦し紛れに 舌をぺろっとだす。


 ( ゴメン  かがわくん・・)


「おい 香川といったか?   ちょっと頼みがある」


 先生はまた また 何を言いだすのか⁈
私は内心ハラハラする。



「暇ならぁ  これ 英訳出来ないか…?」

先生は パソコンをテーブルの上に置く。

「こいつ…バカだから英訳は無理だって…ほざきやがって ったく!
クソの役にも立たねぇ…んだよ  」

私の頭に ずんと 手の平を載せ、私を役立たず呼ばわりする。

( クソ ジジイは、先生よ‼︎ )

香川君は パソコンのモニターを見て 目を輝かす。

「先生!まさか ‼︎  サイ○ンスに投稿する原稿ですか⁈ 」

香川君はもう パソコンのキーボードをカチカチ打ちはじめている。それは、彼が 黒崎先生の発表前の生論文を、先生しか知らない内容を 一番に読める事に他ならないからだ。


「ま‥あな…」
先生は モニターに映るアルファベットの列を見ながら、香川君の英訳に おおいに満足している。

冷蔵庫から 缶ビールを取り出し勢いよく開ける。
「 旨え~~!」
香川君の有能さは、一目瞭然だった。
「まあ 香川、ゆっくりしていけよ それから出来るとこまででいいぞ!そっちの兄ちゃんは、ぼちぼち その娘 、送ってやれ」

先生は サニタリーに行く。私は 取り敢えず難を逃れた。香川君の横で 彼の完璧な英訳に見とれる。

( さすがに…K大医学部 最難関学部  敵いません…)


先生は オヤジパジャマに着替え、歯をゴシゴシ磨きながら、私と香川君の背後から英訳を見る。少し 香川君の手を制止すると、バックスペースキーを打ち 一部を 先生自身で打ち直す。

泡まみれの歯ブラシをくわえたまま…そして また サニタリーへ入っていった。

香川君は
「はぁ…凄い 」と、感嘆しつつ 指を忙しく動かす。

私は、二人が白衣を着て 同じ現場で、仕事をしている凛々しい姿を妄想しながらワクワクしていたのに…先生ときたら、パジャマ姿で
キッチンの小型テレビを見て 下品に笑いだし香川君の邪魔をして…私の妄想も ぶち壊してくれた。

“お笑い” 正月特番…め!


「サヤカッ 起きろ!」堺君が サヤカを揺するが、モゴモゴ言うばかりで一向に目覚めない。

(…はぁ)堺君も天井を 見上げ違う意味の溜息をつく。

「俺 は、下のホテル  リザーブしてるから、遅くなっても いいんですが…」


( ああ―姫初め…)
私はクスッ と笑う。( 相変わらず ラブラブ…)

「サヤカ 起きなさい!サヤカッ…堺君 、帰っちゃうわよッ  サヤカって…」

私はかなり強めに サヤカの体を 揺さぶる。

「う~ん…ったく…バー…カ…ァ…」

(…何の夢? 私も苦笑いするしかない。)
堺君や私が、手こずっているのを見かねた 図体のでかいオヤジパャマが 行動に出た。私と堺君は 先生の行動にくぎ付けになる。

香川君だけは…英訳に没頭。

先生は、サヤカの体を簡単に持ち上げ お姫様抱っこする。

「おいっ そこの ドア開けろっ」
呆気にとられている堺君に、顎で合図する。

サヤカは 無意識に先生の首に腕を回し 胸に顔を埋め、誰かと間違えて甘えている。

キュン…私の胸が軋み、ザワつく。

堺君は 言われるまま動き、サヤカは先生に抱っこされて ゲストルームへ…
「っ…手のかかる娘だなっ !おまえさ、将来ケツに敷かれるぞ…今なら遅くない…この子は止めとけ 」


( またぁ…余計な事を )
でも、この落ちが無かったら…私はきっと サヤカに ヤキモチを妬いていた。

それから 三人は 、それぞれの思いを胸に秘め、一月三日の夜を 先生の家で過ごす。堺君は、目覚めたサヤカを しっかりお持ち帰りした。

「おい   もうすぐ 国家試験だよな…」
先生が、香川君に尋ねる。

「はっ、 はぁ…」
 香川君は 英訳に一段落つけ、プリントアウトした原稿を先生に手渡す。先生は 原稿に目を通しながら、

「まっ、 がんばれよ…」

満足そうに 原稿を見ながら テレビを見る。

( もうちょっと 気が利いた言葉を、かけてあげてよ!)

「それでは  僕も…そろそろ失礼します」


「また英訳 頼んでいいか?」
先生が帰り支度する香川君に 尋ねた。

「あぁ…はい、何時でも―と言いたいのですが…」

「ふ―ん   暇な時でいいから、メールよこせよ、 いくらでも 仕事あるから…」

先生は メルアドをプリントアウトして、
「俺のプライベートアドレスだ…登録しとけ…」


香川君は、プリンターから先生のアドレスの印字されたコピー用紙を抜き取る。


( もう、人に頼みごとする態度じゃない…)


「綾野さん  ありきたりだけど、お大事に…」
私は、香川君を玄関まで見送る。玄関を出る間際…振り返った
香川君は、

「黒崎先生― 強敵だな・・・・・・ 久しぶりに闘志が湧いてきたよ!綾野さんのおかげだ  」

何の闘志だか―  さっぱり見当がつかない。

リビングに戻ると 先生は、香川君の英訳論文を読み返していた。


私は食器を シンクに運び 洗いだす。
「おい…後は俺がする から―風呂入ってこい」

本当に してくれるか…疑わしいと思いながら私は素直に従う。

お湯は 先生が入った後も保温されて、ちょうどいい湯加減に保たれていた。

明日から入院生活に戻る。








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