白衣の下 第二章 妻を亡くした黒崎先生、田舎暮らしを満喫していたやさき、1人娘がやばい男に入れ込んだ。先生どうする⁈

高野マキ

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男の本音

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黒崎先生は 母屋から旅館のロビーへ続く廊下を歩きながら…有栖川温子に今夜会ってしまったら、ただでは済まない覚悟がいるだろうと予想していた。  昔、欲しくても手が届かなかった宝が、向こうから飛び込んできた。  しかも…子供を産んだ事もない躯で……………………、たったそれだけの想像で 先生の男が熱い精気をみなぎらせ痛いほど女の躯を欲っしてくる。


( 有栖川温子…さっさと帰れよ! 俺を目覚めさせないでくれよ…)


旅館のロビーを素通りすると、中庭に続く長い廊下の先の竹藪に 隠れるように檜皮葺きの離れ家屋が目に入ってきた。  先生にとって使い慣れた仕事場ではあるが、蕩けるほど愛し合った亡き妻ミチルとの思い出の場所でもあった。   こじんまりとした玄関引き戸を開けると五色玉石を埋め込んだたたきには 男女対の下駄が揃えて並べてある。


(  ミチルを初めて連れてきた時…あいつ、…浴衣も満足に着れなかった…)


先生は、今にも妻が「センセイ!」と、呼びかけてきそうな錯覚に〝 ハッ 〟と した。


上がり框を跨ぎ、二間続きの居間の戸襖を開けた。  見慣れた八畳の座敷の真ん中に 欅の一枚板の座卓を前に、有栖川温子は 浴衣姿でほんのりと 頬を桃色に染めて上品な笑顔で黒崎先生を出迎えた。


「ヒィ君、思いきって来ちゃったよ…」

「 何だ…浴衣姿で、もう飲んでるのか?」

黒崎先生は温子の熱い視線に惑わされないように、構わず 着座した。その一部始終を、目で追う有栖川温子の視線が先生にとっては痛い。


「だって…お酒の力を借りないと、ヒィ君の顔を まともに見れやしないもの…今夜は沢山お話しがあるのっ」


「仕方ねぇなぁ…酒の力がないと、男を誘惑できないのかい?  意外とネンネなんだな…」

わざとシラケるような言葉を投げかける。  まずい事に妻を思い出してしまった先生は、他の女性を抱く気にはなれない。  今夜は何もせず温子を家に帰そうと、この瞬間に心に誓ったはずだったが………………………


「酷い言いようね…………誘ったのは貴方の方なのに…」

温子はぷっと膨れっ面をして見せた。  その顔が妙に可愛くて先生の男心をくすぐる。   今すぐに抱きしめて 拗ねて尖らせた唇をゆっくりと 舌を使ってとき解し、口腔の中をじっくりとなめ回したい衝動に駆られる。


「…………」

( ええいっ!辛抱堪らんっ どうにでもなれっ)


「 温ちゃん…こっちに来いよ…俺に抱かれに来たんだよ…な?」

先生は自分から襲ったりはしない。   あくまでも相手次第と決めていた。



「ヒィ君…いいの?  私の体から大倉って男を 追い出してくれる?」


(  亭主を追い出せってか…余程そいつが上手かったて理由か?)


温子はそう言うと、いきなりくるりと、先生に背中を向けて浴衣の帯をシュッシュッと解き始めた。


「 おっ! おいおいっ、大胆だなぁ……………!」

真っ白な襟足から肩に掛かった浴衣が、はらりと下に落ちたかと思うと、腰の辺りで温子は浴衣がそれ以上落ちなように抑えた。


「ヒィ君…解った? 私…………こん…な…だもの…」

背中を向けた温子は、うなだれたまま 僅かにか細い両肩を震わせていた。


(  どうしたんだ!……………何されていたんだ  お前っ…っ)


震える裸の肩を 先生が見て見ぬ振りなどできる筈もなく…気づくと先生は誘蛾灯に吸い寄せられた哀れな〝 昆虫 〟のように 温子の裸の背中を強く抱きしめていた。


「泣くな…いいから、俺に任せろっ!全て上手くやってやるから…」


「……ヒィ君?」



温子の背中の皮膚は 圧迫や打撲傷の治癒痕が痛々しく残っていた。


   「醜いでしょ…自分では怖くて見れないの…よ………ずっと…ずっと…よ…、嫁いだその夜…から………」

有栖川温子は嗚咽を堪えながら、先生に背中の傷跡の経緯を話そうとした。


   「…話さなくてもいいよ…俺もさ、外科医の端くれだから…この傷が何か ぐらいは想像がつく…………綾野の親父さんは知っているのか?」



    「…う、ううん  言えやしないわっ…だって…だって…」


                               ( …気高き旧華族のお姫様(おひいささま)辛かっただろうよ…)

先生は幼子をあやすように背後から優しく温子に話しかけた。



    「そうだろうな…だが…、綾野の父は これっぽっちも意に介しちゃいないから…  大丈夫 心配いらない。 
あの人は昔から 家族を犠牲にして司法の門番として生きてきたプロ中のプロだから…」


浴衣を温子の肩に引き上げてやりながら、先生は父親を愚痴る妻(ミチル)を思い出していた。   

温子は、背後の先生が自分を抱きしめながら死んだ妻に思いを馳せているなど思い及ぶはずも無く、


    「きっと、御祖母様がカヲル叔母様に 話したのでしょうけど…だから…貴方も知って…いて…………………今夜誘ってくれたのよね…なのに、私ったら勘違いしちゃって……恥の上塗りね…」


   「厭…それは違うよ…温ちゃん」




「…」

先生の腕の力が 緩んだ隙に、向きなおった有栖川温子はそのほっそりした腕を伸ばして先生の胴に腕を回し胸に頬を擦り寄せた。  先生は、か弱い少女をあやすように温子を抱き、

「俺達は、生まれた世界が違うと思い込まされてきたからな…だが…
跡にも先にも俺の初恋と言えるのは…温ちゃんへ抱いた感情だけだったと思っているよ…」

温子の頬に先生の熱い吐息がかかる。


「ヒィ君……私だって……………」


先生の体に回された温子の腕に力がこもった。


(  このまま…俺の女にしてしまおうか………⁉︎ )



「なぁ…こんなんでいいのかね? 俺らの初夜は…」



「えっ!…ヒィ君…やっぱり、私の醜い傷跡のせい? 」

温子の瞳に哀しみの色が浮かぶ。


「な…わけねぇよ… 好きな女なら 皆が目を背けても、俺は愛おしくて愛おしくてなめ回してやるさ、だが、…今  寝るのは不利だろ?離婚調停前に…」


「…」
温子は俯き黙ってしまった。

「だよな…よーし っ、お楽しみは、温子が独身になってからにしよう…ぜ!  そのためにも、綾野の親父さんに真実を包み隠さず言うんだ… 勿論、黒崎病院のミチコ…俺の妹が君の診断書 書いて貰えるように 手配はしておく、綾野の親父さんに言いにくい事があるなら、ミチコに話せよ…  あいつは頼りになるから…  慰謝料、思いっきりふんだくってやれっ」

先生は温子をギュッと抱きしめてから前髪を撫で上げると、剥き出しにした彼女の額に軽いキスを落とした。


「…ヒィ…く…ん」




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