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12月30日、23:50まで
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こたつに入りながら食べるみかんは美味しい。
年末年始は時間の流れが遅い。こたつに変身したローテーブルに入ってダラダラ、目の前の高松はテレビを見ながらみかんの皮をむく。なんて幸せなんだ。しばらくは仕事のことも忘れられる。
突然ピンポンとインターホンが鳴った。モニターを確認すると宅配便のようだった。
高松がリビングのドアを開けると、冷たい風が部屋に入り込んで体がぶるりと震える。
冬の寒さも思い出す、そんな年の瀬。
「尾上さん、うちの実家からみかん届きました!」
高松がダンボール箱を抱えて帰ってきた。五キロ分らしい。
「……昨日みかん買っただろ」
意外と腐らないし、二人なんだから食べ切れるだろうと五キロ分のみかんを買ったばかりだ。年末年始の間にゆっくり食べ進めるつもりだったが、その予定は目の前のダンボール箱によってあっという間に崩れ去ってしまった。
「どうする。俺はそこまでみかん好きなわけじゃないぞ」
「いやぁ……送られてきたのは仕方ないし、食べますよ」
それなりに日持ちするといっても生の果物だ。腐ってしまってはもったいない。
「でも無理はしなくていいですよ。俺が多めに食べるだけなんで」
高松は餅も好きだから、しばらくは餅とみかんばかり食べるのだろう。
とりあえず今はこたつの上のみかんを食べるからと、高松はキッチンまでダンボール箱を運びに行った。
チラシで作ったゴミ入れに皮を放っていると、急ぐように帰ってきた高松がこたつに潜り込んだ。
「みかんの皮剥くのって面倒じゃないか?」
「じゃあ俺がやりましょうか?」
文句を言っておいてなんだが、さすがに俺を甘やかしすぎじゃないかと思う。みかんの皮くらい自分で剥ける。
「やってほしいわけじゃなくて」
「えー、尾上さんの世話焼きたいんですよ。いっぱいビタミンとって、健康でいてください」
「なんか俺の母さんみたいだな」
「こんなに大きな子は産んだ覚えないですよ」
「そもそも産めないだろ」
「まぁそうなんですけど」
高松は皮を剥いたみかんを俺の前に置く。しかも白い皮まで取ってある。
一欠片食べる。美味い。もう一欠片食べる。美味い。……もう一欠片。
食べ終わるとみかんが補充されて、わんこ蕎麦ならぬ、わんこみかんを食べている気分だ。
「いや、もういいって」
「もういいんですか?」
「食べ過ぎた。俺はもうダラダラする……」
俺は深めにこたつに潜って、何の気なしにテレビを見つめる。今年の流行を振り返る番組が映っていた。
「今年も色々あったよな。お前がイベントに乗っかりたがるから……なんか、季節感のある記憶が多い」
今年一年の出来事が頭に浮かんでは消えていく。
「冬……お正月は実家帰ってたし、雪かきに節分とか?」
「そうだ節分! 今どき、節分の太巻きでセクハラしてくる奴なんてなかなかいないぞ」
今年の節分高松がスーパーの恵方巻きを買ってきた。俺はどう見ても一息で食べきれない長さの太巻きを卑猥な視線を浴びながら食べたのだった。
「いや、フランクフルトとかバナナとかも……えっちだし」
「小学生みたいな頭してんな」
今年も同じことをやるのだろうか。下ネタなんて一度は通る道だけれど、四十三にもなってくだらない。アホだなと思う。そこまで嫌いではないけれど。
「そういや、靴下で足コキしてやったこともあるよな? 時々馬鹿になるのなんなんだ……」
恋人に『靴下で足コキしてほしい』なんて言われると思っていなかった。そういうプレイ(と言っていいのだろうか)の存在を知らなかったし、ついにこいつの変態もここまで来たかと心配になったほどだ。
「尾上さんだって結構ノリノリだったじゃないですか! 『ざーこ♡』なんて俺のこと煽って……!」
「それはお前が言えって言うから言っただけだ。サービスだよサービス。人を変態みたいに言いやがって」
俺はいたって普通だ。足コキだって騎乗位だって高松が喜ぶから、少し気が乗っただけだ。
「その貴重なサービスが嬉しいんですよ。今年のバレンタインだって、チョコレート買ってきてくれるなんて思ってなくて……! いやぁ、チョコレート交換できて嬉しかったなぁ」
「混んでるデパートの催事場におじさん一人で買ってきたんだから感謝しろよ」
今年のバレンタインデーは催事場に足を運んでいた。人混みに流される中で見つけた、ダイヤモンドのようなチョコレートに俺は目を奪われた。それは高松みたいに華やかだったから。
「もう来年のこと考えてあるんですよ。当日まで秘密ですけど」
「勿体ぶるなよ」
「ええ……じゃあちょっとだけ。最近お菓子作りしてるじゃないですか。自分で作ってみようかなって」
「へえ。この前作ってたのも美味かったし、良いじゃないか」
クッキーやプリンも作っていたし、確かにチョコレートのお菓子も食べてみたい。
「そうでしょ。カヌレとかフォンダンショコラとか、何がいいかな」
「かぬれ? ホンダンショコラ……?」
両方とも聞いたことがあるような無いような言葉だ。なんだかよく分からないが、チョコレートのお菓子なのだろう。
「知らないなら調べないでくださいよ? 当日のお楽しみ」
高松は穏やかに微笑んで、手元のみかんを一欠片、自身の口に放りこんだ。それから、俺に目配せする。『あーん』しようかというのだ。
俺は首を横に振ると、高松はつまらなさそうにテレビに目線を移した。
テレビではドラマやビールのCMが流れていく。冬限定のチョコレートも季節の移ろいを感じさせる。
「お菓子といえばハロウィンも」
「ハロウィンは……結局、お菓子なんてたいして食べなかっただろ」
「誰のせいだと思ってるんですか。ちゃんと買ってきてくれたんなら隠すことなかったのに~」
高松はニヤついた顔を隠す様子もない。
こいつのせいで余計なことを思い出してしまった。今年の汚点の二つ目だ。
俺はハロウィンの存在を覚えていたから、当日にちゃんとお菓子を用意した。しかも『トリックオアトリート』と大事な文言まで覚えていたのに、気の迷いで『イタズラ』の方を選んでしまったのだ。
「尾上さんって本当に可愛いですよね。イタズラされたかったってことですもんね?」
「……わざわざ言うなよ」
どうせエロいことをするんだろうと少しだけ期待していたのに、あろうことか高松は脇をくすぐるだけなんてナメたことをした。
もちろんそれだけで終わるはずがない。こいつの手のひらの上で踊らされるのは癪だし、自らネタばらしして挑発してやったのだ。
「来年はやっぱり仮装してくださいよ。猫耳とかしっぽつけるだけでいいから」
「嫌だ」
「俺の誕生日プレゼントでも? 猫耳尾上さん欲しいな~」
誕生日の話をされると強く言えなくなってしまう。
高松の誕生日は、二年連続で『俺』をプレゼントする日になっていた。平たく言うと身体を差し出しているのだ。初めに言い出したのは自分だけれど、いい歳したおじさんが『プレゼントは俺!』だなんて恥以外の何物でもない。
「来年も尾上さんほしいよ……!」
「いつまで続けるつもりなんだ。あと六年で五十だぞ。五十の男の身体なんているか?」
「尾上さんだから欲しいんですよ。年齢なんて関係ないです」
そうは言ってもどんどん老け込んで、そのうち性欲だってなくなるだろう。歳をとるとはそういうものだ。
「俺ならいいのか。それはやっぱり……俺が好きだから?」
「もちろん」
即答されると少し恥ずかしい。
好きだと言われるのも、必要とされるのも嬉しい。俺もきっと『高松だから』そう思うのだろう。
俺はいつまでも高松に甘い。仕方ないなと、なんでも許してしまう。それは高松が優しくて良い奴で、俺を想ってくれているのが分かるからだ。
──俺は高松が好きなんだなぁ。
俺は思わず「高松」と呟いていた。
明るいくせ毛が不意に揺れる。
高松は俺の言葉を待っている。綺麗な二重の瞳に見つめられると、あまりにも眩しいと思う。
「俺の誕生日にな、お前がくれた財布……本当に嬉しかったんだ」
高松が俺の誕生日にくれたのは、オーダーメイドの財布だった。本革で内側にオレンジ色のステッチ、イニシャル入りでなんだか高松の主張も激しい気がするが、長く使える物を作ってくれたようだ。
先を見据えて共に歩いていこうと、高松からそんなメッセージを受け取っていた。
こうやって年の瀬に思い出すと感慨深い。誕生日も、なんでもない今日も次の一年に繋がっていくような気がして。
明日が来ると当たり前のように信じているけれど、いつかは終わりが来ると分かっている。その日までずっと隣にいられたら──いや、ずっといられるように。
「大事にするよ」
腹の虫が鳴いたから、大きく伸びをして少しだけ気合いを入れる。そろそろ夜も更けていい時間だ。
「そろそろ野菜の準備するか」
俺の目の前にはカセットコンロと二人用の鍋が用意してある。今日は水炊き鍋だ。
先に投入した鶏もも肉はそろそろ火が通るだろうか。絹豆腐、白菜、えのき、大きめに切ったネギ、それと好きな春菊は多めに入れる。
食材が煮えるまで時間がある。今のうちに(それなりに値段のする)純米吟醸を用意した。一升瓶の重みで心が踊る。
ポンと栓が抜ける音と共に、芳醇な香りが広がった。徳利に酒を注ぎ、別に用意した鍋で熱燗を作る。
「俺も飲みたい。ダメですか?」
高松は酒に弱いから、飲みすぎるとベロンベロンになって動けなくなる。
「ちょっとだけだぞ」
そんなことを言って、きっとちょっとでは済まないのだろうけれど。
五分ほど経った頃だろうか。またしても自分の腹の虫に急かされた。
「そろそろいい感じじゃないか」
そうは言っても、気合を入れて野菜を入れすぎたようだ。ボリューム満点。
さらに熱燗を用意する。
ワクワクしながら、昆布だしが効いた白菜をポン酢にくぐらせ、初めの一口。
「これだよ、これ」
口の中に広がる優しい甘み。味わっている間にとけるように消えた。
それと熱燗も一口。温かいアルコールが身体の芯まで広がって、これだけで冬も案外悪くないなと思えてしまうから、俺も随分とチョロいものだ。
次は絹豆腐をポン酢を付けずに口に運ぶ。豆腐なんてそもそも酒のいい肴だ。食べる前から美味いに決まっている。あまりにも熱くて火傷しそうになったが、やはり美味い。熱燗と最強タッグだ。
「尾上さん、鶏肉もいい感じですよ」
先に入れておいた鶏肉は高松の言う通り食べ頃だ。
くたくたになったネギと合わせて口に入れる。柔らかく煮込まれた鶏肉にしっかり味が染み込んでいる。牛も豚もいいけれど、鶏はあっさりして食べやすいから好きだ。
「あー……美味いなぁ」
高松はため息をつくように言う。高松も俺と同じように、このゆっくりと流れる時間を楽しんでいるのだろう。
そのうちほろ酔いになって、だんだん気分が良くなってきた。
「もうすぐ一年終わっちゃいますね」
2025年もあと十分と一日。なんだかんだ楽しい一年だったし、きっと来年も楽しいと思う。それは高松と一緒だからそう思うんだ。
「明日も鍋食べたいかも」
「明日は蕎麦だろ?」
「そっか……じゃあ、来年は何鍋食べます?」
「とり野菜みそかな」
「そういえばまだ食べてないですね。買ってこないと」
「トマト鍋とすき焼きもどうだ」
「いいですね!」
その時もまた俺は日本酒を飲むだろう。こたつに足を突っ込んで、寒い冬から身を守りながら。外は雪が降っているかもしれないし、降っていないかもしれない。それは来年にならないと分からない。
「今年やり残したことないですか?」
「なんだろうな……旅行とか?」
「温泉旅行行きたいですね!」
「パーッと羽広げてさ、温泉浸かって酒飲んで、美味い飯食いたいなぁ」
二人で行けたらどれだけ幸せだろう。そんなことを思いながらふと高松を見ると、彼は俺に笑いかけていた。
「なんだよ」
「幸せだなって」
……急にそんなこと言うなよ。
俺だってそう思ってたんだから、少し恥ずかしくなるだろう。
「ね、尾上さん。キスしちゃダメですか?」
ダメなわけがない。そう言う高松だって引く気がない。
カーペットの上で手のひらを重ねた。温かい指先をきゅっと握る。視線を合わせれば、お互い自然と惹かれていく。
そのままそっと唇を重ねた。たった一秒に今年分の想いを込めた。
「……酒くさいな」
「たぶん尾上さんほどじゃないですよ」
おでこが触れ合いそうなほど近くて、アルコールの匂いもして、なんだかくらくらする。それすらどうしようもなく嬉しいのは、季節が巡ってまた冬が来てもこうしていれば温かいんだと、そう思わせてくれるから。
年末年始は時間の流れが遅い。こたつに変身したローテーブルに入ってダラダラ、目の前の高松はテレビを見ながらみかんの皮をむく。なんて幸せなんだ。しばらくは仕事のことも忘れられる。
突然ピンポンとインターホンが鳴った。モニターを確認すると宅配便のようだった。
高松がリビングのドアを開けると、冷たい風が部屋に入り込んで体がぶるりと震える。
冬の寒さも思い出す、そんな年の瀬。
「尾上さん、うちの実家からみかん届きました!」
高松がダンボール箱を抱えて帰ってきた。五キロ分らしい。
「……昨日みかん買っただろ」
意外と腐らないし、二人なんだから食べ切れるだろうと五キロ分のみかんを買ったばかりだ。年末年始の間にゆっくり食べ進めるつもりだったが、その予定は目の前のダンボール箱によってあっという間に崩れ去ってしまった。
「どうする。俺はそこまでみかん好きなわけじゃないぞ」
「いやぁ……送られてきたのは仕方ないし、食べますよ」
それなりに日持ちするといっても生の果物だ。腐ってしまってはもったいない。
「でも無理はしなくていいですよ。俺が多めに食べるだけなんで」
高松は餅も好きだから、しばらくは餅とみかんばかり食べるのだろう。
とりあえず今はこたつの上のみかんを食べるからと、高松はキッチンまでダンボール箱を運びに行った。
チラシで作ったゴミ入れに皮を放っていると、急ぐように帰ってきた高松がこたつに潜り込んだ。
「みかんの皮剥くのって面倒じゃないか?」
「じゃあ俺がやりましょうか?」
文句を言っておいてなんだが、さすがに俺を甘やかしすぎじゃないかと思う。みかんの皮くらい自分で剥ける。
「やってほしいわけじゃなくて」
「えー、尾上さんの世話焼きたいんですよ。いっぱいビタミンとって、健康でいてください」
「なんか俺の母さんみたいだな」
「こんなに大きな子は産んだ覚えないですよ」
「そもそも産めないだろ」
「まぁそうなんですけど」
高松は皮を剥いたみかんを俺の前に置く。しかも白い皮まで取ってある。
一欠片食べる。美味い。もう一欠片食べる。美味い。……もう一欠片。
食べ終わるとみかんが補充されて、わんこ蕎麦ならぬ、わんこみかんを食べている気分だ。
「いや、もういいって」
「もういいんですか?」
「食べ過ぎた。俺はもうダラダラする……」
俺は深めにこたつに潜って、何の気なしにテレビを見つめる。今年の流行を振り返る番組が映っていた。
「今年も色々あったよな。お前がイベントに乗っかりたがるから……なんか、季節感のある記憶が多い」
今年一年の出来事が頭に浮かんでは消えていく。
「冬……お正月は実家帰ってたし、雪かきに節分とか?」
「そうだ節分! 今どき、節分の太巻きでセクハラしてくる奴なんてなかなかいないぞ」
今年の節分高松がスーパーの恵方巻きを買ってきた。俺はどう見ても一息で食べきれない長さの太巻きを卑猥な視線を浴びながら食べたのだった。
「いや、フランクフルトとかバナナとかも……えっちだし」
「小学生みたいな頭してんな」
今年も同じことをやるのだろうか。下ネタなんて一度は通る道だけれど、四十三にもなってくだらない。アホだなと思う。そこまで嫌いではないけれど。
「そういや、靴下で足コキしてやったこともあるよな? 時々馬鹿になるのなんなんだ……」
恋人に『靴下で足コキしてほしい』なんて言われると思っていなかった。そういうプレイ(と言っていいのだろうか)の存在を知らなかったし、ついにこいつの変態もここまで来たかと心配になったほどだ。
「尾上さんだって結構ノリノリだったじゃないですか! 『ざーこ♡』なんて俺のこと煽って……!」
「それはお前が言えって言うから言っただけだ。サービスだよサービス。人を変態みたいに言いやがって」
俺はいたって普通だ。足コキだって騎乗位だって高松が喜ぶから、少し気が乗っただけだ。
「その貴重なサービスが嬉しいんですよ。今年のバレンタインだって、チョコレート買ってきてくれるなんて思ってなくて……! いやぁ、チョコレート交換できて嬉しかったなぁ」
「混んでるデパートの催事場におじさん一人で買ってきたんだから感謝しろよ」
今年のバレンタインデーは催事場に足を運んでいた。人混みに流される中で見つけた、ダイヤモンドのようなチョコレートに俺は目を奪われた。それは高松みたいに華やかだったから。
「もう来年のこと考えてあるんですよ。当日まで秘密ですけど」
「勿体ぶるなよ」
「ええ……じゃあちょっとだけ。最近お菓子作りしてるじゃないですか。自分で作ってみようかなって」
「へえ。この前作ってたのも美味かったし、良いじゃないか」
クッキーやプリンも作っていたし、確かにチョコレートのお菓子も食べてみたい。
「そうでしょ。カヌレとかフォンダンショコラとか、何がいいかな」
「かぬれ? ホンダンショコラ……?」
両方とも聞いたことがあるような無いような言葉だ。なんだかよく分からないが、チョコレートのお菓子なのだろう。
「知らないなら調べないでくださいよ? 当日のお楽しみ」
高松は穏やかに微笑んで、手元のみかんを一欠片、自身の口に放りこんだ。それから、俺に目配せする。『あーん』しようかというのだ。
俺は首を横に振ると、高松はつまらなさそうにテレビに目線を移した。
テレビではドラマやビールのCMが流れていく。冬限定のチョコレートも季節の移ろいを感じさせる。
「お菓子といえばハロウィンも」
「ハロウィンは……結局、お菓子なんてたいして食べなかっただろ」
「誰のせいだと思ってるんですか。ちゃんと買ってきてくれたんなら隠すことなかったのに~」
高松はニヤついた顔を隠す様子もない。
こいつのせいで余計なことを思い出してしまった。今年の汚点の二つ目だ。
俺はハロウィンの存在を覚えていたから、当日にちゃんとお菓子を用意した。しかも『トリックオアトリート』と大事な文言まで覚えていたのに、気の迷いで『イタズラ』の方を選んでしまったのだ。
「尾上さんって本当に可愛いですよね。イタズラされたかったってことですもんね?」
「……わざわざ言うなよ」
どうせエロいことをするんだろうと少しだけ期待していたのに、あろうことか高松は脇をくすぐるだけなんてナメたことをした。
もちろんそれだけで終わるはずがない。こいつの手のひらの上で踊らされるのは癪だし、自らネタばらしして挑発してやったのだ。
「来年はやっぱり仮装してくださいよ。猫耳とかしっぽつけるだけでいいから」
「嫌だ」
「俺の誕生日プレゼントでも? 猫耳尾上さん欲しいな~」
誕生日の話をされると強く言えなくなってしまう。
高松の誕生日は、二年連続で『俺』をプレゼントする日になっていた。平たく言うと身体を差し出しているのだ。初めに言い出したのは自分だけれど、いい歳したおじさんが『プレゼントは俺!』だなんて恥以外の何物でもない。
「来年も尾上さんほしいよ……!」
「いつまで続けるつもりなんだ。あと六年で五十だぞ。五十の男の身体なんているか?」
「尾上さんだから欲しいんですよ。年齢なんて関係ないです」
そうは言ってもどんどん老け込んで、そのうち性欲だってなくなるだろう。歳をとるとはそういうものだ。
「俺ならいいのか。それはやっぱり……俺が好きだから?」
「もちろん」
即答されると少し恥ずかしい。
好きだと言われるのも、必要とされるのも嬉しい。俺もきっと『高松だから』そう思うのだろう。
俺はいつまでも高松に甘い。仕方ないなと、なんでも許してしまう。それは高松が優しくて良い奴で、俺を想ってくれているのが分かるからだ。
──俺は高松が好きなんだなぁ。
俺は思わず「高松」と呟いていた。
明るいくせ毛が不意に揺れる。
高松は俺の言葉を待っている。綺麗な二重の瞳に見つめられると、あまりにも眩しいと思う。
「俺の誕生日にな、お前がくれた財布……本当に嬉しかったんだ」
高松が俺の誕生日にくれたのは、オーダーメイドの財布だった。本革で内側にオレンジ色のステッチ、イニシャル入りでなんだか高松の主張も激しい気がするが、長く使える物を作ってくれたようだ。
先を見据えて共に歩いていこうと、高松からそんなメッセージを受け取っていた。
こうやって年の瀬に思い出すと感慨深い。誕生日も、なんでもない今日も次の一年に繋がっていくような気がして。
明日が来ると当たり前のように信じているけれど、いつかは終わりが来ると分かっている。その日までずっと隣にいられたら──いや、ずっといられるように。
「大事にするよ」
腹の虫が鳴いたから、大きく伸びをして少しだけ気合いを入れる。そろそろ夜も更けていい時間だ。
「そろそろ野菜の準備するか」
俺の目の前にはカセットコンロと二人用の鍋が用意してある。今日は水炊き鍋だ。
先に投入した鶏もも肉はそろそろ火が通るだろうか。絹豆腐、白菜、えのき、大きめに切ったネギ、それと好きな春菊は多めに入れる。
食材が煮えるまで時間がある。今のうちに(それなりに値段のする)純米吟醸を用意した。一升瓶の重みで心が踊る。
ポンと栓が抜ける音と共に、芳醇な香りが広がった。徳利に酒を注ぎ、別に用意した鍋で熱燗を作る。
「俺も飲みたい。ダメですか?」
高松は酒に弱いから、飲みすぎるとベロンベロンになって動けなくなる。
「ちょっとだけだぞ」
そんなことを言って、きっとちょっとでは済まないのだろうけれど。
五分ほど経った頃だろうか。またしても自分の腹の虫に急かされた。
「そろそろいい感じじゃないか」
そうは言っても、気合を入れて野菜を入れすぎたようだ。ボリューム満点。
さらに熱燗を用意する。
ワクワクしながら、昆布だしが効いた白菜をポン酢にくぐらせ、初めの一口。
「これだよ、これ」
口の中に広がる優しい甘み。味わっている間にとけるように消えた。
それと熱燗も一口。温かいアルコールが身体の芯まで広がって、これだけで冬も案外悪くないなと思えてしまうから、俺も随分とチョロいものだ。
次は絹豆腐をポン酢を付けずに口に運ぶ。豆腐なんてそもそも酒のいい肴だ。食べる前から美味いに決まっている。あまりにも熱くて火傷しそうになったが、やはり美味い。熱燗と最強タッグだ。
「尾上さん、鶏肉もいい感じですよ」
先に入れておいた鶏肉は高松の言う通り食べ頃だ。
くたくたになったネギと合わせて口に入れる。柔らかく煮込まれた鶏肉にしっかり味が染み込んでいる。牛も豚もいいけれど、鶏はあっさりして食べやすいから好きだ。
「あー……美味いなぁ」
高松はため息をつくように言う。高松も俺と同じように、このゆっくりと流れる時間を楽しんでいるのだろう。
そのうちほろ酔いになって、だんだん気分が良くなってきた。
「もうすぐ一年終わっちゃいますね」
2025年もあと十分と一日。なんだかんだ楽しい一年だったし、きっと来年も楽しいと思う。それは高松と一緒だからそう思うんだ。
「明日も鍋食べたいかも」
「明日は蕎麦だろ?」
「そっか……じゃあ、来年は何鍋食べます?」
「とり野菜みそかな」
「そういえばまだ食べてないですね。買ってこないと」
「トマト鍋とすき焼きもどうだ」
「いいですね!」
その時もまた俺は日本酒を飲むだろう。こたつに足を突っ込んで、寒い冬から身を守りながら。外は雪が降っているかもしれないし、降っていないかもしれない。それは来年にならないと分からない。
「今年やり残したことないですか?」
「なんだろうな……旅行とか?」
「温泉旅行行きたいですね!」
「パーッと羽広げてさ、温泉浸かって酒飲んで、美味い飯食いたいなぁ」
二人で行けたらどれだけ幸せだろう。そんなことを思いながらふと高松を見ると、彼は俺に笑いかけていた。
「なんだよ」
「幸せだなって」
……急にそんなこと言うなよ。
俺だってそう思ってたんだから、少し恥ずかしくなるだろう。
「ね、尾上さん。キスしちゃダメですか?」
ダメなわけがない。そう言う高松だって引く気がない。
カーペットの上で手のひらを重ねた。温かい指先をきゅっと握る。視線を合わせれば、お互い自然と惹かれていく。
そのままそっと唇を重ねた。たった一秒に今年分の想いを込めた。
「……酒くさいな」
「たぶん尾上さんほどじゃないですよ」
おでこが触れ合いそうなほど近くて、アルコールの匂いもして、なんだかくらくらする。それすらどうしようもなく嬉しいのは、季節が巡ってまた冬が来てもこうしていれば温かいんだと、そう思わせてくれるから。
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漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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