81 / 89
第三章
81
しおりを挟む「エレン、久しぶり」
リリーに突然背後から抱き着いた人物はエレンだった。イケメンで王子様の様な彼がなぜ強姦魔呼ばわりされたかと言うと、彼の見た目が以前と異なるからだ。爽やかだった長さのプラチナブロンドの髪はモサモサとしていて前髪で顔を隠している。ツルツルだった肌には無精髭。しかも小汚いフードを被っている。美貌を隠し体格のいい長身の男に小柄な女性が襲われていると周りが勘違いしてもおかしくはない。
エレンで間違いないはずなのに彼は返事をせずに無言で抱きついたまま離れない。周りの誤解が解けるまでリリーは「知り合いです」と何度も言い、心配してくれた人々を納得させた。やっとエレンと向き合い彼を見上げるがあらゆる毛で顔が見えない。
もしかしたら顔出しNGなのかと思ったリリーはエレンの前髪を自分にだけ見える程度にそっと上げた。アメジストの瞳と目が合い久しぶりに会った可愛い生徒に思わず顔が緩む。エレンは何かを堪えているように難しい顔をしていた。いつも笑顔が多かったのにその顔は苦しそうだ。
どこか怪我でもしているのだろうか・・・。
「怪我してる?」
「・・・うん。心が怪我してる」
精神科か?心臓科か?
たしかに苦しそうな顔をしている。
だがエレンは医者が苦手だと言っていた。
以前医者から偽の病名を告げられ言い寄られたと言っていたのを思い出し他の提案もしてみる。
「病院行く?・・・それかカフェか、家来る?」
少しでも安静に過ごした方がいいのではないか?でも心臓が悪いなら病院に行かなくては。ひとりで行きたくないのなら付き合うぞ。
「病院付き添うよ?」
「・・・大丈夫だよ。リリーの家行きたいな」
こうして二人は家に向かった。
***
*エレンside
リリーがいなくなった。
すごく好きで大切な存在があっけなくいなくなってしまった。どうしてずっと一緒にいられるって思っていたのだろう。
片想いでいいからそばにいたかった。
特別に想われなくていいからそばにいさせてほしかった。同じ空間にいて、笑い合って、時々触れ合って。それが幸せだと思っていた。
どうしていなくなったの?
僕がなにか悪いことした?
もう会えないと思うと胸が突き刺さる感覚が襲う。焦りと喪失感も加わりどうしようもない。いても立ってもいられず気付いたら何の計画も無しに騎士団の寮を飛び出していた。
暫くリリーを探しながらあらゆる街を転々とし、人の邪心にうんざりすることになる。
最初こそ必死にリリーを捜していた。彼女の特徴を伝え手当り次第に人に聞き回る。だがこの見た目のせいなのか度々偽物のリリーを宛てがわられた。ピンクアメジストの髪と瞳の色、その特徴は割と多い。中には瞳の色だけ同じでカツラを被る者まで現れた。最悪な事に薬を盛られ危うく犯されそうになったこともあった。
これでは埒が明かないと思い髪も髭も伸ばし服装もみすぼらしく変えた。すると面白いくらいに人が寄ってこず、順調に捜索を進めることが出来た。結局人は見た目なんだなと鼻で笑いリリーを捜す。
一ヶ月以上捜し続けてもリリーは見つからない。簡単に見つかるなんて思わなかった。それでもと思っていたがある時ふと会ってどうするんだと疑念を抱く。
彼女は特別僕を好きだと思っていない。
会えたとしても少し話すくらいで解散するのは目に見えている。家に招かれとしても追い出しはしないだろうがずっと居させてもらえるとは限らない。
好きだと伝えるのは怖い。
同じ想いを返されないのが分かっているから。
それでもそばに居たいと思うのは、間違っているのだろうか。
彼女の気持ちが第一なのは分かっている。
でも、どうしようもないくらい僕は我儘なんだ。
もし先にユリウス様がリリーを捕まえて結婚していたら?僕は彼女にとって邪魔者になってしまうのだろうか・・・。
こわい・・・怖い・・・それでも・・・そばにいたい。
彼女に会いたい。
月日が経ち、力のない足取りでリリーを捜す。
王都からはかなり離れたが、中々に大きく活気のある街にたどり着いた。どうせここでも見つけられないだろう。期待せずに聞き込みをしながら街を散策する。
ふいにピンクアメジストが視界に入った。
すぐにリリーだと分かった。
彼女の背中しか見えないが僕がリリーを見間違うはずがない。思考よりも体が先に動く。
力強く背後から抱き締めた。
この匂い・・・間違いない。甘くて優しいこの匂いが大好きだった。
周囲が悲鳴をあげてハッとする。
しまったッ髪を切るんだった。
こんな汚い姿で会いたくなかった。
かっこ悪い自分を見せたくないと腕に力を込めて額を彼女の肩にくっつけた。
「エレン、久しぶり」
「・・・・・・。」
顔に熱が集中する。
本物のリリーだ。少し高いけど落ち着きのある声音が耳に心地よく響いた。こんなに汚い姿なのにすぐに気付いてくれたことが嬉しい。
やっぱり、君じゃないとダメなんだ。
***
エレンを家に招き入れたリリー。彼はイケメン美貌を髪で隠しているが家に着くなりソワソワしていて落ち着きがない。
「どうかした?」
「・・・いや、もっとシンプルな内装を想像していたから。探検してもいい?」
確かに王都で住んでいた部屋は必要最低限の物しか置かなかったから、今住んでいるインテリアとのギャップが激しいだろう。ナチュラルな家具で揃えたリビングは今やリリーの自慢の部屋だ。お茶を淹れて待っていると言うと彼は内見を始めた。
二人分のお茶を用意して待っているとエレンは先程とはうってかわり、俯きながらトボトボと歩きながら戻って来た。その手には“妊娠”の本。
彼はそっとリリーのお腹を撫でた。ゆったりとしたワンピースを着用していたので見た目では分からなかったが、撫でるとお腹が膨らんでいるのがハッキリと分かる。
「・・・歯ブラシが、二本あった」
「うん」
「・・・・・・男物の服もたくさんあった」
「うん」
「・・・・・・・・・。」
!?
リリーはギョッとした。
エレンが泣いていたから。
ハラハラと流れるエレンの涙を手で拭いながらリリーは彼に今までの経緯を話した。ウィルフレッドとの子を宿したこと。リヒャルトと結婚したこと。彼はその間ずっと黙って聞いてくれた。
話が終わると彼はリリーの手を握った。だが握ったまま何も喋らない。何を考えているのか全く読めないなと思ったリリーは彼の手を引っ張りお茶を用意していたテーブルの椅子へと座らせる。
ずっと俯いたままだがもう涙は出ていないようだ。
エレンは黙ってお茶を飲んだ。
リリーと手は繋いだままだ。
リリーはそんな態度の彼に混乱していた。
どうしてこの街に来たのか、何でこんな格好なのか、仕事中なのか。色々と聞きたい事があるのに聞ける雰囲気じゃない。リヒャルトの話でもすれば喜んで食らいつくのでは?
話題を振ろうとしたがエレンがゆっくりと唇を動かした。
「・・・きて」
立ち上がったエレンに手を引かれ大人しくついて行く。彼はソファに座ると自身の膝上にリリーを背面向きで座らせた。
リリーの髪を片側に流し、顕になった首筋に顔を埋める。少しだけ反応してしまったリリーが振り向こうとしたが、楽に寄りかかれるようエレンに座り直されてしまった。リクライニングソファのように背中をエレンに預けたリリーの頭を優しく撫でるエレン。陽の光が窓から差し込み、妊娠中のホルモンの影響で眠気がリリーを襲う。エレンに対しての警戒心がないせいか、そのまま眠ってしまった。
腕の中で眠ったリリーを見下ろし、ゆっくりと壁に飾られていたリヒャルトとリリーの結婚証明証を虚ろな目付きで見るエレン。
「このまま連れ去ったら嫌われちゃうかな・・・」
42
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる