龍神様の供物

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十二年に一度巡りくる龍神様を祭る大晦日がやって来た。

この村を守り、海の恵を与えてくれる龍神様を祭る夜。

思い出す。

十二年前に卦占によって選ばれたのはサダ兄ぃだった。

「サダ、覚悟は良いか」

長老の言葉に、清々しい笑顔で「元より。喜んでお受けいたします」と答えたサダ兄ぃ。

その輝かしい姿をよく覚えている。

社の前に集まった村人達が注目するなか、すっくと立ち上がった。

大きな背中。

太い腕。

長くしっかりと大地を踏む足。

長く伸びた髪を無造作に束ねている。

大好きなサダ兄ぃ。

回りの大人達が辛そうな顔で目を反らすのが不思議だった。

サダ兄ぃが長老様から名誉ある役目を命じられ、嬉しそうに立ち上がったと言うのにだ。

漁の腕も、狩の腕も、村一番だ。

木工細工だって器用にこなすサダ兄ぃ。

サダ兄ぃは冬だというのに、みんなの前で、ささっと衣類を脱ぎ捨て褌一つになった。

海の男として鍛え上げられた絞った身体。

木彫りの益荒男の像のようで、それは見事だった。

更に褌まで取ろうとするサダ兄イを長老が止めた。

「世俗の垢は捨て去らねばならぬが、そう急ぐでない。女、子供も居る」

そして、社の広場に集まった村人は家に戻るよう命令された。

皆で山道を下っている時、隣に住む種バアが教えてくれた。

ー衣類には世俗の垢が溜まっているんだよ。

ー体の表にだって、内にだって・・・垢は溜まっているのさ、、、

だからサダ兄ぃは、不浄を遠ざけるため衣を脱ぎ捨てたのだそうだ。

そして、これから大晦日の夜までの七日、龍神様の供物として相応しい清められた体となるため、日夜、精進潔斎を行うのだと言う。

くもつってなんだ・・・?

幼い私の問いに種バアは答えなかった。

その表情に訳もなく不安になり、歩みを遅め、村の皆から離れるとこっそりと社へと戻った。

サダ兄ぃが心配だった。

父ちゃんが早くに死んだ家の面倒をサダ兄ぃは、よく見てくれた。

母ちゃんが、物を売る旅に出た時など、サダ兄ぃの家に泊めてくれ、一緒の布団で寝た。

父ちゃんのことはほとんど覚えていないけど、サダ兄ぃの横で寝ていると、父ちゃんといるようで、だだをこねて甘えたりした。

サダ兄ぃは、いつも抱っこしてくれたり、ぴったり寄り添って寝てくれたりした。

そのサダ兄ぃがどうなるか・・・

道を外れ、木立の中を進んだ。

歩きにくかったけれど、必死だった。

社の方から低い祝詞と足音が聞こえてきた。

太い樹に隠れ、見つからないように進む。

長老、神主様、サダ兄ぃ、そして何人かの男達が山道を上っている。

御滝の方だ。

ごうごうと滝の水音がしてきた。

大人と一緒じゃなければ近付いちゃいけないと言われている場所だ。

見つからないように樹に上手く隠れながら進んだ。

滝壺の縁には、真新しい七五三縄が張られ、壺や榊、皿などお祭りの時に見る神具が飾られている。

滝壺の横、神主様達の上げる祝詞の声が大きくなる。

長老が何かをサダ兄ぃに指示した。

サダ兄ぃは、褌を剥ぎ取り、遠くに投げ捨てた。

身に何も纏わない状態。

サダ兄ぃの大きい尻が露になった。

神主達は祝詞をあげながら、白い椀を取り、黒っぽい液体を恭しく注いだ。

サダ兄ぃに差し出す。

サダ兄ぃは、その椀を両手で取り、ゆっくりと飲み干した。

神主が今までとは違う調子の祝詞を唱え出す。

暫くすると、サダ兄ぃの顔色が蒼褪め出した。

冬の刺すような空気の中、素っ裸だというのに額に汗が浮き出している。

やがて顔に苦痛の色が浮かび出し、鍛えられた尻の双丘がぎゅっと盛り上がった。

もじもじと尻を中心に下半身がうねりだす。

その動きに合わせて、大腿の、腹の、背中の筋肉がくっきりと浮き上がる。

サダ兄ぃ自慢の魔羅も腰の動きに合わせてふるふる揺れている。

サダ兄ぃの息が荒くなっているのが遠めに判る。

目は耐えるようにギュッと閉じられていた。

口は一文字に結ばれている。

辛そうな顔。

長老がもう少しだ、我慢しろというようにサダ兄ぃを見ている。

祝詞が終わった。

長老に従う若衆が純白の陶器の壷をサダ兄ぃの背後にさっと置た。

待ち兼ねたようにサダ兄ぃは、陶器に跨がるように尻を降ろした。

体の内を清める・・・

激しい音が聞こえ、耳を塞ぎたくなった。

こんなこと、なぜしなきゃいけないのか・・・

サダ兄ぃは腹を襲う苦痛から解放されたのだろう、口を半開きにし、惚けたような表情で壷に跨がっている。

大股開きだ。

小水を迸らせ終えた魔羅が丸見えなのも気にしてない。

長老たちは、それをじっと見ている。

そんな恥ずかしいところを近くから皆に見られているサダ兄ぃが、可哀相だった。

せめて目を逸らしてほしい・・・

けれどそれが儀式の決まり事なのだろう。

回りに立つ大人達はじっとサダ兄ぃを見つめている。

そして、サダ兄ぃが一息付いた風になると、長老は、棒に縄を巻き付けたものをサダ兄ぃに渡した。

サダ兄ぃは、それを尻の方に持って行くと、自分の手で穴の中にぐいと突っ込んだ。

一瞬、サダ兄ぃの顔が苦痛に歪む。

ゆっくり出し入れされる棒。

掃除をしているんだ・・・

子供ながら、背中がゾクリとした。

一本が汚れると、壷に捨てるよう指示され、次の一本が渡される。

また一本。

長老が最後に頷きサダ兄ぃが立ち上がるまで、何本の棒が渡されただろう。

最後の棒は真っ赤に染まっていた。

その後、神主の新しい祝詞が始まると、サダ兄ぃは冷たい滝壺の中に入り、滝に打たれ始めた。

激しく落ちる滝の水がサダ兄ぃの体に当たり白い飛沫となり飛び散る。

サダ兄ぃの美しく逞しい体の表面を水が流れ、光っている。

ニュッと伸びたサダ兄ぃ自慢の魔羅の先から水が滴り落ちる。

魔羅を飾る様に生い茂る漆黒の濃い毛が水に濡れて美しい。

たまに、自慢の魔羅を握らせてとせがむと、サダ兄ぃは、頬を赤くしながら握らせてくれた。

ときどき、魔羅が太く大きくなる時があった。

初めて見た時はびっくりした。

サダ兄ぃは、坊も大人になるとこうなるのさと言いった。

何でこうなるのと聞くと、困ったような顔をしてから、嬉しい時や喜んだ時に大人の男はこうなるんだよと言った。

そして、布団に横になると、サダ兄ぃの魔羅を握り続ける私の頭を優しく、眠りに付くまで撫でてくれた。

もしかしたら、この手で握ったことでサダ兄ぃの魔羅に不浄を付けてしまったのだろうか・・・

そう思うととてつもなく申し訳ない気がした。

冷たい滝に打たれサダ兄ぃの体は小刻みに震えていた。

唇も青くなっている。

祝詞は続く。

きっと、祝詞が終わるまでサダ兄ぃは滝に打たれ続けなければいけないのだろう。


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